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第三章 手紙で揺れるストローク
第十四話 金井さんには感謝しているんですよ?
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柊一君から手紙が届いた次の日。自己ベストを更新することを目標に、ひたすらタイムアタックを仕掛ける特訓が水泳部では行われていた。常に全速力で泳がなくてはいけないので、短時間でみるみる体力が奪われていく。
「はぁ……はぁ……」
どうしてあんな手紙を書いてきたのかわからなくて困惑したけれど、どれだけ悩んでも答えが出ないから、いっぱい体を動かして気を紛らわせることにした。
「金井、お前のスピードはそんなもんか! もう一回!」
「はいっ!」
ウチが50メートルを泳ぎきる度に、ストップウォッチを持った顧問が、喉が張り裂けそうなくらいの大声を出してくる。
「遅いぞ! そんなんじゃあまだまだだ!」
「はい!」
柊一君のことだけじゃなくて、璃子との接し方についても悩んでいる。せっかく部屋でも会話をするようになったのに、あれから全然話すことができない状況が続いていた。これではみっちーからの助言が台無しだ。これからウチは、どうすればいいのだろう?
「疲れてきたか? さっきよりもスピードが落ちているぞ?」
「す、すみません!」
顧問に指摘をされて慌てて頭を下げる。
ああ、もう。なにやっているんだウチは。考え事をしないために泳いだはずなのに、結局考えてしまっているじゃないか。
「少し、休憩にしようか」
「えっ! ウチはまだやれます!」
「やる気があるのは結構だが、根詰めすぎもよくない。続きは10分後にしよう」
そう言われてしまっては仕方がない。渋々頷いてプールサイドへと移動する。泳いでいた時はなんともなかったが、どっと疲労が押し寄せてきた。
「お疲れ様です。これ、どうぞ」
あまりの疲労感にプールサイドで倒れていると、中條ちゃんがウチの水筒を持ってきてくれた。なんだか気が利くなって思いながら起き上がる。
「中條ちゃんも今お休みなのかな? わざわざありがとね」
「今は先輩たちが合わせる時間なので、休憩中なんです。あと、大会に向けて頑張っている金井さんを少しでも応援しようと思ってしただけなので、気にしないでください」
スポーツドリンクを飲んで水分を補給すると、なんだか生き返ったような心地になる。
「なに言ってるの。中條ちゃんだって個人競技とメドレーリレー、両方の練習頑張ってるじゃん」
「ありがとうございます。ただ……私は、金井さんはすごいなって思っていつも見ているんです。湾内さんに勝ちたいっていう強い気持ちを持って活動しているじゃないですか。あんな風にたった一人を意識して泳ぐなんてこと、私にはできないですよ」
「ウチは璃子のことばかりで、ほかの部分を疎かにしちゃうようなタイプだよ? すごくないよ」
ウチがかぶりを振っていると、中條ちゃんが体育座りになって隣に腰を下ろしてきた。
「金井さんには感謝しているんですよ?」
「感謝? ウチ、中條ちゃんに感謝されるようなことなんてしたっけ?」
「ええ。だから、個人的にものすごい応援したいんです」
腕を組んで「うーん」と言いながらあれこれ考えてみるけど、なにも思いつかなかった。
「私、中学校の頃は水泳部に友だちがいなかったんです」
「え?」
唐突に中條ちゃんが爆弾発言をしたものだから、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「必ず部活に入らなくちゃいけないっていう学校の決まりがあったので、水泳部に籍だけ置いて活動しない幽霊部員がたくさんいたんです。部活動をちゃんとやろうって子は数人しかいませんでした。むしろ、本気になって部活に参加している私を馬鹿にしてくるような子のほうが多かったくらい……」
「なにそれ!」
ウチが大声を出すと、中條ちゃんが小さく笑って反応してくれた。
「私みたいに大人しい子は、いじめやすいって思ったんでしょうね。徒党を組んだ女の子たちから、お前みたいなブスが活躍なんてできるわけないだろって、バカにされてばかりいました。結局、彼女たちの言う通り、中学生の間なにも実績を残せませんでした。私はそれが悔しくて立清学園にきたんです」
中條ちゃんが語った過去に驚く一方で、合点がいっている自分もいた。
普段はお淑やかな雰囲気を醸し出しているのに、平泳ぎ中はとてもパワフルだったのはそういうことだったんだ。
弱いままの自分を許せない気持ちはよくわかる。ウチも長い間、勝つことに拘りすぎて視野が狭くなっていたから。
楽しむことを第一目標に据えているみっちーと深く関わらなければ、自分は今も璃子への敵意に支配されていただろう。そういう意味では、中條ちゃんは少し前までのウチなんだ。
「ああ、ごめんなさい。暗い話がしたいわけじゃないんです。むしろ、感謝を伝えたくてお話を始めたんです! だから、そんなに暗い顔をしないでください!」
ウチが返答に窮していると思ったのか、中條ちゃんが慌てたような口ぶりになった。
「嬉しかったんですよ? 可愛いって言ってくれたの」
「え? それだけ?」
「はい。それだけです。それだけのことがとっても嬉しかったんです。いつも褒めてくれてありがとうございます」
両足を両腕で抱きしめて、膝の上に顎を乗せた中條ちゃんが、にっこりと笑顔を向けてくる。
「ウチは思ったことを口にしただけなんやけど……」
「それがいいんですよ。本心で言ってくれたんだってわかるから嬉しくなったんです」
メンタルが泳ぎに反映されやすいウチと、パワフルな泳ぎをする中條ちゃんは、感情をダイレクトに水泳へと反映させるところが似通っている。
そういう意味では、璃子は異質だ。彼女の泳ぎからは、意思を感じられない。あまりにも洗練されている。ロボットのように冷たく研ぎ澄まされたストロークをするんだ。
いつからだろう? いつから璃子はあまり笑わない子になった? ウチほどじゃないにせよ、昔のあいつはよく笑う子だったはずだ。そうだ、あいつが髪をバッサリと切った頃合いから、冷徹に感じるようになったんだ……。
「私がなかなか敬語をやめられないのも、そのせいなんです。仲良くしようとして傷つくくらいなら、最初から仲良くしなければいいんじゃないか、そんな考えがどうしても頭から抜けなくて……中途半端な関係しか築けないんです」
中條ちゃんの声が耳に入ってきたことで、思考が途切れる。
「そ、それは仕方のないことなんじゃないかな。少しずつ仲良くしていけるようになればいいんじゃない?」
「金井さんはすごいです。三島さんと一緒の部屋である私よりも三島さんと仲良くしているじゃないですか。知らない間に、金井さんまであだ名で三島さんを呼ぶようになりましたし……」
「それはむしろすごいのはみっちーだよ。あの子は最初からぐいぐいくる子でしょ? ウチなんて璃子とは長い付き合いなのに全然仲良くないんだよ?」
ちらりと壁に付けられた時計を見つめる。あと二分くらいで休憩時間は終わりだ。
残り少ない時間で、中條ちゃんになにを言ってあげられるだろう?
「私は二人の関係性がとっても素晴らしいと思っています! 金井さんも湾内さんも言いたいことを言い合えるなんてすごいことじゃないですか!」
「ウチと璃子の関係がすごい?」
「そうです! なんでも言い合える関係って憧れます!」
ずっとあいつといるから、なんとも思ってこなかったけど、ウチらって本当はすごい関係だったのかもしれない。だから、みっちーはウチに璃子と向き合えって助言したのかも。まだ実感は湧かないけど……中條ちゃんが力説するくらいだから間違ってはいないのだろう。
「……そうだね。あいつがウチのライバルでいてくれたから、これまで頑張ってこれたのかも。ウチと璃子みたいな関係が羨ましいならさ、中條ちゃんもみっちーみたいに友だちをあだ名で呼んでみたりして、親睦を深めていけるようになればいいんじゃないかな?」
「私が……あだ名で?」
「そう。あとは敬語をやめて話すことから始めるのでもいいと思う。中條ちゃんがやりやすいのからやってみたらどうかな?」
出会った当初は、みっちーの距離感の近さに戸惑ったものだけど、彼女のコミュニケーションの仕方は正しかったのかもしれない。仲良くしたいって思える相手となら、簡単に近くなれるんだから。
「が、頑張ってみま……みるね!」
「うん。まぁ、ちょっとずつでいいんじゃないかな? ウチだってみっちーみたいにぐいぐいいくタイプじゃないしさ。あ、もう休憩時間終わりだからウチ、練習に戻るね」
手を振って中條ちゃんと別れ、少し足早に顧問のいる場所を目指す。
「近畿大会、お互い頑張りましょうね!」
中條ちゃんの大きな声が聞こえて足が止まる。振り返れば、とても朗らかな笑顔を浮かべた中條ちゃんが、左手を挙げて大きく左右に腕を振っていた。雪みたいに真っ白な頬がほんのりと赤く染まっていて、思わず意識が吸い込まれてしまう。やっぱり可愛い。
「うん。頑張ろうね!」
ああ、そうだ。中條ちゃんと笑い合って気付いた。
ウチのすることは変わらないじゃないか。どれだけ璃子と仲が悪くなろうとも、あいつに勝利するって目標は変わらないはずだ。
「璃子、練習を始める前に一つ言っておく。今日の夜のランニングもついていくから」
ウチの隣のレーンで泳いでいる璃子に、早口で言葉を投げかける。壁を蹴って進もうとしていた璃子が、目を丸くして固まっていた。
「なんでそんなに驚いてるのよ?」
「……話しかけてくるなんて思わなかったから」
「ウチと璃子が仲悪いのなんていつものことでしょ? あんたはムカつくけど、あんたの実力は認めてるの。だから、今日も学ばせてもらうつもり。ウチがいると嫌っていうなら、やめるけど?」
ゴーグルを装着して、レンズ越しに璃子を見つめる。数秒、無言で見つめ合う。
ウチらが動き出さないからか、顧問が怪訝な表情を浮かべているのが、視界の端で見えた。早く答えなさいよと、瞳で訴える。
「ふん。最近はあたしのスピードに少しはついてこれるようになったようだけど、いてもいなくても変わらないレベルだし、好きにすれば?」
そう言って璃子は泳ぎ出してしまう。相変わらずウチへの態度はぞんざいだ。
「ったく、なに勝手に泳ぎだしてるのよ!」
どうせタイムアタックするなら、璃子を追いかけるほうがいい。数メートル先の彼女を見据えながら、思い切り壁を蹴り飛ばした。
あいつをキャン言わせるためならば、どれだけ大変な練習にだってついていってみせるし、柊一君との恋だって実らせてみせる。柊一君がたとえ約束を忘れていたとしても、ウチは約束を果たしてみせるよ。
そう決意をしたのはいいものの、どう柊一君に今の気持ちを伝えればいいのか、答えを出せないまま近畿大会の日を迎えてしまった。
璃子に勝つまでは柊一君に会うつもりはないってことを書けなかった。なんの実績もないのに、会うなんて間違ってるって言えなかった。
怖かったんだ。それを口にしてしまったら、二人の関係性が、ウチの頑張る理由が、壊れてしまうような気がして。
ちゃんと言葉にして伝えておくべきだったと、これから後悔することになることを、この時のウチはまだ知らない。
「はぁ……はぁ……」
どうしてあんな手紙を書いてきたのかわからなくて困惑したけれど、どれだけ悩んでも答えが出ないから、いっぱい体を動かして気を紛らわせることにした。
「金井、お前のスピードはそんなもんか! もう一回!」
「はいっ!」
ウチが50メートルを泳ぎきる度に、ストップウォッチを持った顧問が、喉が張り裂けそうなくらいの大声を出してくる。
「遅いぞ! そんなんじゃあまだまだだ!」
「はい!」
柊一君のことだけじゃなくて、璃子との接し方についても悩んでいる。せっかく部屋でも会話をするようになったのに、あれから全然話すことができない状況が続いていた。これではみっちーからの助言が台無しだ。これからウチは、どうすればいいのだろう?
「疲れてきたか? さっきよりもスピードが落ちているぞ?」
「す、すみません!」
顧問に指摘をされて慌てて頭を下げる。
ああ、もう。なにやっているんだウチは。考え事をしないために泳いだはずなのに、結局考えてしまっているじゃないか。
「少し、休憩にしようか」
「えっ! ウチはまだやれます!」
「やる気があるのは結構だが、根詰めすぎもよくない。続きは10分後にしよう」
そう言われてしまっては仕方がない。渋々頷いてプールサイドへと移動する。泳いでいた時はなんともなかったが、どっと疲労が押し寄せてきた。
「お疲れ様です。これ、どうぞ」
あまりの疲労感にプールサイドで倒れていると、中條ちゃんがウチの水筒を持ってきてくれた。なんだか気が利くなって思いながら起き上がる。
「中條ちゃんも今お休みなのかな? わざわざありがとね」
「今は先輩たちが合わせる時間なので、休憩中なんです。あと、大会に向けて頑張っている金井さんを少しでも応援しようと思ってしただけなので、気にしないでください」
スポーツドリンクを飲んで水分を補給すると、なんだか生き返ったような心地になる。
「なに言ってるの。中條ちゃんだって個人競技とメドレーリレー、両方の練習頑張ってるじゃん」
「ありがとうございます。ただ……私は、金井さんはすごいなって思っていつも見ているんです。湾内さんに勝ちたいっていう強い気持ちを持って活動しているじゃないですか。あんな風にたった一人を意識して泳ぐなんてこと、私にはできないですよ」
「ウチは璃子のことばかりで、ほかの部分を疎かにしちゃうようなタイプだよ? すごくないよ」
ウチがかぶりを振っていると、中條ちゃんが体育座りになって隣に腰を下ろしてきた。
「金井さんには感謝しているんですよ?」
「感謝? ウチ、中條ちゃんに感謝されるようなことなんてしたっけ?」
「ええ。だから、個人的にものすごい応援したいんです」
腕を組んで「うーん」と言いながらあれこれ考えてみるけど、なにも思いつかなかった。
「私、中学校の頃は水泳部に友だちがいなかったんです」
「え?」
唐突に中條ちゃんが爆弾発言をしたものだから、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「必ず部活に入らなくちゃいけないっていう学校の決まりがあったので、水泳部に籍だけ置いて活動しない幽霊部員がたくさんいたんです。部活動をちゃんとやろうって子は数人しかいませんでした。むしろ、本気になって部活に参加している私を馬鹿にしてくるような子のほうが多かったくらい……」
「なにそれ!」
ウチが大声を出すと、中條ちゃんが小さく笑って反応してくれた。
「私みたいに大人しい子は、いじめやすいって思ったんでしょうね。徒党を組んだ女の子たちから、お前みたいなブスが活躍なんてできるわけないだろって、バカにされてばかりいました。結局、彼女たちの言う通り、中学生の間なにも実績を残せませんでした。私はそれが悔しくて立清学園にきたんです」
中條ちゃんが語った過去に驚く一方で、合点がいっている自分もいた。
普段はお淑やかな雰囲気を醸し出しているのに、平泳ぎ中はとてもパワフルだったのはそういうことだったんだ。
弱いままの自分を許せない気持ちはよくわかる。ウチも長い間、勝つことに拘りすぎて視野が狭くなっていたから。
楽しむことを第一目標に据えているみっちーと深く関わらなければ、自分は今も璃子への敵意に支配されていただろう。そういう意味では、中條ちゃんは少し前までのウチなんだ。
「ああ、ごめんなさい。暗い話がしたいわけじゃないんです。むしろ、感謝を伝えたくてお話を始めたんです! だから、そんなに暗い顔をしないでください!」
ウチが返答に窮していると思ったのか、中條ちゃんが慌てたような口ぶりになった。
「嬉しかったんですよ? 可愛いって言ってくれたの」
「え? それだけ?」
「はい。それだけです。それだけのことがとっても嬉しかったんです。いつも褒めてくれてありがとうございます」
両足を両腕で抱きしめて、膝の上に顎を乗せた中條ちゃんが、にっこりと笑顔を向けてくる。
「ウチは思ったことを口にしただけなんやけど……」
「それがいいんですよ。本心で言ってくれたんだってわかるから嬉しくなったんです」
メンタルが泳ぎに反映されやすいウチと、パワフルな泳ぎをする中條ちゃんは、感情をダイレクトに水泳へと反映させるところが似通っている。
そういう意味では、璃子は異質だ。彼女の泳ぎからは、意思を感じられない。あまりにも洗練されている。ロボットのように冷たく研ぎ澄まされたストロークをするんだ。
いつからだろう? いつから璃子はあまり笑わない子になった? ウチほどじゃないにせよ、昔のあいつはよく笑う子だったはずだ。そうだ、あいつが髪をバッサリと切った頃合いから、冷徹に感じるようになったんだ……。
「私がなかなか敬語をやめられないのも、そのせいなんです。仲良くしようとして傷つくくらいなら、最初から仲良くしなければいいんじゃないか、そんな考えがどうしても頭から抜けなくて……中途半端な関係しか築けないんです」
中條ちゃんの声が耳に入ってきたことで、思考が途切れる。
「そ、それは仕方のないことなんじゃないかな。少しずつ仲良くしていけるようになればいいんじゃない?」
「金井さんはすごいです。三島さんと一緒の部屋である私よりも三島さんと仲良くしているじゃないですか。知らない間に、金井さんまであだ名で三島さんを呼ぶようになりましたし……」
「それはむしろすごいのはみっちーだよ。あの子は最初からぐいぐいくる子でしょ? ウチなんて璃子とは長い付き合いなのに全然仲良くないんだよ?」
ちらりと壁に付けられた時計を見つめる。あと二分くらいで休憩時間は終わりだ。
残り少ない時間で、中條ちゃんになにを言ってあげられるだろう?
「私は二人の関係性がとっても素晴らしいと思っています! 金井さんも湾内さんも言いたいことを言い合えるなんてすごいことじゃないですか!」
「ウチと璃子の関係がすごい?」
「そうです! なんでも言い合える関係って憧れます!」
ずっとあいつといるから、なんとも思ってこなかったけど、ウチらって本当はすごい関係だったのかもしれない。だから、みっちーはウチに璃子と向き合えって助言したのかも。まだ実感は湧かないけど……中條ちゃんが力説するくらいだから間違ってはいないのだろう。
「……そうだね。あいつがウチのライバルでいてくれたから、これまで頑張ってこれたのかも。ウチと璃子みたいな関係が羨ましいならさ、中條ちゃんもみっちーみたいに友だちをあだ名で呼んでみたりして、親睦を深めていけるようになればいいんじゃないかな?」
「私が……あだ名で?」
「そう。あとは敬語をやめて話すことから始めるのでもいいと思う。中條ちゃんがやりやすいのからやってみたらどうかな?」
出会った当初は、みっちーの距離感の近さに戸惑ったものだけど、彼女のコミュニケーションの仕方は正しかったのかもしれない。仲良くしたいって思える相手となら、簡単に近くなれるんだから。
「が、頑張ってみま……みるね!」
「うん。まぁ、ちょっとずつでいいんじゃないかな? ウチだってみっちーみたいにぐいぐいいくタイプじゃないしさ。あ、もう休憩時間終わりだからウチ、練習に戻るね」
手を振って中條ちゃんと別れ、少し足早に顧問のいる場所を目指す。
「近畿大会、お互い頑張りましょうね!」
中條ちゃんの大きな声が聞こえて足が止まる。振り返れば、とても朗らかな笑顔を浮かべた中條ちゃんが、左手を挙げて大きく左右に腕を振っていた。雪みたいに真っ白な頬がほんのりと赤く染まっていて、思わず意識が吸い込まれてしまう。やっぱり可愛い。
「うん。頑張ろうね!」
ああ、そうだ。中條ちゃんと笑い合って気付いた。
ウチのすることは変わらないじゃないか。どれだけ璃子と仲が悪くなろうとも、あいつに勝利するって目標は変わらないはずだ。
「璃子、練習を始める前に一つ言っておく。今日の夜のランニングもついていくから」
ウチの隣のレーンで泳いでいる璃子に、早口で言葉を投げかける。壁を蹴って進もうとしていた璃子が、目を丸くして固まっていた。
「なんでそんなに驚いてるのよ?」
「……話しかけてくるなんて思わなかったから」
「ウチと璃子が仲悪いのなんていつものことでしょ? あんたはムカつくけど、あんたの実力は認めてるの。だから、今日も学ばせてもらうつもり。ウチがいると嫌っていうなら、やめるけど?」
ゴーグルを装着して、レンズ越しに璃子を見つめる。数秒、無言で見つめ合う。
ウチらが動き出さないからか、顧問が怪訝な表情を浮かべているのが、視界の端で見えた。早く答えなさいよと、瞳で訴える。
「ふん。最近はあたしのスピードに少しはついてこれるようになったようだけど、いてもいなくても変わらないレベルだし、好きにすれば?」
そう言って璃子は泳ぎ出してしまう。相変わらずウチへの態度はぞんざいだ。
「ったく、なに勝手に泳ぎだしてるのよ!」
どうせタイムアタックするなら、璃子を追いかけるほうがいい。数メートル先の彼女を見据えながら、思い切り壁を蹴り飛ばした。
あいつをキャン言わせるためならば、どれだけ大変な練習にだってついていってみせるし、柊一君との恋だって実らせてみせる。柊一君がたとえ約束を忘れていたとしても、ウチは約束を果たしてみせるよ。
そう決意をしたのはいいものの、どう柊一君に今の気持ちを伝えればいいのか、答えを出せないまま近畿大会の日を迎えてしまった。
璃子に勝つまでは柊一君に会うつもりはないってことを書けなかった。なんの実績もないのに、会うなんて間違ってるって言えなかった。
怖かったんだ。それを口にしてしまったら、二人の関係性が、ウチの頑張る理由が、壊れてしまうような気がして。
ちゃんと言葉にして伝えておくべきだったと、これから後悔することになることを、この時のウチはまだ知らない。
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