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第60話 案内人
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教会の街スペンチアの北に新たに見つかった霊穴、その対処を早急に行う運びとなった。ここ、衛星都市フーリィパチで数日の休暇を挟む予定であったが、それは取りやめとなる。糞ったれである。
せめてもと思い、カミラの職場に押しかけた。
椿を見たカミラはこの再会に、幾ら何でも早すぎると言って笑いだした。これが幸せって奴だ。
そのまま、カミラの職場を見学させてもらう。白い割烹着のようなエプロンを着けた数人が、ポーションと似たような薬品を作っている。生産ではなく、研究目的だろうか。椿は大学で化学の研究室を見学できる伝を持たなかったが、きっとこんな感じだったのだろう。みんな、手元の作業に熱中して、椿に気付かない者だって居る。
そんな雰囲気の中でテキパキと作業を熟し、入れ代わり立ち代わり指示を仰ぎにやって来る若い子たちを捌く。カミラは見た目通りの出来る女振りだ。特に老けて見えないため忘れてしまうが、一児の母だ。今は独り。少し翳のあるこの女性に椿は心惹かれるのだ。
勤務を終えれば、一緒に買い物をしてから帰る。
10日ほど前にそうしたように、存分に日常を楽しんだ。
翌朝、また笑顔で手を振り合ってカミラと別れた。交わす言葉は前回の繰り返し、でもそれは温かく、柔らかい。
余韻に浸りたいところであったが、向かう大門の広場で現実に引き戻される。前回と異なり、3馬鹿と一緒に茜やマーリンが待っていた。何も言わなくても分かるよ、今回はずっとお馬さんを強化しながら進むのだろう。
そんな訳で、今回は殿ではなく、隊列のど真ん中に馬車を配置された。いっそのこと、以前に出た意見に倣って「全員を強化して走る」を提言してみたが却下された。運べる荷物がどうしても少なくなるらしい。強化していればお腹は減らないが、寝る必要はある。たしかに、天蓋やら寝床の準備は必要だ。
隊列は大幅に変更されていた。もう、完全に身体強化魔法を使う前提の構成だ。
まず、馬車はすべて1頭立てになった。強化されたお馬さんは大変に力持ちとなる、1頭で満載の馬車が引けてしまうのだ。そして、騎乗するニジニ兵達は全員が武装している。元々は、哨戒に当たる数名や、交代であたる隊列の護衛、盾役のみが完全武装していた。その他は体力の消耗を避けるため、身軽な装備で過ごす。事に当たる場合は全員が武装する。その他の状況では、余分な装備は馬車に積んで運ぶものなのだ。
しかし、これからは強化で人馬共に負担が減るため、馬車に積まずに着て運ぶ事となった。積荷が減ったため馬車は減るし、幾つかは交代要員の休憩場所として使う。
そんな気合の入れ様で望む道中、ニジニ勢はスペンチアまで2日で走破するつもりなのかもしれない。
眼鏡のイケメンことマーリン氏は、霊穴から帰還しながらの数日で編成を練り直したのだ。指示通りの編成を、1日で済ますニジニ兵達の練度も、やはり目を見張るものがある。本当に、ニジニの中でも特に優秀な人材が派遣されてきたのかもしれない。第一王位継承権を持つらしい弟君は、どんな気持ちで兄である糞王子に、この一団を預けて送り出したのか。
ちなみに、その糞王子は神都でお留守番である。
・・・・・
椿の見立て通り、一行はスペンチアまで僅か2日で辿り着いた。
森の中と異なり土の上を行く道中、魔力を広げる事が出来るか心配であった。ところが存外に植物というものは土中に広く存在するようで、前回よりコンパクトになった隊列をギリギリでカバーできた。
途中で宿泊したのは、以前にお馬さんを存分にナデナデした駅だ。もちろん、今回も存分にもふらせてもらった。これら大量に居た馬は、駅の周りの豊かな草原に育まれていたようだ。2度ほど通っていても気付かなかったが、巻藁の山が駅から少し離れた場所に備蓄されていた。馬は、1日に10kgほど食べると聞いたことがある。少し小柄なこの世界の馬たちは、それほどでもないかもしれないけど、少なくともヒトよりは食べるだろう。椿が見学する側で、作りたてのまだ青い巻藁が並べられていくのだった。
神都やフーリィパチと異なり、大きな広場のないスペンチアでは街の外周に馬を置き留めた。まるで工兵のように、屋根のない簡易的な厩を建て始めるニジニ兵達、君たちは何でも出来過ぎだろう。気持ち悪いくらい統制が取れているし。脳筋が尊ばれるニジニでは、全体的に体育会系のノリなのかもしれない。まあ、そもそも軍隊だしね。
もしくは、いつぞやの糞モブ兵とは育ちが違う層なのだろう……
疲労の濃い椿は、大人しく大聖堂へ向かう。
考えてくれたまえ、移動だけで8時間だよ。車だって8時間も運転したらクタクタだ。それを2日間も! 疲れないのは身体だけで、精神的にはかなりくる。正直、案内人とやらに会うのも明日でいいではないかと思うくらいだ。実質、2日は短縮して来たんだし。
住人たちも眠り入るには少し早い頃、篝火で照らされた夕闇の教会に足を踏み入れる。奇しくも、覗き魔女ポーシャが道連れに加わった日と同じ刻限だ。講堂では、数人が一行を迎え入れるために待っていた。
その中から一歩進み出た者に、思わず椿は身構える。
『お嬢様! お待ち下さい!!』
熊モードで斬りかかる寸前、シェロブの制止でなんとか踏みとどまった。いやいや、椿にしてみれば青鬼に比肩する驚異が目の前に居る、身構えて当然だ。
なんせ、そこに居たのは耳長なのだから。
『シェロブ、説明をちょうだい』
『この方が案内人です。
一度お伝えしましたが、
特にヒトと森人は敵対しておりません』
『以前、襲ってきたじゃない』
『あれは、お嬢様の身柄が狙いです。
なんせ女神様と同じ白い魔力の持ち主です。
個人的に信心が劣るとは思いませんが、
彼らは全体的に信仰が深いのですよ。
なんせ200年振りに聖女が顕現したのです、
なんとしても迎え入れたかったのでしょう』
なるほど、全員がシェロブみたいな連中だ、と。制止するついでに、椿に抱きついたまま離れない白侍女を見おろして思う。
……いやいや、襲いかかってきた連中は、明らかに殺気があったぞ。
まだ燻る椿の怒気を茶化すように、軽い口振りが割って入ってきた。
『相変わらず凄い踏み込みだな。
俺じゃあ止めるのは間に合わなかった、
そこの侍女さんに感謝しなきゃな』
また会うだろうとは思っていたけど、やっぱりか。
こいつはフーリィパチから神都に向かう1つ目の駅を守護する男だ。片手剣ひとつで青鬼2体を相手取れる凄腕であった。なるほど、イオシキーお爺ちゃんが寄越した応援は彼だ。以前見た限り、この男とは魔法なしで斬りあったら勝てないと思う。
精鋭中の精鋭ではないか。しかも顔見知り。出来過ぎの人選だよ。
椿が落ち着いた頃を見計らって、改めて各人の紹介があった。この場を取り持ったのは、スペンチアの責任者である糞司祭ことアシファナだ。出会ってからずいぶん経つが、やっとこさ名前が出てきたね。
そして、1つ目の駅のごっつい男ことカザン、こちらも名前は初出だ。
火山か…… 名前負けしてないぞ、凄い男だぜ。
最後が問題の耳長だ。
『ケレブスィールと呼んで欲しい。
貴方に会うのは、これで3度目になる』
おー、ロムトス語だよ。
『遥か昔、我々森人とヒトは同じ王の元で文化を築いたのだ。
太古の言葉を使う者も僅かに残るが、我々はヒトと同じ言葉を使う』
思わずこぼした椿の言葉に、律儀に答えてくれる。その目に憎しみはない。
『勘違いしないで欲しい、我々は誰も貴女を恨んでいない。マンマゴルを弔ってくれたのも知っている。
彼の死は、勘違いで行動した我々の責任だ』
あの上下に分かれた剣耳長かな…… 異世界だし、土葬からも復活するかもと考えたが、流石に死んだのか。椿が手に掛けた中で、初めて死が確認された相手になってしまった。
しかし、3度目と? 大樹の森の弓耳長だよね? すると、神都の座敷牢でシェロブに足を刺されたのも同一人物だったのか。
『一応、確認しておくけど、
なんで襲ってきたの?』
黒髪が暫定魔王と分かってはいる、分かってはいるが聞いておく。
『新しい霊穴が発見され、その直ぐ側に黒髪の貴女が現れた』
あー、それは、まあ…… 仕方ないよね。椿が周りに視線を巡らすと、スターシャもポーシャも目をそらした。二人共、黒髪と言う理由で椿に襲いかかってきた口だ。君たちは悪くないよ。すべては、黒髪の椿を選んだ糞女神が悪い。
耳長達も例に漏れず、椿の白い魔力を確認してすぐに勘違いだと気付いたらしい。だがしかし、椿には言葉が通じなかった。その結果がアレなのだ。しかし、神都であれだけ激しい殺し合いをしておいて、この耳長は割と図太い性格しているよな。少しくらいは禍根が残りそうなものなのに。
『お嬢様、アレは木人です。
よくできた偽物です。
実際は独りだったのですよ。
固有魔法を使う森人は、とても少ないのです。
使えばすぐ、誰か分かるほどに』
えっ? あの座敷牢を襲ってきたのは、ケレなんとかさんが独りだったと?
つまり、あれはシェロブとの一騎打ちだったのか。なら、当人間に禍根がないなら良いか。……良いのか? シェロブなんてお腹に剣を突き立てられたでしょうに、気にした様子がない。ひょっとすると、この二人は何度かやり合ってるんじゃなかろうか。だってあのとき椿は、ケレブスィールの魔法の行使に気付かなかった。魔法に関してはシェロブが一枚も二枚も上手なのは承知しているが、それでもあの一時で見破るのは予備知識があったからなんだろう。
それから話し合いの場は食堂に移った。
霊穴は、先程の話に出た「大樹の森」の奥にあるそうだ。商隊が人頭鳥に襲われていた場所の先だな。下草の少ない、大木の多い森で、とても良い景観であったのを覚えている。
その森に、普段は現れないゴブリンが、にわかに出没するようになったそうだ。調査の結果、霊穴を発見したらしい。半年前のその時点では、恐らく出現して間もなかったのだろう、守り人は確認されていない。その代わりに、周囲を探索したところで見つかったのが椿だったと言うわけだ。
ケレなんとかさんは、椿の白い魔力を確認してすぐに、神都に攫いにきたそうだ。そこで撃退されたのだが、直後にイリヤお爺ちゃんに接触して、霊穴の対処に助力を願ったのだと言う。心のお強い人だ……
その結果、言葉も分からない聖女の誤解を解くのは難しかろうと、イリヤお爺ちゃんに追い返された。
あれから半年、ロムトス東部の霊穴が閉じたことは、すぐに森人達に伝わったみたいで、再び接触してきたのがここまでの流れだ。
大樹の森の霊穴は、今ではロムトス東部と同様に土俵が築かれ、守り人も出現する。
なんと、ゴブリンだそうだ。ケレなんとかさんが率いる討伐隊は、このゴブリンを仕留められなかったらしい。どんなゴブリンなのやら…… 想像できないよ。
3馬鹿と他の数名を加えた神殿侍女たちが食事の準備をしてくれた。森人はヒトと同じ食事でいいようだ。なんか、生臭は駄目とかじゃないの? このスープには鶏肉が入っているが、彼のは別のメニューなのかな。
新たなファンタジー要素に興味津々な椿であるが、隣の少女も同じようだ。茜が耳長に熱い視線を送っている。
この子、割と面食いだよね…… 母親とはえらい違いだ。茜の父親は、イタリア人の強面ムキムキマッチョだ。母親の容姿に、父親譲りの長い足の美少女、色々恵まれすぎている。
ちなみに彼女の髪も黒と言えば黒だが、日の光の元では明るい栗色になるブルネットだ。半年前の彼女はヘアカラーをあてた、もっと明るい茶髪であったが。
ごつ兄ことカザンも、大人しく食事をしている。体のでかさに比例した食欲を見せるかと思ったが、他と変わりないようだ。耳長の印象が強烈すぎて、折角のごつ兄との再開が薄味になってしまった。
まあ、明日からは道連れになるのだ、嫌でも絡むことになるだろう。
そして、大樹の森への出発は、当然の流れで明日と決まった。
せめてもと思い、カミラの職場に押しかけた。
椿を見たカミラはこの再会に、幾ら何でも早すぎると言って笑いだした。これが幸せって奴だ。
そのまま、カミラの職場を見学させてもらう。白い割烹着のようなエプロンを着けた数人が、ポーションと似たような薬品を作っている。生産ではなく、研究目的だろうか。椿は大学で化学の研究室を見学できる伝を持たなかったが、きっとこんな感じだったのだろう。みんな、手元の作業に熱中して、椿に気付かない者だって居る。
そんな雰囲気の中でテキパキと作業を熟し、入れ代わり立ち代わり指示を仰ぎにやって来る若い子たちを捌く。カミラは見た目通りの出来る女振りだ。特に老けて見えないため忘れてしまうが、一児の母だ。今は独り。少し翳のあるこの女性に椿は心惹かれるのだ。
勤務を終えれば、一緒に買い物をしてから帰る。
10日ほど前にそうしたように、存分に日常を楽しんだ。
翌朝、また笑顔で手を振り合ってカミラと別れた。交わす言葉は前回の繰り返し、でもそれは温かく、柔らかい。
余韻に浸りたいところであったが、向かう大門の広場で現実に引き戻される。前回と異なり、3馬鹿と一緒に茜やマーリンが待っていた。何も言わなくても分かるよ、今回はずっとお馬さんを強化しながら進むのだろう。
そんな訳で、今回は殿ではなく、隊列のど真ん中に馬車を配置された。いっそのこと、以前に出た意見に倣って「全員を強化して走る」を提言してみたが却下された。運べる荷物がどうしても少なくなるらしい。強化していればお腹は減らないが、寝る必要はある。たしかに、天蓋やら寝床の準備は必要だ。
隊列は大幅に変更されていた。もう、完全に身体強化魔法を使う前提の構成だ。
まず、馬車はすべて1頭立てになった。強化されたお馬さんは大変に力持ちとなる、1頭で満載の馬車が引けてしまうのだ。そして、騎乗するニジニ兵達は全員が武装している。元々は、哨戒に当たる数名や、交代であたる隊列の護衛、盾役のみが完全武装していた。その他は体力の消耗を避けるため、身軽な装備で過ごす。事に当たる場合は全員が武装する。その他の状況では、余分な装備は馬車に積んで運ぶものなのだ。
しかし、これからは強化で人馬共に負担が減るため、馬車に積まずに着て運ぶ事となった。積荷が減ったため馬車は減るし、幾つかは交代要員の休憩場所として使う。
そんな気合の入れ様で望む道中、ニジニ勢はスペンチアまで2日で走破するつもりなのかもしれない。
眼鏡のイケメンことマーリン氏は、霊穴から帰還しながらの数日で編成を練り直したのだ。指示通りの編成を、1日で済ますニジニ兵達の練度も、やはり目を見張るものがある。本当に、ニジニの中でも特に優秀な人材が派遣されてきたのかもしれない。第一王位継承権を持つらしい弟君は、どんな気持ちで兄である糞王子に、この一団を預けて送り出したのか。
ちなみに、その糞王子は神都でお留守番である。
・・・・・
椿の見立て通り、一行はスペンチアまで僅か2日で辿り着いた。
森の中と異なり土の上を行く道中、魔力を広げる事が出来るか心配であった。ところが存外に植物というものは土中に広く存在するようで、前回よりコンパクトになった隊列をギリギリでカバーできた。
途中で宿泊したのは、以前にお馬さんを存分にナデナデした駅だ。もちろん、今回も存分にもふらせてもらった。これら大量に居た馬は、駅の周りの豊かな草原に育まれていたようだ。2度ほど通っていても気付かなかったが、巻藁の山が駅から少し離れた場所に備蓄されていた。馬は、1日に10kgほど食べると聞いたことがある。少し小柄なこの世界の馬たちは、それほどでもないかもしれないけど、少なくともヒトよりは食べるだろう。椿が見学する側で、作りたてのまだ青い巻藁が並べられていくのだった。
神都やフーリィパチと異なり、大きな広場のないスペンチアでは街の外周に馬を置き留めた。まるで工兵のように、屋根のない簡易的な厩を建て始めるニジニ兵達、君たちは何でも出来過ぎだろう。気持ち悪いくらい統制が取れているし。脳筋が尊ばれるニジニでは、全体的に体育会系のノリなのかもしれない。まあ、そもそも軍隊だしね。
もしくは、いつぞやの糞モブ兵とは育ちが違う層なのだろう……
疲労の濃い椿は、大人しく大聖堂へ向かう。
考えてくれたまえ、移動だけで8時間だよ。車だって8時間も運転したらクタクタだ。それを2日間も! 疲れないのは身体だけで、精神的にはかなりくる。正直、案内人とやらに会うのも明日でいいではないかと思うくらいだ。実質、2日は短縮して来たんだし。
住人たちも眠り入るには少し早い頃、篝火で照らされた夕闇の教会に足を踏み入れる。奇しくも、覗き魔女ポーシャが道連れに加わった日と同じ刻限だ。講堂では、数人が一行を迎え入れるために待っていた。
その中から一歩進み出た者に、思わず椿は身構える。
『お嬢様! お待ち下さい!!』
熊モードで斬りかかる寸前、シェロブの制止でなんとか踏みとどまった。いやいや、椿にしてみれば青鬼に比肩する驚異が目の前に居る、身構えて当然だ。
なんせ、そこに居たのは耳長なのだから。
『シェロブ、説明をちょうだい』
『この方が案内人です。
一度お伝えしましたが、
特にヒトと森人は敵対しておりません』
『以前、襲ってきたじゃない』
『あれは、お嬢様の身柄が狙いです。
なんせ女神様と同じ白い魔力の持ち主です。
個人的に信心が劣るとは思いませんが、
彼らは全体的に信仰が深いのですよ。
なんせ200年振りに聖女が顕現したのです、
なんとしても迎え入れたかったのでしょう』
なるほど、全員がシェロブみたいな連中だ、と。制止するついでに、椿に抱きついたまま離れない白侍女を見おろして思う。
……いやいや、襲いかかってきた連中は、明らかに殺気があったぞ。
まだ燻る椿の怒気を茶化すように、軽い口振りが割って入ってきた。
『相変わらず凄い踏み込みだな。
俺じゃあ止めるのは間に合わなかった、
そこの侍女さんに感謝しなきゃな』
また会うだろうとは思っていたけど、やっぱりか。
こいつはフーリィパチから神都に向かう1つ目の駅を守護する男だ。片手剣ひとつで青鬼2体を相手取れる凄腕であった。なるほど、イオシキーお爺ちゃんが寄越した応援は彼だ。以前見た限り、この男とは魔法なしで斬りあったら勝てないと思う。
精鋭中の精鋭ではないか。しかも顔見知り。出来過ぎの人選だよ。
椿が落ち着いた頃を見計らって、改めて各人の紹介があった。この場を取り持ったのは、スペンチアの責任者である糞司祭ことアシファナだ。出会ってからずいぶん経つが、やっとこさ名前が出てきたね。
そして、1つ目の駅のごっつい男ことカザン、こちらも名前は初出だ。
火山か…… 名前負けしてないぞ、凄い男だぜ。
最後が問題の耳長だ。
『ケレブスィールと呼んで欲しい。
貴方に会うのは、これで3度目になる』
おー、ロムトス語だよ。
『遥か昔、我々森人とヒトは同じ王の元で文化を築いたのだ。
太古の言葉を使う者も僅かに残るが、我々はヒトと同じ言葉を使う』
思わずこぼした椿の言葉に、律儀に答えてくれる。その目に憎しみはない。
『勘違いしないで欲しい、我々は誰も貴女を恨んでいない。マンマゴルを弔ってくれたのも知っている。
彼の死は、勘違いで行動した我々の責任だ』
あの上下に分かれた剣耳長かな…… 異世界だし、土葬からも復活するかもと考えたが、流石に死んだのか。椿が手に掛けた中で、初めて死が確認された相手になってしまった。
しかし、3度目と? 大樹の森の弓耳長だよね? すると、神都の座敷牢でシェロブに足を刺されたのも同一人物だったのか。
『一応、確認しておくけど、
なんで襲ってきたの?』
黒髪が暫定魔王と分かってはいる、分かってはいるが聞いておく。
『新しい霊穴が発見され、その直ぐ側に黒髪の貴女が現れた』
あー、それは、まあ…… 仕方ないよね。椿が周りに視線を巡らすと、スターシャもポーシャも目をそらした。二人共、黒髪と言う理由で椿に襲いかかってきた口だ。君たちは悪くないよ。すべては、黒髪の椿を選んだ糞女神が悪い。
耳長達も例に漏れず、椿の白い魔力を確認してすぐに勘違いだと気付いたらしい。だがしかし、椿には言葉が通じなかった。その結果がアレなのだ。しかし、神都であれだけ激しい殺し合いをしておいて、この耳長は割と図太い性格しているよな。少しくらいは禍根が残りそうなものなのに。
『お嬢様、アレは木人です。
よくできた偽物です。
実際は独りだったのですよ。
固有魔法を使う森人は、とても少ないのです。
使えばすぐ、誰か分かるほどに』
えっ? あの座敷牢を襲ってきたのは、ケレなんとかさんが独りだったと?
つまり、あれはシェロブとの一騎打ちだったのか。なら、当人間に禍根がないなら良いか。……良いのか? シェロブなんてお腹に剣を突き立てられたでしょうに、気にした様子がない。ひょっとすると、この二人は何度かやり合ってるんじゃなかろうか。だってあのとき椿は、ケレブスィールの魔法の行使に気付かなかった。魔法に関してはシェロブが一枚も二枚も上手なのは承知しているが、それでもあの一時で見破るのは予備知識があったからなんだろう。
それから話し合いの場は食堂に移った。
霊穴は、先程の話に出た「大樹の森」の奥にあるそうだ。商隊が人頭鳥に襲われていた場所の先だな。下草の少ない、大木の多い森で、とても良い景観であったのを覚えている。
その森に、普段は現れないゴブリンが、にわかに出没するようになったそうだ。調査の結果、霊穴を発見したらしい。半年前のその時点では、恐らく出現して間もなかったのだろう、守り人は確認されていない。その代わりに、周囲を探索したところで見つかったのが椿だったと言うわけだ。
ケレなんとかさんは、椿の白い魔力を確認してすぐに、神都に攫いにきたそうだ。そこで撃退されたのだが、直後にイリヤお爺ちゃんに接触して、霊穴の対処に助力を願ったのだと言う。心のお強い人だ……
その結果、言葉も分からない聖女の誤解を解くのは難しかろうと、イリヤお爺ちゃんに追い返された。
あれから半年、ロムトス東部の霊穴が閉じたことは、すぐに森人達に伝わったみたいで、再び接触してきたのがここまでの流れだ。
大樹の森の霊穴は、今ではロムトス東部と同様に土俵が築かれ、守り人も出現する。
なんと、ゴブリンだそうだ。ケレなんとかさんが率いる討伐隊は、このゴブリンを仕留められなかったらしい。どんなゴブリンなのやら…… 想像できないよ。
3馬鹿と他の数名を加えた神殿侍女たちが食事の準備をしてくれた。森人はヒトと同じ食事でいいようだ。なんか、生臭は駄目とかじゃないの? このスープには鶏肉が入っているが、彼のは別のメニューなのかな。
新たなファンタジー要素に興味津々な椿であるが、隣の少女も同じようだ。茜が耳長に熱い視線を送っている。
この子、割と面食いだよね…… 母親とはえらい違いだ。茜の父親は、イタリア人の強面ムキムキマッチョだ。母親の容姿に、父親譲りの長い足の美少女、色々恵まれすぎている。
ちなみに彼女の髪も黒と言えば黒だが、日の光の元では明るい栗色になるブルネットだ。半年前の彼女はヘアカラーをあてた、もっと明るい茶髪であったが。
ごつ兄ことカザンも、大人しく食事をしている。体のでかさに比例した食欲を見せるかと思ったが、他と変わりないようだ。耳長の印象が強烈すぎて、折角のごつ兄との再開が薄味になってしまった。
まあ、明日からは道連れになるのだ、嫌でも絡むことになるだろう。
そして、大樹の森への出発は、当然の流れで明日と決まった。
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ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
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