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チェリーとバイオレット

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「ねえスミレくん、行ってみたい所があるんだけど、付き合ってくれないかな」

 彼は俺の事を、”スミレくん”と呼ぶ。
そう呼ぶのは彼だけ。


 日本の各地で桜が咲いて、花見の宴の模様がテレビに映し出されても、ここはまだ雪が降っては溶けての足踏みした春。
いつも思うけど、同じ日本とは思えない。見えてるのはまだ寒そうな枝ばかり。
だいぶ暖かくなって来たとは言え、春物の上着に替えるには登校時間はまだ寒い。
満開の桜の樹の下で、ヒラヒラ舞う花びらと一緒に【入学式】の看板隣でニッコリ笑って写真撮影。……憧れるじゃないか。

 いつも母さんにせっつかれ仕方なしに写ってやるけど、こんな春だったら一回くらいなら笑って写ってやってもいいな。
けれど俺は中三 今日はただの新学期初日だ。
膨れ上がった生徒数が、クラス替えを余儀なくされた中学生最後の春。
この前までの居心地が良かったクラスを思うと、残念しかない。

 上靴と筆記用具は、カバンの中にちゃんと入っている。忘れ物はきっとない。
一日目からヘマをしてはいけない。
ヘマをやってもすぐに忘れさせてくれる仲の良い友だちは、この教室の中にはいない。
クラス発表の日からの毎日、俺はこの日が来なければと思っていた。

 ホームルームでの自己紹介 ついに自分の番が来てしまった。
昔からこういうのは苦手だ。何をみんなに向けて話すべきか、自分の名前と誕生日くらいしか思い付かない。特技ってったって、特に周りに言うほどの事は自分にはない。好きな事…… う~ん…… 
しかし何なんだコイツ……。さっきからヒトの顔を遠慮なしにジーッと見やがって。
俺の前に座るこの彼、クルリと後ろを向いたかと思ったら、ずっと俺の事を見てる。
何か言いたいなら、後にしてくれ。
他のヤツらと違う熱量を感じるぞ。

「すみかわれん?レンくんって言うんだ……スミカワレン…… 今度からスミレちゃんだね クスッ」

 なんか言ったと思ったら、こんなおかしな事を言いやがった。
キラキラニックネームか!って。
けれど今は俺の自己紹介タイムだ。
話した事もないお前に、自己紹介の手伝いを頼んだ覚えはないぞ!
先生に前を向くよう促された彼は、忍び笑いが聞こえる中やっと俺から視線を離し前を向いた。
ふう 変わったヤツが今度のクラスにはいるようだ。

 よく第一印象は大事とか聞くけど、この不思議な彼がそれまでの友だちと同じクラスになれなかった心細さを、取っ払ってくれたのだった。
新しいクラスの面々の視線が、一斉に自分たちに集まった事に俺は気付いたが、彼は人なつっこい目を俺に向けてるだけで、周りを気にしていないようだった。
何がキッカケになったのか分からないけど、俺は彼に気に入られたらしい。
ま、ただ席が近かったからとか、お互い仲のいい友だちがいなかったからとか、そんな事でタマタマだったのかもしれないけど。
それでもクラス替えの度に感じる不安は、九割解消されたようなもの。
彼と友だちになった。
ただ、愛称で呼ばれる事は嫌いではなかったが、むしろ喜んでという事ではあるが今回のはちょっと……。

「その”ちゃん”はやめて」
「えーかわいいのに」

 こんなヤツは初めてだ。そしていつも思いつき行動。
面白そうだと思ったら、黙って待ってる事はしない。
真っ先に飛び付いて、それに満足したらその次。
よく笑って人当たりも良くって、たくさん友だちいそうだね。

「うん まあ……でも、俺色んな所で遊んでるから、こんなふうにずっと一緒にいる友だちなんて、スミレくんが初めてかも」

 へえそうなんだ。それがどうして俺と一緒にいる事になったんだろうね。
なんて俺が感じた事は、周りもそう思って見てた事だったらしい。
けれどその中身はなんか違う。

「スミカワの事が好きなんだよ」

 ええっどーゆー意味だよそれ!
友だちが彼になった途端、今まで言われた事もない話が時々聞こえて来る。
彼のフーテン振りは知る人にはよく知られている事で、それがこの受験の年になりようやく落ち着いた、はたまたさっきのような見方をされているという。
俺の何を彼は気に入ったのだろう。
中々聞きにくい事ではあったけど、ある日の帰りに聞いてみた。
すると彼は

「ひとりの気楽ってのは確かにあるけど、ひとりじゃちょっと勇気が足りないって時があるんだよね ねえスミレくんは?スミレくんは俺と一緒にいてつまんなく感じない?」

 あれっ逆に俺が聞かれたぞ う~んよく分からん。でもちゃんと答えないとね。

「う、うん お前がいると俺も退屈しないよ」

 飾り気のない無邪気な彼に、俺は押され気味。
けど、言葉でちゃんと伝えなきゃ。伝えないと分からない、それくらい大事な時があるって事が、彼と一緒にいるお陰で学べそうだ。
こんな事を言う慣れない気恥ずかしさは正直あったし、素直な彼に比べて自分はまだまだだなって思うけど、それでも素直な気持ちが言えた事を、彼は茶化す事なくちゃんと受け止めてくれる。 そして

「良かった!」

 本当に嬉しそうに応えてくれる。俺も同じく”良かった”って感じる。
そうだな……俺ももっと例えばお前のように?
自分の気持ちを素直に話せるようにならないとな。 今はまだ練習中だ。



「ねえスミレくん 行きたい所があるんだけど付き合って」

 と、彼がひとりでは勇気が出なかったというそこへ、一緒に向かった最初の日。



 彼は大変惚れっぽいタチでもあった。

「ねえ、A組にユリちゃんって子がいてね、掃除当番の時に……」

 手洗い場でその”ユリちゃん”に、ハンカチを拾ってもらったらしい。
その時に笑った彼女が、とてもかわいく見えたのだそうだ。
好きになってしまったからと、それを言うために彼女を階段ホールに呼び出し、告白をしに行った中休みの事。
”好きになってしまった”から、告白……。 
”大事な事はちゃんと言葉で言わないと!”という考えの、彼らしい事と言えば彼らしい事。

 それはどうなったのかと言うと……

 俺は今、彼の大熱唱の後ろで彼と夕日のふたつを見ている。
忍び込んでやって来た、中ビルの屋上 初めてここを訪れてから、これで何度目かな。
よくこんな所知ってるねえ いいの?黙って入っても
って言っても彼は大丈夫でしょって笑って答えるだけ。
彼がここに来たくなる理由 最初はただの好奇心だったはず。それが……。
Tの字交差点の、ちょうど中央に建つ古い中ビル。
開かないと思っていたドアが、開いてしまったラッキーチャレンジ。
胸を膨らませながら、ドアノブを回して手に入れた新しい世界。
彼と一緒にいると、世界が違って感じる。
それまではみんなが見ていたものを、自分もそこに混ざって見ていた。
感想聞かれりゃ、周りと似たり寄ったりの面白くない事しか言えなかった それまで。
けれど彼と友だちになって気付いた事、同じものを見ていても、同じ所から見なくていいって。
そして彼と一緒に見ている事が、楽しいって。 

「大声出してスッキリしたい 歌っちゃおうかな」

 街の雑音が響くそこに挑むように、まずは大きく深呼吸。
ホント、次から次と色んな事を思い付くね。
でも歌いたくなる気持ちは分かる。ここはそんな場所だ。
目の前の景色の前に立ってみたら、世界のほんの一片にいるまだまだ小さな粒みたいな自分。
けれどそんなの全く気にしない。こんなに小粒でもここにいるのはウソじゃないんだから。
 
 こんな事言ってはいけないのだろうが、彼の歌唱力は日増しに上達しているように思う。
それはどういう事かと言うと、ここに来たくなる事が頻繁だからって事なんだけど。
うわ面だけではない、しっかり感情が入り込んでるその歌声は、自身への失恋の鎮魂の意も込められている。
泣きながら歌う彼の声に、いつしか俺も胸が熱くなって震えて来る。
惚れっぽくって、誰それすぐに行ってしまいはしても、彼なりの本気の恋だったという事だ。
ああ…… 涙が出るねえ……。
彼がここを訪れたくなる時 それは失恋した時だった。

「いや、悲しいのは最初だけ 夕日に向かって歌っていると、それが気持ち良すぎてスッキリして来る スミレくんもやってみたら分かるよきっと」

「ええっ いいよお」
「って言うか、スミレくんからそんな話、一回も聞いた事ない! ねえねえいないの?好きな子!」
「えっいないよ……うっせえなあ」
「あれーホント~?ウッソー本当はいるんでしょう……ねえ誰なの?かわいいの?」
「うるさいよお前、少しダマレ」

 天真爛漫、好奇心旺盛、そして惚れっぽくって涙もろい。
けれどすぐに立ち直って、カラッと笑う。
こんなに分かりやすいニンゲン初めて……でもないんだな。
やっぱりよく分かんない。

 それはそうと、気になる事があった。
彼の告白タイムには、同席した事はない。
”恥ずかしいから……”と、付いて行く気のない俺の気を引いているようにも見えなくもない、気持ち半分ニヤけているような顔をして彼はひとりで向かう。
俺はいつもそんな彼の背中を叩いて送り出し、またアソコに歌いに行く事になるのかな……などと考えながら、彼が戻って来るのを待っている。
彼が今回”好き”を告げたいとしている、”りなちゃん”と友人らにたまたま直後あたりに擦れ違った。 どうなったのかなあ……もしかしたら……なんて事も一応は考えてる。
そうなった時、俺はどうしようかなーとかボンヤリとだけど。
しょっちゅう好きな子が出来て、コクるフラれるを体験している彼に比べ、俺にはまだ遠い事のようだ。彼に彼女が出来たとしても、自分の立ち位置がどうなるのかなんて、想像出来ない。
チラッと聞こえて来たのは……

「意味分かんない ドンだけバカなのアイツ!」

 そんな声が聞こえたかと思ったら”りなちゃん”と友人らは、俺にジロリと意味不明な視線を向け、そして行ってしまった。

 なんだ?

 戻って来た彼を俺は問い質した。彼は彼女らに何か粗相をしたのか!?
(俺が睨まれるほどの……?)

「どうしちゃったのスミレくん いつもと同じだよ(ハァ…)だからあそこ行こう?」

 彼はまたフラれた。頬杖付きながらどこか遠くを見て話す彼は、それしか言わなかった。
失恋したばかりだ。あまりほじくり聞き出すのは遠慮して、ソッとしておこう。

しかし……ナゾだ……


 
 バンザイして空を仰いで寝転んだり、手をかざして太陽を見たり、落ち葉で足を滑らせて転びそうになったり、白い息が空気に溶けて行くのを星と一緒に見たり、しゃっこい手で首を触られてビックリしたり。
部活の仲間と泣いた、塾でアクビして怒られた、季節は俺たちの身体を通り過ぎ 何となく後ろを振り返って、

「どうした?」って聞かれて

「何でもない」って笑い合う

 それまで自分たちの前にあったものが、いつの間にか自分たちの後ろになってたみたい。
一緒にいて並んで同じものを見てるのに、感じ方が違う時がある。
それが面白くて笑ったり、時々言い合いになったり
そして好きな子が出来たり……忙しい……。
懲りないねえ……。ウソ
忙しいけど、楽しい……。


 ある日の事

「スミカワちょっと」

 クラスメイトの女子に半ば腕を引っ張られ、連れて来られた所は同じフロアの備品置き場になってる空き教室。
アレッ今日の日直当番は、俺じゃないんだけどな。
この少し前から、やたらにコイツが絡んで来る。
スマホ持ってる?とか、なんかそーゆーの持ってないの?とか。
うるせえ!俺だってスマホ欲しいけど、こーこーせーになってから!って親が持たせてくれないんだ! パソコンだって家族で共用だ!
乱雑に置かれた黒板用の定規に目を取られていると、自分の背後で静かに引き戸が閉まる音が聞こえて来た。
何なんだこの展開。俺、ナンかしたっけ?
休み時間の喧噪が、ここと別世界のように聞こえて来る。
女子3人が扉の前に立ち、何かモジモジとしている。
そのうちのひとりが両脇のふたりにせっつかれるようにされ、やっと声を出した。
この子は去年同じクラスだった…… もしかしてこの展開は……。
ま……待て、ちょっと待て。
俺にも心の準備が必要だ。
本題を中々言わないシドロモドロは、俺にとっては好都合。
廊下をアイツが歩いているのが見えた。


《 お、おーーい 俺はここだ 気が付いてくれーー 》


 俺の心の叫びを、彼は見事にキャッチしてくれたのだった。

「スミレくん!なにしてるのこんな所で!? ……ああっもしかしてっ!!」

 慌てて口を塞ぐ醜態を晒す彼。
いつも反対の事を自分がやっているとは言え、こんな時の勘はさすがだ。
扉に背を向けていた彼女たちは、扉が開いたと同時に一斉にギョッと後ろを振り返り彼を見た。
俺に声掛けて来た去年同じクラスだった子は、一番にここから出て行ってしまった。
本当の所、彼女たちは俺に何の用があったのかは分からない。
けど、彼に救われたような気分だった。 お前に罪はひとつもない。

「あっはっはっはっはっはっ あーお前があそこ通って良かった」
「ダメだよそんな笑ったら……」
「なんで?俺はなーーんも言われてないよ ただあそこに連れてかれただけ」
「……俺、なんか悪い事しちゃった気分」
「気にするなよ」

「スミレくんがいいなら、いいか……」
「そ、いーんだいーんだ 気にするな な!」
「そっか!分かった、でも酷いなあ…… ま、良かったのかスミレくん」
「ま…… まあな……」

『あっはっはっはっはっはっはっ……』

 そうだな……退屈とも寂しいとも当てはまらない、何となく心がポッカリと何か欲しがってるように彷徨い出した時

「今何してる?何か話して 何でもいいから……」

 そんな事が簡単に出来たらなって思う。
今はそれが出来ないから だから早く明日になって彼に会いたいって……。
彼は……彼も、そう思う事はないのかな……。


 特別な事なんて、なーんにも起きない。
誰かの身に起きた事に、痺れる空気を感じたり瞬きするのを忘れてしまう事はあったけど、自分の毎日はゆっくりでだけど早くて。
何もしていなくても時間は進んでて、そんな移り変わりを彼と一緒に過ごしてる。
生きてるって忘れるほど、きっと俺たちは一生懸命生きてる。
誰も何も言わないけど、歩いて来た足跡はちゃんと付いていて、けれど溶けた雪みたいに消えて行く。
消えて行くけど残ってる。俺たちの中にちゃんと。


「そうだ」
「なに、どうした」

 同じ高校を受験、そしてふたりともめでたく合格。
その発表の帰り道、今度は元の学び舎に結果報告。
気付いてなかったけど、薄く凍った服をずっと着ていたようだった。
それが溶けたように感じた三月吉日。
”卒業”した所にまた入るのは、何かくすぐったく感じるね。
彼と辿ったこの一年は、あっという間だった。
彼との関係は変わりなく続いてるし、彼のつかみ所のない性格もそのまま。
自分にその自覚がないんだから、どうにもならない。

 けど、一緒にいてつまらないなんて感じた事はないのは、随分前に彼に言った通り。
これまでの友だち関係にはなかった、より”正しい方法”を見つけるために本気になるあまり、周りが心配になるくらいの言い合いをする事だってあった。
親友って熱いものは感じないけど、サラリと心地良い関係であると思う。
不安しかなかった去年の春を思うと、何があるか分からないものだなって思う。
進級してクラスが変わっても、彼とは今のまま付き合っていたいな。
俺はそう思っているんだけど、彼はどうなのかな……。

「俺がコクりに行った時の事なんだけどさあ……」
「お前のソレは、いつのソレかまるで分からん!」
「ハハッ……えーと、ま、その時にね相手の子からよく言われる事があるんだけどさあ」
「ふーん、なに?」

「”スミカワに言え!”って、どういう意味だと思う? ま……フラれたってのは分かったんだけど」

「……俺?」
「そう」
「へえ……何だろうなソレ……」

 全然関係なさそうな場面に、自分が出て来るなんてヘンな気分だ。

「そう思うっしょ? 聞けば良かったかな~ でもそんな余裕はその時ないからね~ハハッ」


・・・・・ ちょっと待て  え?


「冗談だろ?」
「なにが?」
「いや……何でもない」

 つまり俺たちは、《やっぱり》そういうふうに見えていたって事か?

「な、なあ?今は?今もそんな事言われたりしてるのか?」
「実はこの前も言われて、今思い出した所」
「この前?」
「うん、卒業式の前」
「は?」
「でね、学校に報告終わったら、あそこに行こうよ」
「またあ……いい加減、卒業すれよ~」
「ハハッいつかね……あそこは特別なんだ 秘密の場所だもんね~」

 なんて言ったけど本当の事を言うと、俺も彼が失恋の度に訪れるここが好きだ。
失恋した時だけじゃなくてもいいのに。そうまで思ってるのは内緒だけど。
ほら、彼に誘われたように夕日も伸びて来る。
街に向かって立ってるお前を、後ろから見てるそれだけ。
それだけなんだけど、この今見てる景色は自分が大人になっても覚えているんだろうな……。


 彼の言う”告白”というのは もしかしたら


 どうしてそんな古い歌を知ってるのか聞いた事ないけど、すっかり覚えてしまった。
街の雑音が遠くなって、お前の声だけが俺の耳に聴こえる。
校歌は忘れてしまっても、もしかしたらその歌はいつまでも覚えているかもね。

 彼の名前は桜田俊介 でも俺は”サクラちゃん”と呼んだ事はない。
お前の言う”好き”ってのは、最初俺に言った、”スミレちゃん”と同じなのかな……

 なーんて思ったんだけど。


「コラーーー!!」

『わあ ごめんなさーーい!!』


 せっかくの大熱唱が、中途半端になってしまったねえ……。
このビルの管理人さんについに見つかって、怒られて追い出されてしまった。
失恋を慰めるルーティンは、強制的に卒業させられた。


「分かった!俺に彼女が出来たら、きっとお前のソレは解決するぞ 俺はそう思う!」
「なに?ってか、俺もそこに混ぜてよ」
「なに言ってるんだ お前がソンナだからヘンな誤解をされるんだろうが!」
「誤解って?」
「……とにかく、俺はこれを機にお前ばかりと遊んでいる事を、ちょっと考える もう高校生にもなるし!」
「ええーっそんな悲しくなる事言わないでよスミレくん 高校生になるこれからがもっと楽しくなるんだ せっかくまた3年間一緒にいられるのに!」

「うるせえ黙って待ってろ きっとそうだ 俺に彼女が出来れば…… サクラ!お前はもう泣きながら歌うような事はしないで済む!」
「自分に出来たら俺にもなんて、そんなハナシがあるかよ」

 振り返って見てみたら、足跡じゃなくってただじゃれ合ったような跡が付いてるだけかもしれない。
転がったりふざけて飛び付いて、最初の出会いは言葉のなかった目だけの会話。
ネコみたいに自由に自分の世界を見て回って、一緒だったら心強いねってもっと遠くに行きたくなって。
知りたい事と確かめたい事が一杯で、そしてちゃんとお互い見てる。
それが楽しくて嬉しくてやめられなくて、そんな時間はまだまだ続く。 
だから……もしかしたら次の新しい場所を、またふたりで見つけに行かないとダメかも……。


「って言うか、彼女が欲しいとかそんなじゃないんだよな……」
「は?意味が分からん だって今まで…… あ、あのちょっと聞くけどいいか?お前今までコクる時、なんて言ってたんだ?」

 もしかしたら、そこに答えがあるのかもしれない。

「ねえ”違い”って、なんだろうって思った事ない?」
「なんの?」

「俺、スミレくんに好きって言った事ないのに、付き合ってるみたいだと思わない?」
「あのなあ、俺たちみたいなのは、付き合ってるって普通言わないし」
「自分の大事にしてるものを、相手の子はどう思うかな~って」
「ふん……まあ気になるかもね」
「だからさあ俺はスミレくんの事も好きなんだけど、君はどう思う?って」

「 ハ!? 」

「もちろんちゃんと好きだって、相手の子に言ってるよ ……あれ 俺、今までスミレくんに好きだって言った事なかったのに、他所で言ってた!ハハッ」

「バカか!」
「なんで?」
「お前、それずっと言ってたわけ?」
「そーだよ だって、大事な事だもん」

・・・・・

「……俺はただ…… ”いいんじゃない?”って言ってくれたらなって……」
「……サクラ……今度からコクる時は、俺の事は気にしなくていいから」
「え?」
「”好きです”だけでいーんだ!バカ!」

「……なんか難しいな……」
「ど、こ、が! 難しいんだよ!」

「ねえねえブランコやろ!空いてる!」

 ったく…… 俺の事を大事に思ってくれてるのは、そりゃあ嬉しいけどさ。
どんな時でもってのは、違うと思うぞサクラ。

 笑いながら立ち漕ぎ。グイ~っと引いて、そして段々空を抱くように浮かび上がる。
今しか出来ない事って、やっぱりある。
って言うかお前の場合、いくつになっても今のまんまでいそうだな。


「じゃあさ俺、スミレくんの事、好き」

「じゃあさってなんだよ ……知ってるよ バーカ」

「なーんだ知ってたのか! すごーく すごーーく好きって事も?」

 ブランコなんて、何年ぶりかな。
彼と一緒にいて楽しいのは、きっとこんな……
いつかどこかに忘れてしまったものや置いて来てしまったものを、思い出させてくれるからじゃないだろうか。
お前はそのままでいい。
いや……ずっとそのまんまでいろ。


「あれえ 返事がないよお? スミレくーーん 俺、またフラれたのーーっ」

「あんまり好き好き言うな! お前は言い過ぎだ!」

「ねえスミレくん、俺の事どう思ってるーーっ」


 自分の告白の時ぐらいは、自分の事だけ考えてりゃあいいのさ。
彼は俺を気に掛け過ぎているのではないだろうか。
ホント、彼は俺のどこをそんなに気に入ってくれたんだろうねえ。
俺は……そうだな 掴み所がない所かも。
今度はどこに行く?何をする?何をまた考えてる?って。
あ、そうか
彼が俺の所で落ち着いたってわけじゃない。
俺が彼の事を呼んでいたのかも。
声に出してなくても、彼はそれに気付いてくれてた。


 あの日

「ねえ行ってみたい所があるんだけど」
「なに?どこ?いいよ行ってみよう」


「わあああああ!」


「来て良かったって思う?」
「うん!思う!」

「良かった!ずっと気になってたんだ 前にひとりで来た時、ドアを開ける勇気がなかった スミレくんと来て良かった! 誘って良かった!!」


 あのビルの屋上で、目をキラキラさせながらそう言った。
彼のその顔を見て、俺は不思議な気持ちになった。
彼とは春に出会ったばかり。なのに時間がずっと遡って、昔から知ってる友だちのように感じた。
彼は鉄砲玉のように、興味を持ったものに飛んで行ってしまうように見えるけど、ちゃんと俺の事を見てる。そして

「良かった!スミレくんと友だちになって!!」

 って、嬉しそうに言ってくれる。そう聞いた俺も嬉しくなる。
彼と一緒にいると知らない世界に踏み込む勇気も湧いて、楽しく進んで行けるってワクワクする。
知ってる世界も彼と一緒だと、また新しく見えたりする。

「お前といると、ホント退屈しない」

 って言ったら

「違うよ”俺だから”じゃなくって、”一緒だから”だよ」

 と彼は言った。

 今まで流して通り過ぎて来た大事な事を、気付かせてくれたりする。
だから そう……ちゃんと言わないといけないね……。



「俺もサクラの事好きだよ」


 でもこれはお前が今まで好きになって来た子たちの”好き”とは、きっと違う”好き”。
これは俺とお前の事だけにしておく”好き”。
自然発生の“特別”な“好き”だ。やっぱり分かりにくいか。
そうだな……お前の言う通り、その”違い”って何だろう。 考えた事もなかった。


「へーそうだったんだ ヤッター!」
「ばーか」

 彼は自分の気持ちを、誰かを通してもっと知ろうとしていたのかな。
思いつき行動なんかじゃなくて、気になった事を確かめたくなってって、彼なりのやり方。
そんな事しないで、俺に直接言えばいいのに。だから女子にも睨まれたりするんだ。
やっぱりよく分かんないなあ。

 もらった愛称は、それを付けた彼のものであり俺のものでもある。
その愛称、嫌いじゃないよ。
”ちゃん”はカンベンだけど、ずっとそう呼んでいて欲しい。

「ねえねえ俺、やっと両思いになれた!!」
「だから俺たちの場合、そうは言わないだろ普通」
「もーだからさっき言ったじゃない、”違い”ってなあに?」

「……手を繋ぎたくなる相手かどうかとか? あと……」
「あと?」

「う~~ん……」

「そーっかあ! じゃあ手ぇ繋いでみるか!」
「お前と?ヤダよ」
「えーーいいじゃん」

「……お前……俺と手ぇ繋ぎたいわけ?」
「なんで?ダメ?」
「……」
「またスミレくん考え過ぎだよ もっと軽く考えてみて!自分を信じてさ だって、やってみないと分かんない事だらけだよ俺たちの周りは!」

 なるほどね お前の考えはそういう事か。
でもコレって、そういうもんなのかなあ……  ま……いっか。


 彼は俺の事を”スミレくん”と呼ぶ。
そう呼ぶのは彼だけだった。
今でもそう呼ぶのは彼だけ。でも周りは彼が呼んでる俺の事って、ちゃんと分かってる。
仲の良い友だちもいなくて、心細かった。


 怒られる事だって、分かってた。
でも、扉を開けて見た自分の前にあるその景色は、扉を開けなければ知る事は出来なかった。

「歌っちゃお-かな」
「ええっやめろよ見つかっちゃうよ」
「スミレくんと一緒だから大丈夫」
「ナンだソレ」

 ”一緒だから大丈夫……”
友だちからの一番心地の良い言葉を彼はくれた。

 そして彼は歌い出した。
息を大きく吸い込んで 腕を広げて 景色を抱くように。


 手を繋いだりとか、あと……そうだな……
景色の中の彼を見てるだけじゃなくって、俺を見ている彼を見る事……なのかな。  
とりあえずはね。
 

 そうだ 桜はやっぱりまだ咲いてないけどさ 【入学式】の看板挟んで、ふたりで写真撮ってもらおうよ。
きっと母さんが満足するくらいに笑えるはず。
まだまだ続く冒険の、ワクワクする気持ちを抑えきれなくて。

  その冒険の途中で、お前に思う好きとどこか違う好きに出会うかもしれない。
それまでは俺の”好き”って気持ちは、お前にだけ かな?
でも俺はお前のように、いっつもいっつも言わないぞ。


「スミレくん だーい好きっ!」


 ほーんとお前って不思議なヤツ。
俺もお前の事、大好きだけどね。


 いつかまた――

「スミレくん、付き合って欲しい所があるんだけど……」 

 ってお前が言わないかなって、こっそり期待してる。

 してるから。

 





チェリーとバイオレット  終
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