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プロローグ

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緒方一重は、目の前の巨大な卵に目を奪われていた。
一重の三倍はあろうかというひび一つない、乳白色の巨大な卵。
真珠の光沢を持つそれは、淡く発光し暗い周囲を照らしてとても美しかった。

「きっれーだなぁ。よし、君に決めた!」
なんつって。

何処かのアニメを彷彿とさせるセリフを吐いて一重は、その巨大な卵に抱きついた。思った通りひんやりスベスベしていて触り心地は抜群だ。
頬擦りしたり仕舞いには熱いベーゼを何度もかますなど、卵にとっては大迷惑なやりたい放題である。
最も、卵に意識があるかどうかは不明だが。
そうしてひとしきり卵を堪能した一重は、ふと己を呼ぶ声を耳にした。
アレは姉で妹でもある、緒方鈴香の声だ。

「おぅ、鈴。こっちこっち!」


私立光耀学院、一年一組。通称特進科、一年。各学年に一クラス。生徒数三十名の精鋭。学院の頭脳とも呼ばれるクラスである。
その日、彼らの教室は一瞬にして荒野になった。
いや、冗談ではなく教室が消え、何もないだだっ広い空間に床と机と生徒たちがいたのである。
そこに甲高い女の声が響き渡る。

「ハァイ、キミたちぃ!お待ちかねの勇者召喚だ。ボクは、優しくて平等だからね。ハズレクジ無しで好きなスキルを付けてあげるよォ。
しかも時間制限はなしだ!
ああ、でも優柔不断は困るよ。悩むのは三度まで。」

声だけであるのに、身振り手振りすら浮かんできそうなノリノリの弾んだ声だった。
声は続ける。
その他、定番の言語理解、インベントリ、鑑定は無条件で付けてくれるという。
自分の役に立ちそうなスキルを可能な限り好きなだけ選べばいい、と。

現状をいち早く理解した一部の識者は沸いた。
コレを待ち望んでいたのだと、号泣した。

そして早速スキルを得ようと拳を空に向かって突き出し声を揃えて「ステータス!」と叫んだ。それを真似て他の者も遅れじと「ステータス」と叫ぶ。
しかし、悲しいかな。待てど暮らせどそんなものは現れなかった。

「なんだ?何も起こらないじゃないか。」

最初に叫んだ生徒たちを見て不満を洩らしたのは、津村光太郎。定番の勇者召喚なら速攻で勇者の称号、それに相応しいスキルを授かっていたようなクラスの中心人物。いわゆる陽キャな青年だ。

「いや、でもここでステータスを開いてスキルのリストから選ぶのが定番で…」

と、体格だけは格闘技選手並アニメ、マンガ、ラノベオタクの棚橋明夫がボソボソと言う。

「嘘を吐いたな、女神!」

声の聞こえた上空を指し、光太郎が糾弾すると、弾かれたような笑い声が荒野中に響き渡った。

「ボクがぁ?この誰よりも優しいボクがァ?嘘なんか吐かないさぁ。」

ハハハと声は笑う。

「さぁ、探せ!この大地を!キミたちの拾った物がスキルになる!」

逆行で良くわからないが、はるか上空に腕を広げた白い人影が見えた気がした。

「はあ?」

上を見て下、荒野、何も無い土地を見る。ところどころに枯れた木の破片やら何やらがあったりするくらいで目ぼしいものはコレと言って見当たらない。

「何も無いじゃないか!どうやってスキルとやらを獲得するんだ!」

「そうだそうだ!」

ここにいる生徒を代表してそういったのは、光太郎だった。

「あれれぇ、降参かな?降参かなぁ?確かキミたちってぇ、学院の頭脳って呼ばれてるんじゃないのぉ?」

上空からの声は揶揄を含んでおり、とても楽しそうだ。

「この召喚に応じないと言ったら、出来ますか?」

と、ここで女子生徒からの質問がとんだ。小さい声だったのに不思議と全員に届いたのはそういう力が働いているからか。

「召喚拒否?やるねぇ いいね、そうやって考える力がある人は大好きさぁ!」

「出来れば。」

定番で叶えられないと知りつつ、言ってみるのもありかと口にしてみた。

「フフ、出来なくは無いよ?」

その答えを聞いた瞬間、その女子生徒は勇気を出してよかったと思い、歓喜の表情で上空を見上げた。
何も召喚されたい人間ばかりではない。
もちろん召喚されたくない人間だっているのだ。
彼らがそう望むなら叶えてやろうではないか。ただし、

「今の子以外の召喚拒否者には、ペナルティを受けてもらうけどね?」

嬉々として女子生徒に続こうとした彼女たちは上げかけた手を止めた。

「だって、コレは全員参加のゲームだよ?彼女はボクに問いかけた。それは彼女の勇気だよ?何もしてないキミたちが、ただ便乗するなんて許されないよねぇ?」

「それでも!アタシは拒否するわ!」

叫んだのは別の女子だ。

「ペナルティを受けるって事でいいんだね?」

「もちろんよ!」

勇気を出した女子と、ペナルティを受けても拒否した女子、二人は消えるようにこの場からいなくなった。


「時間制限はないと言ったけどね、無駄に時間を使いたくはないのさぁ。さぁ、さっさと行った行った。
探し出したスキルはキミたちのもの。時間制限はキミたちが満足するまで、だ。
どうだい?ボクは優しいだろう?スキルを獲得するまで、待ってあげるんだからさあ!」

こうしてスキルの捜索は続く。
そんな中、緒方一重が迷いこんだのが、見るからに怪しい洞窟だった。
そこで見つけたのが、巨大な卵。
コレってレアスキルじゃね?
と当然思う。

ただ、声の主は「拾ったもの」と言っていた。この巨大な卵は果たして拾えるのか。声の主に交渉してみようかと考えたところで、頼りになる姉妹の登場である。
姉妹とはいえ卵を渡す気は無いが意見を聞いてみるべきとは思い鈴香に応えようと声を上げたその時。
卵に触れていた手の感触が消えた。
「え」と声を上げるまでもなく一重は卵に吸い込まれ落ちて行く。まるでそこがダンジョンの入口であったかのように。

「カズ!」

弟の呆けた表情が卵に吸い込まれた瞬間、鈴香は後を追うべく卵に触れた。
しかし、卵はそれまでの輝きを失い完全に沈黙した。

「どうしてよ!カズ!」

道を閉ざされた悔しさから鈴香は卵を殴りつけるが、手が痛くなっただけ。仕方なく周囲を見渡すと同じようなものがいくつかあるようだった。

「仕方ないな!」

鈴香は近くにあった卵に触れ、自分を吸い込めと強く念じた。
そうして一重に追いつくようにと。
その介あって比較的早く卵に吸い込まれるように、鈴香は姿を消した。


二人が姿を消したその洞窟。
軽い足取りで入って来たのは白い女だった。

「ありゃりゃ。ここの入口は隠して置いたのに。それでもキミたちはこの道を選択しちゃうのか。いいねぇ。運命だねぇ。楽しいねぇ、さあ、もっともっとボクを楽しませてよ!フフ、ハハハハハハ」

女の哄笑だけが洞窟に響き渡った。
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