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幸せになるために
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あれから真っ直ぐに離宮に戻ってきた。途中で爺やや離宮の者達に会ったミカエル様は、試合を観覧するように伝えていた。私が落ち着くまでは、人の気配はない方がいいだろうと。だから、ここには本当にミカエル様とふたりだけだ。
「すまない。怖い思いをさせてしまった。ガルクローグが貴女を狙うとは想定していなかったというのは、言い訳にしかならないな」
ミカエル様は、身を縮め固くなっている私を心配して、ずっと腕の中に抱え込んで髪や背中を撫でてくれる。お蔭で震えは止まったが、どうしたら力が抜けるのか分からない。いつもなら、微睡んでしまうここでも身体は強張ったままだ。
「スミレ」
私の名前を呼ぶと視線を合わせた後、ゆっくりと顔を近づけてきた。私の視界がミカエル様で一杯になる。そして、額、頬、瞼、鼻にそっと触れるだけのキスを落としていく。それを何度も何度も繰り返す。ふわふわとだんだん意識が緩んでくる。強張っている身体も少しだけ力が抜けた気がする。それを見透かしたように、今度は唇に触れるだけのキスを何度も。その優しい甘さに次第に意識を絡め取られていく。少しずつ長く深くなって、身体から力が抜けた頃には、すっかり息が上がっていた。宥めるように私の口内を擽っていたものが離れていく。
「ミカエル様」
ミカエル様に身体を預けるとぎゅうと抱き締められた。
「良かった」
「うん。心配かけてごめんなさい」
「いい。ちゃんと戻ってきたから、それでいい」
騎士でない者が魔獣に襲われた後、私のような状態になることが稀にあるそうだ。特に貴族の子女に多く、適切に対処しないと心を閉ざし、衰弱していく危険があるらしい。私もその手前の状態だったそうだ。全異常耐性があったから、なんとか踏み留まれたらしい。もし、無かったら・・・・。考えるのも恐ろしい。
「試合会場へ戻る。怖いだろうが、その方が忌避感が薄くなる」
「・・・・分かりました」
ミカエル様は、意外とスパルタだった。本気の抵抗を見せれば、無理強いしないのは分かっているし、ミカエル様の言い分も間違っていないから、受け入れた。
会場に着くと、どうやって知ったのか、プリシラが入り口付近で待っていた。
「さあ、スミレ様。お入りになる前にこちらへどうぞ」
試合会場にある控え室に案内され、プリシラによって、化粧直しされた。顔中にキスされたことを思いだして、化粧直しされながら、赤くなってしまった。
「はい、出来ましたよ。殿下、入っていいですよ」
「すまないな。さあ、行こう」
ミカエル様に抱き上げられ、プリシラに送り出されて、殺されそうになった試合会場へ足を踏み入れた。身体が強張る。
「怖いか?」
「ちょっとだけ。でも、さっきと全然違うところに見えるから」
「なら、ここで観戦しよう」
そう言うと、ガラス張りの部屋へと入った。会場は、先程までと違い熱気に溢れている。中央では、騎士達が熱戦を繰り広げていた。どうやら個人戦のようだ。ミカエル様によれば、この後、隊毎に2チームが出場する団体戦が控えているそうだ。王様達がいる観覧席の横に対戦表があり、どうやら、今は準決勝らしい。見覚えのある人が、勝った。
あれは、副団長さんじゃない?
出てもいいんだ。
なんか、すごーくいい笑顔だよ。
「副団長でも出ていいんだ?」
「ああ。個人戦への参加は自由だ。次は、キースと近衛の団長だ」
本当だ。
「一番人気はキースだ。大穴はジェットだったが、準決勝で副団長に負けたな」
一番人気?大穴?
「もしかして、賭けしてます?」
「ああ。スミレが競馬の話しをしてくれたであろう?馬は無理だから、試しにこの試合でやってみることにしたのだ。存外、乗ってくるものが多かったぞ。元締めは陛下だ」
いつの間に?まあ、王家主催ならいいか。時々ならいい娯楽になるのかな?でも絶対にカジノのことは話さない。気を付けよう。
「ミカエル様達のは賭けの対象にしなかったんですか?」
「賭けにならぬであろう?」
「・・そうですね」
愚問だった。
結局、順当に団長さんが優勝した。配当金自体は、低かったようだが、目新しいこととそのギャンブル性から、次もやって欲しいとの声が高かったそうだ。出場者を制限したり、出場者には金一封を出すとかすれば、騎士達の腕も上がるかもしれない。団体戦ももちろん賭けの対象だった。今回の賭博で王家はだいぶ潤ったようで、王様がニヤニヤしている。どうせなら、国をあげてやれば?と提案しておいた。そのうち、新しい部署ができそうだ。
そして・・・・
熱い戦いは閉幕を迎え、ミカエル様が私の護衛兼伴侶となることに誰も異議を唱える者はいなくなった。いや、一人いたか。側妃様だ。私達のことと言うより、捕らえられた自分の息子の無罪を声高に叫んでいた。途中で王様に退場させられてたけどね。
今は、禁足地でミカエル様とふたり、お互いに向き合っている。初めて出逢った場所だ。まだ、2週間ほどなのに、とても懐かしく感じる。
「スミレ。本当に私でいいのだな?」
「ミカエル様がいいんです。他の人は無理です」
その言葉を聞いたミカエル様は、すっと私の前に跪いた。そして、私の手をとり・・・・。
「貴女と女神様に誓おう。この地に貴女がいる限り、私は隣で貴女の安寧と幸せを守っていく」
そして、そっと私の手の甲に口付けた。ミカエル様らしい言葉だ。この人は優しすぎる。私は、ミカエル様の両頬に手を添えた。
「なら、私は、貴方に誓う。私がこの地にいる限り、貴方を独りにはしない」
そっとミカエル様の額にキスを落とす。跪いたままのミカエル様にすがるように抱き締められ、いつもは高い位置にある頭をよしよしと抱き寄せた。
「ありがとう」
「一緒に幸せになってね?」
「約束しよう」「約束ね」
時は流れ、私達は結婚した。パパには、約束通り女神様に夢でライブ中継をしてもらった。夢だから、どう思ったかは分からないけど、幸せだと知ってもらえればいい。それから、私達は、息子を一人と娘を二人授かった。3人とも、神力を授かっている。息子は国王だったお祖父様にそっくりで、お祖父様からそれはそれは可愛がられた。レイナード様とミルローズ様の間に生まれた王女様のひとりと結婚し、話し合いの末、王配ではなく、国王となった。二人の娘は、パパ大好きだ。そのため、選んだ相手はこちらでは、誰もが不細工と認めるパパ似の美男子。歳は、少し離れているけど、どちらも優しくていい旦那さんだ。
第二王子と側妃様がどうなったのか、私は知らない。王家のことに口を出すつもりはないから、それでいい。
あの時の約束通り、ミカエル様は、私が死ぬその時まで、私の隣にいて、ずっと愛してくれた。いつの頃からか、ミカエル様は、仮面もマントもしなくなった。そのミカエル様も今、旅立とうとしている。私が旅立って、2月も経っていない。息子や娘たち、それに孫がミカエル様を取り囲んでいるのを先に旅立った私は、上からみているのだ。
「随分、早かったね?もっとゆっくりしてきても良かったのに」
「貴女のいない世界に未練はない。これでも遅いくらいだ」
私は、昔のようにミカエル様に抱き上げられ、私達は柔らかく微笑み合いながら、安寧の地へと旅立った。
~END~
最後までお読みいただき、ありがとうございました\(^o^)/
「すまない。怖い思いをさせてしまった。ガルクローグが貴女を狙うとは想定していなかったというのは、言い訳にしかならないな」
ミカエル様は、身を縮め固くなっている私を心配して、ずっと腕の中に抱え込んで髪や背中を撫でてくれる。お蔭で震えは止まったが、どうしたら力が抜けるのか分からない。いつもなら、微睡んでしまうここでも身体は強張ったままだ。
「スミレ」
私の名前を呼ぶと視線を合わせた後、ゆっくりと顔を近づけてきた。私の視界がミカエル様で一杯になる。そして、額、頬、瞼、鼻にそっと触れるだけのキスを落としていく。それを何度も何度も繰り返す。ふわふわとだんだん意識が緩んでくる。強張っている身体も少しだけ力が抜けた気がする。それを見透かしたように、今度は唇に触れるだけのキスを何度も。その優しい甘さに次第に意識を絡め取られていく。少しずつ長く深くなって、身体から力が抜けた頃には、すっかり息が上がっていた。宥めるように私の口内を擽っていたものが離れていく。
「ミカエル様」
ミカエル様に身体を預けるとぎゅうと抱き締められた。
「良かった」
「うん。心配かけてごめんなさい」
「いい。ちゃんと戻ってきたから、それでいい」
騎士でない者が魔獣に襲われた後、私のような状態になることが稀にあるそうだ。特に貴族の子女に多く、適切に対処しないと心を閉ざし、衰弱していく危険があるらしい。私もその手前の状態だったそうだ。全異常耐性があったから、なんとか踏み留まれたらしい。もし、無かったら・・・・。考えるのも恐ろしい。
「試合会場へ戻る。怖いだろうが、その方が忌避感が薄くなる」
「・・・・分かりました」
ミカエル様は、意外とスパルタだった。本気の抵抗を見せれば、無理強いしないのは分かっているし、ミカエル様の言い分も間違っていないから、受け入れた。
会場に着くと、どうやって知ったのか、プリシラが入り口付近で待っていた。
「さあ、スミレ様。お入りになる前にこちらへどうぞ」
試合会場にある控え室に案内され、プリシラによって、化粧直しされた。顔中にキスされたことを思いだして、化粧直しされながら、赤くなってしまった。
「はい、出来ましたよ。殿下、入っていいですよ」
「すまないな。さあ、行こう」
ミカエル様に抱き上げられ、プリシラに送り出されて、殺されそうになった試合会場へ足を踏み入れた。身体が強張る。
「怖いか?」
「ちょっとだけ。でも、さっきと全然違うところに見えるから」
「なら、ここで観戦しよう」
そう言うと、ガラス張りの部屋へと入った。会場は、先程までと違い熱気に溢れている。中央では、騎士達が熱戦を繰り広げていた。どうやら個人戦のようだ。ミカエル様によれば、この後、隊毎に2チームが出場する団体戦が控えているそうだ。王様達がいる観覧席の横に対戦表があり、どうやら、今は準決勝らしい。見覚えのある人が、勝った。
あれは、副団長さんじゃない?
出てもいいんだ。
なんか、すごーくいい笑顔だよ。
「副団長でも出ていいんだ?」
「ああ。個人戦への参加は自由だ。次は、キースと近衛の団長だ」
本当だ。
「一番人気はキースだ。大穴はジェットだったが、準決勝で副団長に負けたな」
一番人気?大穴?
「もしかして、賭けしてます?」
「ああ。スミレが競馬の話しをしてくれたであろう?馬は無理だから、試しにこの試合でやってみることにしたのだ。存外、乗ってくるものが多かったぞ。元締めは陛下だ」
いつの間に?まあ、王家主催ならいいか。時々ならいい娯楽になるのかな?でも絶対にカジノのことは話さない。気を付けよう。
「ミカエル様達のは賭けの対象にしなかったんですか?」
「賭けにならぬであろう?」
「・・そうですね」
愚問だった。
結局、順当に団長さんが優勝した。配当金自体は、低かったようだが、目新しいこととそのギャンブル性から、次もやって欲しいとの声が高かったそうだ。出場者を制限したり、出場者には金一封を出すとかすれば、騎士達の腕も上がるかもしれない。団体戦ももちろん賭けの対象だった。今回の賭博で王家はだいぶ潤ったようで、王様がニヤニヤしている。どうせなら、国をあげてやれば?と提案しておいた。そのうち、新しい部署ができそうだ。
そして・・・・
熱い戦いは閉幕を迎え、ミカエル様が私の護衛兼伴侶となることに誰も異議を唱える者はいなくなった。いや、一人いたか。側妃様だ。私達のことと言うより、捕らえられた自分の息子の無罪を声高に叫んでいた。途中で王様に退場させられてたけどね。
今は、禁足地でミカエル様とふたり、お互いに向き合っている。初めて出逢った場所だ。まだ、2週間ほどなのに、とても懐かしく感じる。
「スミレ。本当に私でいいのだな?」
「ミカエル様がいいんです。他の人は無理です」
その言葉を聞いたミカエル様は、すっと私の前に跪いた。そして、私の手をとり・・・・。
「貴女と女神様に誓おう。この地に貴女がいる限り、私は隣で貴女の安寧と幸せを守っていく」
そして、そっと私の手の甲に口付けた。ミカエル様らしい言葉だ。この人は優しすぎる。私は、ミカエル様の両頬に手を添えた。
「なら、私は、貴方に誓う。私がこの地にいる限り、貴方を独りにはしない」
そっとミカエル様の額にキスを落とす。跪いたままのミカエル様にすがるように抱き締められ、いつもは高い位置にある頭をよしよしと抱き寄せた。
「ありがとう」
「一緒に幸せになってね?」
「約束しよう」「約束ね」
時は流れ、私達は結婚した。パパには、約束通り女神様に夢でライブ中継をしてもらった。夢だから、どう思ったかは分からないけど、幸せだと知ってもらえればいい。それから、私達は、息子を一人と娘を二人授かった。3人とも、神力を授かっている。息子は国王だったお祖父様にそっくりで、お祖父様からそれはそれは可愛がられた。レイナード様とミルローズ様の間に生まれた王女様のひとりと結婚し、話し合いの末、王配ではなく、国王となった。二人の娘は、パパ大好きだ。そのため、選んだ相手はこちらでは、誰もが不細工と認めるパパ似の美男子。歳は、少し離れているけど、どちらも優しくていい旦那さんだ。
第二王子と側妃様がどうなったのか、私は知らない。王家のことに口を出すつもりはないから、それでいい。
あの時の約束通り、ミカエル様は、私が死ぬその時まで、私の隣にいて、ずっと愛してくれた。いつの頃からか、ミカエル様は、仮面もマントもしなくなった。そのミカエル様も今、旅立とうとしている。私が旅立って、2月も経っていない。息子や娘たち、それに孫がミカエル様を取り囲んでいるのを先に旅立った私は、上からみているのだ。
「随分、早かったね?もっとゆっくりしてきても良かったのに」
「貴女のいない世界に未練はない。これでも遅いくらいだ」
私は、昔のようにミカエル様に抱き上げられ、私達は柔らかく微笑み合いながら、安寧の地へと旅立った。
~END~
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