風に凪ぐ花

みん

文字の大きさ
上 下
11 / 52
潜入と出会い

6

しおりを挟む


「どうして顔を隠す?」

 場所を寮の裏手から奥まった木陰に移したところで、男は開口一番疑問を口にした。

 現在の風花は、以前部屋を出た時とと同じように学生服の上からフード付きの上着を羽織っている。

 そのまま窓を降りようとした風花だったが、思い直して一度クローゼットへと飛んでいた。
 先日顔を隠して出会ったのだから、このまま素顔を知らさぬ方が良いだろうと判断したためだ。

 そのまま伝えると、男は背を向けて肩を揺らした。
 笑っているのだ。

「お前、気付いてなかったのか……だからさっきもカーテンに隠れたんだな?」
「へ?」
「俺の上に落ちてきた精霊は、茶色い髪に、茶色い瞳の慌てん坊だったよ」

 数瞬の間を空けて意味を理解した風花はフードで隠しきれていない首元まで真っ赤になった。
 見られていないつもりで全部見られていたのだ!
 風花は拳で口元を覆いながら、諦めてフードを外した。

 色素の薄い髪に、同じ色の瞳。怜悧な顔立ちの薄れた桃色に染まった頬をさらして、風花は男の足元にぺたんと座った。

「せ、精霊じゃないもん……」
「ふっ……ああ、そうだな」

 男はくすくすと笑いながら、風花の横に腰を下ろした。

「…………」
「…………」

 風花も男も、そのまましばらく何も言葉にしなかった。
 最初に口を開いたのは男の方だ。

「初学年の制服だな。ここでの生活は慣れたか?」
「……制服でわかるの?」
「初学年の制服のラインは臙脂色だ」

 そう言われてみれば、風花の制服の縁取りと男の制服の縁取りは色が違った。

「緑は何学年?」
「俺は二学年だ。最高学年は黄色」

 男は袖を一周した緑の縁取りを指でなぞった。
 風花はふうん、と相槌を打つと、また口を閉ざす。

 風花は人知れず戦っていた。
 男の素養が心地良すぎて、意識を持っていかれそうになる。

「どうした」
「……別にぃ」
「嫌なことでもあったか?」

 風花は抱えた膝に顔を埋めた。
 学園に来てから自分のペースが維持できない。

 風花はこの環境に順応出来ない自分が嫌だった。
 それと同じくらい、順応してしまった後の自分を想像するのも怖い。

 学園も、生徒も教師も、嫌ではない。風花は、自分で選んだ先であるのに後悔しそうになる自分が嫌だった。

「……嫌になるのは、求めるからだ」
「求める?」

 風花は何も求めてはいない。
 求める前に、全て諦めた。
 両親の愛も、普通の生活も、自分の先も。

「強くなりたい。弱い自分が嫌だ。偉くなりたい。見下されるのが嫌だ。誰かと仲良くなりたい。嫌われるのが嫌だ。……根幹は全部求めることだ。求めることは、現状に満足していない証。お前は何かを求めているんじゃないのか?」

 風花は、はっとして男を見上げた。
 男の瞳が風花を見ている。

 風花は、誰かに求められる自分になりたかった。ただそれを、ただそれだけを求めていた。

「そう考えると嫌という感情も、悪いものではないだろう?」
「……そうだね」

 風花はここに来て初めて微笑んだ。
 男も風花にそっと微笑み返した。

「……ねぇ。なんで俺を呼んだの?」

 会ったのなんて、一瞬じゃないか。

「……なんでだろうな。でも、会わなくてはならないと思った。それ以上に、会いたいと思った」

 心臓を縛られたかと思った。
 自分の身体が、魔力でほてる。

「……へんなの」

 風花は再び膝に顔を埋めた。
 男の手のひらが風花の髪をそっと撫でる。

 フードを外して良かった。

 風花は一時だけ、この男の素養をじっと堪能した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

4人の人類国王子は他種族に孕まされ花嫁となる

クズ惚れつ
BL
遥か未来、この世界には人類、獣類、爬虫類、鳥類、軟体類の5つの種族がいた。 人類は王族から国民までほとんどが、他種族に対し「低知能」だと差別思想を持っていた。 獣類、爬虫類、鳥類、軟体類のトップである4人の王は、人類の独占状態と差別的な態度に不満を抱いていた。そこで一つの恐ろしい計画を立てる。 人類の王子である4人の王の息子をそれぞれ誘拐し、王や王子、要人の花嫁として孕ませて、人類の血(中でも王族という優秀な血)を持った強い同族を増やし、ついでに跡取りを一気に失った人類も衰退させようという計画。 他種族の国に誘拐された王子たちは、孕まされ、花嫁とされてしまうのであった…。 ※淫語、♡喘ぎなどを含む過激エロです、R18には*つけます。 ※毎日18時投稿予定です ※一章ずつ書き終えてから投稿するので、間が空くかもです

ある日、王子様の天使になりました。

さみ
BL
町から遠く離れた山奥にある小さな村、イデルナ村で暮らしていたテオは疫病が流行った事が原因で生贄にされた。 それから白い世界で龍神に会い治癒魔法授けられ、別の世界でもう一度生きるチャンスを与えられる。 新しい世界だ!! あたりを見渡すと森、そして目の前に美丈夫が血を流して倒れていた.... 早速治癒魔法を使い助けると 「君は、俺の天使だ。」 え???? ここからクロードと共に冒険の旅が始まる!

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編連載中】

晦リリ
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

処理中です...