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1部 ヤギと奇跡の器
第49話 僕の夕日 ※
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今日は風の無い1日だった。熱も下がり、昂りも、もうなかった。あの昂りは忌まわしいものだけど、アシュレイにもらった香がないことは悲しかった。
今日はアシュレイの処分が下されるという。僕の書簡は読んでもらえただろうか。僕の証言はアシュレイの助けになり得るのだろうか。
鉄格子で分割された夕日を眺める。空も湖面も橙に輝き、今日の灯火が消えようとしている。
日が暮れる前に机を整理しようと振り返った時、息を飲んだ。
夕日に照らされたアシュレイが、立っていたのだ。
「アシュレイ様……」
アシュレイは様子がおかしかった。不安そうな顔で近寄って僕の頬を撫でようとしたのか、手を上げたまま動かなくなる。
手袋をしたままだからだと思った。だから恐れ多くも、手袋を脱ぎ去って、僕の頬を撫でてくれないかと願った。
「武官に戻るよう処分が下された」
僕の顔の横でアシュレイがぎゅっと手を握り、腕を下ろす。心に冷たい風が通り抜けた。奇跡の器、そんな称号を賜るほど優れた武官だったのだ。父上の看病ができなくなるのが心配だったが、罰ではないと感じた。
「よかったです……」
「そうは思っていないはずだ」
「いいえ、アシュレイ様にはなんの非もございませんでした」
「では、なぜあんな書簡を送ったのだ」
僕はびっくりして、アシュレイを見上げた。アシュレイは息が浅く藍と緋の瞳が不安に揺れていた。
「アシュレイ様の……嫌疑を晴らせればと……」
「俺ができる償いはなんだ……お前の本当の望みはなんだ……」
僕はアシュレイのこの言葉に思い当たることがあった。昨日僕は彼が投獄されるのではないかと思っていた。だから最後にこの塔を管理する、今の文官でいられるよう記載したのだ。それをアシュレイは言っていた。
「アシュレイ様が……今のまま塔の管理を……でもそれは僕の勝手な……」
「なぜだ」
アシュレイは僕の余計な配慮を許さなかった。思えば自分の欲望がなければあんな一文を書き足さなかっただろう。真実を伝えるには不要な一文だった。彼は今、その真意を問うているのだ。
「アシュレイ様を……お慕いしております……」
不安に揺れていた瞳が閉じられた。固く閉じられた目の間に深い皺が寄る。息があがり苦痛に耐えているかのようだった。
「俺に……どうしてもらいたいのだ……」
アシュレイは本当におかしかった。イライラしているようにも思えた。それは一貫して僕の本望を問うているのに、それを隠しているからだと思い至る。僕はずっとこの本心を隠していた、昨日ルイスに告白するまでその卑しい望みを隠してきた。それを見抜かれている気がしたのだ。
「愛されたいと……思っています……」
アシュレイの白い手袋が、また僕の顔の前に差し出された。でもさっきのところで止まったと思ったら、突然アシュレイは机の上の物を、大きな腕で根こそぎ払い落とした。本や地図やメモが物凄い音を立てて床に散らばる。
その物音に身を縮めたその時、アシュレイが僕を掴み、机の上に組み伏せる。顎を机の天板にぶつけて、少し意識が遠のいた。
なにが起こったのかわからない。西日が眩しかった。だから体を起こそうと手をついたら、息ができないほど背中を押しつけられた。
乱暴に僕の服がめくりあげられる。後ろで布の擦れる音がして、僕の尻の間に熱く固いものが押し当てられた時、そういうことなのだと覚悟をした。
次の瞬間、尻を引き裂くように僕の中にそれが突っ込まれる。
「ぃああああああああああっ!」
あまりの痛みに目の前が真っ白になる。僕の小さな覚悟など無いも同然だった。内臓を引き裂きそれを鈍器で殴られているような痛みが体全体を駆け巡り、吐き気をも感じるほどだった。
「ああっ! ああっ! あああっ!」
声が勝手に飛び出すので僕は手を握り口に当てた。
アシュレイは僕の内臓を根こそぎ引き抜くかのように腰を引き、さらに叩き入れた。
「んんんああっ! ふっ、ふぅっ、うっ、んんっ」
あまりの痛みに意識が遠のく。震えが止まらず、自分の歯がガチガチ音を立てていた。
目の前が涙で霞む。でもこのまま意識を失えば2度と目を覚まさないのではないかと思えるほどの痛みだった。あと一突きされたら、意識を手放してしまうかもしれない。もしアシュレイにこうしてもらえたなら、どうしても言ってあげたかったことがあった。僕は薄れる意識の中でそれを振り絞る。
「アシュリー」
アシュレイが腰を引いてさらに奥を突いた。
望まれてなどいないのだ。激しい痛みが僕の押し付けがましい願望を打ち砕く。
僕が最後に見たのは鉄格子で区切られた夕日だった。
ルイスの声が聞こえた気がして、僕は意識を取り戻す。夕日が沈んでいることに驚いて体を起こそうと思ったら、腹の激痛で身がよじれ、そのまま机に突っ伏してしまった。
アシュレイは僕を打ち捨てて去った。
心に安寧をもたらしてくれる僕の夕日をも奪って、去ったのだ。
今日はアシュレイの処分が下されるという。僕の書簡は読んでもらえただろうか。僕の証言はアシュレイの助けになり得るのだろうか。
鉄格子で分割された夕日を眺める。空も湖面も橙に輝き、今日の灯火が消えようとしている。
日が暮れる前に机を整理しようと振り返った時、息を飲んだ。
夕日に照らされたアシュレイが、立っていたのだ。
「アシュレイ様……」
アシュレイは様子がおかしかった。不安そうな顔で近寄って僕の頬を撫でようとしたのか、手を上げたまま動かなくなる。
手袋をしたままだからだと思った。だから恐れ多くも、手袋を脱ぎ去って、僕の頬を撫でてくれないかと願った。
「武官に戻るよう処分が下された」
僕の顔の横でアシュレイがぎゅっと手を握り、腕を下ろす。心に冷たい風が通り抜けた。奇跡の器、そんな称号を賜るほど優れた武官だったのだ。父上の看病ができなくなるのが心配だったが、罰ではないと感じた。
「よかったです……」
「そうは思っていないはずだ」
「いいえ、アシュレイ様にはなんの非もございませんでした」
「では、なぜあんな書簡を送ったのだ」
僕はびっくりして、アシュレイを見上げた。アシュレイは息が浅く藍と緋の瞳が不安に揺れていた。
「アシュレイ様の……嫌疑を晴らせればと……」
「俺ができる償いはなんだ……お前の本当の望みはなんだ……」
僕はアシュレイのこの言葉に思い当たることがあった。昨日僕は彼が投獄されるのではないかと思っていた。だから最後にこの塔を管理する、今の文官でいられるよう記載したのだ。それをアシュレイは言っていた。
「アシュレイ様が……今のまま塔の管理を……でもそれは僕の勝手な……」
「なぜだ」
アシュレイは僕の余計な配慮を許さなかった。思えば自分の欲望がなければあんな一文を書き足さなかっただろう。真実を伝えるには不要な一文だった。彼は今、その真意を問うているのだ。
「アシュレイ様を……お慕いしております……」
不安に揺れていた瞳が閉じられた。固く閉じられた目の間に深い皺が寄る。息があがり苦痛に耐えているかのようだった。
「俺に……どうしてもらいたいのだ……」
アシュレイは本当におかしかった。イライラしているようにも思えた。それは一貫して僕の本望を問うているのに、それを隠しているからだと思い至る。僕はずっとこの本心を隠していた、昨日ルイスに告白するまでその卑しい望みを隠してきた。それを見抜かれている気がしたのだ。
「愛されたいと……思っています……」
アシュレイの白い手袋が、また僕の顔の前に差し出された。でもさっきのところで止まったと思ったら、突然アシュレイは机の上の物を、大きな腕で根こそぎ払い落とした。本や地図やメモが物凄い音を立てて床に散らばる。
その物音に身を縮めたその時、アシュレイが僕を掴み、机の上に組み伏せる。顎を机の天板にぶつけて、少し意識が遠のいた。
なにが起こったのかわからない。西日が眩しかった。だから体を起こそうと手をついたら、息ができないほど背中を押しつけられた。
乱暴に僕の服がめくりあげられる。後ろで布の擦れる音がして、僕の尻の間に熱く固いものが押し当てられた時、そういうことなのだと覚悟をした。
次の瞬間、尻を引き裂くように僕の中にそれが突っ込まれる。
「ぃああああああああああっ!」
あまりの痛みに目の前が真っ白になる。僕の小さな覚悟など無いも同然だった。内臓を引き裂きそれを鈍器で殴られているような痛みが体全体を駆け巡り、吐き気をも感じるほどだった。
「ああっ! ああっ! あああっ!」
声が勝手に飛び出すので僕は手を握り口に当てた。
アシュレイは僕の内臓を根こそぎ引き抜くかのように腰を引き、さらに叩き入れた。
「んんんああっ! ふっ、ふぅっ、うっ、んんっ」
あまりの痛みに意識が遠のく。震えが止まらず、自分の歯がガチガチ音を立てていた。
目の前が涙で霞む。でもこのまま意識を失えば2度と目を覚まさないのではないかと思えるほどの痛みだった。あと一突きされたら、意識を手放してしまうかもしれない。もしアシュレイにこうしてもらえたなら、どうしても言ってあげたかったことがあった。僕は薄れる意識の中でそれを振り絞る。
「アシュリー」
アシュレイが腰を引いてさらに奥を突いた。
望まれてなどいないのだ。激しい痛みが僕の押し付けがましい願望を打ち砕く。
僕が最後に見たのは鉄格子で区切られた夕日だった。
ルイスの声が聞こえた気がして、僕は意識を取り戻す。夕日が沈んでいることに驚いて体を起こそうと思ったら、腹の激痛で身がよじれ、そのまま机に突っ伏してしまった。
アシュレイは僕を打ち捨てて去った。
心に安寧をもたらしてくれる僕の夕日をも奪って、去ったのだ。
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