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躾られた悪意
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しおりを挟む相対した《悪意》は、小物の集団だった。
仮面を被ったような顔面に、羊のような毛に丸く覆われた二足歩行の異形。
建物の影から群れで湧き出した《悪意》は、こちらを嘲笑うかのようにぐるぐるとステップを踏んだ。
「腹の立つ羊だな……おい! 指示!」
「よ、よろしくお願いします……!」
答えにならない言葉を返されて、キジトは舌打ちを打ちつつもナイフを逆手に構えた。
チームの前衛はキジト一人。
後は後衛の配置だ。
キジトが先陣を切り、隙を見て射撃をするような作戦だろうが、あまりにも稚拙だった。
キジトは《悪意》の側面に駆け寄って跳躍し、ナイフをその中の一体に向けて発射した。
風で加速させたナイフがその中心に吸い込まれる。
小手調で投擲したその切先は、《悪意》の毛皮に跳ね返されてからんと地面に転がった。
「なっ……」
遅れて《悪意》の視線がキジトを捉える。
キジトは一足で距離を取ると、腕を体の前で交差させて、曲げた十の指に力を入れた。
その両手のひらに一粒の火。
吸い込んだ呼吸で、鋭い風を巻き起こす。
風を取り込んで膨れ上がった熱が、キジトの姿を歪ませていた。
そしてその手のひらを《悪意》に向けて。
キジトは大きく渦巻く炎をぶつけた。
「燃えろ!」
真っ直ぐに群れに突き進んだ炎が、その分厚い毛皮に着火する。
《悪意》は行動を起こすこともなく、群ごと炎に包まれた。
散り散りと燃えた《悪意》が、どろりとその姿を溶かす。
終焉は一瞬だ。
キジトの能力をもってすればこの程度の《悪意》ごときで手間は取らない。
ぱちぱちと爆ぜる音に混じって一般隊員の拍手が聞こえてくる。
キジトは不機嫌に眉を寄せた。
《悪意》から遠く離れた位置でチームメンバーが一列に並んでいる。
対価で感情を読み取って、キジトは怒りに任せて一般隊員に向き直った。
「お前ら……っ」
文句を言おうとした口を閉じて、背後を振り返る。
燃やした《悪意》の残骸。
睨め付けたその場所には、再び《悪意》が存在していた。
「は?」
長い杖を持った、人のような形をした《悪意》。
先程と形状の異なる《悪意》である。
《悪意》の後に別の《悪意》が出現するなど聞いたこともない。
しかしその気配自体は先程と何ら変わらない。
キジトは混乱して一気に一般隊員の位置まで距離を取った。
「変質、した……?」
不測の事態に思考が追いつかない。
《悪意》はそのまま杖を掲げて、大きな鏡のような幕を生み出した。
反射的に指先から雷を放つ。
その光は幕に吸い込まれて、そして真っ直ぐにキジトへと反射した。
「やべ……っ」
「うわぁ……っ!」
一般隊員を引きずるように遠ざける。
キジトは氷の壁を出して自らの雷を防いだ。
「魔法使いかよ……っ」
最悪の相性にキジトは舌打ちして、懐から取り出した銃を放った。
弾道は真っ直ぐに《悪意》に吸い込まれていく。
次の瞬間弾丸は大きく爆ぜて、《悪意》は静かに沈黙した。
煙のように大気に《悪意》が溶ける。
そして、その後、再び《悪意》が出ることはなかった。
「なんだったんだ、あれ……」
管理官への報告の形式を頭に思い描いて、キジトはもやもやした気持ちを抱いたまま見回りを終えた。
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