ある日の午後にて

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ある日の午後にて

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 「やぁ、久方ぶりだね。」
 
 私は、玄関の扉を勝手に開けた男に向かって言葉をかける。はて、何年ぶりだろうか。
 
 「鍵をかけろって前も言ったじゃないか。」
 
 男は不満そうに、でも、どこか嬉しそうに私に言葉を返す。
 そして、変わらねぇなと彼は続けた。
 少々沈黙。
 
 『何年ぶりだ?』
 『何年ぶりかな?』
 
 同時に私達は同じことを言ってしまった。
 部屋に静寂が戻る。普段慣れっこの筈が、この手の静寂にはいつまで経っても慣れない。
 
 気まずい。いや、気まずいというよりも、なんかこう、むずむずする?と言った方がいいか?いやいや、照れるという言葉の方が近いかもしれないし、、、
 
 思考がまとまらないな、今日は。
 しかし、実のところは、今日に限らず彼が来るといつもそうだ。しかし、彼のせいにするのはなんだか癪なので、とりあえず、朝食を抜いたせいにしておく。
 まぁいつも朝食は食べないのだが。
 
 私は思考を払うように咳払いをして、今日はどんな要件なんだい?と尋ねる。
 そう、いつものようにね。
 
 「あぁ、お前の書庫を漁ろうと思ってな。」
 
 彼はニヤリと笑う。うん、いつもの返しだ。嬉しくなって、口角が上がりそうになるのを咳払いで誤魔化す。
 
 『いつまでもそんな所にいないで、早くこっちに来なよ。寒かっただろう?早く中においでよ!』
 
 というのは頭の中だけで、実際は、、、
 
 
 

 「長旅だったろう?外の書庫に行くのは少し休憩してからにするといい。」
 
 
 
 本当に、素直になれない私が嫌いだ。
 
 
 
 「ああ、書庫に行くのは明日にするよ。もう今日も暮れて来たしな。」
 
 彼は荷物を置き、上着を脱ぎながら答える。
 

 そんな彼をよそに、今度こそ私は口角が上がってしまった。
 
 今日、泊まっていくんだ!!やった!!今日は晩飯に何を作ってあげようかなぁ。
 
 
 私がこんなに喜ぶのも理由があって、というのも彼は以前、日帰りで帰った事があった。
 
 時間がないながらも、来てくれたのは嬉しかったが、顔を見せたと思ったら直ぐに帰ってしまうなんて、些か寂しいというものじゃないか。
 
 だから、日を跨いで彼とお喋りができるというのは、何にも変え難い喜びだった。
 
 
 まったく、今日は寝かせられないな。
 
 
 ハッと我に帰る。危ない危ない、今の私の顔はおおよそ人に見せられる顔じゃなかっただろう。彼が自分の荷物を整理している最中で助かった。
 やれやれ、と私は胸を撫で下ろし、一息つく。

 
 
 
 それにしても、老けたな、、、、
 
 私は荷解き中の彼の顔を見て思う。
 
 当然といえば当然だ。彼は人間で、私は人間ではないのだから。
 
 
 人間と妖の流れている時間は大きく違う。
 
 出会ったのはおそらく彼が十代の頃であっただろうが、今は何歳なのだろう。
 
 悠久の時を生きる妖にとって、時間の感覚などつける必要がない。したいと思った事はいつかすれば良いじゃないか精神の妖にとって、時間を気にする必要性は皆無なのだ。
 
 しかし、その考え方で良いのだろうか。"したい事はいつかする"で本当に良いのだろうか。

 私はふと思う。
 彼がたまにこの小屋を訪れて、夜通し彼の旅のお土産話を聞く。
 それはきっと悪くない。悪くはないのだが、、、
 このままだと彼はすぐにーーー。
 
 
 「おい、聞いてんのか?」
 
 
 私の思考を今度は彼の声が払う。
 私はようやく彼が何かを言っていた事に気がついて、ごめんごめん、聞いてなかったよ、どうしたんだい?と聞き返した。
 
 「ほら、お土産だ。ここに来る途中で買ったんだよ。」
 
 彼はそう言うと何かを握った手を私の前に差し出す。そしてゆっくりと手を開く。
 
 開かれた彼の手には、紫色の石がはめ込まれた耳飾りがちょこんと乗っており、とても美しい造形をしている。
 
 「えぇ!?どいいう風の吹き回しだい?何でもない日に君が私に贈り物なんて、初めてじゃないか!」
 
 びっくりして、視線を耳飾りから彼の顔へと移す。
 
 
 「別にかまわないだろ?お前に似合うと思ったんだよ。」
 
 
 彼は照れ臭そうに笑う。
 
 あんなに尖っていた顔つきをしていたのに、今見る彼の顔は、皺が少しできていて優しい顔つきになっている。
 
 胸が高鳴る。苦しくなる。顔に熱がこもる。こんな顔をしていたか?こいつは?

 
 「これは~地方で~~耳飾りで、はめ込まれた石は~なんだよ。この~には~な効果が~~~。」
 
 
 彼は何やら耳飾りの説明をしている様だったが、私にはもはや何も聞こえていなかった。
 
 

 本当に彼には悪いが、今夜は寝かせてあげる事が難しいかもしれない。
 

 

 
 「まったく、これだから君ってやつは!」
 

 
 私は君に初めて素直な言葉を言う。


 
 
 
 もう、口角が上がるのなんて気にはしなかった。
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