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王太子殿下の視線の意味が分からない。何かしただろうか?そんなことを気にしながら、王宮神殿から別の場所に移動するみんなの後を一生懸命ついて行ったが、大人の足には追い付けず途中で見失ってしまった。リルアイゼはお父様に抱っこされ、クルーガはお母様の腕の中だ。私の護衛はお役御免となったのか何処にもいない。

どうしよう?

『キュウちゃん、コマちゃん。屋敷に帰ってもいいと思う?』

『王都観光しようよ』

『ライナスは探しそうだが、適当にまたここに戻ればいいのではないか?』

そうは言っても、この格好はダメだな。

『一度私の部屋で着替えてから王都観光に行こう』

誰にも見つかることなく、私は自室で着替え、王都に繰り出した。お兄様と出掛ける領都より遥かに広い。行けども行けども道は続き、お店が建ち並んでいる。キョロキョロと辺りを見回しながら歩く私は、観光客お上さんまる出しだろう。

ドン!

「わっ!」

少年と肩がぶつかってたたらを踏んだ。前から歩いてきていたその少年をちゃんと避けたつもりだった。

「気を付けろよ!田舎者が!」

「おっと」

私の後ろで男の人が少年を捻りあげた。キュウちゃんとコマちゃんも唸り声をあげている。何が起こっているのか分からない。唖然とふたりを見つめた。男は少年のズボンのポケットを探ると何かを取り出した。

「ほら、嬢ちゃんのだろ?」

「!!!」

握られているのは私の財布。お兄様から誕生日にもらった大切なものだ。

『すまんな。あいつに先を越された』

『すぐに取り返すつもりだったのに!』

『スリ?』

気付かなかった・・・・。

「・・あ、ありがとう、ございます?」

戸惑いからお礼が疑問系になってしまったが、男は気にしていないようだ。

「こいつ、どうする?」

「離せ、離せよ!」と暴れる少年の処遇などどうしたものか?困っていると近くを通った衛兵が男に事情を聴き、連れていってくれた。常習犯だそうだ。

「嬢ちゃん、連れはどうした?」

先程この男は衛兵に私のことを妹と言っていた。コマちゃんたちが何も言わないから害はないのだろう。それに、どこか懐かしい感じがする。熊のような大男。

「連れ?私、お使いの途中で」

「嘘はダメだぞ?」

なぜ、速攻でバレた?キュウちゃんを見るも首を横に振っているから分からないようだ。

「財布。平民が持つようなものじゃない。キョロキョロして王都の住民とは思えない。髪。艶があって平民には似つかわしくない。貴族の子だな?護衛や侍女はどこにいる?」

男は逃がさないつもりなのか、私の手をしっかり握って離してくれない。妹と手を繋いでいても誰も咎めない。確信犯だ。私は近くのベンチに座らされ、尋問を受けることになった。

「・・・・」

「俺は、ガイウス。鍛冶師だ。貴族に顧客がいるからそのくらいは見れば分かる」

う~ん。この人にはどんな言い訳も通用しない気がする。

「私はシュシュ。10歳。授けの儀を受けた帰り。家族とはぐれて迷子になったの。王都観光なんてなかなか出来ないから、この際だし楽しもうとしてた矢先」

はぐれた場所が違うだけで嘘は言ってない。王都観光しているのも本当のことだ。ガイウスは呆れた顔をしている。

「大胆な嬢ちゃんだ」

「ガイウスは薬師協会の場所を知ってる?」

「知ってるが、何故だ?」

「登録をしたくて。案内してよ♪」

「あのなぁ。家族が探してると思うぞ?」

「大丈夫!私がはぐれたことも気づいてないと思うから」

軽~く言ってみたが、ガイウスは複雑な顔をしている。けれど、それ以上の追求はなかった。

「10歳なら保護者の許可がいるから登録はできないぞ」

知らなかった・・・・。

「送っていく。家名は?」

「・・・・」

「家の場所は?」

「・・・・」

「拐われるぞ?」

「・・・・」

「何処に行きたいんだ?」

「!ガイウスの鍛冶工房」

「はあ?!」

それから、すったもんだのやり取りはあったが、最終的にガイウスが折れた。たどり着いた鍛冶工房は、地面に炉が作られ、鍛冶する場所には沢山の金槌?がある。その脇には水を張った大きな甕。鉄の他にも何種類もの鉱物が転がっていた。

「な?だから、面白いものはないって言ったろ?」

「面白いよ♪」

私は鼻唄を歌いながら工房を探索した。ここなら、私がちょっとお邪魔して調薬しても邪魔にならなそうだ。それに工房の先は店舗なのか普通の剣、短剣、大剣、レイピア、槍、ナイフ、包丁、杖?など太さや長さ、大きさの異なる刃物が並べてあるから、販売もできる!

「こら、何良からぬことを考えてるんだ?」

「いひゃい!」

私の思考に気付いたのかガイウスは私の頭を片手で掴みグリグリと力を込めてくる。何で分かった?

「そろそろ、帰った方がいいぞ」

外を見ると陽が陰り始めていた。ずいぶん長居してしまったようだ。私は大人しく王都にある神殿に送ってもらうことにした。

「ガイウス。ありがとう。またね♪」

私はガイウスの手を振りほどき神殿内部に向かって走った。

「おい!・・気を付けて行けよ?」

「う~ん!」

突然のことに若干戸惑っていたガイウスだったけど、笑って送り出してくれた。いい人だ。そこから、自室に転移し、着替えて更に王宮神殿まで転移した。王宮神殿の近くにある木に凭れているとほどなくして、額に汗をかいたお兄様が血相変えてやって来た。

「シュシュ!」

「お兄様」

「ごめん!」

お兄様は飛び付くようにぎゅうっと私を抱き締めた。

「抜け出せなくて。今、リルアイゼの今後のことが決まったところなんだ。ねえ、シュシュ。本当にシュシュは称号を授かってはいないんだね?」

「どうして?リルアイゼが愛し子なのでしょう?」

「うん。シュシュがいいなら何も言わない。私は何があってもシュシュの味方だよ」

予言めいたお兄様のこの一言がいつまでも耳から離れなかった。
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