風に凪ぐ花

潜入と出会い

5

「だってあんなに弱いと思わないじゃん」
『ええ』
「ちょんって触っただけだよ？」
『そうですね』
「あーもう。こんなはずじゃなかったのにー」

　部屋に戻った風花は、先ほど力を借りた精霊に愚痴をこぼしていた。
　完全に悪目立ちだ。
　明日からの生活が不安で仕方ない。
　風花はソファの上でクッションを抱えて小さくなった。
　右手の指先を見つめる。そのまま拳を作った。

　風花の体は、精霊なしでは腕すら動かすことが出来ない。
　精霊の力を借りて身体を強化することは、風花にとって日常の一部であった。

　精霊の加護を受ける風花の周りには、常に大気中の魔力に混じって低位の精霊が漂っている。
　それらの精霊は言葉にせずとも、風花の要求を瞬間的に汲み取り、風花の自由を補った。
　風花がこうして過ごしていられるのも、精霊のおかげだ。
　それが風花にとっての普通であった。

　しかしその普通が、風花の周りの誰にとっても普通ではない。
　誰に何を言われたわけではないが、風花は悔しさに唇を噛んだ。


　コッ……


　弾かれるように風花は自分の左方を振り向いた。
　なんのことない、カーテンの閉められた窓がある。

　コッ

　不思議に思って見つめていると、窓から再度軽い音がした。
　硬く小さなものが当たったような音である。
　一層注意深く気を向けていると、もう一度こつん、と何かが当たった。

　警戒しつつ窓へ近寄る。
　そしてカーテンにそっと隙間を開けた。そこにはなんの変哲も無いガラスがはまっている。窓には何もない。
　念のためそのまま下を見おろす。
　そこには、あの時この窓の下で出会った男が、笑顔で手を振っていた。

「……っ！」

　咄嗟にカーテンを不自然なほど揺らして元に戻す。
　あちらからまだ顔は見えなかったはずだ。
　顔に熱が集まるのがわかる。
　急に心臓が男を意識し始めた。
　カーテンの端を握る手が意図せず震えている。

　もしかして見間違いかも知れない。
　もういないかも知れない。

　あたかもそこにいて欲しいかのように問いかけている自分に気付かないふりをして、風花は瞼をぎゅっと瞑った。
　震える手でもう一度カーテンを覗く。

　そこには先ほどと寸分違わぬ場所に、漆黒の美丈夫が立っていた。

(なん、で……？)

　揺れるカーテンの気配に、男は目を細めて、風花に向かって手を差し出した。
　向こうからは見えていないはずなのに、男は風花の存在を捉えている。

(お、い、で)

　男は音にせず風花を呼んだ。