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第二章 もう絶対に離しませんからね、先輩!
歯医者さんごっこ
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「ぐわああああ――がっ!?」
琥珀達による協力攻撃に吹き飛ばされた天衣は、支社から少し離れた森に墜落した。
鈍い衝撃が天衣の身体に走る。
「ぐっ……私はまだっ……終わっていない……これで終わって堪るか……! あのような事になるのは二度とあってはならないんだ……!」
天衣は凍り付いた瞼の氷を無理矢理外しながら立ち上がる。
だがその様子はひどく弱弱しかった。
「私の父が犯した過ちを……繰り返す訳にはいかないんだ……!」
天衣は憎き男の顔を脳裏に浮かべ、強く拳を握る。
昔、彼の父も天衣と同じく、社長という身分に居た。
彼は家族と多くの社員を抱えつつも、決して持て余す事無くその座を保ち続けていた。
新事業に手を出し、それが大失敗するまでは。
企業家が賭けに出過ぎたあまり身を滅ぼすのはよくある事だ。
識英一家は有り金を全て失い膨大な借金を抱える事となってしまい、夜逃げを余儀なくされた。
天衣は幼い頃から辛酸を嘗めさせられたのである。
父が、不安定な賭けに出たばかりに。
そうして天衣は、そんな父の姿を見ながら“安定”に拘るようになった。地位に固執するようになった。災害をも防ごうと考えるようになった。
「私が積み上げてきた物を崩されて堪るかぁっ……! ぬああっ!」
天衣は張り付いた氷を完全に剝がし、支社の方角へと体を向ける。
「待っていろ凍牙……お前は俺が――」
「あっ……見つけましたぁ……! アナタが琥珀先輩に怪我をさせた大罪人ですねぇ……?」
「なっ!? お、おおおおおおおおお前はあっ!?」
足に力を込め跳ぼうとしたその時、背後から不意に声を掛けられた。
その声は、憎悪と狂気と嫌悪と侮蔑と殺意全てが籠っていた。
声の主は、桜月麗紗。
天衣が最も恐れていた災害。
それが、彼の目の前にあらゆる憎悪を煮詰めた笑みを浮かべて立っている。
天衣は腰を抜かし、我を忘れて叫んだ。
そして体中がわなわなと震え、恐怖心の余り失禁した。
麗紗はそれを見て顔をしかめながら天衣に言う。
「今更自分の犯した罪を実感して怖くなったんですか? 遅すぎます。あまりにも遅いですありえない程遅いです信じられない程遅いです!」
「ひっ……ひぃ……! 頼む……“コン――」
「“恋色紗織”」
「あっ……ああああああああああああ!!!」
天衣は麗紗に途轍もない恐怖心を抱きつつも能力を行使しようとした。
しかし、瞬きの何十倍も恋色紗織の方が速かった。
天衣の体に、桃色の糸が結び付き行動を封印する。
「最後の悪足掻きですか……本っ当に救えませんね……」
「そ、んな……わ、たしの……チカラが……ああああ……」
天衣は絶望のあまり滝のように涙を流した。
同時に、彼はようやく気付いた、
桜月麗紗を、止めるという行動そのものが不可能だという事を。
麗紗はそう悟る天衣に凄まじい重圧を込めて告げた。
「私はアナタに私の先輩を傷つけられるという一番嫌な事をされました。だから私もアナタに凄く嫌な事をします。甘んじて受け入れて下さい。それが、救われる事の無いアナタの贖罪です」
麗紗は夥しい数の桃色の糸を出し、続ける。
「私……歯医者さんが大嫌いなんですよ……どんな名医に掛かっても治療の時は痛いんです。麻酔も変な感じがしますし。だから何歳になっても嫌いなんですよ……どう頑張っても逃れられない痛み……それを、今から私が味わせてあげますね?」
刹那、桃色の糸が天衣の白い歯に絡みつき、生々しい肉の音を立てて引き抜いた。
劈くような、電気のような痛みが、天衣の歯茎に迸る。
「ぐあああああああああああああっ!? あああああ!?」
「あははははっ! ほらっ、ほらっ! もっと苦しんで下さい! もっと泣き叫んで下さいもっと悔やんで下さい! 先輩が受けた痛みはこんなものじゃ無いんです! まだまだ全然足りませんよ!」
「あっ、うっ、がっ、ぎぃ、ぐぁ」
麗紗は恋色紗織で天衣の歯をグリグリと捩じりながらゆっくりと引き抜いていく。
天衣の歯茎に抉るような痛みが狂い走り、歯茎から血が噴水のように溢れ出す。
抵抗も一切出来ず、天衣はただただ自身の背負ってしまった業に喘ぐのみだった。
そうして麗紗は絶えず歯を引き抜き続け、ひたすら天衣を断罪していると、やがて天衣の歯が全て無くなってしまった。
「おっと……歯が無くなってしまいましたね……」
「あ、あ、あ、あ、」
「増やさないと、いけませんねぇ」
「あ、……うううううううううううううううううう!?」
麗紗はどこからか薬を取り出し、恋色紗織で無理矢理天衣に与えた。
勿論、優しさからくる行動ではない。
「これで、続きが出来ます。安心して下さい。薬ならまだまだいっぱいありますから、ね? 私の先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい」
「あ。あ。あ。あ。う。う。う、。」
肉が裂け続ける小さな音が、人でなくなったモノの呻き声が、森に響き続けた。
「ほら……これがアナタの犯した罪の重さです。分かりますか?」
「――――――う」
麗紗は赤が混ざった歯の小山を人だったモノに見せた。
だがそれは、呻くだけで何も言わなかった。
「何で返事をしないんですか? まだ分からないんですか? ――ああ、だからこんな過ちを仕出かすんですね、分かりました。もういいです。これだけやれば十分でしょう。やっぱり愚図は最後まで救われる事が無いんですね」
麗紗はそう吐き捨てて能力を解除して立ち去った。
後には、毛が抜け落ち、歯が全部抜けた血塗れの何かだけが取り残されていた。
琥珀達による協力攻撃に吹き飛ばされた天衣は、支社から少し離れた森に墜落した。
鈍い衝撃が天衣の身体に走る。
「ぐっ……私はまだっ……終わっていない……これで終わって堪るか……! あのような事になるのは二度とあってはならないんだ……!」
天衣は凍り付いた瞼の氷を無理矢理外しながら立ち上がる。
だがその様子はひどく弱弱しかった。
「私の父が犯した過ちを……繰り返す訳にはいかないんだ……!」
天衣は憎き男の顔を脳裏に浮かべ、強く拳を握る。
昔、彼の父も天衣と同じく、社長という身分に居た。
彼は家族と多くの社員を抱えつつも、決して持て余す事無くその座を保ち続けていた。
新事業に手を出し、それが大失敗するまでは。
企業家が賭けに出過ぎたあまり身を滅ぼすのはよくある事だ。
識英一家は有り金を全て失い膨大な借金を抱える事となってしまい、夜逃げを余儀なくされた。
天衣は幼い頃から辛酸を嘗めさせられたのである。
父が、不安定な賭けに出たばかりに。
そうして天衣は、そんな父の姿を見ながら“安定”に拘るようになった。地位に固執するようになった。災害をも防ごうと考えるようになった。
「私が積み上げてきた物を崩されて堪るかぁっ……! ぬああっ!」
天衣は張り付いた氷を完全に剝がし、支社の方角へと体を向ける。
「待っていろ凍牙……お前は俺が――」
「あっ……見つけましたぁ……! アナタが琥珀先輩に怪我をさせた大罪人ですねぇ……?」
「なっ!? お、おおおおおおおおお前はあっ!?」
足に力を込め跳ぼうとしたその時、背後から不意に声を掛けられた。
その声は、憎悪と狂気と嫌悪と侮蔑と殺意全てが籠っていた。
声の主は、桜月麗紗。
天衣が最も恐れていた災害。
それが、彼の目の前にあらゆる憎悪を煮詰めた笑みを浮かべて立っている。
天衣は腰を抜かし、我を忘れて叫んだ。
そして体中がわなわなと震え、恐怖心の余り失禁した。
麗紗はそれを見て顔をしかめながら天衣に言う。
「今更自分の犯した罪を実感して怖くなったんですか? 遅すぎます。あまりにも遅いですありえない程遅いです信じられない程遅いです!」
「ひっ……ひぃ……! 頼む……“コン――」
「“恋色紗織”」
「あっ……ああああああああああああ!!!」
天衣は麗紗に途轍もない恐怖心を抱きつつも能力を行使しようとした。
しかし、瞬きの何十倍も恋色紗織の方が速かった。
天衣の体に、桃色の糸が結び付き行動を封印する。
「最後の悪足掻きですか……本っ当に救えませんね……」
「そ、んな……わ、たしの……チカラが……ああああ……」
天衣は絶望のあまり滝のように涙を流した。
同時に、彼はようやく気付いた、
桜月麗紗を、止めるという行動そのものが不可能だという事を。
麗紗はそう悟る天衣に凄まじい重圧を込めて告げた。
「私はアナタに私の先輩を傷つけられるという一番嫌な事をされました。だから私もアナタに凄く嫌な事をします。甘んじて受け入れて下さい。それが、救われる事の無いアナタの贖罪です」
麗紗は夥しい数の桃色の糸を出し、続ける。
「私……歯医者さんが大嫌いなんですよ……どんな名医に掛かっても治療の時は痛いんです。麻酔も変な感じがしますし。だから何歳になっても嫌いなんですよ……どう頑張っても逃れられない痛み……それを、今から私が味わせてあげますね?」
刹那、桃色の糸が天衣の白い歯に絡みつき、生々しい肉の音を立てて引き抜いた。
劈くような、電気のような痛みが、天衣の歯茎に迸る。
「ぐあああああああああああああっ!? あああああ!?」
「あははははっ! ほらっ、ほらっ! もっと苦しんで下さい! もっと泣き叫んで下さいもっと悔やんで下さい! 先輩が受けた痛みはこんなものじゃ無いんです! まだまだ全然足りませんよ!」
「あっ、うっ、がっ、ぎぃ、ぐぁ」
麗紗は恋色紗織で天衣の歯をグリグリと捩じりながらゆっくりと引き抜いていく。
天衣の歯茎に抉るような痛みが狂い走り、歯茎から血が噴水のように溢れ出す。
抵抗も一切出来ず、天衣はただただ自身の背負ってしまった業に喘ぐのみだった。
そうして麗紗は絶えず歯を引き抜き続け、ひたすら天衣を断罪していると、やがて天衣の歯が全て無くなってしまった。
「おっと……歯が無くなってしまいましたね……」
「あ、あ、あ、あ、」
「増やさないと、いけませんねぇ」
「あ、……うううううううううううううううううう!?」
麗紗はどこからか薬を取り出し、恋色紗織で無理矢理天衣に与えた。
勿論、優しさからくる行動ではない。
「これで、続きが出来ます。安心して下さい。薬ならまだまだいっぱいありますから、ね? 私の先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい先輩を傷付けた事を贖罪して下さい」
「あ。あ。あ。あ。う。う。う、。」
肉が裂け続ける小さな音が、人でなくなったモノの呻き声が、森に響き続けた。
「ほら……これがアナタの犯した罪の重さです。分かりますか?」
「――――――う」
麗紗は赤が混ざった歯の小山を人だったモノに見せた。
だがそれは、呻くだけで何も言わなかった。
「何で返事をしないんですか? まだ分からないんですか? ――ああ、だからこんな過ちを仕出かすんですね、分かりました。もういいです。これだけやれば十分でしょう。やっぱり愚図は最後まで救われる事が無いんですね」
麗紗はそう吐き捨てて能力を解除して立ち去った。
後には、毛が抜け落ち、歯が全部抜けた血塗れの何かだけが取り残されていた。
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