忘れられた姫と猫皇子

kotori

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あの話 2

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 レピオタ・ドー
 それは、この国の御伽話に出てくる毒使いだ。
 皆子供の頃読んだり聞いたりするから、大抵の人は知っている。
 
 たとえば、隣の美しい娘に嫉妬した娘が、七つの靴をすり減らし、レピオタ・ドーに会いに行く。そこで毒を作ってもらい、憎い娘を殺してしまう。
 
 あるいは見事な金のリンゴを作った男が、そのリンゴと引き換えにレピオタ・ドーから毒をもらう。それを使って男は領主に成り代わる。
 
 そんな感じで、その毒使いの出てくる話がいくつかある。

「でも、それってお話の中の人でしょ?」
 フェリはグリッグに言った。
「図書室に本があった。私も読んだよ」

「ま、そうだけど、その名前を使った毒薬作りがいるらしいぜ。自分でレピオタ・ドーって名乗ってるらしい」
「そんなの……」
 おかしい、とフェリが言いかけるとランディが言った。
「聞いたことがある」
 フェリは驚いてランディを見た。

「貴族の間でずっと噂があった。眠ったように死ぬ薬を作る者がいる、どこそこの誰かがそれで殺された、とか。それを作っているというのが、そういう名前だった。ふざけた話だと思っていたが……」

 グリッグも頷いた。

「全くとんでもねえ話だ」
「本当にいるのか?」
 グリッグは薄く笑った。
「ほら、この国の物語では……、あれだろ? 
 紫色の手をして、子供のような体に老人の顔……とか。
 でも、その名前を騙ってる奴は普通の人だってよ。
 皇子、知ってるのか? 何でも蜘蛛の巣の模様が描いてある鋏を持って……」

「蜘蛛の巣の鋏?」
 フェリは驚いた。
「ああ、それで、結構色男で、真っ黒い髪と目で……」

 真っ黒の髪と目……。

「……私、その人会ったことあるかも」

 グリッグがフェリを見た。

「黒い髪と目の、でも優しそうな人だったよ、刃のところに蜘蛛の巣が彫ってある、おっきな鋏を持ってて……」

「はあ?」
 グリッグはフェリが初めて聞くような声をあげ、フェリを睨むように見た。
 フェリはちょっと驚いて、肩をすくめた。。

「会った? どこで」
「え……と、ずっと前だよ、庭で、枝を鋏で切ってた……」
 グリッグの顔が怖い。
「何か喋ったのか」
「そのとき火傷してて、それで火傷がすぐ直る葉っぱを教えてもらった……よ」
「教える代わりに、何か欲しいとか言われなかったか? それとも、約束とか」
「約束……?」

 してない気がする。何か欲しいとも言われてない……。フェリは首を振った。
 グリッグは、舌打ちをすると、なぜかひどく怖い顔をしてフェリを眺めた。しばらくそうして動かない。
 
 グリッグはまるで、フェリが本当のことを言ってるのか見透かすような目でフェリを見ていた。
 
 自分は何かいけないことをしたのだろうかと、フェリが次第に不安になると、グリッグはようやく息を吐いた。
 
「……まあ、大丈夫のようだな」
 しかしそれから、また眉を寄せると話の途中なのに、
「ちょっと出かける」
 と言い、出て行ってしまった。

「どうしたのかな……」
 フェリはアビを見た。アビは優しくフェリの髪を撫でてくれた。
「大丈夫、フェリはずっと暖かく光ってるから……。心配いらないよ」
「……?」
「お茶を淹れてくるね」

 アビは微笑んだ。
 大きくなったら、アビは何だか大人っぽくて淑やかになった。

 部屋に二人になると、ランディが人の姿になった。
 いつものようにフェリの近くには寄らず、ぼんやりと、どこか遠くを見ている。
 その顔が、いつもと違っているようでフェリは何か胸を突かれた。
 
 ランドルは遠くを見たまま、口を開いた。

「私の兄はとても頭が良くて、いつもこの国のことをよく考えていた。
 兄の話はユーモアがあって、難しい事でも楽しく話をしてくれた。
 私は──兄の話を聞くのが楽しみだった。

 ──私は兄のように頭をつかうよりも、剣術が好きだった。剣術を極めて、いずれ兄が統治する国を守っていこうと思っていた。

 兄が賢く国を守り、私が剣で兄を守る。ちょうどいいと思っていた。
 
 ただ、──周りには言っていなかったが、兄は小さい頃から心臓が弱かった。あまり過激な運動は禁じられていた。
 心臓が弱いと言っても、ずっと大きな発作が起きることも無く過ごしていたのだ。だから、何の心配もしていなかった──。

 それが急に──。

 兄の心臓がおかしくなってしまった。顔が青くなり──。息があがり──。

 私は兄のようには出来ないのに──。

 なのに、兄は──」

 そう話すランドルの顔も青白い。

 フェリは、思わず立ち上がった。

「も、もう、無理にお話ししなくても……」

 ランドルはフェリの顔を見、そしてうっすらと笑った。

「私は、兄を殺したりしていない」

「分かります、分かっています」
 フェリは必死にそう言った。

 ランドルの顔はとても悲しそうで、そして寂しそうだった。
 こんなランドルは初めて見た。
 宮にいるランドルはいつだって誇り高く厳しい顔で──。

 フェリは気づいた。
 ランドル皇子だって、人だ。

 フェリは館にひとりぼっちで寂しいとき、心細かったとき、怖かったとき、いつもランディ……ランドル皇子の顔を思い浮かべて。それだけを支えにして。希望にしていたけれど。

 フェリにとっては輝く光のようだったけれど。

 ランドルは天使でも神様でもない。

 辛いときも悲しいときもある。

 分かっていたのに、分かっていなかった。

「……皇子」

 フェリは初めて自分からランドルの手を取った。

 ランドルがふっと笑う。
「ランディだ」
「あ……」
 ランドルの顔が近づいた。

「ちゃんと目が開けられるようになったね」
 そう。フェリはやっと、ちゃんとランドルを見ることが出来た。 
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