忘れられた姫と猫皇子

kotori

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息ができない 2

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 ランドルはグリッグに背中を押されるようにして、フェリシアの部屋から隣の部屋へ移った。

 最近グリッグはこの部屋を綺麗にして、ここで食事をするように整えた。
 いい匂いがする部屋に入ると、テーブルの上には、子羊のシチュー、それからパイ──おそらくフェリシアの好きなさくらんぼのパイ、そしてグレープフルーツとオレンジのサラダがあった。

 人の姿のままテーブルに着いたランドルは、食卓を眺めた。

 グリッグの作る食事は本当に美味しい。人に戻ってからはよけいにそう思う。

 もちろん、今までこれ以上に豪華な食事はたくさん取ってきた。きらびやかな部屋で給仕たちが次々運んでくる申し分ない料理が日常だった。
 グリッグの料理はもちろんそれとは違う。
 騎士団で騎士たちと一緒に取る食事に近い。あれも美味しかったが、──グリッグの料理は格別に美味い。

 美味いが。

 ただ──。

 なぜ今日の食卓はこんなに長いのか。

 ランドルはじっと食卓を見た。 
 今までは、もっと小さなテーブルで食事をしていた。なのに、今日はテーブルが長い。

 ランドルの座る席とフェリシアの座る席は、長いテーブルの端と端。向かい合ってもいないので、全く顔が見えない。

「これは──」
 グリッグを見ると、
「仕方ねえだろ、こうしないとフェリが食えねえんだよ」
 グリッグはそう言うと、ランドルとフェリシアの間──それもフェリシア寄り、いやフェリシアのすぐ隣に座った。

「忙しいんだ、早く食え」

 そう言うグリッグの前に食事は出ていない。お茶のカップだけがあった。
 そういえば、グリッグはあまり食事を取らない。たまにフェリシアと一緒に食べたりしているが、ほとんどお茶だけだ。

「──グリッグ」
 思わず声が出た。
 グリッグは、声は出さずになんだよ? と言った顔をこちらに向ける。

「──感謝してる。ありがとう」
「……は?」
 グリッグは顔をしかめた。

「……礼を言うのはまだ早いんじゃないのか? それとも、人に戻れたようだし、王宮にでも戻るのか?」
 フェリシアの方からガシャンと音がした。グラスを倒したのか、即座にグリッグが立ち上がり片付けている。

 と、部屋に小鳥が飛び込んできた。この前も見た水色の小鳥だ。
 小鳥は真っ直ぐグリッグの所へ来ると、その肩に止まった。何も鳴いたりしてはいないのだが、グリッグはただ一言、「ほー」と言った。

 それからおもむろにランドルの方を見ると、今度は、うーん……。と言い、ふっとため息をついた。

「皇子、皇子を殺そうとしたヤツらの事を知りたいか?」
 ランドルはハッとした。
「──見当は、つく」
 そう答えるとグリッグは、本当に? とでも言うようにこちらを見た。
「必ず、決着はつける」
 そう付け加えた。
 見当はつくし、必ず決着はつける。ただ、もう少し体が落ち着かないと──。何かの拍子に猫になるのは困る──。

「それより、フェリシアを狙ってるヤツらは大丈夫なのか? また来るんじゃないのか?」
 そう訊くと
「それは大丈夫」
 グリッグはキッパリと、何故か満面の笑顔でそう答えた。
「あいつらは命じられた通り、フェリシアを拐っていったからな。もう来ないさ」

「──? どういうことだ?」
    フェリシアはここにいる。拐われてなどいない──。が──。
 グリッグは答えず、ただ楽しそうに笑っていた。
 ──笑っているが、その目の奥が不思議な色を湛えている。
 それは何か、覗いてはいけないような、──そんな色だった。

「俺はフェリを辛い目にあわせたヤツらを絶対に許さねえ」
「──」
「で、……その相手が、皇子の相手と被るんだよな」

 目の光がすっと薄まり、グリッグはにやっと笑った。
 グリッグの体から青い光が立ち上った。そのまま光がくるんと回ると、グリッグは鳥になっていた。
「とにかく」
 鳥になってもグリッグの声は変わらない。
「とにかく、ちょっと出かけてくる」
 そう言いグリッグは飛び立っていった。
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