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第一七話 ”マジック”を侮るナ!
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門を広げたような晴れの休日は、観光客が次から次とやってくる。聞こえてくる駐車場での誘導員の忙しない笛に、この日の暑さと相俟って気の毒に感じた。
この遠出がきっかけで自分が”オータくん”呼びになった幸先の良い俺に対し、藤井は不服の表情だ。彼女のどんなことでも絡むと騒ぎ出し、不公平を訴えうるさいから
「お前はそのまま藤井でいい!」
と黙らせた。不満気な藤井を見ると爽快感が胸に湧く。
混雑している通りを余儀なく二手に分かれて歩いた。遙々自転車漕いで辿り着いた景色を見るよりも、前を歩くふたりにどうしても目が行く。
『羨ましい』
同時に出た言葉が同じ、何のことを言ったのかまで恐らく一緒だと悟った俺たちはお互いの顔を見て仰け反った。俺たちを後ろにしながら、必要以上に密着している様が見せ付けのように感じるのが否めない。見ると妙な手の繋ぎ方をしている。左手同士を繋ぎ、そして藤井の右手はエッちゃんの腰にある。普段からふたりはそうなのだろうか。に、しては彼女が落ち着かない素振りを繰り返している。
「ちょっとヤだ!」
何がふたりに起きたのか突然彼女は藤井から離れ、後ろにいた俺のそばへとやって来た。何という幸運だろう。藤井のスケベに感謝しなくてはならない。心の中で小躍りする俺に相反して、アワ食ったのはやはり藤井。彼女を追う振り返った藤井の何という”マヌケ面”……プッ…彼の弱みを改めて知ったこの出来事が、俺をとても 愉 快 爽 快 にさせる。一番はやはり、彼女が自分の元に来てくれたということは無論である。
「ミズキと歩くのイヤ!」
!!…エッちゃんナニソレ……オコッテルの?・・・カ ン ワ イ ~~~ 。。
エッちゃんは俺の背後から藤井に威嚇するように言い放った。のだが、それはあまりにかわいかった。隣で虹生が笑ってる。
「どうして!?エッちゃん!」「くっつきすぎ!」「君がはぐれないようにしてるだけだよ」
年齢に相応しくないような、幼いこども同士のケンカのようにも聞こえるそこに虹生が入り込んだ。
「藤井、オレと腕組む?コッチ空いてるよ」
「そうする!」
「 !! 」←オータ
虹生は藤井と腕を組むまではしなかった。なぜなら誘っておきながら断ったのも虹生本人だったからだ。ほくそ笑む俺。けれども笑ってばかりもいられない。自分の隣には思いもしなかった”幸せ”。けれど”俺 の 虹 生 ”の隣には、” ヤ ツ ”。コレはコレで気が抜けない。
「オレのことエッちゃんと間違うなよ」
「虹生!何かされたらすぐ報告だぞ!藤井、お前のスケベはよっく分かった もしも虹生にヘンなことをしたら…」
『 !! 』←瑞月、虹生 「 ? 」←エッちゃん
「ズルイぞ旺汰!」
「ナ、ナナくん?ナンか違うくない?み…オータくんこそ俺のかわいいエッちゃんにヘンなことしたら、ただじゃ済まさないからね!」
「見てよあのヘンな看板!面白そうなお店があるよ!」
「エッちゃん!何かあったらすぐ俺に…アーッ手ェ繋いでる!!」
『 ダメ? 』←エッちゃん、オータ
「エッちゃん、後でオレとも繋ごうね」
「クソウ」
「ふふん藤井 彼女は俺の隣でやっと安心して観光出来るってモンだ エッちゃん、後でそのお店に行ってみようか!エッチなお店だったらドウスル?クスッ」
「……旺汰……顔がいつもと違うねえ……」
「クソウ(スケベを隠した)ニセモノめ……・・ねえナナくん俺たちも手ェ繋ごうよナンか手が寂しいよ」
「ぇえ!?アッハッハッハッハッ……いいけど」
「虹生!?」
「じゃあその次はミズキとオータくんが繋ぐ?」
(エッちゃん それはしたくないかな)
今日の目的のひとつである”スワンを漕ぐ”。乗り場に来たものの大変な行列が出来ていて2時間待ちの表示に、俺たちはひるんでしまった。
迷ったあげくそこを離れ、スワンを後回しにした。波打ち際に辿り着き、俺と藤井はそばの乾いた砂利に腰を下ろした。
「お前サイテーだな いっつもアーなのか?逃げられるのもムリはない 彼女は俺に助けを求めに来たようなモンだ」
「エッちゃんがかわいいと思ったら勝手に……お前はナナくんにそうならないのか?」
「お前と一緒にするな!」
と、言いつつ、彼女が隣に来てくれたのは彼のおかげだ。虹生がいつも隣にいるのが当たり前で、余計に彼女が小さく頼りなくかわいらしく感じた。虹生と彼女が手を繋ぐことが出来たら、感想を聞いてみたい。
「……三島……お前……なんか顔ヘンだぞ」
「!!」
「さてはエッちゃんのこと考えてたんでしょう」
「バッ……・・虹生にはナイショね」
「……~……」
虹生とエッちゃんは波打ち際で何やら話し中。それをボンヤリと見ていた。俺は今のエッちゃんしか知らない。けれど藤井は彼女の……彼女が”ペッタンコ”の頃から知ってるんだよな……。お前は彼女の成長を、ずっとそばで見て来たんだよな。なんか羨ましいな……。そんなことがきっと癪に障ってるんだと思う。
ふたりの声と湖の静かな波の音が聴こえる…… それに浸りながら、ふたりを見ていた。
《 カ ン ワ イ イ ~~ ・ ・ ・ 》
ふと、藤井のココロの吐息が聴こえたような気がした。今し方ヒトの顔がと言いやがったヤツがヒトのことを言えない顔をしている。だからお前はダメなんだ。スワンがダメなら、次の策をと考えなければならないのに。
確かに彼女はかわいい 確かに……うん たしかに たし……
カ ン ワ イ イ ~~ ……… … ……
《 ハッッ!! 》
もしやコレが藤井がいつも言ってる《 不 思 議 な エ ッ ち ゃ ん マ ジ ッ ク 》というヤツか!? だとしたらヤバイぞ!
どうしよう こんな聞いたこともないヘンなモノ。
「ナ…!」
ダメだ 今、彼のジャマをしたらきっと怒られてしまう。
「せっかくエッちゃんと楽しくお喋りしてたのに、旺汰のバカ!スケベ!触るなクソヘンタイ!!」
彼を怒らせてしまったら大変だ。しばらく”オアズケ”になってしまう。
どうしよう…ドキンドキン……ァ………・・ エッ……ドキンドキン…かわ……いい……ダッコ……した……ィ……
ヤバイ…ヤバイぞ!何だこのドキンドキンは……!! そ、そうだ!
「エッちゃんのかわいい藤井、飲み物買ってこようか!!」
「ん?」
《ハッッ!!》
『……』
”不思議なエッちゃんマジック”……オソルベシ・・・
藤井に言い放った間違ったその言葉は、自身の大ダメージになった。落ち着きをスッカリ失った俺は、ここで大きなミスをしてしまう。今、たった今、彼女はキケンだと気付いたのに、自分の大切な想い人をそのままにしてしまったのだ。
🌱
「飲み物買ってくる!ついでにボート乗り場回って、行けそうならスマホ鳴らすね!」
水面を滑る穏やかな風は波を静かに寄せては引かせ、波打ち際に残されたふたりを遊びに誘う。ギリギリで波から逃げる遊びをどちらともなく始め、置かれている状況も性別までも今はいらなくなって、ふたりはただ遊んだ。息を弾ませながら自分に笑ってくれる恵風に、何度気を持って行かれたか分からない。制限を伴う学校という場所から離れた時の恵風を改めて虹生は感じていた。
吸い込まれてしまいそうだ。それまでは友だちと笑っているのを、離れた所で見ていた。今は自分に向けられている夢のよう。クルクルとよく動く瞳と、髪の隙間から覗く細い首。滑らかな曲線の腕や脚。眩しく映る笑顔から漏れる鈴のような笑い声――
そのどれも自分には遠いものだった。なのに今はこんなにすぐそば。信じられなくてでも知りたくて、思わず手を伸ばし触れたくなる。
「ナナオくん!」「え?アッ!」
突然スローモーションに陥る。時間も世界も変わるわけがないのに、一秒がやけにゆっくり感じるこの現象は本当に不思議だ。おそらく頭の中が瞬間的に研ぎ澄まされるが、動作が追いつかないのかもしれない。虹生はそんなことを考えながら、視界や聴覚が何かに覆われてしまったように役に立たなくなり、とっぷりと水の中に沈んで行くような感覚になった。
沈んで行く。まるで底なしの真綿の中に自分が埋もれてしまったようだ。似たような感覚を自分のどこかで覚えている。それはずっとずーっと前のこと。心地よい揺れと生命の響きを聴きながら、淡い光りを感じていた。
「あっはっはっは……ごめーんナナオくん引っ張りすぎた」
恵風が自分の下で無邪気に笑ったのを聞いて、息をするのも忘れて潜っていた水中から顔を出したように、慌てて虹生は起き上がりそこから離れた。
ボンヤリして波から逃げ遅れ、恵風が虹生の腕を掴み後ろに引っ張った。ふたりはぶつかり絡まるように倒れ、恵風が下敷きになってしまったのだ。時間にするとほんの数秒のことだ。
「ごめんね いきなり引っ張ったから」
「……ううん 濡れずに済んだよ……ありがとう」
「ああ 砂だらけになっちゃったね」
そう言う恵風の方が自分よりもと虹生の目には映っていたが、自分の名前を呼んだ恵風の声がいつまでも頭の中でこだまして、半身をどこかにやってしまったようにボンヤリが抜けないでいた。恵風が言う乱暴さは一欠片も感じなかった。砂まみれの原因はボンヤリしていた自分なのに、恵風を謝らせてしまった。申し訳なさを感じているのに、いつもの自分を取り戻せない。ほんの数秒間のうちに置いてきたものは一体何なのだろうか。
そんな中、ひとつだけ虹生の胸を掠めたものがあった。
”彼の話を冗談にしていたのは誰だっけ”
「エッちゃーん ナナくーーん!」
ペットボトルを持って瑞月と三島が戻ってきた。ふたりの姿が平穏も連れて来たように感じる虹生。
「スワンもボートもどっちも待ち時間やっぱり長くて、諦めて飲み物買うだけにしたよ アレッ転んだの?」
「波から逃げ遅れちゃった」
「ごめん藤井オレが悪いんだ」
「おや ふたりでヤンチャしたの?大丈夫だった?どれ、後ろ払ってあげるよ」
瑞月は甲斐甲斐しく恵風が自分で払えなかった砂を払い落とし、恵風は着ていたオーバーシャツを脱いでバサバサと砂を落とす。ふたりのやり取りを耳に入れながら、虹生に三島は飲み物を持って寄り添った。心ここにあらずの虹生の面持ちが気になったのだ。
「どうした?疲れた?」
つい先ほどのことを誰かに言うには、どう話せば良いのか分からない。けれど唯一通じてしまうかもしれない自分たちの言葉がある。それは――
「”不思議なエッちゃんマジック”に遭った……っぽい」
瞬間で虹生を見る三島の見開いた目が物語る。通じるということは、心当たりがあるということ。それはそれで問題だ。無言で見合うふたり。
「……大丈夫か?」
三島自身も得体の知れないものに対し、そう言葉を掛けることしか出来ず
「多分……」
同様に虹生もこう答えるしか出来なかった。
とは言え、今日はそのためにここ、月琴湖にわざわざ来たわけではない。スワンがだめなら”イモ菓子”を食いに行こう。そして”エッちゃんに怒られてる藤井”を見ながら通常を取り戻すのだ。
「さ、”イモ菓子”食いに行こうか!」
その後、スワンの待ち時間をクリアし、無事に今日の本命を果たすことができた。お土産屋を巡り小腹を満足させ、夕日になる頃湖水を背にして4人で記念撮影をした。この頃にはもうすっかり妙な酔いは抜け忘れ、普段と変わらず笑いに混ざっていた。けれども油断はできない。その不思議なマジックは今後のふたりにどう影響してくるのか、まだ分からないのだ。それはこのままただの出来事として収まるのか、それとも何かを狂わせてしまうのか。まだ誰にも分からない。
それから間もない、ある日の昼休み。
「オータくんナナくーん コレ、エッちゃんが作った”イモ菓子”だよ 食べてみて!」
「ナンだよコッチ連れて来いよ」
「そうだよ一緒にベントー食べようよ」
「そうだね……エッちゃんに聞いてその内……」
いつものように”ダメ!”を言うのだろうと思ってたふたりは、聞き違いをしたかのかと目を丸くした。瑞月の意識を変えたのは、恵風が自分の友だちの分まで作ったイモ菓子が奏功したのでは。
この遠出がきっかけで自分が”オータくん”呼びになった幸先の良い俺に対し、藤井は不服の表情だ。彼女のどんなことでも絡むと騒ぎ出し、不公平を訴えうるさいから
「お前はそのまま藤井でいい!」
と黙らせた。不満気な藤井を見ると爽快感が胸に湧く。
混雑している通りを余儀なく二手に分かれて歩いた。遙々自転車漕いで辿り着いた景色を見るよりも、前を歩くふたりにどうしても目が行く。
『羨ましい』
同時に出た言葉が同じ、何のことを言ったのかまで恐らく一緒だと悟った俺たちはお互いの顔を見て仰け反った。俺たちを後ろにしながら、必要以上に密着している様が見せ付けのように感じるのが否めない。見ると妙な手の繋ぎ方をしている。左手同士を繋ぎ、そして藤井の右手はエッちゃんの腰にある。普段からふたりはそうなのだろうか。に、しては彼女が落ち着かない素振りを繰り返している。
「ちょっとヤだ!」
何がふたりに起きたのか突然彼女は藤井から離れ、後ろにいた俺のそばへとやって来た。何という幸運だろう。藤井のスケベに感謝しなくてはならない。心の中で小躍りする俺に相反して、アワ食ったのはやはり藤井。彼女を追う振り返った藤井の何という”マヌケ面”……プッ…彼の弱みを改めて知ったこの出来事が、俺をとても 愉 快 爽 快 にさせる。一番はやはり、彼女が自分の元に来てくれたということは無論である。
「ミズキと歩くのイヤ!」
!!…エッちゃんナニソレ……オコッテルの?・・・カ ン ワ イ ~~~ 。。
エッちゃんは俺の背後から藤井に威嚇するように言い放った。のだが、それはあまりにかわいかった。隣で虹生が笑ってる。
「どうして!?エッちゃん!」「くっつきすぎ!」「君がはぐれないようにしてるだけだよ」
年齢に相応しくないような、幼いこども同士のケンカのようにも聞こえるそこに虹生が入り込んだ。
「藤井、オレと腕組む?コッチ空いてるよ」
「そうする!」
「 !! 」←オータ
虹生は藤井と腕を組むまではしなかった。なぜなら誘っておきながら断ったのも虹生本人だったからだ。ほくそ笑む俺。けれども笑ってばかりもいられない。自分の隣には思いもしなかった”幸せ”。けれど”俺 の 虹 生 ”の隣には、” ヤ ツ ”。コレはコレで気が抜けない。
「オレのことエッちゃんと間違うなよ」
「虹生!何かされたらすぐ報告だぞ!藤井、お前のスケベはよっく分かった もしも虹生にヘンなことをしたら…」
『 !! 』←瑞月、虹生 「 ? 」←エッちゃん
「ズルイぞ旺汰!」
「ナ、ナナくん?ナンか違うくない?み…オータくんこそ俺のかわいいエッちゃんにヘンなことしたら、ただじゃ済まさないからね!」
「見てよあのヘンな看板!面白そうなお店があるよ!」
「エッちゃん!何かあったらすぐ俺に…アーッ手ェ繋いでる!!」
『 ダメ? 』←エッちゃん、オータ
「エッちゃん、後でオレとも繋ごうね」
「クソウ」
「ふふん藤井 彼女は俺の隣でやっと安心して観光出来るってモンだ エッちゃん、後でそのお店に行ってみようか!エッチなお店だったらドウスル?クスッ」
「……旺汰……顔がいつもと違うねえ……」
「クソウ(スケベを隠した)ニセモノめ……・・ねえナナくん俺たちも手ェ繋ごうよナンか手が寂しいよ」
「ぇえ!?アッハッハッハッハッ……いいけど」
「虹生!?」
「じゃあその次はミズキとオータくんが繋ぐ?」
(エッちゃん それはしたくないかな)
今日の目的のひとつである”スワンを漕ぐ”。乗り場に来たものの大変な行列が出来ていて2時間待ちの表示に、俺たちはひるんでしまった。
迷ったあげくそこを離れ、スワンを後回しにした。波打ち際に辿り着き、俺と藤井はそばの乾いた砂利に腰を下ろした。
「お前サイテーだな いっつもアーなのか?逃げられるのもムリはない 彼女は俺に助けを求めに来たようなモンだ」
「エッちゃんがかわいいと思ったら勝手に……お前はナナくんにそうならないのか?」
「お前と一緒にするな!」
と、言いつつ、彼女が隣に来てくれたのは彼のおかげだ。虹生がいつも隣にいるのが当たり前で、余計に彼女が小さく頼りなくかわいらしく感じた。虹生と彼女が手を繋ぐことが出来たら、感想を聞いてみたい。
「……三島……お前……なんか顔ヘンだぞ」
「!!」
「さてはエッちゃんのこと考えてたんでしょう」
「バッ……・・虹生にはナイショね」
「……~……」
虹生とエッちゃんは波打ち際で何やら話し中。それをボンヤリと見ていた。俺は今のエッちゃんしか知らない。けれど藤井は彼女の……彼女が”ペッタンコ”の頃から知ってるんだよな……。お前は彼女の成長を、ずっとそばで見て来たんだよな。なんか羨ましいな……。そんなことがきっと癪に障ってるんだと思う。
ふたりの声と湖の静かな波の音が聴こえる…… それに浸りながら、ふたりを見ていた。
《 カ ン ワ イ イ ~~ ・ ・ ・ 》
ふと、藤井のココロの吐息が聴こえたような気がした。今し方ヒトの顔がと言いやがったヤツがヒトのことを言えない顔をしている。だからお前はダメなんだ。スワンがダメなら、次の策をと考えなければならないのに。
確かに彼女はかわいい 確かに……うん たしかに たし……
カ ン ワ イ イ ~~ ……… … ……
《 ハッッ!! 》
もしやコレが藤井がいつも言ってる《 不 思 議 な エ ッ ち ゃ ん マ ジ ッ ク 》というヤツか!? だとしたらヤバイぞ!
どうしよう こんな聞いたこともないヘンなモノ。
「ナ…!」
ダメだ 今、彼のジャマをしたらきっと怒られてしまう。
「せっかくエッちゃんと楽しくお喋りしてたのに、旺汰のバカ!スケベ!触るなクソヘンタイ!!」
彼を怒らせてしまったら大変だ。しばらく”オアズケ”になってしまう。
どうしよう…ドキンドキン……ァ………・・ エッ……ドキンドキン…かわ……いい……ダッコ……した……ィ……
ヤバイ…ヤバイぞ!何だこのドキンドキンは……!! そ、そうだ!
「エッちゃんのかわいい藤井、飲み物買ってこようか!!」
「ん?」
《ハッッ!!》
『……』
”不思議なエッちゃんマジック”……オソルベシ・・・
藤井に言い放った間違ったその言葉は、自身の大ダメージになった。落ち着きをスッカリ失った俺は、ここで大きなミスをしてしまう。今、たった今、彼女はキケンだと気付いたのに、自分の大切な想い人をそのままにしてしまったのだ。
🌱
「飲み物買ってくる!ついでにボート乗り場回って、行けそうならスマホ鳴らすね!」
水面を滑る穏やかな風は波を静かに寄せては引かせ、波打ち際に残されたふたりを遊びに誘う。ギリギリで波から逃げる遊びをどちらともなく始め、置かれている状況も性別までも今はいらなくなって、ふたりはただ遊んだ。息を弾ませながら自分に笑ってくれる恵風に、何度気を持って行かれたか分からない。制限を伴う学校という場所から離れた時の恵風を改めて虹生は感じていた。
吸い込まれてしまいそうだ。それまでは友だちと笑っているのを、離れた所で見ていた。今は自分に向けられている夢のよう。クルクルとよく動く瞳と、髪の隙間から覗く細い首。滑らかな曲線の腕や脚。眩しく映る笑顔から漏れる鈴のような笑い声――
そのどれも自分には遠いものだった。なのに今はこんなにすぐそば。信じられなくてでも知りたくて、思わず手を伸ばし触れたくなる。
「ナナオくん!」「え?アッ!」
突然スローモーションに陥る。時間も世界も変わるわけがないのに、一秒がやけにゆっくり感じるこの現象は本当に不思議だ。おそらく頭の中が瞬間的に研ぎ澄まされるが、動作が追いつかないのかもしれない。虹生はそんなことを考えながら、視界や聴覚が何かに覆われてしまったように役に立たなくなり、とっぷりと水の中に沈んで行くような感覚になった。
沈んで行く。まるで底なしの真綿の中に自分が埋もれてしまったようだ。似たような感覚を自分のどこかで覚えている。それはずっとずーっと前のこと。心地よい揺れと生命の響きを聴きながら、淡い光りを感じていた。
「あっはっはっは……ごめーんナナオくん引っ張りすぎた」
恵風が自分の下で無邪気に笑ったのを聞いて、息をするのも忘れて潜っていた水中から顔を出したように、慌てて虹生は起き上がりそこから離れた。
ボンヤリして波から逃げ遅れ、恵風が虹生の腕を掴み後ろに引っ張った。ふたりはぶつかり絡まるように倒れ、恵風が下敷きになってしまったのだ。時間にするとほんの数秒のことだ。
「ごめんね いきなり引っ張ったから」
「……ううん 濡れずに済んだよ……ありがとう」
「ああ 砂だらけになっちゃったね」
そう言う恵風の方が自分よりもと虹生の目には映っていたが、自分の名前を呼んだ恵風の声がいつまでも頭の中でこだまして、半身をどこかにやってしまったようにボンヤリが抜けないでいた。恵風が言う乱暴さは一欠片も感じなかった。砂まみれの原因はボンヤリしていた自分なのに、恵風を謝らせてしまった。申し訳なさを感じているのに、いつもの自分を取り戻せない。ほんの数秒間のうちに置いてきたものは一体何なのだろうか。
そんな中、ひとつだけ虹生の胸を掠めたものがあった。
”彼の話を冗談にしていたのは誰だっけ”
「エッちゃーん ナナくーーん!」
ペットボトルを持って瑞月と三島が戻ってきた。ふたりの姿が平穏も連れて来たように感じる虹生。
「スワンもボートもどっちも待ち時間やっぱり長くて、諦めて飲み物買うだけにしたよ アレッ転んだの?」
「波から逃げ遅れちゃった」
「ごめん藤井オレが悪いんだ」
「おや ふたりでヤンチャしたの?大丈夫だった?どれ、後ろ払ってあげるよ」
瑞月は甲斐甲斐しく恵風が自分で払えなかった砂を払い落とし、恵風は着ていたオーバーシャツを脱いでバサバサと砂を落とす。ふたりのやり取りを耳に入れながら、虹生に三島は飲み物を持って寄り添った。心ここにあらずの虹生の面持ちが気になったのだ。
「どうした?疲れた?」
つい先ほどのことを誰かに言うには、どう話せば良いのか分からない。けれど唯一通じてしまうかもしれない自分たちの言葉がある。それは――
「”不思議なエッちゃんマジック”に遭った……っぽい」
瞬間で虹生を見る三島の見開いた目が物語る。通じるということは、心当たりがあるということ。それはそれで問題だ。無言で見合うふたり。
「……大丈夫か?」
三島自身も得体の知れないものに対し、そう言葉を掛けることしか出来ず
「多分……」
同様に虹生もこう答えるしか出来なかった。
とは言え、今日はそのためにここ、月琴湖にわざわざ来たわけではない。スワンがだめなら”イモ菓子”を食いに行こう。そして”エッちゃんに怒られてる藤井”を見ながら通常を取り戻すのだ。
「さ、”イモ菓子”食いに行こうか!」
その後、スワンの待ち時間をクリアし、無事に今日の本命を果たすことができた。お土産屋を巡り小腹を満足させ、夕日になる頃湖水を背にして4人で記念撮影をした。この頃にはもうすっかり妙な酔いは抜け忘れ、普段と変わらず笑いに混ざっていた。けれども油断はできない。その不思議なマジックは今後のふたりにどう影響してくるのか、まだ分からないのだ。それはこのままただの出来事として収まるのか、それとも何かを狂わせてしまうのか。まだ誰にも分からない。
それから間もない、ある日の昼休み。
「オータくんナナくーん コレ、エッちゃんが作った”イモ菓子”だよ 食べてみて!」
「ナンだよコッチ連れて来いよ」
「そうだよ一緒にベントー食べようよ」
「そうだね……エッちゃんに聞いてその内……」
いつものように”ダメ!”を言うのだろうと思ってたふたりは、聞き違いをしたかのかと目を丸くした。瑞月の意識を変えたのは、恵風が自分の友だちの分まで作ったイモ菓子が奏功したのでは。
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