14 / 58
笑顔になって、ほしいから
4
しおりを挟む
「人族の外れの村で、父さんと母さんと、弟と妹の五人で暮らしてた」
家族を語るユイセルの目は慈愛に満ちている。
日常を思い出しているのか、ユイセルは遠くを見つめて微かに表情を緩めた。
昔語りのせいか、ユイセルはいつもに増して饒舌だ。
聴き心地の良い低音が、鼓膜にゆっくりと浸透する。
「どこにでもいる普通の家族で、村のみんなとも仲が良かった。……人族と真族の対立もなくて、平和で……十五になるまで、俺は人間に種族があるなんて知らなかったんだ」
ユイセルの手が震えていた。
真剣味を帯びた声に、ミナリアにも緊張が走る。
「俺の村は、混血の集まりで出来た村だった」
はっと息を呑んだミナリアの呼吸が空間に響く。
どくりと心臓が波打ったのが、ユイセルにも伝わっただろうか。
ユイセルは自らの袖を捲り上げた。
黒緑に艶めく鱗が前腕の一部を覆っている。
人族も真族も、元は獣の血を半分引いた種族だ。体内の魔素を利用する真族には、殊更獣の特徴が表面に出やすい特徴があった。
ガタムは尻尾。イツァージュは鰓。カラザールは角。そして、ユイセルのそれは鱗だった。
「親世代で混血もいれば、純血もいた。俺の父さんは真族で、母さんは人族だった」
カラザールがユイセルをミナリアの同類だと言った真の意味を、ミナリアはここにきて理解した。
境遇は違えど、二人は、この学園で二人きりの混血だったのだ。
「村の外に出れるのは、純血だけの決まりだった。……俺は、自分を人族だと思って生きてきたけど、実際は混血で……魔素も外からしか取り込めない。だから……村の外に出ることを許された」
友好協定が締結された後でも続く遺恨。
幼い頃から埋め込まれた概念ではなく、途中から理解させられたそれ。
十五歳のユイセルの心情を思うと、ミナリアは居た堪れない気持ちになった。
「一週間、母親と二人で村の外に出た。村の外で初めて差別を目の当たりにした。ショックだった。そして……」
ユイセルは一度大きく息を吸った。
感情を押し込めるようなそれに、胸が騒めく。
ミナリアはユイセルの頬に手を伸ばした。
そこに涙はない。しかし、ユイセルの心が泣いているような気がするのは、ただの気のせいなのか。
ユイセルはミナリアの細い指を取って、頬を擦り寄せた。
まるで縋っているような仕草に、ミナリアの心は揺らいだ。
「……戻ったら村はなくなってた。魔物の群れに襲われて、人族に焼かれたんだって」
「……その、父親や、兄弟は……」
ミナリアはなるべく衝撃を顔に出さぬように、落ち着いて言葉を発した。
だが、その目は動揺で揺らいでいたのだろう。
気を遣ったユイセルによって、ミナリアの目は手のひらで塞がれた。
頬に添えた手から、ユイセルが首を左右に振ったことだけが伝わる。
ミナリアは唇を噛んだ。
「村が襲われたとき、人国の軍が駆けつけたけど、劣勢で……村ごと焼くことにしたんだって。どうせ混血の村だからって理由で」
酷いよね、とユイセルは短く感情を吐露した。
その声は怒りなのか悲しみなのか、堪えるように震えている。
「……人国軍がいなくなった焼け野原で、俺は呆然と立ち尽くしていた。隣で泣いてる母さんに、オレは……声もかけられなくて」
ミナリアの視界が開けた。
ユイセルが手のひらを外したのだ。
伺い見たユイセルの目は、優しく細められてミナリアを見ていた。
「そんなとき、真国軍が村に到着した」
家族を語るユイセルの目は慈愛に満ちている。
日常を思い出しているのか、ユイセルは遠くを見つめて微かに表情を緩めた。
昔語りのせいか、ユイセルはいつもに増して饒舌だ。
聴き心地の良い低音が、鼓膜にゆっくりと浸透する。
「どこにでもいる普通の家族で、村のみんなとも仲が良かった。……人族と真族の対立もなくて、平和で……十五になるまで、俺は人間に種族があるなんて知らなかったんだ」
ユイセルの手が震えていた。
真剣味を帯びた声に、ミナリアにも緊張が走る。
「俺の村は、混血の集まりで出来た村だった」
はっと息を呑んだミナリアの呼吸が空間に響く。
どくりと心臓が波打ったのが、ユイセルにも伝わっただろうか。
ユイセルは自らの袖を捲り上げた。
黒緑に艶めく鱗が前腕の一部を覆っている。
人族も真族も、元は獣の血を半分引いた種族だ。体内の魔素を利用する真族には、殊更獣の特徴が表面に出やすい特徴があった。
ガタムは尻尾。イツァージュは鰓。カラザールは角。そして、ユイセルのそれは鱗だった。
「親世代で混血もいれば、純血もいた。俺の父さんは真族で、母さんは人族だった」
カラザールがユイセルをミナリアの同類だと言った真の意味を、ミナリアはここにきて理解した。
境遇は違えど、二人は、この学園で二人きりの混血だったのだ。
「村の外に出れるのは、純血だけの決まりだった。……俺は、自分を人族だと思って生きてきたけど、実際は混血で……魔素も外からしか取り込めない。だから……村の外に出ることを許された」
友好協定が締結された後でも続く遺恨。
幼い頃から埋め込まれた概念ではなく、途中から理解させられたそれ。
十五歳のユイセルの心情を思うと、ミナリアは居た堪れない気持ちになった。
「一週間、母親と二人で村の外に出た。村の外で初めて差別を目の当たりにした。ショックだった。そして……」
ユイセルは一度大きく息を吸った。
感情を押し込めるようなそれに、胸が騒めく。
ミナリアはユイセルの頬に手を伸ばした。
そこに涙はない。しかし、ユイセルの心が泣いているような気がするのは、ただの気のせいなのか。
ユイセルはミナリアの細い指を取って、頬を擦り寄せた。
まるで縋っているような仕草に、ミナリアの心は揺らいだ。
「……戻ったら村はなくなってた。魔物の群れに襲われて、人族に焼かれたんだって」
「……その、父親や、兄弟は……」
ミナリアはなるべく衝撃を顔に出さぬように、落ち着いて言葉を発した。
だが、その目は動揺で揺らいでいたのだろう。
気を遣ったユイセルによって、ミナリアの目は手のひらで塞がれた。
頬に添えた手から、ユイセルが首を左右に振ったことだけが伝わる。
ミナリアは唇を噛んだ。
「村が襲われたとき、人国の軍が駆けつけたけど、劣勢で……村ごと焼くことにしたんだって。どうせ混血の村だからって理由で」
酷いよね、とユイセルは短く感情を吐露した。
その声は怒りなのか悲しみなのか、堪えるように震えている。
「……人国軍がいなくなった焼け野原で、俺は呆然と立ち尽くしていた。隣で泣いてる母さんに、オレは……声もかけられなくて」
ミナリアの視界が開けた。
ユイセルが手のひらを外したのだ。
伺い見たユイセルの目は、優しく細められてミナリアを見ていた。
「そんなとき、真国軍が村に到着した」
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
純白のレゾン
雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》
この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。
親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ひきこもる、ひきこもらない
にじいろ♪
BL
引きこもり無自覚天然美青年✕執着系スパダリ幼なじみ
BL &R18です。
中学のいじめで、引きこもるようになった主人公。
気にかけてくれる幼なじみが、主人公の勘違いを利用して一線をこじ開けてくる。
引きこもりニートは、外の世界へ出られるのか?
それとも、このまま軟禁ルート??
短めです。
ハピエンにしたい!!
笑いたい!
よろしくお願いいたします。
にじいろ♪
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ボクに構わないで
睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。
あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。
でも、楽しかった。今までにないほどに…
あいつが来るまでは…
--------------------------------------------------------------------------------------
1個目と同じく非王道学園ものです。
初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。
堕ちる君に愛を注ぐ~洗脳・歪んだ愛のカタチ~
Yura
BL
君の全てを愛しているから、君の全てを支配したい。
じっくりゆっくり堕ちていこうね。
ずっと見てるし、君の傍にいるから…。
愛してるよ。
攻めが受けを監禁する短編集です。(全部を通すと長編になる可能性もあります)
※どちらの【プロローグ】も1人用朗読劇の台本としても読める仕様となっております。
※4話目の【主様の喜ばせ方】からはR18となっております。
伏線回収とか少しありますが、気になるタイトルからお読み頂いても分かるようになっております。
平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!
彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。
何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!?
俺どうなっちゃうの~~ッ?!
イケメンヤンキー×平凡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる