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月琴そう🌱*

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第二十九話 どっぐ・らん

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 大きな穴にうっかり落ちて、ひとりぼっちで中々出られないって時や、
真っ暗な部屋で、自分が大嫌い!と大泣きしてる時も
呼んでくれるのをずーーーっと待ってる。

 ”元気を出して 笑って”って、言葉をかけることができないのを悔しがり、君を泣かせてしまうことはいつでも追っ払ってやろう、食ってやろう
そんな気持ちでそばにいる。君はひとりぼっちじゃない。
君のことが大好きで大好きで、それだけでいっぱい。
まるであの子を想う、君みたいだね。

 彼は”大好き”を教えてくれる存在。そして自分が大好きなものを、自分の全部で包むことに躊躇いがない。
彼は天使だから。

🌱

 兄弟たちがひとりふたりと自分のそばを離れて行くのを不思議に思いながら、少し小さく生まれた彼は、キャサリンの次におかあさんと長く居られた男の子。おかあさんがこっそり耳元で教えてくれた。”あなたもそろそろかもしれないよ こんなに元気でかわいいから大丈夫よ安心して”。
そしてその日がついに来た。
おかあさんとキャサリンにお別れするのは悲しいけれど、キャサリンが”また遊ぼうね!”と言ってるのが聞こえてようやく安心した。
ニンゲンにこんなにダッコされるのは初めて。
この小さなニンゲンも、どうやらダッコに慣れてないようだ。

 少し前まで踏んずけられたり蹴られたりの、賑やかさだったのが、今は自分ひとりだけ。
おかあさんや兄弟たちが恋しくて泣きたくなってくる。それもほどなく平気になったのは、このあたたかな家族のおかげ。彼はこの家の一員になった。


 自分だけいつも置いてけぼりだったのが、やっとお外に出ることがうれしくて小さなシッポが飛んで行きそうにはしゃいだ春。
お父さんのダッコから、下りたくて下りたくて仕方ない。お父さんがいくら宥めても、自分であんよがしたくて仕方がない。お父さんが”少しだけだよ まだ練習だよ”と言って、やっとダッコから下ろしてもらえたのは、広い広い原っぱ。自分ひとりがとっても小さくて、どこまでもどこまでも果てがないように感じた。
 あんよの裏がフワフワしていてくすぐったくて冷たくて、お家と全然違う。そしてお外から帰ってきたお兄ちゃんの匂いがする。
お兄ちゃんもここにいるの?
お兄ちゃんの姿は見えないけれど、そこかしこにお兄ちゃんがいるように感じる。不意に飛び出してきたのは、お昼寝を邪魔されたクサキリ。追いかけっこに誘われたようにうれしくなる。
クサキリの姿が見えなくなっても、気が付くとそこらじゅうがワイワイと賑やかだ。
おかあさんや兄弟たちがそばにいなくても、自分の周りには生き物たちが大勢いると知る。眠って遊んで笑って歌って、そしてゴハンを食べて生きてるんだと初めて知った。
彼はとっても幸せだと思う。

 そんな、まだよちよち歩きのかわいいあんよのあの子を見かけただけで、周りのニンゲンもまた幸せな気持ちになった。
名前はデヴィッドと言う。

 元々はそんなあんよじゃなかったの。それがどうしてそうなったのかな?
ある時そのステップを見て、まだ小さかった兄がキョトンとした顔で言う。

「ダイちゃんどうしたの?」
「あれは多分ね、お前のマネだと思うよ」

 笑いながらお父さんが答えた。目を丸くして声を上げた長男に、お父さんはまた笑う。自分の周りで誰かが笑ってる。こんな場面のひとつひとつにデヴィッドは幸せを感じ、そしてやはり”大好き”だと思うのだ。
遠くに見えたスキップに、足も胸もシッポも躍る。いつもいつも大好きで愛しい存在は、幸せを感じてる胸にスーっと入り込んだ。

 すっかり自分であんよができるようになったデヴィッドは、お父さんの休憩時間にふたりで一緒にこども見守り隊をする。
その時間帯は背中にあるランドセルの方が大きく見えるこどもたちが、下校を始めている時。大きなカラダの自分を怖がる子がいるのを知っているから、少し離れた遊歩道からその光景を見守り、ふたりでいつもの散歩。
そして今日も無事に家に帰ってきた”大好き”を一番に見つけ、友だちの家に向かってるところまでも見守る。

「ダイちゃんねー外にいてもお父さんより先にお前に気付いてるんだ すごいねー」

 デヴィッドは言葉が分かっているように尻尾を揺らす。
いつからか散歩中に瑞月の真似をするようになったそれは、”かわいいスキップ”。金色のカラダが兄を越すまで続いた。

☆「きょうからぼくがきみのおにいちゃんだよ!」

 忘れない。どんなに時が経っても忘れない。ボクの一番の宝物。

☆「ダイちゃんマテ!」 「ダイちゃんオスワリ!」 「ダイちゃんイイ子だねー」

 ボクの名前はデヴィッド。デヴィッドなのに”ダイちゃん”。どうしてだろう。 ま、いっか…だって、呼んでるのはボクのことだモン。
 たくさんボクを呼んでくれてヨシヨシしてくれて、時々叱られたりのそんな毎日。そしてみんなニコニコ。
お兄ちゃんは”不思議シリーズ”を見ながら、色んな不思議をボクに教えてくれる。
ああボクもニンゲンの言葉が話せたらな……。

☆「エッちゃん、ダイちゃんだよ」
(お兄ちゃん その子が”エッちゃん”?)

「ダイちゃん!かわいい!触ってもいい?」
(いいよ!エッちゃん お兄ちゃんはキミのこと、大好きみたいだよ ボクもキミのこと…)
「きゃあ」
「ダイちゃんダメだよ エッちゃん大丈夫?」

(あれ ボクがダッコしちゃった)

☆「ダイちゃん大きくなったねーっ」

 そうだね ボクがここに来た時は、お兄ちゃんも簡単にボクをダッコできたよね。今じゃボクがお兄ちゃんをダッコしてるみたい。
お兄ちゃんとボクが持ってる時計は違うみたいだね。

〈チクタク チクタク〉

 お兄ちゃんの朝もボクの朝も同じなのに。

〈チクタク チクタク……〉

 見ているお花もいつもの散歩道も、きっとお兄ちゃんと同じに見えてるはずなのに。

〈チクタク チクタク………〉

 ボクの時計の方が、お兄ちゃんの時計より早いみたいだ。

 ”不思議”だね。

「ダイちゃん!ダメだよソレ僕のオヤツでしょ!またお腹痛くなっちゃうよ!」
「ダイちゃん僕のクツどこにやったの!モ~どうして僕のばっかり」
「ダイちゃん!」 
「ダイちゃん!!」

 最近お母さんからいいニオイがして来る。どうしてだろう。

(わあ!どうしたの!?ちっちゃいお兄ちゃんだ!かわいい!!……でも、どうしてこんなに泣いてるの?)

「ダイちゃん、弟2号”サツキ”だよ!君は僕の弟1号で2号のお兄ちゃんなんだ だから1号の君は弟を助けるんだ!分かった?」

(うん!分かったよお兄ちゃん!ボクもお兄ちゃんになれたんだ!嬉しいな~頑張るよお兄ちゃん!)

(お母さん お母さん サツキがお腹空いたって言ってるよ)

(今度はオシリが気持ちワルイって)

(…… サツキさっきから”寒い寒い”って言ってるよ)

「今日はダイちゃんもサツキもおとなしいなーって思ったら、サツキ熱があったの ダイちゃんサツキのそばにずっといたんだよ」

「エライねダイちゃん さすがサツキのお兄ちゃんだ!」
(エヘッボクエライ?うれしいな ありがとうお兄ちゃん ありがとう)

 ボクの毎日はありがとうとうれしいとダイスキばかり。
お兄ちゃんありがとう ダイスキだよ。お兄ちゃんボク、お兄ちゃんダイスキ。

 お外がまっ白になったり足元から草の匂いを感じたり、足のウラがムズムズしたり。葉っぱの隙間から見えるキラキラがとても眩しく見えたり。
その光りを追い掛けて 走って 追い掛けて 追い抜いて……

 クスクスクス・・

 ダッコしてお兄ちゃん ダイスキ ダイスキ 
世界で一番 ダ イ ス キ !!

 クスクスクス・・・

 ボク、スッゴクうれしくて涙が出て来るよ ”不思議”だね

 お兄ちゃんも”ダイスキ”つかまえた? 良かったねフフッ…



「ダイちゃんよく眠るようになったね」

 キラキラとフワフワの、追いかけっこにまた行きたいな。お兄ちゃんはいつも笑ってボクを見てた。ボクは笑ってるお兄ちゃんが好き。

 キラキラとフワフワは追い掛けても、どうしてもつかまえることができない。でもお兄ちゃんは笑ってる。
ねえお兄ちゃん お兄ちゃんの言う通り、本当に不思議がいっぱい。
眩しいな 眩しくてキレイでボクまた涙が出て来る。
みんな”ダイスキ ダイスキ”って言ってるの聴こえる。
お兄ちゃんにも聴こえてたらいいな。 



 お兄ちゃんと一緒のおやすみがうれしい。
お兄ちゃんの匂いがずっとそばにあるの。うれしくて安心する。
お腹が痛くなる時もあるけど、お兄ちゃんがすぐオクスリくれてヨシヨシしてくれるから大丈夫。
でもお兄ちゃん、エッちゃんはいいの?ダメだよお兄ちゃんはエッちゃんのそばにいつもいないと。
でもやっぱりうれしいな。ありがとう お兄ちゃん。

 おやすみ また明日ねって、明かりをパチンと消して暗くなっても、ボクはまだお兄ちゃんを見ていたい。

 お兄ちゃん今日も楽しかった? 良かったね 良かったね。
明日も楽しい日でありますように  おやすみなさい。
 

「ダイちゃん調子はどう?」
(お兄ちゃんおかえり)

 ごめんね前だったらお迎えに行ってたのに。って言うか、ボクが黙っていられなかったの。お兄ちゃんが帰って来た!って、うれしくなっちゃうの。

(お兄ちゃんおかえり!朝ぶりだね!今日もエッちゃんかわいかった?いいなーボクもエッちゃんに会いたいよお お兄ちゃん!お兄ちゃんにくっ付いてるエッちゃんの匂い嗅がせて!)

「わ!はははっダイちゃん今日も元気だねーっ」
(うん!元気だよ!ボクはお兄ちゃんがダイスキで元気なんだ!)

「お腹痛くないかい?」

 お兄ちゃんはただいまも言わないで、最近そればかり。ごめんねお兄ちゃん 心配ばかりさせて。
ボク元気になるからね そしてお兄ちゃんに、おかえり!エッちゃんの匂いちょうだい!ってまたするから。

「ダイちゃん、エッちゃんが早く元気になってねって、いつも使ってるひざ掛けをお前にくれたよ エッちゃんの匂いする?あったかい?」

(あったかーい気持ちいい……エッちゃんがそばにいるみたい……エッちゃんありがとう)

「お兄ちゃんここにいるから寝なさい?」
(うん ありがとうお兄ちゃん)

 ボクの毎日はありがとうとうれしいとダイスキばかり。
お兄ちゃんありがとう ダイスキだよ。お兄ちゃん ボク、お兄ちゃんダイスキ。

 ボクね最近よく見る夢があるんだ。  
フワフワしてユラユラしてあったかくて、すごく気持ちのいいところにボクはいる。目を開けてるはずなのに、ぼやけてよく見えないんだ。
でも分かるの ボクの周りは一緒に生まれた兄弟たちがいるって。
そして懐かしい匂いがするあれはきっと――

 まだ遊びたいのに、冒険に行きたいのに、お腹一杯になるとすぐ眠くなる不思議。
お腹が空いてオッパイ飲んで、お腹がいっぱいになると眠くなる。おかあさんがボクたちをキスしながら撫でてくれてるよ。フフッ…気持ちいいなあ。 
おかあさんがね”ダイスキ ダイスキ かわいいね”って言ってるの。
おかあさんは今、どうしてるのかな……。

 みんながボクを呼んでくれて、ヨシヨシしてくれて、お兄ちゃんのダイスキなエッちゃんにも会えた。やっぱりボクはダイスキに囲まれてるんだって思う。 
ねえおかあさん、ボクが生まれて良かったって思う?
ボクはねおかあさん、生まれて来たことがうれしい。ボクを産んでくれてありがとう。ボクはボクで良かったって思ってるよ。ボクがボクになれたのは、おかあさんとお兄ちゃんたちのお陰。ボクは毎日楽しくて、本当に楽しくて、ボクもお兄ちゃんみたく、声出して思いっ切り笑いたいって思っちゃった。

 ひとつだけ言ってもいいかな ボクさ ニンゲンになりたい……。
ダイスキな人の一番近くにいたい。いつもいつも……分かるでしょお兄ちゃんなら。

 あのねお兄ちゃん この前カヨコが夢に出てきて、また遊ぼうねって言ったの。
いつも遊んでるでしょ どうしたの?ってその時不思議に思かあたんだ。 
そしたら 笑ってどこかに行っちゃった。

 あのねお兄ちゃん チクタク聴こえなくなっちゃった

 そのかわりに 鐘の音が聴こえるの   ……☆



「お兄ちゃん!お兄ちゃん起きて!なに寝ちゃってるの!ねえ遊びに行こうよ!」

「お兄ちゃん、ちゃんと起きて!早く行こうよ」

 深い眠りの所で起こされた時のような酷いボンヤリ頭で、瑞月は時計が掛かっている壁に目をやった。あるはずの時計がなぜか見当たらない。そこにない理由を霞が晴れない頭で考えようとしたが、サツキにせっつかれそのまま外に出ることにした。

「月琴南公園行ってジャングルジムに上がりたい! お父さんもお母さんも許してくれないんだもん ねえいいでしょ 早く行こうよ!時間なくなっちゃう!」

 サツキのリクエストを耳に入れながら、覚える違和感を探るにもなぜか身が入らない。自分の意思が、うまく自身に伝わらないこのもどかしさを知っている。自分は今夢を見てるのだ。

「ねえお兄ちゃんブランコ乗るから後ろから押して!」

「わああスゴイ!楽しい!こんなに楽しいんだね!ボク、知らなかったよ! ねえお兄ちゃんお空に飛んで行きそうだね!」
 
 自分たちの他に誰もいない公園。人の気配を感じない界隈。空にはカラスやスズメの一羽も見当たらなく、流れのないこの空気やそして張り付いたように動かない雲。
その中でやたらに反響したサツキの声が瑞月の耳に届く。
”これは夢”
そう分かりながら、素直に入り込めないのはなぜだろう。

「……ボクね、いつもここを通る度見てたんだ お兄ちゃんとエッちゃんいいなボクも一緒に遊びたいなーって こんな地面の上にいるよりお空に近くなるんだよ いいなーお兄ちゃんとエッちゃん ……ジャングルジムはまだいいや」

 見つからない時計や動かない空気、矛盾と違和感。矛盾を感じているのは、なにとなにを見てそう思ったのか。”夢”で済まそうとしながら、すっきりしない。
あれ そういえばダイちゃんは?
全てがはっきりしないまま、瑞月はそこで目を開けた。

「ダイちゃん頑張れ!頑張れ!」

 長かったような短かったような夜が明ける。数を数えることが出来たら、何度目の夜明けだろう。レースのカーテンの隙間から漏れている光りに目をやり、今日も無事に朝を迎え日常の中に自分がまだ存在してることを感じ取る。家族と共に迎える平凡な日々がこんなにも素敵なことと、考えたことなど以前はなかった。今はその喜びにうら悲しさも感じる。瑞月とお母さんの話し声を耳にいれながら、デヴィッドは朝の光りを見たままでいた。

 お兄ちゃんはお母さんの言う通り、学校に行って?ダメだよ エッちゃんを寂しくさせたら。ボクは大丈夫だから。

「ダイちゃん……お兄ちゃん学校行って来るからね」

 うん いってらっしゃい

   
「お兄ちゃん今日も行くよ!」

「フフッ付いて来て!コッチ! ねえお兄ちゃん知ってる?」

「あそこの家にはね、お外に行きたいのに、そこのお母さんが許してくれなくて、ボクがここを通る度、窓のそばまで来て”バカヤロー”って叫ぶ女の子がいるんだよ」

「ほら聞えた?クスクスクス 今日も”バカヤロー”って言ってる かわいそうだけど仕方ないよね」

 瑞月に届いているのは、遠くから聴こえる犬の鳴き声。

「お兄ちゃんほら、自転車来るから気を付けてもっと端に寄って」

 ここにいるのは自分たちふたりだけ。

「あ、小さい子だ 前ねボクにビックリして泣いちゃった子がいたんだよ フフッ…かわいいね だからボク、それから気を付けるようにしてるんだ」

 少し違和感を持っただけで途端に不自由を感じるのは、ここは夢の中だからだ。話しをしたいのに声が出ない。サツキが見てるものを、どこを探しても見つけられない。呼ぼうとしても声が出ない。追いかけようにも足がもつれてうまく進めない。
そのうち不自由が自分から少しずつ解れ、意識が現実の世界にやっと戻る。
そして自分の隣にいる大切な子に手を伸ばし、”ここにいる”のを確かめた。


「大丈夫?ダイちゃんも心配だけど、ミズキ寝てないんじゃない?」
「……最近見る夢がサツキと遊ぶ夢でさ……久々ブランコ乗ったよ……夢だけどねクスッ」
「……」
「俺は大丈夫だよ あ、ねえエッちゃん今日ウチに来ない? ……そんな顔しないで……大丈夫 ダイちゃんはまだ頑張れるって、俺は信じてる」

 少し前まで、うれしさのあまりよく飛びつき、このチカラのない子を押し倒していた。その度お父さんや瑞月に叱られ反省をする。反省したのにまた繰り返す。
一番やってはいけないことと、注意をされている。けれどこの子にだけはどうしてもその言いつけが守れない。ダッコしたくてしたくて黙っていられない。”どうしてかな?”自分でも考えたけれど、理由はただそうしたくなるからしか分からない。
今だって、できるものならこうして横になってるのがウソだったようにそうする。
自分のカラダを作っている小さな一つ一つが一斉に、”エッちゃんが好き”と大合唱を始める。
カラダを思うように動かせなくても、今も同じ。

 少しだけ動いた手に恵風は通じたように合わせ、デヴィッドはうっすら開けた目をまた閉じた。

 その日の夜、ふたりは一緒に眠ることができなかった。
お父さんが自分の仕事場に連れて行ってしまったからだ。デヴィッドに嫌われたくないからと、予防接種でさえ他所のお医者に連れて行っていたのに。


「お兄ちゃん!今日も遊びに……どうしたの?ヘンな顔して」

 ふとサツキの足下で目が止まる。見覚えあるそれは、昔片方だけなくしてしまった靴ではないだろうか。自分の足には靴が片方しかないのに、サツキは平気な顔をしている。再びチグハグで不思議な世界の中に瑞月はいる。

「今日はアレに上がるよ!ボクもお兄ちゃんと”ナイショ話”してみたい!」


「じゃあ……いい?……ヴィバルディ、ピョン子ちゃん、あけみちゃんにヨシオくん それとマリモくんとニマメちゃん……ニマメちゃんはどうしてワタシは”ニマメ”なの!って言ってたよフフッ 月琴ランドで会うと教えてくれるんだ お兄ちゃんのおかげでボクは友だちたくさんいたんだよ」
 
「みんなお兄ちゃんダイスキだって お兄ちゃんの声聴こえてたって……ボクが一番だけどね!」

 不思議と驚くことはなかった。”ああやっぱり”と、ずっと感じていた違和感の正体が分かったのだ。どうしてこんな時に話ができないのだろう。そして瑞月は気付いた。
デヴィッドも今までこんな気持ちでいたのだろうか。
瑞月の目から堰を切ったように涙が零れた。

「お兄ちゃんと一緒に遊べて楽しかった ねえ覚えてる?”不思議シリーズ”一緒に見てたよね ボクさあ字は全然分からなかったけど、お兄ちゃんのおかげで色んな”不思議”が分かった 生きてたら色んな不思議に会うよね……ボクの一番の”不思議”は、どうしてお兄ちゃんとボクの時計は同じじゃないんだろう……って……」

「でも…でもね……ボク、スゴク幸せだった」

「お兄ちゃん泣かないで……  モウ、お兄ちゃんったらフフッ… じゃあ今度はジャングルジムでバンザイしてみようかな エッちゃんよくしてたよね!」

「お兄ちゃん!スゴイね!!お空に近くなったよ!!高いなーーっ! ねえお兄ちゃんすごいと思わない?ボクの願いごと全部叶いそう! あともうひとつ!そのひとつが一番大きな願いごとだよ 叶うといいなー!……今は無理だけど……お兄ちゃん、ボク楽しみにしてるからね!フフッ」

 ヒトは願いごとをするとき、手を合わせたり両手の指を組んだりする。デヴィッドは空に向かって小さなサツキのカラダを一杯に広げ、自分を世界に見せているように瑞月に映った。
こんなにかわいい子がもう少しで、自分と一緒の世界から姿を消そうとしている。デヴィッドを迎えた幼い頃は、こんな日が来るのを思いもしない。
ただかわいくて、いないと寂しくて、あたたかかだった。
こんなにかわいくて大切なのに。
まだ一緒に ずっと一緒にいたいのに。
何度も思っていた。”話ができたら”
何度も思っていた。”どんなふうに笑うの?”
色んなことを一緒にできたらと、何度も何度も思った。
願いを叶えてくれるなら、今叶えてほしい。

神様お願いです まだ連れて行かないで。
お願いです お願いです

 デヴィッドはいつもと同じ、フフッと笑った顔でいる。不思議は不思議のままがおもしろいけど、そのままで止まってしまったら、おとなになれないのをもう知ってる。理由を知ったり、諦めたりしてきた。兄をとっくに越した年齢だもの。
不思議と自然とダイスキを自分のものにして、デヴィッドは瑞月も知らない新しいところに行こうとしている。

 ねえお兄ちゃん   泣かないで……
 だって…… ダイちゃん……


 お兄ちゃんのクツ……オモチャにしてごめんね
 ……そんなの  そんなの全然構わないよ

 お兄ちゃんの匂いとお外の匂い……ダッコして寝ると一緒にお外で遊んでる夢が見れるんだ

  ダイちゃん 


 泣かないでお兄ちゃん……泣かないで……お兄ちゃんにボクはたくさんダッコしてもらってたでしょう そのお返ししたいなってずっと思ってた だから今度はボクがお兄ちゃんをたくさんダッコして、ヨシヨシしてあげるよ たくさんたくさん……いい?

 ありがとうダイちゃん


 お兄ちゃんが毎日笑っていますように
 お兄ちゃんが毎日元気でいますように

 お兄ちゃんが  

  お兄ちゃんが


 お兄ちゃん ボクはお兄ちゃんダイスキだよ

 お兄ちゃんの心臓の音 ”ダイスキ ダイスキ”って鳴ってるよ
 ずううっと同じ……変わらないね



 ダイちゃん ダイちゃん ダイちゃん………!

 お願い お願いだよ君がいないと寂しい……寂しいよ


 お願いダイちゃん お兄ちゃんの元気分けてあげるから、だからもっと一緒にいようよ

 そしてさ、またドッグラン行こう? 一緒に走ろう お兄ちゃんと競争だ
 


 ねえ ダイちゃん ダイちゃん!! 




 お兄ちゃんはもう十分に元気を分けてくれたよ ボクはもう大丈夫なんだ
 ……汚しちゃったけどコレ、もらっていい?
 
 それはエッちゃんがお前にってくれたものだ それはお前の物だ


 お兄ちゃん 
 ボク、お兄ちゃんもエッちゃんもダイスキだよ いつも一緒に笑ってて 
 ずっとずっとだよ 一緒に……

 ダイちゃん……!!

 最期にお兄ちゃんにダッコされてボク本当に幸せ


 初めてお兄ちゃんがボクをダッコしてくれたのを今も覚えてるよ
 

 ダイちゃんヤダ!!まだ行かないでよ ここにいて!!


 ヤダよ……  ダイちゃんダメだって……



 お兄ちゃん  ボクは”不思議”を信じてる

 え?

 お兄ちゃん ボク、本当に幸せだった
 ボクとお兄ちゃんはまた会える 信じてたら本当になる
 お兄ちゃんと一緒に夢中になってた”不思議”がきっと本当になる

 とっても幸せな不思議だよ



 だから……   その時まで待ってて――





 お兄ちゃんもいつか 


 ”幸せだった”


 そう答えることができますように




   藤井デヴィッド ダイちゃん 享年・・


🌱

「風邪の熱なんてねえ、恋の熱に比べりゃあっという間に下がるってもんさ」

 そんなことを言ってた彼が学校を休んだ。実際彼は今日まで欠席したことはなく、ウイルスが漂う校内においても、負けない”不思議なマント”を纏っているからだと言う。その”不思議なマント”と言うのは

「エッちゃん(ハート)」

 ボンヤリしたままの彼女の表情が、通知音と同時に変わった。
小さく震える指先から伝わって来る出来事。スマホの画面を見つめたままの瞳にみるみる涙が溢れて、大きな涙の粒が零れ落ちた。
泣き止まない彼女をひとりにできなくて、旺汰と一緒にいつもの下校の道を辿らず、断る彼女に無理矢理付き添うことにした。

 駅舎から出ると彼の姿をすぐ見つけた。佇む姿は、まるで“彼”も一緒のように見える。
オレたちに気づき、泣き腫らした顔で丸くした目をオレたちに向け、そして小さく笑って見せた。

「一緒に迎えに来たのは初めてだよね……」

 藤井が手に持っていたのは彼の家族の印。彼女は藤井の手ごと握りしゃくりあげながら呼びかけ、藤井はそれを静かに見つめながら涙を流していた。
彼がずっと着けていた、藤井家の家族だという大切なシルシ。シルシがなくても変わらず大切な家族だろう。
同じ世界ではなくなった失った体温の寂しさを、ふたりで分け合っている。
その風景があんまり辛くて、一緒にいることができなかった。

「じゃ…  オレたち行くね……」

 出て来たばかりの駅舎に引き返し、ぼやけて霞んだ電光板を見上げた。列車の時間はまだ先なのは分かっていたが、顔を上に向けなければと思ったからだ。
彼はオレたちよりも長く藤井たちのそばにいた。オレたちの知らないふたりを知っている。
寂しいことだ……ものすごく。

🌱

 あの時”今は無理”と言ったデヴィッドの願いごととは、なんだったのだろう。それは今の自分では無理ということなのか。
恵風を家に送り届け、瑞月は空を何となく見あげ、そして何となく話かける。
”ダイちゃん いつかお兄ちゃんは君のところに行くからまた遊ぼうね”
デヴィッドがどこかで聞いているように感じる。デヴィッドがまだそばにいるように感じる。
もしかしたら家にいるかもしれない。
考えれば考えるほど悲しくなり、いくらでも涙が零れた。

 デヴィッドの姿を探すようにしたり、時々見かけるデヴィッドと同じ姿のよその子に目を奪われたりしながら、少しずつデヴィッドのいない日常にも慣れ、以前のような日々を過ごせるようになった。
それでも時々、自分の後ろで名前を呼ばれるのを待ってるデヴィッドが、そこに佇んでいるような気がして振り返ったりした。ぽっかりとできた自分の中の空洞に、どれだけ大きな存在だったかを痛切に感じ、いつか再会した時には乗り越えた姿を見せられるようにと、無理に奮い立たせたりした。

 瑞月はずっと考えてることがある。あれをただの夢だったで済ませたくない。
”生きてると色んな不思議とたくさん会えるよね”
あれは垣根を超えた、とびきり不思議な意思疎通だった。瑞月が知る不思議中の不思議だ。デヴィッドが言った、信じていたら本当になる不思議とはなんなのだろう。
ワクワクしてくる。

「さすがお兄ちゃんを分かってるね ね、ダイちゃん」

 デヴィッドが返事をしたように瑞月に聞こえた。


 分岐点に立ち、再び会う約束をしながらそれぞれの道を歩んだ。大人になった自分たちは、心残りも断ち切り前に進んで行かなければならない時がある。
明日を待ち遠しく感じた幼い頃と、大人になった自分との時の流れのスピードが違うもののように感じ、懐かしく振り返る。
どれもが当たり前に眩しい郷愁だ。

 幼い頃から、掴みたくて掴みたくて手を伸ばしていたものがある。
それをしっかり掴むためには自分に課せなければならないことがあると、気付いていた。
それは成長するごとに、深くなり、重くなり、そしてそれに向かって
やっと手に入れることができた。
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