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第4部 手負いの獣に蝶と花
最終話 美しく羽を広げる
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ベルクマイヤ国王の住う宮殿は、食事を用意する使用人が食器を下げたら静寂が訪れる。
王都にある仕事場は住宅密集地帯のため、夜にピアノを弾けない。しかしここでなら国王を癒すため存分に演奏ができた。
俺は今日も王に新曲を献上する。王が名もなきこの曲に名を与えたら、それはこの世に生まれ落ち、自分で歩き出し、そして俺の手を離れて1人で生きていくのだ。
ノアに俺の名のスペルを教えてもらった時の感動が、曲に名前を与えられるたび蘇る。今日の曲は演目用に発注された静かな曲だった。まるでこの宮殿の夜のようだと思う。
満ちて滴るように曲が最後のフレーズに向かう中、視界の端で白い蝶が舞った気がした。仕事場では窓を開けない習慣から思わず手を止めて目を凝らす。
「どうした? えらく中途半端なところで終る曲だな?」
献上先の国王、ギードが不思議そうに俺の顔を覗き込む。その先の窓を見ると窓は開け放たれ、白く薄い帳がゆっくりと揺れていた。
「蝶が舞っているのかと思った」
「やけに詩的なことを言うな。それともヤギは蝶も食べるのか?」
俺が昔貧しかったことを、王は嬉々として揶揄う。俺や同じ境遇のノアを、草も紙も喰むヤギと呼び、そのくせ訪れるたびに美味しい料理をたらふく食わせる天邪鬼だ。
「昔、捕まえようとして……羽をちぎってしまったことがあった。それから捕まえようとしたことはない」
「リアムらしいな」
王の言葉はいつも短く、的を射ている。確かに俺は臆病な癖に凶暴で、優しく包み込むように相手を受け入れることができない。その性分がギードにフォークを突きつけ、何度も彼を傷つけることとなった。
俺は隣に座るギードの膝に跨った。胸と胸、腹と腹をつけて彼の大きく冷たい体にしがみつく。
「あの曲は本当にあれで終わりなのか?」
「曲はあとだ」
彼の脇から両手を差し入れ、背中に手をまわす。魔人は大きくて抱きしめるにも一苦労だ。
「どうした? 逃げはしないぞ? ずっとお前に捕まったままだ」
「あぁ……少しは黙っていられないのか。俺の愛の言葉など不要か?」
ギードは俺の首に唇を押し当て、熱く深く肌を吸う。そして大きな手が背中を這い回る。
「ギード……なにを言おうとしたか忘れてしまった……愛している以外の……ギードが喜びそうな言葉だったのに……」
「ピアノで言えばいい。お前は俺に愛されてるだけでいいんだ」
ギードは俺を持ったままベッドに移動した。そして優しくベッドに放り出されたら、次々に服が毟り取られていく。
「ギードの方がよっぽど蝶の羽を毟りそうだ。服も破くし」
「反対だろう、お前が花で俺が蝶だ。甘い蜜に誘われ、こうやって花弁をかきわけるんだ」
空気に晒された敏感な部分を熱い舌がベロリと舐め上げる。ギードの指が腹と内腿に食い込み、それがどんどんと中心に向かってきた。
「ギード……俺の蜜だけで足りるのか?」
彼の巨体を服の上からなぞる。
「リアムの蜜だけだ。こんなに俺を狂わせるのは」
熱心に俺の肌を舐めるギードを見ていたら、心の風向きが急に変わって瞬間的な強風で風見鶏がクルクルまわりはじめた。男と、しかも国王と、こんな生活が待っているとは思わなかった。振り返れば、自分の愚かさに後悔もあるし、全て必然だった気もする。
ふと、さっき王に言おうとした言葉を思い出した。
「ギード、幸せだよ」
王がピタッと動きを止める。きっと喜んだに違いない、俺はそう勘違いした。
「こんなことで幸せの頂上だと思うなよ。これから溺れるほど愛して、幸福に天井はないと、目に物を見せてやる」
ギードは目を合わさず一息で言いきった。やっぱり喜んでくれたのだ。俺は中途半端に脱がされた服を剥ぎ取りながら膝をついて四つん這いになる。
「今日は背中ごと愛してほしい」
ギードは俺の醜い背中に舌を這わせ、両手で胸を揉みしだく。そして彼の興奮が頂点に達したら、あの湖に落ちる。
彼の湖に落ち、なにもかも散らして底を目指すのだ。
<了>
王都にある仕事場は住宅密集地帯のため、夜にピアノを弾けない。しかしここでなら国王を癒すため存分に演奏ができた。
俺は今日も王に新曲を献上する。王が名もなきこの曲に名を与えたら、それはこの世に生まれ落ち、自分で歩き出し、そして俺の手を離れて1人で生きていくのだ。
ノアに俺の名のスペルを教えてもらった時の感動が、曲に名前を与えられるたび蘇る。今日の曲は演目用に発注された静かな曲だった。まるでこの宮殿の夜のようだと思う。
満ちて滴るように曲が最後のフレーズに向かう中、視界の端で白い蝶が舞った気がした。仕事場では窓を開けない習慣から思わず手を止めて目を凝らす。
「どうした? えらく中途半端なところで終る曲だな?」
献上先の国王、ギードが不思議そうに俺の顔を覗き込む。その先の窓を見ると窓は開け放たれ、白く薄い帳がゆっくりと揺れていた。
「蝶が舞っているのかと思った」
「やけに詩的なことを言うな。それともヤギは蝶も食べるのか?」
俺が昔貧しかったことを、王は嬉々として揶揄う。俺や同じ境遇のノアを、草も紙も喰むヤギと呼び、そのくせ訪れるたびに美味しい料理をたらふく食わせる天邪鬼だ。
「昔、捕まえようとして……羽をちぎってしまったことがあった。それから捕まえようとしたことはない」
「リアムらしいな」
王の言葉はいつも短く、的を射ている。確かに俺は臆病な癖に凶暴で、優しく包み込むように相手を受け入れることができない。その性分がギードにフォークを突きつけ、何度も彼を傷つけることとなった。
俺は隣に座るギードの膝に跨った。胸と胸、腹と腹をつけて彼の大きく冷たい体にしがみつく。
「あの曲は本当にあれで終わりなのか?」
「曲はあとだ」
彼の脇から両手を差し入れ、背中に手をまわす。魔人は大きくて抱きしめるにも一苦労だ。
「どうした? 逃げはしないぞ? ずっとお前に捕まったままだ」
「あぁ……少しは黙っていられないのか。俺の愛の言葉など不要か?」
ギードは俺の首に唇を押し当て、熱く深く肌を吸う。そして大きな手が背中を這い回る。
「ギード……なにを言おうとしたか忘れてしまった……愛している以外の……ギードが喜びそうな言葉だったのに……」
「ピアノで言えばいい。お前は俺に愛されてるだけでいいんだ」
ギードは俺を持ったままベッドに移動した。そして優しくベッドに放り出されたら、次々に服が毟り取られていく。
「ギードの方がよっぽど蝶の羽を毟りそうだ。服も破くし」
「反対だろう、お前が花で俺が蝶だ。甘い蜜に誘われ、こうやって花弁をかきわけるんだ」
空気に晒された敏感な部分を熱い舌がベロリと舐め上げる。ギードの指が腹と内腿に食い込み、それがどんどんと中心に向かってきた。
「ギード……俺の蜜だけで足りるのか?」
彼の巨体を服の上からなぞる。
「リアムの蜜だけだ。こんなに俺を狂わせるのは」
熱心に俺の肌を舐めるギードを見ていたら、心の風向きが急に変わって瞬間的な強風で風見鶏がクルクルまわりはじめた。男と、しかも国王と、こんな生活が待っているとは思わなかった。振り返れば、自分の愚かさに後悔もあるし、全て必然だった気もする。
ふと、さっき王に言おうとした言葉を思い出した。
「ギード、幸せだよ」
王がピタッと動きを止める。きっと喜んだに違いない、俺はそう勘違いした。
「こんなことで幸せの頂上だと思うなよ。これから溺れるほど愛して、幸福に天井はないと、目に物を見せてやる」
ギードは目を合わさず一息で言いきった。やっぱり喜んでくれたのだ。俺は中途半端に脱がされた服を剥ぎ取りながら膝をついて四つん這いになる。
「今日は背中ごと愛してほしい」
ギードは俺の醜い背中に舌を這わせ、両手で胸を揉みしだく。そして彼の興奮が頂点に達したら、あの湖に落ちる。
彼の湖に落ち、なにもかも散らして底を目指すのだ。
<了>
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