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第88話 最後の仕事

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 競技場のような構造物へと続いていた、地下にある街をカザンと共に潰して回った。天井から始め、壁という壁を角に集めて数本の柱へと変えていく。城のある丘の周囲まで視線が届くように、徹底的に蔽物をなくしていく。

 頑張った(主にカザンが)おかげか、わずか2時間足らずで地階は消失した。

 それにも関わらず、マーリンは見つからない。

 いやいや、絶対に残っている。最初のマーリンを倒したあと、広場に1人もマーリンが居なくなったタイミングがあったのだ。控えが居なければ、そこから増えることはないはずだ。

『これで終いか?』

 すべての壁を始末して、やっと解放されるとばかりにカザンが一息ついている。南大陸では、この城に至るまでをずっと魔法を使いっぱなしなのだ。流石に疲れが顔に出ている。けど駄目だ、休んでは駄目だよカザンくん。

『まだ残ってるよ。
 ほら、この山が』

『無茶言うなよ……』

『魔力があれば
 誰だって出来るんでしょう?』

 霊穴は魔力的な出口であって、物理的に穴があるわけではない。しかし、よく考えなくたって、ここは魔法のある世界なのだ。霊穴の中に潜んで居るのかもしれない。

 古代のヒトたちは霊穴をどうこうする魔法を持っていたんでしょう? マーリンは知っていると言った。なんぞ文献でも残っていたのかもしれない。あの男は国が管理するような古い記録に触れることが できる立場にいたしな。なんせ、この世界で最も古いニジニ国の文献だ。その本を正せば、石像の男と同じ情報に至った可能性が大きい。

 そもそも霊穴じゃなくたって、白侍女シェロブが壁抜けの魔法を使うくらいなのだ。思いつく所はすべて探すべきだ。そう、魔法は自分で実現できると思える事なら、だいたい実現できてしまうものなのだから。

 カザンを連れて、霊穴があった建物へ戻る。

『確か、ここらだったよな』

 すり鉢状の広場、その中央をカザンが掘り下げる。取り出した石材は、例によって傍らに積み上げ、圧縮しながら柱へと成型していった。すると、その石材の中にヒトの体が混ざり始めた。どうやら、霊穴に潜んでいるかも、の予想は正しかったようだ。

 ――っ!!

 後ろでオリガ嬢が声にならない悲鳴を上げているが、まあ、凄い光景だよね…… 可哀想だが仕方ない、使命のためなのだ。カザンよ、もっと掘っておくれ。

 穴の底に光が届かなくなるほどの深さで、人体は混ざらなくなった。念の為、穴の直径も増やしてみたが、最初に掘り出した以上は見つからない。閉じる前の霊穴の深さと一致するあたり、本当に霊穴に潜る魔法があったのかもしれないな。

 今度は、柱を解いて中身を検分していく。混ざっていたのはマーリン、そして石像の男だった。やっぱり隠れていたか。1人どころか、数十人は居る。割合で言うと、マーリンが6割くらいだ。どれだけ用心深いのだ…… ただ、同じ場所に隠れているあたりがアホっぽいけど。ああ、足で霊穴を踏みつけて蓋したんだっけ。出れなくなった増員も一緒に埋まっていたのかな。

 最初の黒いヒトこと石像の男、この内のどれかが本物なのだろうか。ってか残ってるじゃん、こんなにたくさん。マーリンは制圧したと言っていたが、具体的にどうしたとは言っていない。霊穴をどうこうする魔法、それの何らかのルール上で、マーリンが上に立ったから「制圧した」と表現したとか? まあ、今となっては知りようがないか。

 そのマーリン本人は、霊穴を塞いだことによって、岩の中に閉じ込められて窒息したようだ。

 見たところ、どいつも外傷ひとつない。本当に死んでいるか怪しいところ。このままにしておく理由わけがないよね? オリガ嬢に悪趣味と言われようとも、すべての首を落として止めを刺しておく。

『体を新しく作って、
 意識まで同一の人物になるんだろ?
 いつ動き出しても不思議じゃないってか』

 まるで死屍に鞭打つ椿の行為、その理由に納得したカザンや殿下も手伝ってくれる。殿下にとっては、ひとつの踏ん切りだ。親友との別れは、ちゃんと済ませた方がよい。彼は為政者だからな、線引きが大事なのだ。

 すると案の定、石像の男のうちの1つから、おびただしい出血があった。本当に死んだ振りをしていた奴が混じっていたようだ。

『油断ならねぇな……』

 当たりを引いたカザンが、呆れを通り越した感嘆の声を上げる。

 名前も知らない黒いヒト、古代の勇者よ。
 潔く死んで、元の世界に戻りなさいな。

『女神に喚ばれたヒトは、死んだら
 元の世界に還るらしいけど……
 こいつら、戻していいのかな』

 スターシャがもっともなことを言う…… 椿が居た世界には魔法なぞ無かった。こいつ等だって同じはず、女神の加護で得た才能なのだ。帰れば悪さをする力なんて失われるさ。

 椿も帰りたいが、死んで帰る方法を試す度胸はない。成功する保証がないからな…… せっかく使命を果たしたのに、博打で死んでしまったら報われない。重傷を負ったとき、あのパルテノン神殿の外側だけ真似たような風呂に至った事もあるが、あれは死んではいなかったはず。死なせないよう、女神が介入したと考えられる。それが椿を還らせない行為だとすれば、逆に死んで戻る話は信憑性が高いとも言えが…… まあ、怖いものは怖い。



 さて、最後の仕事も終えた。後片付けをして、ロムトスに帰ろう。

 広場に散らばる石像の男と、マーリンの死骸はすべて穴に放り込んでおく。カザンが、石材を戻して埋めたら始末は完了だ。

 ニジニ兵の犠牲者は、みんな連れ帰りたい。この世界の住人は死後、余さず女神の元に召されると言う宗教観がある。遺体を弔う習慣はないそうだが、こんな場所に放置するよりはマシだろう。形見は残すそうだから、家族に引き渡してあげたい。弟殿下が、マーリンの眼鏡をひとつ拾っているのも見逃していない。きっと大事なことだ。

 まずは報告を兼ねて、ニジニの首都に向かう。

 石化された余波で、シェロブが所持するタペストリーはボロボロになっていた。しかし、カザンが同じ意匠の壁を作ってくれたので、移動手段を失わずに済んだ。カザンが大活躍に過ぎる。もうカザンなしでは居られれないな!

 タペストリーの大きさでは通過できなかったはずのお馬さん達も移動できたので、その紛失は却って良かったかもしれない。以前のシェロブの壁抜け魔法は、椿の体重では移動できなかった。ポーシャの覗き魔法と同じく、魔女グラディスの助言で改善した経緯がある。鍵となる壁の意匠、これを魔法陣に見たてるのだ。通る物や人物に魔力を籠めるのではなく、魔法陣に魔力を籠める運用で、その消費が格段に減った。通る物の量ではなく、効果を維持する時間で魔力を消費するようになった。これはもう殆ど無制限になったと言って良い。

 弟殿下を先頭に、ニジニ勢がまず扉を通る。シェロブの護衛で、椿とカザンが最後だ。扉を通ると、草の匂いの濃さに驚く。ああ、やっとまともな空気を吸えるな。


 ・・・・・


 数ヶ月ぶりに帰ったニジニは、秋も過ぎようとしていた。植物のない南大陸では、季節の移ろいを感じることができなかったもの。首都の町並みが乗る岩の台地から見下ろす景色は、すっかり様変わりしている。畑に穂を揺らしていた麦に似た作物は、すっかり刈り取られてしまっていた。一面に臨む裸の畑が冬の到来を告げているようで、少し物悲しい気分になる。

 ロムトスを彷徨ったのも、こんな季節だったか。

 椿たちは、ボロボロの旅装を解くために一度、神殿に入る。弟殿下にオリガ嬢、旅程で仲良くなった若い兵と死に別れてメソメソしているノッポと、それを慰めるチンチクリンは、それぞれの実家へ帰っていった。報告会が明日の朝に会食の形で開かれることになっている。それまで、一旦のお別れである。

 いつもなら、ここで真っ先に城に戻る茜とマーリンを見るのだが……

 そんなおセンチな気分は、突然の騒音に吹き飛ばされた。

『※※※※※!
 ツバキ殿、戻ったか!!』

 椿が着替え中の部屋の扉を、例によってバーーン!! と壊しそうな勢いで開け放って飛び込んできたのはアレフ翁だ。このニジニ大陸で女神教を統括する、偉い司教様のはずだがガサツ過ぎる。入り口で引き止めるのに失敗したのだろう、スターシャが泣きそうな顔で後を追ってきた。

 下着姿の椿をアレフ翁の視線から遮るようにポーシャが前に出る。まあ、この世界の肌着は殆ど露出がない。椿の感覚としては恥ずかしさなんぞないが、失礼極まりないのは確かだ。

『馬鹿者、ここは応接室だぞ。
 おい誰か! 誰か!
 すぐに客間へ案内させるから、
 いったん服を着なさい』

 アレフ翁が慌てて外へ向かいながら、言い残す。あぁ、一応は恥じらいがあるようだ。そう言えば、この世界の男性たちは皆して初心だったな。カザンとか、無神経そうな見た目だが、アレで細やかな気付かいを欠かさない。椿が仕切りもなしに着替えようとすると、目の色を変えて叱ってきたものだ。

『別に構わないのに』

 客間まで貰うと、お風呂まで欲しくなる。元々、神殿に泊まるつもりはなかったのだ。ロムトスまで戻り、お爺ちゃんの家で寝るつもりである。

 ポーシャがどこかから衝立を持ってきたので、そのまま応接室で着替えてしまった。廊下に居たアレフ翁に、3馬鹿の着替えと部屋を用意してもらえるように頼んでおく。何か話があって来たのだろう? 付き合っても良いが、皆も着替えさせてあげたい。

 椿の意図を汲んで、アレフ翁は控えの侍従に目配せだけして、そのまま部屋に入ってきた。

『もう良いか?
 なら飲み物を用意させよう。
 ロムトス暮らしが長いのに、
 嬢ちゃんはコーヒーを気に入っていたろう』

 うむ、デスクワーカーはコーヒー好きが多いのだ(偏見)。特に、泥のように濃くて不味いのが好ましい。白侍女シェロブが用意してくれるのは、基本的にロムトスの紅茶だ。旅の間もずっと紅茶であった。美味しいし、文句もないのだが、たまには違うものが飲みたくなる。

 お茶(ニジニではコーヒーを指す)の準備が整うまで、黙って座っておく。場が整うまで話を切り出さないのがマナーなのだ。

 いつの間にか戻ってきていたロムトスに行ったはずのシェロブが、すでにアレフ翁の侍従がお茶の準備をしているのを見て、少し残念そうにした。椿にコーヒーを飲ませるのが不満なようだ。彼女はコーヒーで過ごすお茶の時間は、泥水をすするようなものだと表現している。一度でもコーヒーに使った器は破棄してしまうほどだ。

 給仕を残して、お手伝いさんたちが去ると、アレフ翁がさっそく話を切り出した。

『天啓があった!』

 声がデカイ!

 天啓と言うと、女神から直接お言葉を貰ったのか?

『そうだ、やっと私の信心が認められたようだ』

 シェロブが心底羨ましそうな顔をしている。

『ほんの一言であったがな』

 まあ、信仰心だけで選ばれるなら、普段から椿の側に居るシェロブに天啓があっても不思議じゃない。伝言をするのに、これほどピッタリな人物は他に居ないからな。なんぞ、別の基準があるのだろう。女神が干渉しやすい場所に居るとか。神殿とかにさ。

『何を言われたんです?』

 椿が続きを促した。3馬鹿が興味津々で耳を傾けているのだ、勿体ぶらないで欲しい。なんせ、アレフ翁はすぐに話が脱線する。誘導が不可欠である。

『うむ、それがな
 冬至までにロムトスに戻るようにと仰せつかった』

 冬至? 冬至に意味があるのか?

『白い魔力の影響が、最も少なくなる日と言われている』

 白い魔力は一般的ではないはずだが、何故そんな検証不可能な話が言い伝えられているのだ。聖女しか持たない魔力のはずだが。

『女神の加護が弱まると言うことだ』

 ああ、なるほど、凶日みたいなものか。
 ん? 女神はわざわざ、干渉し辛い日に用事があるのか?

『そこが分からんかった。
 だが、もう日がないもんだから
 すぐにでも伝えたかくてな』

 アレフ翁が、着替え中に飛び込んできた事への言い訳も付け加えてくる。

『冬至っていつ?』

『明後日だ』

『ええ、星祭の準備をしていましたね』

 祭りがあるのか。

『女神様の休日です。
 前日までに神殿を清め、
 当日は誰も立ち入らないようにするんですよ』

 シェロブが補足してくれた。女神は自分の休日を潰してでも椿に会いたいのだろうか? 逆か? 仕事がないから、現世に手を出す暇ができるとか。

 まあ、明日の朝に報告会、午後はロムトスに戻る。
 明後日ならば、夜明けからだって神殿で過ごせるか。

 うん、問題ないだろう。
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