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3部 王のピアノと風見鶏
弟36話 正装
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「うーん、僕はこっちがいいと思うんだけど、こっちも捨てがたくて……リアムは僕なんかより手足が長いからどっちも似合ってて捨てがたいよ……」
ピアノのコンクールを明後日に控え、ノア先生はさっきから真剣な面持ちで2つの服を見比べている。ひとつはクラシカルな燕尾服で、もうひとつは社交場用の赤のタキシードだった。コンクールはピアノの演奏なのだから服は関係ないと思うのだが、それを言い出せない雰囲気がこの場を支配していた。
「アシュレイはどう思いますか?」
俺と同じくこだわりのないであろうバーンスタイン卿は、突然話を振られてビックリしたのか顔をあげる。その拍子に俺と目が合い、優しく笑った。
「ノアは服にうるさいんだ。こうみえてオシャレに余念がないからな」
「ぼ、僕の話はいいんです! 折角のコンクールなのです! ご婦人方にも聴いていただくのですよ!?」
顔を真っ赤にして不明な理由でプンスカ怒るノアは、その矛先を王に向けた。
「王様はどっちの方がお好みですか!」
「裸の方が好きだ」
「な……なにを言ってるのです! コンクールに裸で出すわけにはいかないでしょう? 折角の晴れ舞台なのです! 王様もリアムがご婦人方に格好が良いと思われた方が嬉しいでしょう!?」
「ヤギはご婦人方に格好が良いと思われたいのか。ここにいる全員がそんな価値観で生きていないから、お前が選んだ方で良い。それにそんなに格好を気にするのならば、コンクール中はノアがリアムをピアノまでエスコートをしてやれ」
「え!?」
「リアムはまだ足が治っていない。アシュレイにでもエスコートしてもらおうと思ったが……いろいろと目立つからな。それにリアムもノアの方がリラックスできるだろう」
「でも、僕は塔から出ては……」
「前日アシュレイの家に宿泊して、会場に来れば問題ない。バーンスタイン卿の伴侶として振る舞えば良いのだ。だからいつものように空を飛んで来るんじゃないぞ」
ノアの顔はみるみる輝きだした。しかし急にバーンスタイン卿に振り返り必死な形相で慌て出す。
「アシュレイ、アシュレイ! お願いがございます! 僕の、僕の!」
バーンスタイン卿の服を掴んで、ノアはなにかを必死に懇願する。ガクガクと揺さぶられながらバーンスタイン卿は爆笑していた。
「ああ、わかった。女中たちにまたおさがりを持ってくるように言っておく。当日も髪を結ってもらいなさい。また格好の良いノアが見られるな」
ノアは感極まったのか、目に涙を溜め口をキュッと結んだ。それを見てバーンスタイン卿は笑い転げ、どうにもならなくなってしまった。
状況のよくわからない俺は、王の髪をそっと握る。
「ん? どうした?」
俺は紙を出そうと胸に手を突っ込んだが、書くまでもないと、口を動かした。
ギードに聴いてもらいたい。
可能であればノアではなく王がそばにいてくれたら、とも思ったが、立場上それも難しいだろうと思う。それならばせめてコンクールの演奏を聴いてもらえないだろうか? そう思いそれを口にした。
「帳でリアムからは見えないだろうが、貴賓席から聴いている。こうみえて毎回観覧しているのだぞ?」
王は毎回コンクールを観覧していたから、楽譜をすぐに手配できたのか。納得とともに、素朴な疑問が浮かんだ。
「しかしリアム。当日は会場全員のために弾くのだ」
王は話を続けるが、俺は浮かんだ疑問が消えないうちに、髪を少し引っ張り王に質問する。
ラルフ=ハーマンが好きなのか?
人の名前は難しい。王には伝わっていなかったようなので、俺は紙を取り出して今の質問を書き、王に渡した。
「ラルフ=ハーマン?」
王の復唱に、ノアが反応する。
「あ! リアム、今度のコンクールにラルフ=ハーマンさんも出場するって!」
王は終始わからないといった憮然とした面持ちでノアを見る。どうやら王は彼の譜面と分からず手配したらしい。
「王様が手配してくださった譜面の作曲者ですよ! リアムもすっかりファンで、作曲者の名前の読み方やタイトルの意味を質問されたほどです!」
ノアは興奮気味で顔を赤くすると、バーンスタイン卿に抱き上げられた。
「陛下、ジルベスタ=ブラウアーを応接間に待たせてあります」
「ああ。すぐに行く」
バーンスタイン卿はノアを抱えたまま部屋の外に出た。俺はこの時に既視感を覚える。
「リアム、お前は黒が似合う。衣装は燕尾服の方が良い」
王はこの髪と同じ色だと言わんばかりに、俺の髪の毛を撫で回す。俺は頷き、王の髪の毛を握った。王は嬉しそうに顔を寄せ、キスを落とす。なにも不安なことなどないはずなのに、なぜだか心が騒ぎ出す。王は2、3度キスをしたら部屋を後にした。扉が閉まった時に不安の根源に思い当たった。
ジルはなぜ俺に会いに来ないのだ?
ピアノのコンクールを明後日に控え、ノア先生はさっきから真剣な面持ちで2つの服を見比べている。ひとつはクラシカルな燕尾服で、もうひとつは社交場用の赤のタキシードだった。コンクールはピアノの演奏なのだから服は関係ないと思うのだが、それを言い出せない雰囲気がこの場を支配していた。
「アシュレイはどう思いますか?」
俺と同じくこだわりのないであろうバーンスタイン卿は、突然話を振られてビックリしたのか顔をあげる。その拍子に俺と目が合い、優しく笑った。
「ノアは服にうるさいんだ。こうみえてオシャレに余念がないからな」
「ぼ、僕の話はいいんです! 折角のコンクールなのです! ご婦人方にも聴いていただくのですよ!?」
顔を真っ赤にして不明な理由でプンスカ怒るノアは、その矛先を王に向けた。
「王様はどっちの方がお好みですか!」
「裸の方が好きだ」
「な……なにを言ってるのです! コンクールに裸で出すわけにはいかないでしょう? 折角の晴れ舞台なのです! 王様もリアムがご婦人方に格好が良いと思われた方が嬉しいでしょう!?」
「ヤギはご婦人方に格好が良いと思われたいのか。ここにいる全員がそんな価値観で生きていないから、お前が選んだ方で良い。それにそんなに格好を気にするのならば、コンクール中はノアがリアムをピアノまでエスコートをしてやれ」
「え!?」
「リアムはまだ足が治っていない。アシュレイにでもエスコートしてもらおうと思ったが……いろいろと目立つからな。それにリアムもノアの方がリラックスできるだろう」
「でも、僕は塔から出ては……」
「前日アシュレイの家に宿泊して、会場に来れば問題ない。バーンスタイン卿の伴侶として振る舞えば良いのだ。だからいつものように空を飛んで来るんじゃないぞ」
ノアの顔はみるみる輝きだした。しかし急にバーンスタイン卿に振り返り必死な形相で慌て出す。
「アシュレイ、アシュレイ! お願いがございます! 僕の、僕の!」
バーンスタイン卿の服を掴んで、ノアはなにかを必死に懇願する。ガクガクと揺さぶられながらバーンスタイン卿は爆笑していた。
「ああ、わかった。女中たちにまたおさがりを持ってくるように言っておく。当日も髪を結ってもらいなさい。また格好の良いノアが見られるな」
ノアは感極まったのか、目に涙を溜め口をキュッと結んだ。それを見てバーンスタイン卿は笑い転げ、どうにもならなくなってしまった。
状況のよくわからない俺は、王の髪をそっと握る。
「ん? どうした?」
俺は紙を出そうと胸に手を突っ込んだが、書くまでもないと、口を動かした。
ギードに聴いてもらいたい。
可能であればノアではなく王がそばにいてくれたら、とも思ったが、立場上それも難しいだろうと思う。それならばせめてコンクールの演奏を聴いてもらえないだろうか? そう思いそれを口にした。
「帳でリアムからは見えないだろうが、貴賓席から聴いている。こうみえて毎回観覧しているのだぞ?」
王は毎回コンクールを観覧していたから、楽譜をすぐに手配できたのか。納得とともに、素朴な疑問が浮かんだ。
「しかしリアム。当日は会場全員のために弾くのだ」
王は話を続けるが、俺は浮かんだ疑問が消えないうちに、髪を少し引っ張り王に質問する。
ラルフ=ハーマンが好きなのか?
人の名前は難しい。王には伝わっていなかったようなので、俺は紙を取り出して今の質問を書き、王に渡した。
「ラルフ=ハーマン?」
王の復唱に、ノアが反応する。
「あ! リアム、今度のコンクールにラルフ=ハーマンさんも出場するって!」
王は終始わからないといった憮然とした面持ちでノアを見る。どうやら王は彼の譜面と分からず手配したらしい。
「王様が手配してくださった譜面の作曲者ですよ! リアムもすっかりファンで、作曲者の名前の読み方やタイトルの意味を質問されたほどです!」
ノアは興奮気味で顔を赤くすると、バーンスタイン卿に抱き上げられた。
「陛下、ジルベスタ=ブラウアーを応接間に待たせてあります」
「ああ。すぐに行く」
バーンスタイン卿はノアを抱えたまま部屋の外に出た。俺はこの時に既視感を覚える。
「リアム、お前は黒が似合う。衣装は燕尾服の方が良い」
王はこの髪と同じ色だと言わんばかりに、俺の髪の毛を撫で回す。俺は頷き、王の髪の毛を握った。王は嬉しそうに顔を寄せ、キスを落とす。なにも不安なことなどないはずなのに、なぜだか心が騒ぎ出す。王は2、3度キスをしたら部屋を後にした。扉が閉まった時に不安の根源に思い当たった。
ジルはなぜ俺に会いに来ないのだ?
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