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1部 ヤギと奇跡の器
第7話 朝廷の赤絨毯(アシュレイ視点)
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ベルクマイヤ王国はその国土のほとんどは、手付かずの豊かな自然が残されていた。いつの世も世を統べる種族により環境は様変わりする。環境意識といえば聞こえはいいが、その主たる理由に魔人の使う魔法が関係していた。
魔人は生命体が司る魔力を利用しているのだ。
宮殿の中庭に隣接した回廊の端に鳥が仲睦まじく戯れあっている。全ての回廊に敷かれた赤い絨毯は足音を吸収して鳥たちも気がつかない。
ベルクマイヤ王国宮廷に隣接したこの広い宮殿は朝政を執り行うための施設で、主だった官吏は執務の報告のため週に何度か訪れる。
贅を尽くしたこの宮殿を見れば、魔人の繁栄を感じずにはいられない。
魔人は昔、その体躯や不気味さにより庸人に忌み嫌われる存在だった。よくわからない力を使い、時々火を放つ。その不気味さに力無き庸人は多勢をもって異端を排斥し、隣国から逃れた魔人が作った集落がこの国のルーツだった。
一昔前までの魔法というものは、個人の力量だった。個人の魔力だけを担保にできることといえばせいぜい戦に役立つことくらいで、四方隣接する国から侵略を阻止するには、相当の魔人兵が必要だ。
しかしこの魔力を科学分析をし、あまねくその恩恵を享受するようになってから世の風向きは変わった。今や魔力で生まれる動力で夜は火を灯さなくとも明るく、自らの魔力を使わなくとも料理ができる。
自分の持つ魔力だけではなく他の生命体の魔力を利用することで、この国の生活水準は上昇した。しかしその頃から魔人の間に庸人が生まれるようになったのだ。
魔人は国のルーツからも庸人を魔力搾取のためだけの家畜にしようと試みた。しかしそもそも庸人として生まれている時点で搾り取れる魔力などたかが知れている。
魔人も庸人も暮らすこの王国の土地は魔力消費で段々と痩せていった。魔人といえど腹は減る。農作物に影響が出始めた頃から、安定的な魔力供給源の研究が始まった。
それがあの塔のあらましだった。
この宮殿からも見える塔を見やる。塔はさほど高いわけではなかったが、宮中からはどの建物からでもその姿を見ることができる。
王に仕える七賢者。その頭脳の粋を集めた魔法科学で、たった1人の生贄で国の魔力を賄える装置を作り上げたのだ。百年前も今もその装置の全容を知るのは七賢者のみ。
じゃれあってた小鳥たちが飛び立つ。背後の足音を聞いて、振り返るまでもないと思った。
「久しぶりだな、ブラウアー兄弟」
「奇跡の器は、後ろに目でもついているのか?」
「お前たちは足音が独特なんだ。気配だけで鳥が逃げ出してしまったぞ」
振り向くと、ルイスの兄2人が嬉しそうに笑っていた。豪快な笑い声を響かせながら俺を抱き寄せたのはジルベスタ・ブラウアー。ブラウアー家の次男にあたるが、その体躯は兄弟随一で軍の中でもトップクラスだった。短髪のブロンドに浅黒い肌が碧い瞳を際立たせている。
「ジル、程々にしろ。アシュレイがいつも鬱陶しいといってるだろ」
ジルから俺を救出して、そのまま抱擁を交わすのがルーカス。ブラウアー家の長男で、体の線は細い印象だがそれなりに立っ端はある。ジルと同じくブロンド碧眼だが全体的に色が濃い印象で、それが輪郭を際立たせていた。ジルが無頓着な短髪なら、ルークは几帳面な短髪。同じ兄弟でも容姿や性格が火と水のように違う。
「ルーク、ジル。今日はどうしたんだ?」
「なーに、チキン上官の護衛だよ。貴族連中に舐められないように体のデカいの2人をチョイスしたんだ。ただのお飾りだよ」
ジルは面倒くさそうに吐き捨て、豪快にあくびをする。
「アシュレイ、父君の加減はどうだ?」
抱擁からなおるルークが、身をかがめ俺の顔を覗く。言葉を選ぶのに時間がかかったが、迷惑をかけている以上、包み隠さず述べるのが礼節だと感じ、端的に状況を吐露した。
「父は日に日に痩せて、予断を許さない状態だ……。すまないルーク、ジル。弟に塔の管理を任せきりで……」
「なにをいってるんだ! ルイスもお前の役に立てることを誇りに思っているんだぞ! そんな水臭いことを言うんじゃない!」
ジルが大声を張り上げる。その声を聴くと、苦楽を共にした出征の記憶が蘇る。
「ジルの言うことは本当だよ。ルイスはこうなる前はどこか仕事に疾しさを感じていたんだ。アシュレイのおかげで使命感が湧いて、前向きになった」
それは自分自身が抱く憤りや後ろ暗さも見透かされているようで、ルークの真っ直ぐな瞳を見つめ返すことができなかった。
「アシュレイ、弟に余計な気を使うんじゃない。共に戦った俺たちだって今回の任命は理不尽だと感じている」
豪腕で知られるジルはその実、誰よりも繊細だった。俺の胸中を案じ、似つかわしくない優しい声を出す。
「父君に孝行できるいい機会ではないか。アシュレイが感じていることも理解できるが、俺たちも、そしてルイスも、アシュレイに恩を返せるいい機会だと感じている」
戦線で上官が倒れた混乱の最中、俺が軍配を握り戦況を変えたことを、いつまでも兄弟に感謝されている。先に絶望的戦況を兵卒が王都にもたらしたため、ルイスは兄たちが戦死したと泣き腫らしたと聞く。
「しかしあれだな。最近ルイスは使命感を燃やしすぎて、なかなか家に帰ってこない」
ブラウアー兄弟は末っ子の庸人を溺愛している。
「すまない、生贄がなかなかに面倒がかかるようで……。一度様子を見に行ったきりでルイスに任せきりになっていた……」
塔の様子を見に行った日からもう一週間は過ぎていた。
「違うよ、アシュレイ」
ルークが悪戯に笑う。そしてジルが迫力のある顔で懇願した。
「お前の許可があれば塔に入れるのだろう?」
「家でルイスを愛するのもなかなか大変でね。どうだ、ウィンウィンだろ?」
目配せをするルークに、そういうことか、と納得する。裏表のない気持ちのいい奴等だ。この気持ちの良さに何度助けられたかわからない。
俺は笑って、決められた日時の訪問を承諾した。
魔人は生命体が司る魔力を利用しているのだ。
宮殿の中庭に隣接した回廊の端に鳥が仲睦まじく戯れあっている。全ての回廊に敷かれた赤い絨毯は足音を吸収して鳥たちも気がつかない。
ベルクマイヤ王国宮廷に隣接したこの広い宮殿は朝政を執り行うための施設で、主だった官吏は執務の報告のため週に何度か訪れる。
贅を尽くしたこの宮殿を見れば、魔人の繁栄を感じずにはいられない。
魔人は昔、その体躯や不気味さにより庸人に忌み嫌われる存在だった。よくわからない力を使い、時々火を放つ。その不気味さに力無き庸人は多勢をもって異端を排斥し、隣国から逃れた魔人が作った集落がこの国のルーツだった。
一昔前までの魔法というものは、個人の力量だった。個人の魔力だけを担保にできることといえばせいぜい戦に役立つことくらいで、四方隣接する国から侵略を阻止するには、相当の魔人兵が必要だ。
しかしこの魔力を科学分析をし、あまねくその恩恵を享受するようになってから世の風向きは変わった。今や魔力で生まれる動力で夜は火を灯さなくとも明るく、自らの魔力を使わなくとも料理ができる。
自分の持つ魔力だけではなく他の生命体の魔力を利用することで、この国の生活水準は上昇した。しかしその頃から魔人の間に庸人が生まれるようになったのだ。
魔人は国のルーツからも庸人を魔力搾取のためだけの家畜にしようと試みた。しかしそもそも庸人として生まれている時点で搾り取れる魔力などたかが知れている。
魔人も庸人も暮らすこの王国の土地は魔力消費で段々と痩せていった。魔人といえど腹は減る。農作物に影響が出始めた頃から、安定的な魔力供給源の研究が始まった。
それがあの塔のあらましだった。
この宮殿からも見える塔を見やる。塔はさほど高いわけではなかったが、宮中からはどの建物からでもその姿を見ることができる。
王に仕える七賢者。その頭脳の粋を集めた魔法科学で、たった1人の生贄で国の魔力を賄える装置を作り上げたのだ。百年前も今もその装置の全容を知るのは七賢者のみ。
じゃれあってた小鳥たちが飛び立つ。背後の足音を聞いて、振り返るまでもないと思った。
「久しぶりだな、ブラウアー兄弟」
「奇跡の器は、後ろに目でもついているのか?」
「お前たちは足音が独特なんだ。気配だけで鳥が逃げ出してしまったぞ」
振り向くと、ルイスの兄2人が嬉しそうに笑っていた。豪快な笑い声を響かせながら俺を抱き寄せたのはジルベスタ・ブラウアー。ブラウアー家の次男にあたるが、その体躯は兄弟随一で軍の中でもトップクラスだった。短髪のブロンドに浅黒い肌が碧い瞳を際立たせている。
「ジル、程々にしろ。アシュレイがいつも鬱陶しいといってるだろ」
ジルから俺を救出して、そのまま抱擁を交わすのがルーカス。ブラウアー家の長男で、体の線は細い印象だがそれなりに立っ端はある。ジルと同じくブロンド碧眼だが全体的に色が濃い印象で、それが輪郭を際立たせていた。ジルが無頓着な短髪なら、ルークは几帳面な短髪。同じ兄弟でも容姿や性格が火と水のように違う。
「ルーク、ジル。今日はどうしたんだ?」
「なーに、チキン上官の護衛だよ。貴族連中に舐められないように体のデカいの2人をチョイスしたんだ。ただのお飾りだよ」
ジルは面倒くさそうに吐き捨て、豪快にあくびをする。
「アシュレイ、父君の加減はどうだ?」
抱擁からなおるルークが、身をかがめ俺の顔を覗く。言葉を選ぶのに時間がかかったが、迷惑をかけている以上、包み隠さず述べるのが礼節だと感じ、端的に状況を吐露した。
「父は日に日に痩せて、予断を許さない状態だ……。すまないルーク、ジル。弟に塔の管理を任せきりで……」
「なにをいってるんだ! ルイスもお前の役に立てることを誇りに思っているんだぞ! そんな水臭いことを言うんじゃない!」
ジルが大声を張り上げる。その声を聴くと、苦楽を共にした出征の記憶が蘇る。
「ジルの言うことは本当だよ。ルイスはこうなる前はどこか仕事に疾しさを感じていたんだ。アシュレイのおかげで使命感が湧いて、前向きになった」
それは自分自身が抱く憤りや後ろ暗さも見透かされているようで、ルークの真っ直ぐな瞳を見つめ返すことができなかった。
「アシュレイ、弟に余計な気を使うんじゃない。共に戦った俺たちだって今回の任命は理不尽だと感じている」
豪腕で知られるジルはその実、誰よりも繊細だった。俺の胸中を案じ、似つかわしくない優しい声を出す。
「父君に孝行できるいい機会ではないか。アシュレイが感じていることも理解できるが、俺たちも、そしてルイスも、アシュレイに恩を返せるいい機会だと感じている」
戦線で上官が倒れた混乱の最中、俺が軍配を握り戦況を変えたことを、いつまでも兄弟に感謝されている。先に絶望的戦況を兵卒が王都にもたらしたため、ルイスは兄たちが戦死したと泣き腫らしたと聞く。
「しかしあれだな。最近ルイスは使命感を燃やしすぎて、なかなか家に帰ってこない」
ブラウアー兄弟は末っ子の庸人を溺愛している。
「すまない、生贄がなかなかに面倒がかかるようで……。一度様子を見に行ったきりでルイスに任せきりになっていた……」
塔の様子を見に行った日からもう一週間は過ぎていた。
「違うよ、アシュレイ」
ルークが悪戯に笑う。そしてジルが迫力のある顔で懇願した。
「お前の許可があれば塔に入れるのだろう?」
「家でルイスを愛するのもなかなか大変でね。どうだ、ウィンウィンだろ?」
目配せをするルークに、そういうことか、と納得する。裏表のない気持ちのいい奴等だ。この気持ちの良さに何度助けられたかわからない。
俺は笑って、決められた日時の訪問を承諾した。
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