幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第48話 1人の朝

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 春も近づく柔らかな朝日に、俺の瞼が照らされ幸福に包まれる。しかし今日は背中から気配を感じなかった。振り返っても王は居らず、シーツが冷たいことからだいぶ前にここを離れたことがわかる。

 鞭で打たれたこんな凸凹の背中を愛するのは、後にも先にも王だけであろう。今日ラルフ=ハーマンとの食事で仕事に目処が立たなければ、また傭兵として生計を立てなおそう。そして早急にマリーのこどもに会いに行こう。

 俺はこれからのことをぼんやり考えている間に、窓が突然開いた。そして床にふわりと王が着地した。ノアが空を飛ぶのは見たことがあるが、王まで飛べるという頭がなかった。実際見てみないとなかなか信じられない光景である。

「ああ、リアム。起きていたか」

 王は俺が起き上がるのを待たずにベッドに駆け寄る。

「ノアが来るまで待とうと思ったが、先に足の治療をして構わないか?」

 王に抱き締められたその胸から外気の匂いと冷たさが染みる。思えば王の体はベッドの中以外は冷たい印象がある。

 俺が胸の中で頷くと、王はそのまま手を足に添えた。手を中心に治療をはじめたが、その前に根本的な足の治療は施してもらっていた。今日の治療は時間が経てば治るそれを早めるためなのだろう。

 俺は王の背中を掴み、激痛に備える。久しぶりの拷問だった。しかし治癒が進んでいたのか、思った以上に痛くはなかった。右足、そして左足に拷問を受けた後、王はベッドを降りて俺に立てと促す。

「ああ、そうだ。ゆっくりでいいぞ。ノアと歩き回っていたから筋力は落ちていないはずだ」

 王は俺から少し離れたところで手を広げて待っている。俺は走り王の胸へ飛び込んだ。そしてきつく冷たい体を抱き寄せ、王の胸に顔を埋めた。

 王はしばらく寛容に俺を受け止めてくれていたが、バーンスタイン卿が部屋に入る音で俺を引き剥がした。

「アシュレイ、少し話がある。ノアはどうした?」

 バーンスタイン卿は気まずそうな顔で、後ろにしがみついていたノアを前に出す。ノアはぐったりとしていて、俺は思わず駆け出した。

「ははっ、役割が逆転したようだな。絶倫の器のおかげで足の治療も完了したぞ。ノア、まだ少し魔力が残っているのならば、拘束の魔法をリアムに試させてもらえ」

 王の言葉にノアは返事をするが、ガサガサで聞き取れなかった。バーンスタイン卿を見上げると彼は視線を逸らす。

「アシュレイ、別室で相談がある。おいヤギ、伴侶に抱かれたくらいで次の日仕事をしない者はこの国にいないそうだ。奇跡の器のご高説通り、しっかり魔法の練習をするんだ」

 ノアはガサッと返事をして俺に笑顔を作るが、力が入らないのか不自然な表情になる。俺がノアを心配している間に、王とバーンスタイン卿が部屋を出た。扉が閉まるや否やノアは俺にもたれかかり、支えきれずに一緒に床に倒れ込んでしまう。ノアはまた尺取虫のようになってしまった。

 せめてベッドで横になった方がいいと、ノアを揺さぶるが、魂が半分抜けたようになってしまっていて動かせない。ノアの様子にいよいよ危機感を覚え、俺はバーンスタイン卿を呼び戻そうと部屋を出た。その時に、ジルが来た日のことを思い出した。


「陛下、私はそのつもりで彼の荷物を預かっているので構わないのですが……しかし彼は知ったところで選択の余地はないのですか?」

 ジルが来た日と同じように応接間の扉近くで、王を詰るバーンスタイン卿の声を盗み聞きする。

「今日ラルフ=ハーマンとの食事で仕事の話がまとまるかわからないからな。もし彼と仕事をすることになるなら、彼の近くで働けるよう住居を手配しよう」

「陛下、そういった選択を申し上げているわけでは……リアムが陛下と一緒に暮らしたいと、そういう可能性はないのですか?」

「マリーにこどもがいたと聞けば、自ずとここを出て行くだろうよ。そうなる前に出しておきたいのだ」

「なぜです?」

 バーンスタイン卿の容赦のない詰問に王は黙った。しばらく無音が続いて、他でもないバーンスタイン卿が焦っているのを空気で感じる。

「お前が思っているより、俺はできた人間ではないんでね」

「恐れながら陛下、そうなった時に考えればよろしいのでは? リアムはなんの後ろ盾もなくここを出て暮らし、子を育てられるとは思えません。陛下とリアムと子と3人で暮らす選択肢は無いのですか?」

 王はまた黙る。そして今度はバーンスタイン卿は何かに勘づいたかのように黙ってしまった。

「こどもが第一優先だ。母の偉大さはお前がよくわかっているだろう」

「私はノアと一緒になり、そしていつかは子を迎えたいと思っております。それを陛下は……」

「お前のヤギは雌ヤギだ。だからお前も、そしてリアムもその母性に頼っているのだろう。しかしリアムは雄ヤギだ」

 王に何度も遮られたバーンスタイン卿は完全に口を閉じた。

「母は子が選ぶ。性別ではない。どれだけ深く愛せるかだ。その覚悟を俺の腕の中で決意できると思うか?」

 母にはなれない。それは俺の紛れもない本心だった。昨日の不可解な言動はこの覚悟を問うためだったのかと思い至る。

「陛下は母にはなれませんか?」

「リアムが子を愛することを妬み、嫉妬にまみれる者が、母になれると思うか?」

 バーンスタイン卿の気まずさが重苦しい沈黙をもたらす。それを王の呻き声が破った。

「まだ納得ができんか。あとどれだけ生き恥を晒せば、お前は納得するのだ」

 バーンスタイン卿が立ち上がる音で、俺は扉から身を引いて部屋に戻った。

 王の呻き声が耳にこびりついて離れない。

 王はバーンスタイン卿の父を愛したと聞く。そして養子として迎えられた息子に、同じ運命を辿るのかと詰られる様があまりに残酷で、思い出すとまっすぐ歩けなかった。
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