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赤き竜と白き死神の物語
叡智の塔 3
しおりを挟む招き入れるように開かれた扉に、全員警戒体制に入りながらも塔の内部へとゆっくり突入する。
全員が塔へ入ると今度は扉がひとりでに閉じ、振り向くと扉は綺麗さっぱり消え去っていた。
しかし、それよりも不思議なことは、煉瓦造りの塔の中は外とはまた別世界の様相であることだった。
「なんだこりゃ……まるで森の中じゃねェか」
「これは……魔術で空間が編集されてますねぇ~!」
「まさかここも迷宮になってるってことなの……?」
皆が困惑を口にするように、塔の中は森。
天井を仰げば青い空と太陽の光が木々の葉の間からキラキラと見える。
塔の中に木がたくさん植っているとかではなく、文字通り『どこかの森が塔の中にあった』。
動揺しながらも奥へと続く獣道があるため、それに沿って全員で歩みを進めてゆく。
すると前方から何者かの気配がした。
「扉の術が解かれた気配を感じて降りて来てみれば、侵入者か」
「あなたは?」
後ろ髪だけ長く伸ばし、布で纏めた美しい金髪の青年が、森の中の少し開けたところに立ち、紫の瞳の鋭い視線でこちらを睨みつけていた。
尖った耳は、エルフィンより少し短いように見える。ハルスエルフィン(エルフィンとプレインの混血)だろうか?
装飾が入った黒い高価そうなファー付きローブを羽織り、惜しげもなく晒された鍛え上がった腹筋は、やはり痩躯が多いエルフィンにしては筋肉質だ。
僕の問いに彼は答えず、鼻を鳴らしてどこからともなく分厚い黒い書物を取り出した。
あれは多分彼のアーティファクトだ。
「貴様らは『あの男』が送った刺客か?あの扉の術を解くとはそれなりの者を寄越したらしいな。ならばこの手で殺すのみ」
「ちょっと待って!貴方、先代司長のお子さんでしょう!?貴方を殺しに来たわけじゃない!助けに来たの!」
「先代だと……?」
殺気立った青年を落ち着かせようと、アイリスが目的を話すと、青年は開いていた書物を一旦閉じて訝しげな視線でこちらを見る。
とりあえず話を聞いてくれそうな様子に安心し、全員武器を下ろしてこれまでの経緯をアイリスが説明した。
ウェンドラントは反乱と革命により大きく変わりつつあること、その過程で司長は処刑され新しい司長が国政を見直しているということ、先代司長の隠し子がこの塔に監禁されており、その救出の依頼を受けて来たということ……
話を聞いている間、青年は表情を崩すことなく極めて冷たい無表情を貫いていた。
「あんたはその、先代の隠し子ってやつじゃねェのか?」
「あの男の血縁などと認めるのは虫唾が走る思いだが……事実、私はその『監禁された隠し子』と貴様らが言う者に相違ない」
「それなら私たちと一緒にここを出ましょうよぉ。新しい司長はあなた様を保護するとのことですよぉ」
「保護?純血のエルフィンの言葉など私が信用するとでも思っているのか?」
ソフィアの説得に、青年は突然怒りを露わにした。
それに呼応するように木々の隙間から溢れていた木漏れ日は突如真っ赤に染まり、枝葉がざわめく。
「私と、プレインである母を排斥し、踏み躙り、絶望を何度も与えたエルフィンの施しなど私は絶対に受けぬ。帰れ!!!」
青年は恫喝し、再び手にしている書物を勢いよく開いた。
ページが強風に煽られるように目にも止まらぬ速さでひとりでに捲られてゆき、それが止まった瞬間、彼の足元から黒い影が槍のような形となって僕たちに向かって放たれた。
各々が武器で受け流したり避けたりすることができたが、影の槍が通過した跡や突き刺さったところはその威力の高さを物語るように穴が穿たれている。
「ウェンドラントは変わろうとしているんですぅ!あなたのようなハルスエルフィンも、もう差別されたりしてないですよぅ!」
「それがなんだ!私と、死んだ母が与えられた苦痛は消えはしないのに!!!」
ソフィアの訴え虚しく、詠唱も無しに次々と殺意を込めて放たれる黒い影の槍は、闇元素の中級魔術だ。
彼のアーティファクトが、この術の威力を損なわずとも無詠唱で放ち続けられる力の源なのだろう。
木々が邪魔して視界が悪いので回避が大変だが、なんとか全員今の所無傷でやり過ごせている。
それよりも僕は気になって仕方がないことが一つだけあったので、彼の攻撃を杖で受け流しながら聞いてみることにした。
「あなたの、名前は?」
「何処の馬の骨とも分からぬ貴様などに名乗る名は無い!!!」
「僕はシロ。白き聖なる杖亭という冒険者の宿兼冒険者ギルドに登録している筆頭冒険者です」
「だから何だというのだ!!!」
「シ、シロ!?」
絶え間なく襲いくる影の槍を受け流しながら突然自己紹介を始める僕をレオンが心配している。
我ながら変な構図だなとは思ってるから心配するのは無理もないだろう。
アイリスとソフィアも僕の真意がわからず不思議そうな顔でそれぞれ影の槍に対処している。
「ウェンドラントが嫌なら、僕たちとシルフェスト王国に行きませんか?シルフェストは種族による差別は存在しない。あと良かったらうちのギルドの冒険者になってもらえたら、うちの宿長も喜ぶと思うんです。だってすごい魔導士だから」
「!?」
僕が淡々と話す内容に、その場にいた全員が唖然としていた。
攻撃を加えて来ていた青年も含めて。
彼は攻撃の手を止めて僕をじっとその鋭い紫の目で見る。
「貴様、面白いな」
「え?そうかな?それで貴方の名前は?」
「グレアだ。私をスカウトしているのか、冒険者に?」
「グレアさん、その通りです」
「ではその力を私に示し、興味を持たせてみせろ」
グレアと名乗った青年が指を鳴らすと、僕の足元に突如魔術陣が黒い光を放って現れた。
レオンが僕を必死に呼ぶ声を最後に、周囲の景色が一気に変わり、僕とグレアだけがいつのまにか塔の別の階層と思しき広間に立っていた。
4に続く
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