171 / 240
3部 王のピアノと風見鶏
第27話 スプーンの誓い
しおりを挟む
「リアム、夜営が恋しいのであれば、俺たちはピアノを聴きに、お前の元へ集まろう。どうだ、ピアニストを目指してみないか?」
バーンスタイン卿は、この国に戻って来ると誓ったフォークを取り出し、それを差し出しながら言った。俺は困惑し、ノアを見る。ノアは真っ赤な顔で大きく頷き、そしてベッドの横にある引き出しから、俺の唯一の持ち物であったスプーンの包みを持ってきてくれた。
「リアムは無事にこの国へ戻った。リアムはこの国でピアニストになる。今度はスプーンの誓いだ」
ノアが持ってきたスプーンを取り上げて、バーンスタイン卿はフォークを差し出したまま動かなかった。そのフォークの先を見て思い出したことは、マリーが俺の首に突きつけたナイフと言葉だった。
『運命に翻弄され、自ら行動しないことを他人のせいにして』
俺は誰のためでもなく、自分のためにしたいこととはなんだ。俺はマリーのピアノの続きが聴きたいと思っていた。マリーとあの風見鶏の名前がこの世から無くなることが悲しかった。バーンスタイン卿やルーク、ジル、テオやノアに喜んでもらいたい。俺はここに生かされた意味を知りたい。俺は自分の意思で行動したい。
俺はバーンスタイン卿の瞳をじっと見つめて、大きく頷いた。スプーンを受け取ったのを見たブラウアー兄弟が俺をさらに抱きしめた。
「兄様たちがついている、リアムは素晴らしい演奏家になる!」
「僕も応援しているよ!」
テオがくちゃくちゃの笑顔で俺に叫ぶ。ノアは茹で上がってしまうのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして笑っていた。
幸せ、その言葉がこの場の空気を言い表す最適な言葉だった。
「リアム、現実的な話なのだが、家主が軍に乗り込んできてな」
唐突な話題に自分でも目が丸くなるのがわかった。そうだ、あれから1ヶ月経ってしまっているのだ。生活がギリギリで傭兵の給金が支払われるその日に家主に家賃を渡していた。あの日から一度も家に帰っていないということは先月分の家賃を滞納している。まさか1ヶ月で家主が怒鳴り込んでくるなんて。
「気を悪くしないでもらいたいのだが……先月分の家賃は俺が建て替えておいた。しかしリアムは今月軍で働いていないから、来月は支払えないと思ってな」
バーンスタイン卿に先月分を建て替えさせるなど、恥ずかしさで目の前の風景が歪んだ。
「すまんが、あの家を引き払って、荷物は俺の家で預からせてもらっている。ピアニストとして生計を立てられるまで、俺の家で預かっていても構わないか?」
俺の家には大した荷物などなかった。それを見られたという恥ずかしさも相まって、俺は視線を外したまま顔を上げられなかった。カサッと音がしたと思ったら、アシュレイ、ありがとうと書かれた紙が俺の視界に入ってきた。
「ノアには何枚も書いてくれたそうだな。自慢をされたことがとても悔しくてな。また書いてくれないか?」
バーンスタイン卿の言葉で、ブラウアー兄弟は俺を床に下ろし、ノアはペンと紙を持ってきてくれた。俺は床に座り込み、文字を書く。しかし最後に書きたい言葉のスペルが分からず、ノアに口の動きで聞いた。ノアは嬉しそうにスペルを教えてくれて、俺はそれを丁寧に書き写した。
ノアに支えられながら、立ち上がりその紙をバーンスタイン卿に渡す。ありがとうの後に、ピアニストになる、と付け加えたその紙を見て、バーンスタイン卿は顔をくちゃくちゃにして子どものように笑った。ノアにしか見せないあの顔で笑ってくれたのだ。
「こうやって書くと現実になると聞いたことがある。傭兵に戻さなかった決断が正しかったと、リアムが証明してくれ」
俺は大きく頷き、そしてバーンスタイン卿に抱きついた。
バーンスタイン卿は、この国に戻って来ると誓ったフォークを取り出し、それを差し出しながら言った。俺は困惑し、ノアを見る。ノアは真っ赤な顔で大きく頷き、そしてベッドの横にある引き出しから、俺の唯一の持ち物であったスプーンの包みを持ってきてくれた。
「リアムは無事にこの国へ戻った。リアムはこの国でピアニストになる。今度はスプーンの誓いだ」
ノアが持ってきたスプーンを取り上げて、バーンスタイン卿はフォークを差し出したまま動かなかった。そのフォークの先を見て思い出したことは、マリーが俺の首に突きつけたナイフと言葉だった。
『運命に翻弄され、自ら行動しないことを他人のせいにして』
俺は誰のためでもなく、自分のためにしたいこととはなんだ。俺はマリーのピアノの続きが聴きたいと思っていた。マリーとあの風見鶏の名前がこの世から無くなることが悲しかった。バーンスタイン卿やルーク、ジル、テオやノアに喜んでもらいたい。俺はここに生かされた意味を知りたい。俺は自分の意思で行動したい。
俺はバーンスタイン卿の瞳をじっと見つめて、大きく頷いた。スプーンを受け取ったのを見たブラウアー兄弟が俺をさらに抱きしめた。
「兄様たちがついている、リアムは素晴らしい演奏家になる!」
「僕も応援しているよ!」
テオがくちゃくちゃの笑顔で俺に叫ぶ。ノアは茹で上がってしまうのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして笑っていた。
幸せ、その言葉がこの場の空気を言い表す最適な言葉だった。
「リアム、現実的な話なのだが、家主が軍に乗り込んできてな」
唐突な話題に自分でも目が丸くなるのがわかった。そうだ、あれから1ヶ月経ってしまっているのだ。生活がギリギリで傭兵の給金が支払われるその日に家主に家賃を渡していた。あの日から一度も家に帰っていないということは先月分の家賃を滞納している。まさか1ヶ月で家主が怒鳴り込んでくるなんて。
「気を悪くしないでもらいたいのだが……先月分の家賃は俺が建て替えておいた。しかしリアムは今月軍で働いていないから、来月は支払えないと思ってな」
バーンスタイン卿に先月分を建て替えさせるなど、恥ずかしさで目の前の風景が歪んだ。
「すまんが、あの家を引き払って、荷物は俺の家で預からせてもらっている。ピアニストとして生計を立てられるまで、俺の家で預かっていても構わないか?」
俺の家には大した荷物などなかった。それを見られたという恥ずかしさも相まって、俺は視線を外したまま顔を上げられなかった。カサッと音がしたと思ったら、アシュレイ、ありがとうと書かれた紙が俺の視界に入ってきた。
「ノアには何枚も書いてくれたそうだな。自慢をされたことがとても悔しくてな。また書いてくれないか?」
バーンスタイン卿の言葉で、ブラウアー兄弟は俺を床に下ろし、ノアはペンと紙を持ってきてくれた。俺は床に座り込み、文字を書く。しかし最後に書きたい言葉のスペルが分からず、ノアに口の動きで聞いた。ノアは嬉しそうにスペルを教えてくれて、俺はそれを丁寧に書き写した。
ノアに支えられながら、立ち上がりその紙をバーンスタイン卿に渡す。ありがとうの後に、ピアニストになる、と付け加えたその紙を見て、バーンスタイン卿は顔をくちゃくちゃにして子どものように笑った。ノアにしか見せないあの顔で笑ってくれたのだ。
「こうやって書くと現実になると聞いたことがある。傭兵に戻さなかった決断が正しかったと、リアムが証明してくれ」
俺は大きく頷き、そしてバーンスタイン卿に抱きついた。
0
お気に入りに追加
489
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
どのみちヤられるならイケメン騎士がいい!
あーす。
BL
異世界に美少年になってトリップした元腐女子。
次々ヤられる色々なゲームステージの中、イケメン騎士が必ず登場。
どのみちヤられるんら、やっぱイケメン騎士だよね。
って事で、頑張ってイケメン騎士をオトすべく、奮闘する物語。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
巨人族の1/3の花嫁〜王様を一妃様と二妃様と転生小人族の僕の三妃で幸せにします〜〈完結〉
クリム
BL
一回めは処刑された老臣、二回めは鬼教官、三回めは教師、そして四回めの転生は異世界で小人族ですか。身長一メート僕タークは、御信託で巨人族にお嫁入りです。王様はどう見ても三メートルはあります。妖精族のソニン様、獣人族のロキと一緒に王様になりたてのガリウス様を幸せにします。まず、王様のイチモツ、入りますかね?
三人分の前世の記憶と、豆知識、そして貪欲な知識欲を満たすため、異世界王宮改革をしていく三妃タークの物語。
※はご高覧注意です。
『小説家になろう』にも同時連載。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる