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脱力
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衝撃の告白から漸く意識を取り戻し、落ち着いたところで、情報を整理しようという気になった。
「つまり、私はカイゼスの番で、私をこの世界に召喚したのはカイゼスってこと?」
「そうなる」
なんてこと。カイゼスの告白に絶句した。じゃあ、ずっと感じているこのぬくもりはカイゼスの逆鱗の効果ってことだよね。なんか、複雑。
「じゃあ、あの聖女も?」
「違う。あれは、俺じゃないし、あの聖女と呼ばれていた女は俺の番でもない。あれは、人族が誑かされて騙された結果だ」
「どういうこと?」
「俺たち龍族の中には稀に異世界に番がいる者がいる。番ならどこに居ようと召喚は出来るが、番の準備が整わなくては、召喚できない。それは、この世界に番が居ても同じだ。いつ準備が整うかなど分からないから、年に1度、召喚をする。準備が整わないときには、番の私物が代わりに召喚されてくるんだ。今回はこれだった」
そう言ってカイゼスが取り出したのは、見覚えのある箒。思わず顔が引き攣る。
「そこにあったんだ・・・・」
「他にも」
次々と、私が産まれてから25年分の私物を取り出していく。無くしたと思っていたお気に入りの帽子。いつの間にか消えていた中学の時の制服や体操着。後輩にあげたはずの高校の制服とジャージ。もう要らないと棄てたはずの大学時代の卒論の資料。出てくる出てくる。そして、カイゼスが最後に取り出したのは・・・・。見覚えのあるカセットテープだった。何処を探しても見つからなかったそれに、懐かしさがこみ上げてくる。
『ねぇ、父さん。これ何?』
『おお!懐かしいなぁ。よくこんな物見つけたなぁ』
『だから、何なの?』
『神麻は知らないかぁ。父さんたちの時代の音楽を聴くものだよ。簡単に録音とかもできて便利だったんだけどな』
『へぇ。まだ使えるの?』
『使えるさ。・・・・折角だから神麻、しゃべってごらん』
『えっと、天咲羽神麻です。10歳です。・・これでいいの?』
『ああ。録音できた』
『うっわー。簡単。ねえ、聞きたい聞きたい』
『なぁに?ふたりで楽しそうねぇ』
『あっ、母さん。今ねぇ、父さんにこれの使い方を聞いてたの』
『あら、懐かしい。まだあったのねぇ。神麻の産まれる前に流行ってたのよ』
『おっと!録音しっぱなしだった』
『やだわぁ。止めて止めて』
そっとカセットテープを手に取った。
「これだけ?本体はないの?」
「これだけだ。聞きたいなら聞けるぞ?」
「聞きたい」
カイゼスは、カセットテープを私から受け取ると、呪文を唱えた。すると、記憶にあるままの懐かしい声が耳に届く。ぽろぽろと涙が零れ落ちた。久し振りに聞いた両親の声に胸がいっぱいになる。
「これを何度も聞いて、神麻の名前を呼べるように練習した」
そうか。だから、この世界の誰も私の名前をちゃんと発音できないのに、カイゼスだけが出来るのか。両親からつけてもらった名前をちゃんと呼んでもらえるのは、本当に幸せなことだとここに来て知った。
「そっか。ありがとう。私の名前をちゃんと呼んでくれて」
だから、私はあの暗闇からこちらに戻って来れた。
「・・・・・・帰りたいか?」
不意にカイゼスがそんなことを聞いてきた。
「帰れるの?」
「俺と一緒に、1度だけ、短い間なら」
それは、帰るとは言わない。私の脳裏に両親と暮らした家が甦る。
「私が向こうに残るのは」
「無理だ。連れて帰らないなんて出来ない」
私の言葉に被せるように言うと、カイゼスは無理だと首を振る。その顔は苦痛に満ちていた。
「・・・・・・」
「逆鱗を取り込ませたと言っただろう?あの時、神麻の生命反応が消えそうになった。それを繋ぎ止めるにはそれしかなかったから、後悔はしていない。もともと俺たちは番なしでは生きられない。生きる気力をなくして朽ち果てる。そう言う種族だ。だが、余程のことがなければ逆鱗を取り込ませたりはしない」
カイゼスは一旦言葉を紡ぐのをやめて、私の瞳をひたりと捉えた。
「俺の逆鱗を取り込んだ神麻は、もうただの番じゃないんだ。神麻が俺のそばから居なくなれば、俺は気が狂いこの世界を滅ぼす。それだけの力が俺にはあるからな。俺を止められるのは神麻だけだ。どうしても帰るというなら、俺を葬ってからにしてくれ」
重い。重すぎる。引き攣った顔を元に戻すことが出来ない。ある意味、とても効果的な脅しだと思う。
「そんなこと、私に出来るわけないの、分かってて言ってるよね?」
「・・・・・・」
答えはないが、その顔は肯定を示している。困ったような答えに窮したような微妙な表情だ。
「短い間でもいいから、1度戻りたい。大切な物を持ち帰りたい」
私が“帰りたい”ではなく、“戻りたい”と、そして、“持ち帰りたい”と言ったからだろう。あからさまにカイゼスの表情が緩んだ。
「今から?」
「今から」
こういうのは勢いが大切だ。後廻しにすると碌なことにならないのは経験上よく知っている。
「分かった。神麻がこちらに来た直後に戻ることになる。いいな?」
私はコクリと頷いた。
「つまり、私はカイゼスの番で、私をこの世界に召喚したのはカイゼスってこと?」
「そうなる」
なんてこと。カイゼスの告白に絶句した。じゃあ、ずっと感じているこのぬくもりはカイゼスの逆鱗の効果ってことだよね。なんか、複雑。
「じゃあ、あの聖女も?」
「違う。あれは、俺じゃないし、あの聖女と呼ばれていた女は俺の番でもない。あれは、人族が誑かされて騙された結果だ」
「どういうこと?」
「俺たち龍族の中には稀に異世界に番がいる者がいる。番ならどこに居ようと召喚は出来るが、番の準備が整わなくては、召喚できない。それは、この世界に番が居ても同じだ。いつ準備が整うかなど分からないから、年に1度、召喚をする。準備が整わないときには、番の私物が代わりに召喚されてくるんだ。今回はこれだった」
そう言ってカイゼスが取り出したのは、見覚えのある箒。思わず顔が引き攣る。
「そこにあったんだ・・・・」
「他にも」
次々と、私が産まれてから25年分の私物を取り出していく。無くしたと思っていたお気に入りの帽子。いつの間にか消えていた中学の時の制服や体操着。後輩にあげたはずの高校の制服とジャージ。もう要らないと棄てたはずの大学時代の卒論の資料。出てくる出てくる。そして、カイゼスが最後に取り出したのは・・・・。見覚えのあるカセットテープだった。何処を探しても見つからなかったそれに、懐かしさがこみ上げてくる。
『ねぇ、父さん。これ何?』
『おお!懐かしいなぁ。よくこんな物見つけたなぁ』
『だから、何なの?』
『神麻は知らないかぁ。父さんたちの時代の音楽を聴くものだよ。簡単に録音とかもできて便利だったんだけどな』
『へぇ。まだ使えるの?』
『使えるさ。・・・・折角だから神麻、しゃべってごらん』
『えっと、天咲羽神麻です。10歳です。・・これでいいの?』
『ああ。録音できた』
『うっわー。簡単。ねえ、聞きたい聞きたい』
『なぁに?ふたりで楽しそうねぇ』
『あっ、母さん。今ねぇ、父さんにこれの使い方を聞いてたの』
『あら、懐かしい。まだあったのねぇ。神麻の産まれる前に流行ってたのよ』
『おっと!録音しっぱなしだった』
『やだわぁ。止めて止めて』
そっとカセットテープを手に取った。
「これだけ?本体はないの?」
「これだけだ。聞きたいなら聞けるぞ?」
「聞きたい」
カイゼスは、カセットテープを私から受け取ると、呪文を唱えた。すると、記憶にあるままの懐かしい声が耳に届く。ぽろぽろと涙が零れ落ちた。久し振りに聞いた両親の声に胸がいっぱいになる。
「これを何度も聞いて、神麻の名前を呼べるように練習した」
そうか。だから、この世界の誰も私の名前をちゃんと発音できないのに、カイゼスだけが出来るのか。両親からつけてもらった名前をちゃんと呼んでもらえるのは、本当に幸せなことだとここに来て知った。
「そっか。ありがとう。私の名前をちゃんと呼んでくれて」
だから、私はあの暗闇からこちらに戻って来れた。
「・・・・・・帰りたいか?」
不意にカイゼスがそんなことを聞いてきた。
「帰れるの?」
「俺と一緒に、1度だけ、短い間なら」
それは、帰るとは言わない。私の脳裏に両親と暮らした家が甦る。
「私が向こうに残るのは」
「無理だ。連れて帰らないなんて出来ない」
私の言葉に被せるように言うと、カイゼスは無理だと首を振る。その顔は苦痛に満ちていた。
「・・・・・・」
「逆鱗を取り込ませたと言っただろう?あの時、神麻の生命反応が消えそうになった。それを繋ぎ止めるにはそれしかなかったから、後悔はしていない。もともと俺たちは番なしでは生きられない。生きる気力をなくして朽ち果てる。そう言う種族だ。だが、余程のことがなければ逆鱗を取り込ませたりはしない」
カイゼスは一旦言葉を紡ぐのをやめて、私の瞳をひたりと捉えた。
「俺の逆鱗を取り込んだ神麻は、もうただの番じゃないんだ。神麻が俺のそばから居なくなれば、俺は気が狂いこの世界を滅ぼす。それだけの力が俺にはあるからな。俺を止められるのは神麻だけだ。どうしても帰るというなら、俺を葬ってからにしてくれ」
重い。重すぎる。引き攣った顔を元に戻すことが出来ない。ある意味、とても効果的な脅しだと思う。
「そんなこと、私に出来るわけないの、分かってて言ってるよね?」
「・・・・・・」
答えはないが、その顔は肯定を示している。困ったような答えに窮したような微妙な表情だ。
「短い間でもいいから、1度戻りたい。大切な物を持ち帰りたい」
私が“帰りたい”ではなく、“戻りたい”と、そして、“持ち帰りたい”と言ったからだろう。あからさまにカイゼスの表情が緩んだ。
「今から?」
「今から」
こういうのは勢いが大切だ。後廻しにすると碌なことにならないのは経験上よく知っている。
「分かった。神麻がこちらに来た直後に戻ることになる。いいな?」
私はコクリと頷いた。
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