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1部 ヤギと奇跡の器
第50話 買い出し(ルイス視点)
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兄様たちは今日の決定が下されたらどちらかでも必ず塔に出向くと言っていたから、夕方までノアと一緒に待っていた。
でも一向に兄様たちが来ないので、僕はノアに留守番を頼んで買い出しに向かった。今日はアシュレイを迎えにあがる兄様たちの出発を手伝っていたら、朝の買い出しができなかったのだ。
食材を買い込み塔の前の一本道を渡る時に、見慣れない馬を見つける。兄様のどちらかが来た、そう思って道を急ごうとした時に、兄様たちがそれぞれ馬に乗って僕の前に現れた。
「アシュレイは来たか?」
ルークが慌てた様子で馬を降り、僕の答えなど聞かず、塔に走り出した。慌てて食材の袋を持ち直したら、ジルが僕ごと抱えて走り出した。
とんでもないスピードで塔の一本道を走り抜ける。僕はこれまで兄様たちが軍人だということをわかっているようでわかっていなかった。
ルークが先に塔の扉に到着した時に、塔の階上からノアの悲鳴が降り注ぐ。僕は食材の袋を放り出しジルにしがみついた。早く行かなければならない、そう思ったら食材なんて持っている場合ではなかった。
3人がノアの部屋の扉を開けた時、沈みかけの太陽の光で、ぼんやり浮かぶアシュレイの輪郭しかわからなかった。僕はジルから飛び降りそこへ近づく。でも床には本や地図が散乱していて、それに足を取られてうまく進めない。
やっとたどり着いたアシュレイを見たら、一体なにが行われたのかすぐに理解できた。アシュレイの服の前がはだけ、ベルトが両側からぶら下がっている。
「ノア……? ノア!?」
茫然と立ちつくすアシュレイの前に、机に突っ伏して動かないノアがいた。僕はその惨状を目の当たりにして小さな悲鳴をあげた。
ノアの太腿に何筋もの血が垂れ、痛みを我慢していたからであろう、口に当てられた拳は固く握られたままだった。
「兄様! 兄様!」
ジルがアシュレイを抱きかかえ、後ろに下がったそこへルークが飛び込んできた。
「一旦動かさないほうがいい。血が流れすぎている。一階に薬はあるか?」
「ああっ! ああっ! あります! 湯も沸かして! はやく、はやく!」
急に辺りが暗くなる。日が完全に沈んだのだ。僕は急に恐ろしくなって、ノアの脈を確認した。
体は冷たかったが、脈はしっかりしていた。
「ルイス、落ち着くんだ。ジル! アシュレイを1階に下ろせ! ルイスも来てくれ……薬がどこにあるかわからん」
「ああっ! なんで! なんで!」
「大丈夫だ、ルイス。言うとおりにするんだ」
僕は半ばルークに担がれ1階に向かう。ルークに薬の場所を教え、彼が中を確認している間に、僕は鍋に水を汲み入れ火にかける。ルークが僕に薬を手渡したら、自らのとんでもない火力の魔法でお湯を沸かしはじめた。
「止血剤に炎症を抑える薬だ。先に行け!」
「はい!」
僕は階段を駆け上がり、部屋に飛び込む。メモに足を滑らせ転んでも走ることをやめられなかった。やっとのことでノアの前にたどり着き、その肩をそっと抱いた時、呻き声が立ち上る。
「ノア!? 今薬を塗るから!」
「ルイス……ルイス……」
「大丈夫!ちょっと染みるけど我慢して!」
「ルイス……あの書簡を……ふっ……あの書簡を……取り下げて……あの書簡を……」
譫言のように言うそれが不鮮明で僕はノアの顔を覗き込む。
「お願い……ルイス……あの書簡を……取り下げて……」
嗚咽を堪え、息も絶え絶えにノアは言う。
「わかった。必ず取り下げる」
「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」
大粒の翠の涙が鼻筋を伝ってもう一方の翠眼に流れ込む。僕は胸が千切れそうで、聞くに堪えず見るに堪えなかった。
「ノア! 痛いけど、我慢して! いくよ!」
軟膏状の薬を混ぜた指をノアの肛門にゆっくり差し込む。
「いいいいいいあああああ!」
心臓が限界だった。痛みに耐え、体をガクガク揺らし、浅い息をするノアを見ていられなかった。僕は口の前で固く握った拳を上から握りしめて、もう片方の手で背中を撫でた。
「ノア、もう大丈夫。もう大丈夫だから」
ノアの背中にボタボタと涙を零してしまう。ルークがお湯を持ってきたから、布を絞って、下半身を拭う。変な汗が滲み出し、顔に伝う水滴が涙なのか汗なのかもわからなかった。
痛がるノアをルークと2人がかりでベッドに運び、そのままうつ伏せで寝かせる。僕が手を握ると、ノアはそれを離さなかった。だからノアが寝息を立てるまで手を離さなかったし、背中を撫でることをやめなかった。
でも一向に兄様たちが来ないので、僕はノアに留守番を頼んで買い出しに向かった。今日はアシュレイを迎えにあがる兄様たちの出発を手伝っていたら、朝の買い出しができなかったのだ。
食材を買い込み塔の前の一本道を渡る時に、見慣れない馬を見つける。兄様のどちらかが来た、そう思って道を急ごうとした時に、兄様たちがそれぞれ馬に乗って僕の前に現れた。
「アシュレイは来たか?」
ルークが慌てた様子で馬を降り、僕の答えなど聞かず、塔に走り出した。慌てて食材の袋を持ち直したら、ジルが僕ごと抱えて走り出した。
とんでもないスピードで塔の一本道を走り抜ける。僕はこれまで兄様たちが軍人だということをわかっているようでわかっていなかった。
ルークが先に塔の扉に到着した時に、塔の階上からノアの悲鳴が降り注ぐ。僕は食材の袋を放り出しジルにしがみついた。早く行かなければならない、そう思ったら食材なんて持っている場合ではなかった。
3人がノアの部屋の扉を開けた時、沈みかけの太陽の光で、ぼんやり浮かぶアシュレイの輪郭しかわからなかった。僕はジルから飛び降りそこへ近づく。でも床には本や地図が散乱していて、それに足を取られてうまく進めない。
やっとたどり着いたアシュレイを見たら、一体なにが行われたのかすぐに理解できた。アシュレイの服の前がはだけ、ベルトが両側からぶら下がっている。
「ノア……? ノア!?」
茫然と立ちつくすアシュレイの前に、机に突っ伏して動かないノアがいた。僕はその惨状を目の当たりにして小さな悲鳴をあげた。
ノアの太腿に何筋もの血が垂れ、痛みを我慢していたからであろう、口に当てられた拳は固く握られたままだった。
「兄様! 兄様!」
ジルがアシュレイを抱きかかえ、後ろに下がったそこへルークが飛び込んできた。
「一旦動かさないほうがいい。血が流れすぎている。一階に薬はあるか?」
「ああっ! ああっ! あります! 湯も沸かして! はやく、はやく!」
急に辺りが暗くなる。日が完全に沈んだのだ。僕は急に恐ろしくなって、ノアの脈を確認した。
体は冷たかったが、脈はしっかりしていた。
「ルイス、落ち着くんだ。ジル! アシュレイを1階に下ろせ! ルイスも来てくれ……薬がどこにあるかわからん」
「ああっ! なんで! なんで!」
「大丈夫だ、ルイス。言うとおりにするんだ」
僕は半ばルークに担がれ1階に向かう。ルークに薬の場所を教え、彼が中を確認している間に、僕は鍋に水を汲み入れ火にかける。ルークが僕に薬を手渡したら、自らのとんでもない火力の魔法でお湯を沸かしはじめた。
「止血剤に炎症を抑える薬だ。先に行け!」
「はい!」
僕は階段を駆け上がり、部屋に飛び込む。メモに足を滑らせ転んでも走ることをやめられなかった。やっとのことでノアの前にたどり着き、その肩をそっと抱いた時、呻き声が立ち上る。
「ノア!? 今薬を塗るから!」
「ルイス……ルイス……」
「大丈夫!ちょっと染みるけど我慢して!」
「ルイス……あの書簡を……ふっ……あの書簡を……取り下げて……あの書簡を……」
譫言のように言うそれが不鮮明で僕はノアの顔を覗き込む。
「お願い……ルイス……あの書簡を……取り下げて……」
嗚咽を堪え、息も絶え絶えにノアは言う。
「わかった。必ず取り下げる」
「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」
大粒の翠の涙が鼻筋を伝ってもう一方の翠眼に流れ込む。僕は胸が千切れそうで、聞くに堪えず見るに堪えなかった。
「ノア! 痛いけど、我慢して! いくよ!」
軟膏状の薬を混ぜた指をノアの肛門にゆっくり差し込む。
「いいいいいいあああああ!」
心臓が限界だった。痛みに耐え、体をガクガク揺らし、浅い息をするノアを見ていられなかった。僕は口の前で固く握った拳を上から握りしめて、もう片方の手で背中を撫でた。
「ノア、もう大丈夫。もう大丈夫だから」
ノアの背中にボタボタと涙を零してしまう。ルークがお湯を持ってきたから、布を絞って、下半身を拭う。変な汗が滲み出し、顔に伝う水滴が涙なのか汗なのかもわからなかった。
痛がるノアをルークと2人がかりでベッドに運び、そのままうつ伏せで寝かせる。僕が手を握ると、ノアはそれを離さなかった。だからノアが寝息を立てるまで手を離さなかったし、背中を撫でることをやめなかった。
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