102 / 240
2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第21話 僕たち
しおりを挟む
少し寒いので紅茶でも入れます、とケトルを火にかけた。孤児院出身の庸人でも、火を簡単に扱うことができる。夜も蝋燭に火を灯し回らずともつまみひとつで昼と同じ活動ができる。この国は魔法科学のおかげで人々の労働時間を減らしたのだ。
「ルイスはちゃんと兄様たちに甘えられるでしょうか」
僕のくだらない推測で、兄様たちは別れの時間を調査に費やしていた。自分はといえば、こうやって温まるために湯を火にかけることだけ。あまつさえアシュレイに甘え、この時間が永遠に続けばいいと思っている。
「ノアは俺に話したことを後悔しているか?」
書類を拾い集めていたアシュレイが僕を見ずに質問した。僕は困って答えられなかった。アシュレイの誘惑を責めているわけではないと、言葉にするのが難しかった。ただこうなってしまった顛末に運がなかっただけなのに。
「魔人はその昔、魔法科学をあまり必要としていなかった。なぜだかわかるか?」
唐突な質問に僕は考えをまとめることができなかった。手を空中で彷徨わせ考えあぐねている僕を見て、アシュレイは笑って両手を広げた。僕は走ってその胸に飛び込む。
「そんなことをしなくても自分たちでできたからだ」
アシュレイが僕を抱きかかえて椅子に座った。確かにアシュレイも魔法で湯を沸かしていた。魔法科学を必要としているのはどちらかといえば庸人だ。
「でも、ある時からなくてはならないものに変化した。屋敷を丸ごと燃やすことはできても、灯をつけるなど、魔法ではできないからな。装置に魔力を送ることはできても、装置自体を作ることはできない」
アシュレイは今なぜこんな話をしているのかわからなかった。魔法科学の恩恵は遍く知れ渡っている。
「俺も昔不思議に思ったことがあったんだ。なぜ7賢者はこの塔の仕組みを秘匿するのか。そしてなぜこの国に王が必要なのか」
アシュレイは僕の頭を撫でて少し笑った。
「最近王に謁見する機会が多くてな。その人柄に触れてなんとなくわかったのだ。魔法科学を操る倫理というのは分立しなければ、きっと国は欲望に転げ落ちるのだろうと。以前、ノアもこの国の顛末について2つの可能性をあげていたな」
随分前の話だったけど、初めてアシュレイが興味を持ってくれた話だったからよく覚えていた。福祉が膨れ上がり国民の怠惰で自滅をするか、庸人が外部と結託し謀反を起こすか。これも史実上の他国の顛末であり、僕はそれを防ぐ方法まではわからなかった。
「科学だけでは欲望に堕ち、王の倫理だけでは謀反の火種が絶えない。ノアの仮説がなければ思いもしなかったことだ。この国は魔法科学だけではなく、国の持続可能な装置も作り上げていたのだ」
他の国から魔人が排斥され集落を作ってから200年。他国の侵攻を許さず、内需だけで国民が幸福に暮らせるのは凄いことだった。
「俺は、審判を受けて良かったと思っている。あの時肌で感じたのだ。この国は少し傾き始めている。それは生まれた時から魔法科学の恩恵を受けている魔人の怠惰が始まっていると感じたのだ。ジルも、そしてルークもあの場にいて感じたはずだ。だから……」
アシュレイが手を取り、僕の瞳を覗き込んだ。
「漠然とした不安を言葉にできなかっただけで、ずっと疑問に思っていたのだ。ノアの推察には感謝をしている。だが、俺たちは自分の意思で調査をしている。そこにノアは責任を感じないでほしい」
ケトルからシュンシュンと音が鳴る。お湯が沸いたようだけど、僕はアシュレイの言葉に心を打たれ、動けずにいた。僕は抱えられたまま台所に連れて行かれ、アシュレイが火を止めた。
「ノア、一緒に風呂に入ろう。色気のない誘い文句ですまないが」
「はい……はい……」
アシュレイにしがみついて、震えが止まるように力を入れる。アシュレイは僕の背中を優しく撫でながら、風呂へと向かった。
「ルイスはちゃんと兄様たちに甘えられるでしょうか」
僕のくだらない推測で、兄様たちは別れの時間を調査に費やしていた。自分はといえば、こうやって温まるために湯を火にかけることだけ。あまつさえアシュレイに甘え、この時間が永遠に続けばいいと思っている。
「ノアは俺に話したことを後悔しているか?」
書類を拾い集めていたアシュレイが僕を見ずに質問した。僕は困って答えられなかった。アシュレイの誘惑を責めているわけではないと、言葉にするのが難しかった。ただこうなってしまった顛末に運がなかっただけなのに。
「魔人はその昔、魔法科学をあまり必要としていなかった。なぜだかわかるか?」
唐突な質問に僕は考えをまとめることができなかった。手を空中で彷徨わせ考えあぐねている僕を見て、アシュレイは笑って両手を広げた。僕は走ってその胸に飛び込む。
「そんなことをしなくても自分たちでできたからだ」
アシュレイが僕を抱きかかえて椅子に座った。確かにアシュレイも魔法で湯を沸かしていた。魔法科学を必要としているのはどちらかといえば庸人だ。
「でも、ある時からなくてはならないものに変化した。屋敷を丸ごと燃やすことはできても、灯をつけるなど、魔法ではできないからな。装置に魔力を送ることはできても、装置自体を作ることはできない」
アシュレイは今なぜこんな話をしているのかわからなかった。魔法科学の恩恵は遍く知れ渡っている。
「俺も昔不思議に思ったことがあったんだ。なぜ7賢者はこの塔の仕組みを秘匿するのか。そしてなぜこの国に王が必要なのか」
アシュレイは僕の頭を撫でて少し笑った。
「最近王に謁見する機会が多くてな。その人柄に触れてなんとなくわかったのだ。魔法科学を操る倫理というのは分立しなければ、きっと国は欲望に転げ落ちるのだろうと。以前、ノアもこの国の顛末について2つの可能性をあげていたな」
随分前の話だったけど、初めてアシュレイが興味を持ってくれた話だったからよく覚えていた。福祉が膨れ上がり国民の怠惰で自滅をするか、庸人が外部と結託し謀反を起こすか。これも史実上の他国の顛末であり、僕はそれを防ぐ方法まではわからなかった。
「科学だけでは欲望に堕ち、王の倫理だけでは謀反の火種が絶えない。ノアの仮説がなければ思いもしなかったことだ。この国は魔法科学だけではなく、国の持続可能な装置も作り上げていたのだ」
他の国から魔人が排斥され集落を作ってから200年。他国の侵攻を許さず、内需だけで国民が幸福に暮らせるのは凄いことだった。
「俺は、審判を受けて良かったと思っている。あの時肌で感じたのだ。この国は少し傾き始めている。それは生まれた時から魔法科学の恩恵を受けている魔人の怠惰が始まっていると感じたのだ。ジルも、そしてルークもあの場にいて感じたはずだ。だから……」
アシュレイが手を取り、僕の瞳を覗き込んだ。
「漠然とした不安を言葉にできなかっただけで、ずっと疑問に思っていたのだ。ノアの推察には感謝をしている。だが、俺たちは自分の意思で調査をしている。そこにノアは責任を感じないでほしい」
ケトルからシュンシュンと音が鳴る。お湯が沸いたようだけど、僕はアシュレイの言葉に心を打たれ、動けずにいた。僕は抱えられたまま台所に連れて行かれ、アシュレイが火を止めた。
「ノア、一緒に風呂に入ろう。色気のない誘い文句ですまないが」
「はい……はい……」
アシュレイにしがみついて、震えが止まるように力を入れる。アシュレイは僕の背中を優しく撫でながら、風呂へと向かった。
0
お気に入りに追加
489
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
どのみちヤられるならイケメン騎士がいい!
あーす。
BL
異世界に美少年になってトリップした元腐女子。
次々ヤられる色々なゲームステージの中、イケメン騎士が必ず登場。
どのみちヤられるんら、やっぱイケメン騎士だよね。
って事で、頑張ってイケメン騎士をオトすべく、奮闘する物語。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
巨人族の1/3の花嫁〜王様を一妃様と二妃様と転生小人族の僕の三妃で幸せにします〜〈完結〉
クリム
BL
一回めは処刑された老臣、二回めは鬼教官、三回めは教師、そして四回めの転生は異世界で小人族ですか。身長一メート僕タークは、御信託で巨人族にお嫁入りです。王様はどう見ても三メートルはあります。妖精族のソニン様、獣人族のロキと一緒に王様になりたてのガリウス様を幸せにします。まず、王様のイチモツ、入りますかね?
三人分の前世の記憶と、豆知識、そして貪欲な知識欲を満たすため、異世界王宮改革をしていく三妃タークの物語。
※はご高覧注意です。
『小説家になろう』にも同時連載。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる