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国王陛下の苦悩

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私はフラントリウム王国第98代国王サルバート・ツォル・フラントリウム。父である先代の国王から王位を引き継ぎ、13年。元々私は第2王子で、王位継承権第2位であり、王位を継ぐ立場にはなかった。それが、何故王冠を戴くことになったのか。全ては第1王子であった兄の暴走のせいだ。

今から22年前。私は16歳。兄は17歳。仮婚約者に合わせて2年入学を遅らせた私は、当時の1年生だった。兄も同様の理由で1年遅らせていた。その頃は兄と仮婚約者も普通に仲が良かったと記憶している。だが、兄は私と同じ年に入学してきたとある子爵家のご令嬢に、あろうことかコロッと落ちてしまった。

私には未だに彼女のどこが良かったのかさっぱりわからない。ずっと病気を患っていたとかで、貴族の令嬢として当たり前に身に付いているはずのことが全く身に付いていない無作法で空気の読めない礼儀知らず。それが彼女に対する私の持つ印象だった。

だが、兄は違った。か弱そうで守ってあげたいと思ったようだ。最高相性だったことも後押ししたようだ。1年生のCクラスの彼女と3年生のAクラスの兄がどうやって知り合ったのか私は知らない。兄は学園でも夜会でも社交に不慣れな彼女に寄り添い、仮婚約者を蔑ろにした。仮にも最高相性の自ら選んだ相手を、だ。正気を疑った。当然だが、子爵令嬢自身は上位貴族からは蔑まれ、下位貴族からは妬まれた。兄は大半の貴族から反発を食らうようになった。

そして、兄は卒業と同時に自らの意思で王族籍を辞したが、それだけに留まらず、今後の憂いを無くすためと、父王の判断で王族の系譜からも抹消された。王位継承権などあるはずもない。兄は一切反発せず、粛々と受け入れていた。そして、グラスホップ男爵という一代限りの爵位を受け、領地を持たない法会貴族となり、件の子爵令嬢と婚姻を結んだ。

兄の仮婚約者だったバーデンテール公爵令嬢は、3年生の終る頃、兄との仮婚約を解消し、その直後に留学生として学園に通っていたキルム王国の公爵子息と仮婚約を結んだ。あちらの猛烈な求婚があったのだとか。卒業後、その子息と正式に結ばれ、かの国で幸せに暮らしているという。

兄があの女に落ちてすぐ、私は自分がこの国を背負うことになると何となく察していたが、それでも国王という重責を押し付けられたことに苛立ったのは仕方ないと思う。王妃にもいらぬ苦労をかけてしまった。

私の卒業から2年。漸く兄のことも話題にでなくなった頃、兄とその妻となった元子爵令嬢が、馬車の事故で帰らぬ人となってしまった。ふたりで出掛けた帰りのことだったという。厄介なことに生後半年の男の子を遺したまま。当時の国王夫妻であった両親の願いでその子供は、私たちの子として王宮で引き取ることになった。側近たちから反対の声も多かったが、兄を亡くしたことで気落ちした両親の願いを撥ね付けることはできなかった。私も妻も第1王子のクレイグや第3王子のウィリアム、その双子の妹である第1王女のセルフィーナと同じように分け隔てなく愛情をかけたつもりだ。



だが・・・・。

蛙の子は蛙、なのかもしれない。



「フィリップス、本気なんだな?」

「はい。私の決意は変わりません」

「そうか。残念だ」

社交シーズンに入り、学園から戻ってきたフィリップスを私室に呼んだ。クレイグから聞いてはいたが、仮婚約者のエルシア嬢の目の前で求婚したとか。何処で育て方を間違えたのか・・・・。隣で王妃も頭を抱えている。

「エルシアとの仮婚約の解消とクレマチスとの仮婚約の許可をいただけませんか?」

「ハァ・・・・。いいだろう」

フィリップスは嬉しさに顔を綻ばせたが、それだけで終るはずもない。

「ただし!!!お前は王族籍から外す。王族の系譜からもだ」

「そんな!何故!」

どうやら、こいつは兄と違い、そこまでの覚悟はなかったようだ。国王である私や前国王であった父上が頭を下げて取り付けた仮婚約をどこまでも軽く考えているからに他ならない。本人は自分が選んだのだから、簡単に解消できるとでも思っているのだろう。そんなわけがない。何故なら・・・・。

「そして・・・・。これはお前とエルシア嬢の婚姻を待って告げるつもりでいたが・・・・」

私はここで言葉を切った。フィリップスがどう反応するか不安になったからだ。

「あなた。しっかりなさいませ!」

「ああ。そうだな。フィリップス、お前は、私の兄の子だ」

フィリップスにとっては残酷かもしれない事実を淡々と告げた。自分の本当の両親の起こした醜聞も何もかもをだ。フィリップスは呆然としているように見えた。

「は、ははははははは。蛙の子は蛙だったというわけだ。ふふ、ふふふふふふ。通りで偽王子と言われたわけだ。ははははは」

なんだと!誰がそのようなことを!

「誰だ。そのような不敬なことを言った輩は?!」

「私の周りの使用人、特に年配の者はみな陰でそう言っていましたよ。そう言うことだったんですね。訳がわかってスッキリしました。フフフフ」

不気味に笑い続けるフィリップスに壊れたのではないかと不安がよぎる。

「私も王妃もお前を生後半年で引き取って以来、実の子と思っている。だから、お前が成人し、真実を知った後でも頼れる後ろ楯としてヒッチコック侯爵令嬢との仮婚約も整えた。フォンテーヌ公爵家が一番であったが。ハァ・・・・。せんないな。くれぐれも短慮は起こすでないぞ?」

「十分心得ておりますよ。で、私は明日から何処で暮らせばよろしいので?」

「あ、ああ。貴族街の外れにお前の両親が住んでいた屋敷がある。手入れはしてあるからそこで暮らすといい。準備もあるだろうから急き立てるつもりはない。お前付きの侍従や侍女たちは、元々兄の所にいた者たちだ。連れて行って構わない。今後はグラスホップ男爵を名乗るように。一代限りの法会貴族だが、シャベルテート男爵家に婿入りするのだから、構わんだろう。それとお前の両親が遺した財産は卒業後に渡す。学園卒業までは王家で持つが、法会男爵の年俸を基準とする。それと、明後日のデビュタントの夜会には参加せよ」

「分かりました。過分の御配慮、有難うございます」

物分かりの善すぎるその態度に不信感が募ってゆく。冷たく底冷えのする目をしている。あんな目をする子だったろうか?

「下がってよい」

フィリップスは一礼後、こちらを振り返ることなく去っていった。私は不本意ながら、王弟であり諜報部を取り仕切るサミュエルを呼び出し、フィリップスを監視させることにした。

これ以上、何事も起こしてくれるなよ。いくら私でも庇いきれなくなるからな?
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