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第50話 衛星都市フーリィパチ

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 6ヶ月前に通ったこの道は、椿の貧相な語彙力で例えるなら、サバンナのような荒涼とした平野だった。夏に向かう今、そこは地平線まで視界いっぱいに緑で埋め尽くされた草原が広がっている。

 踏み固められた街道こそ草は生えていないが、走り抜ける椿の鼻腔には濃い緑が届いてくる。深く蒼い空と、陽光を反射する白い雲が成す強いコントラストが、もうすぐやってくる夏を感じさせた。この清々しい気持ちは、インドア派の椿が経験してこなかったものだ。これなら同僚の山ガールや、ツーリング好きのハーレー・ダビッドソン乗りの上司などの気持ちが少しは理解できる。



 そんな気分に水を差すように、黄色い全裸の小男や、青い肌したムサイ大男が襲ってくる。

 ゴブリンの集団は椿の姿を確認してから木立の中からバタバタと現れた。これは、ほぼ無視できるのでマシな方だ。問題は青鬼オーガの方だ。こいつらは街道脇のヤブに潜んで、走り抜けようとする椿に大剣を浴びせてきた。それを避けた先に、潜んで居た別の1体が追撃してくる。もう少しアホなら良いが、ちゃんと連携してくるのでたまらない。
 力任せの大振りを潜り抜け、すれ違いざまに青鬼の腕を切り落とす。青鬼が厄介なのは、腕の一本くらいでは戦意を無くさないところだ。構わず追いかけてくるし、どれだけ引き離しても諦めないのだ。結果として、椿は後ろに大量のゴブリンや、青鬼を引き連れて走る形になる。

 1体居れば討伐隊が組織されるという青鬼、出没し過ぎだろう。この国は大丈夫なんだろうか? 明らかに流通が止まるぞ。イカレ王が椿を餌に、国内の亜人討伐をニジニに持ちかけるのも納得の状況だ。

 あまりのしつこさに、ニジニ軍と茜を追い抜いたことを割と本気で後悔しだした頃、正面から騎乗の一団が現れた。
 これはまた、面倒な事になった。椿が独りなら、このまま走って逃げ切れる。しかし、この連中は簡単に逃げられないだろう、このままだと後ろのゴブ軍団に巻き込んでしまう。

 振り返る椿の視線の先には、4匹に増えた青鬼と、数えるのもウンザリするゴブリンが迫っていた。

 面倒だが、あの団体を迎え撃たなくては……



 身体強化魔法の魔力を全身に充実させ呼吸を整える椿に、まずは青鬼が走り込んできた。

『おい! 早く逃げろ!!』

 椿が中段に木薙刀を構えたと同時に、騎乗の戦士が叫びながら脇を走り抜けていく。
 革鎧に必要最低限の板金で補強しただけの武装の男は、駆け抜ける馬上から強烈な打ち下ろしを青鬼に浴びせる。青鬼の反撃を片手で構える剣で、膝も器用に使って難なく受け止めていく。追いすがる2匹目の青鬼を含め、堅実にいなして近づけさせないでいた。

 ――凄い腕前だ。

 青鬼を単独でどうこうできる人なんて、そうそうそう居ないとか言っていなかったか? 眼の前に居るぞ、しかも複数を一度に相手している。

 騎馬の一団は、この男が囲まれないように巧く他の亜人を牽制している。ニジニ軍とは、違う練度の高さが伺えた。

『そこの! ボーッとするな! 走れ!』

 感心して状況を眺めている椿に、青鬼が迫ってきた。他の騎馬には見向きもせず、一直線に椿を襲ってくる。先程、片腕を落とした個体だ。凄まじい形相で椿に打ち掛かってきた。

 椿は剣を振り下ろそうとする青鬼の手首を木薙刀で跳ね上げた。自らの腕力で手首を斬り落とした青鬼がたたらを踏むその脇に廻り込み、左足首を払って斬り落とす。そして倒れ込む青鬼の心臓、いや心石を背中から刺し貫いた。

 ゴブリンは騎馬の一団が抑えてくれている。一対一なら青鬼だろうと問題ないぞ、一対一なら。

 続いて現れた4匹目の青鬼も、問題なく片が付く。落ち着いて対峙すれば青鬼なぞ、我が祖父より一段も二段も劣るのだ。でかくて力が強いが、剣術に関しては達人には程遠い。身体強化魔法なんて不思議パワーの存在するこの世界では、腕力の差なんぞあってないようなものだ、驚異にならない。

 自分でもこれだけやれるのだ、うちの祖父ならどれだけ活躍できるだろうか。いっそ、勇者としてあの妖怪爺を呼べば良かったのだ、糞女神よ。

 周りを確認すると、脇腹に槍の刺さった青鬼がトドメを刺されるところだった。すでに、その足元には全身ボロボロの青鬼も転がっている。どんだけどついたら、ああなるんだ……



『槍1本で青鬼(オーガ)を2体も仕留めるとは、呆れたやつだ』

 青鬼がすべて倒され、散っていくゴブリンを一顧だにせず、騎乗の男が声を掛けてきた。この男には覚えがある、部長ことゴブリン部隊長と、その一団を無傷で片付けていた男だ。たしか、フーリィパチから神都に向かう最初の駅に居たはずだ。

『剣1本で、あの化物と渡り合うようなヒトに言われたくないです』

『お前、見覚えがあるな』

 目を細めて見つめる男に、椿は腰にぶら下げた水筒を掲げると、身体強化の魔力を抜いて髪の色を戻してみせた。この水筒は、この男に貰ったものだ。

『あぁ、ああぁ、思い出した! お前か!
 ちゃんと生きてたか!!

 腕を上げた、って言うより
 それが本来の得物か?

 さっきの髪の色と言い、お前さん
 なかなか興味深いな』

 しかめっ面で寡黙そうな見た目が一転して、ひょうきんな外国人みたいに表情を変えて声を上げる。懐かしい駅の宿の女将さんと同じ豪快な笑い方を見せる男が、矢継ぎ早に話しかけてきた。

 魔法に親しんだ今なら分かるが、この男の身体にも魔力が満ちている。白侍女シェロブとは比べるべくもないが、騎乗の一団の中では群を抜いている。

 やはり、強者は魔力を纏っているのだな。気と同じだ、うん。光るのだ、強者は。

 しかし、この男のやり方は中途半端で勿体無い。覗き魔女のポーシャと同じで、ただただ身体に魔力を溜めているだけなのだ。今までの経験上、やはり循環させねば効果が薄いと思う。この世界のヒトは心臓の代わりに心石とやらを持っている。そこに魔力を通せば、個性という色が付く。それを世界に顕現するのが魔法なのだと理解している。シェロブの壁抜けだったり、ポーシャの覗き見だったり。

『個性だ?
 魔力の色のことか』

『色もそうなんだけど、
 どんな働きをするかってところ。

 妙なことができるヒトが居るでしょう?
 やり方があるみたいなんだよね。

 ちょっと両手を出してみて、
 手のひらを上にして』

 騎乗の他の面々は、青鬼やゴブリンの解体を始めた。もうしばらくは、付き合ってもらえそうだ。それなら、体験してもらうのが一番だろう、ポーシャのように。

 馬を降りて近づいてきた男が両手を差し出してくる。片方ずつ手をとって、ふたりで輪になる。要領は同じだ、右手から魔力を流し込み、左手から受け入れる。肚から魔力を吹き上げ、心石を通して身体に循環させるのだ。

 やはり、この世界のヒト達は心石を中心に循環していく。心石から左手、心石に戻り同様に右足、心石から頭、心石から左足、心石から右手の順となる。星型だ。椿の場合は血液を模しているため、その流れに沿うのでコレとは少し異なる。

 手を繋いだ二人を茶化していた周りも、この変化に気づいたようだ。

『おおぉ、お前がやってるのがコレか?』

『自分だけで、できるようになってね』

 男の身体に満ちた魔力が薄く発光しだした。

 神官スターシャができるのだ、この男も十分な魔力を持つので普通の強化魔法が使えるだろう。その点、シェロブは全身にこそ循環させないが、魔法を発動させる際には魔力を心石に通す流れがあった。

 初めて見る黄色い魔力持ちのこの男も、なにか特別な魔法が使えるようになるかもしれない。

『固有魔法って奴か。

 俺には才能がないと言われたが
 ……これができるようになった先にある、と』

 神経が研ぎ澄まされる感じ、これでも十分に凄いんだがな、と男は零す。

『今日の夜に寝るまでは、
 その状態を簡単に維持できると思う』

『お前が白くなってんのは、
 その先って処に届いたってことか』

『いやー……
 足ふみを続けていたら、床が抜けたってところかなぁ』

 別に白くなる必要はないのだ。

『……その例えはよく分からん』

 折角もらった機会なので、心石に魔力を通す感覚をできるだけ体験しておくと張り切る男に、土産としてキラキラポーション数本を渡しておく。この男なら、勝手に強くなっていくだろう。ここまでかかずらってしまったこの世界、それなりに愛着も湧いてくる。少しでも戦力が増えて、長持ちしてくれれば良い。

 教会の街まで哨戒すると言う男に、ニジニ軍と勇者が亜人を殲滅しながらこちら向かっていることを伝えた。駅に戻ったほうが良いと思う。茜に誤爆されたらタダでは済まない。

 そして、椿自信もフーリィパチに急ぐのでと別れを告げる。

『女将さんに、よろしく』



 発展型の身体強化魔法と熊モードで走り出した椿の後ろから、騎馬の一団から歓声があがる。

『はえー!!』
『こえーよ!』
『え? あれ女なのか?!』

 髪は長いし、スカートも履いている。割とスタイルには自信がある。それでも、女と認識されづらいのは何故なのだろう…… 顔か? くそっ!

 以前、開拓村へと続く道に向かい、進路を間違えた箇所に差し掛かる。今度は、T字路に突き当たるの形なので、間違いなくフーリィパチへの進路を取れた。
 崖沿いの坂道を駆け上がり、今度は右手に林を見ながら駆け進む。女将さんに会おうかとも思ったが、最後の駅も素通りした。なだらかな丘を、何度か迂回すると見覚えのある城壁が視界に入ってくる。

 あれから亜人を見かけないのは、あの男と騎馬の一団が片付けたのだろうか。
 そう言えば、男の名前を聞かなかったな。まあ、なんとなく、また会いそうな気がする。

 そして、シェロブに予想してみせた通り、ほぼ5時間でフーリィパチに辿り着いたのだった。
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