奇跡なんていらない

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篠崎家の家庭事情

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タイムカードを切って外に出ると、辺りはもう暗かった。
それでも暗さに慣れてくると、空には満天の星。
気を良くした誠は、少し歩いて行こう…と、気まぐれをおこした。
自転車を押して、ゆっくり歩いていた誠の前に、路地の影から姿を現したのは、先刻の、那岐高の制服を個性的に着崩した少女、…恵美である。

「…篠崎クン。うちのガッコぉ、アルバイトぉ禁止なんだよぉ?」

少し舌足らずな、間延びした話し方に、誠は不快感を覚えた。
もう一つ、気に入らないのは、誠を実と間違えている事だ。
一卵性の双子とはいえ、成長期に生じた体格差のため、見分けは容易い自分たちである。
彼女は余程目が悪いのか、あるいは、双子という可能性すら考えていないのか…多分、後者だろう。

「…あ、誤解しないでぇ?アタシぃ、センセぇに言うつもりないからぁ。」

まるで誠の弱味を握ったかのような、勝ち誇った笑み。
肩に掛かる髪を払う仕草は、絶対的上位者のそれ。
あまり、お近づきになりたくないタイプの女性だ。

恵美は、その存在を誇示するように、殊更ゆっくりと近付いてくる。

まるで、女王のように。

当然の事ながら、那岐高校生ではない誠には、その校則は当て嵌まらないのだが、誠と実を取り違えている彼女は、そうは思わないのだろう。

「ねぇ、篠崎クン…、」

恵美の細い手が、添えるように誠の腕に触れた。
あまりの気持ち悪さに、鳥肌が立つ。

誠は、人との接触が苦手だ。
特に、知らない人間からのそれには吐き気をもよおす程。
悪寒が全身を巡り、振り払おうとした途端、女性とは思えない強い力で腕を掴まれた。
まるで凶器のような、先を尖らせた長い爪が、むき出しの腕に引っ掻き傷を作る。痒いような痛みと、ぷつぷつと滲み出す血。
痛みに顔をしかめ、誠は、反射的に恵美の手を振り払った。

白い肌に、赤い筋が五本。
…大丈夫。そんなに大きな傷ではない。実に騒がれたら、猫に引っ掻かれた、とでも言い訳しよう。
何しろ、あの弟は、誠が傷つく事を厭う。
誠が冷静にそんな事を考えている間に、恵美はもう一度、誠の腕を掴み、さらに傷口に爪を立てた。

「……っ!」

これは、洒落にならない。
誠は、渾身の力で少女を突飛ばした。しかし、その反動で自分も自転車ごとひっくり返り、鈍い衝撃が誠の全身を襲う。

最悪だ。

きっと今のも、実に伝わってしまっただろう。
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