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1部 ヤギと奇跡の器
第4話 パンを分け合う
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次の朝、自分でやると言っているのに、これが仕事だときかないルイスがベッドを整えていた。
「ノア、これは一体なんだい?」
ベッドと石造りの壁の隙間に隠しておいたものがルイスに見つかってしまい、恥ずかしさで頭のてっぺんまで熱くなった。布で包んでいたそれを手に取るとルイスの目が丸くなる。
「パン……? ノア、言ってくれればいつでもパンくらい出すよ。昨日の夕食は少なかったかい? これをどうするつもりだったの?」
答えられずにいる僕の代弁者のように、ルイスが矢継ぎ早に質問をする。しかしどれも正解ではなかった。これは僕の習慣だ。
年々増える孤児に対し、施設は困窮を極めていた。孤児の食事は日ごとに制限され、年少から順に飢餓にさらされていく。だから、かつてアシュリーがしてくれたように、自分の食べる分をこっそりしまって、食事の後におなかを空かせたこどもに分け与えていた。言い争いでは済まないほどに皆飢えていたから、隠しておかないと大変なことになったのだ。
「後で……食べようと思ったんです……」
不可解と顔に書いたルイスが僕を見たとき、窓の隙間に一羽の鳥が羽を休めに止まった。僕の視線を追うようにルイスが窓を見ると、すぐさま鳥が飛び立つ。
「あ、ごめん……そういうことか……お友達びっくりさせちゃったね」
それも違うのだと言い改めようとした時に疑問が口をついて溢れ出た。
「なぜ窓に鉄格子があるのですか?」
ルイスは窓を見たまま動かなくなった。
「ノア、今から言うことを真剣に聞いてくれる?」
ルイス自身が真剣な顔をして振り向いたから、僕は背筋を伸ばして頷いた。
「見て見ぬふりをしているだけで皆、孤独なんだ。でもここで暮らすとそれが浮き彫りになって、君の精神を蝕むだろう。だから必ず朝に起き、日を浴びて、僕との会話や読書を楽しんで」
ルイスがいうことはとても当たり前のことで、なぜそれを改まって言うのか理解が及ばなかった。鉄格子が嵌められるほどの孤独がここにあるということはなんとなくはわかったが、なにをそんなに真剣に言う必要があるのかがわからなかったのだ。
この塔に招かれた時に、行動規制については説明を受けていた。この階下にはルイスやアシュレイの宿直室があり、塔内は自由に歩き回れるが外には出られない。しかしルイスがいるのであれば孤独など感じずにいられるだろうと考えていた。
「ルイスがいない日もあるのですか?」
考え当たることはそれくらいしかなかった。
「必ず僕か、僕が休暇の時にはアシュレイがいる……」
変なところでいい淀み、ルイスはしばらく思案していた。
「魔人になることが人生を豊かにする条件ではない。命あってこそだ。もし、万が一、孤独を感じたならば、必ず僕に言ってくれる?」
ルイスの気迫に圧倒され、僕はコクコクと頷く。
「絶対にだよ。僕とノアは友達なんだから」
思いがけない言葉にさっきとは違う熱が胸から溢れ顔が自然と綻ぶ。ルイスがまた目を丸くしたから、慌てふためいた。そうしたらルイスが吹き出して僕に抱きつく。
「ルイス、これからもよろしくお願いします」
「ほら、そういうお固い言葉はやめて」
ギュッと抱き寄せてくれるルイスの体温に、僕の体も熱くなった。
「今日は体調が良さそうだから、まだ日は高いけど一人で挑戦してみる?」
きっと、昨日の今日で務めを催促するのが心苦しいのだろう。気まずい顔をするルイスを見ていられなくて、はいと頷いた。
「じゃあこれ。お友達にもよろしくね」
そう言って、布に包まったパンを返してくれた。ルイスは勘違いしたままだったから、それも説明したいと思った。
「終わったらまたおしゃべりしてくれる?」
「もちろんだよ。ノアともっともっとお話ししたい」
ルイスはもう一度抱きついて、背中を2度さすった後、部屋を後にした。
扉が閉まったら、持っていたパンが所在なげに思えて、もう一度窓を見た。アシュリーの笑顔を思い出す。何歳年上だったかなど幼い自分にはよくわからなかったが、他の子とは比べものにならないほど体の大きかったアシュリー。その体つきで喧嘩の仲裁を買って出て、他の子の面倒をよく見てくれた。
彼は自分の空腹を我慢して僕達にパンを与えてくれた。
「幼い頃の方が空腹に堪えが効かないし、体が弱くなってしまうからいいんだ。俺は十分に大きいしな」
僕も何度もパンをもらった。そのパンがどんなに美味しかったことか。そして彼が孤児院を去った後、自分が与える側になってみれば、与えることにどれだけの忍耐が必要かを実感することができた。アシュリーは優しく強い子だった。
アシュリーはアシュレイとも読める。身動きが取れなくても意識はハッキリしていた。赤眼と碧眼のオッドアイ。それを隠すために片側を伸ばしているのだろう漆黒の髪。アシュレイは間違いなくアシュリーだった。でも彼は魔人だという。
それに、あの冷酷な目。
僕は自分の思考を振り払うように、首を振って窓に歩き出す。もう鳥は来てくれないだろうか、そう思って鉄格子に顔を寄せた。
「もう、降参か? それとも俺にパンを恵んでくれるのか?」
「ノア、これは一体なんだい?」
ベッドと石造りの壁の隙間に隠しておいたものがルイスに見つかってしまい、恥ずかしさで頭のてっぺんまで熱くなった。布で包んでいたそれを手に取るとルイスの目が丸くなる。
「パン……? ノア、言ってくれればいつでもパンくらい出すよ。昨日の夕食は少なかったかい? これをどうするつもりだったの?」
答えられずにいる僕の代弁者のように、ルイスが矢継ぎ早に質問をする。しかしどれも正解ではなかった。これは僕の習慣だ。
年々増える孤児に対し、施設は困窮を極めていた。孤児の食事は日ごとに制限され、年少から順に飢餓にさらされていく。だから、かつてアシュリーがしてくれたように、自分の食べる分をこっそりしまって、食事の後におなかを空かせたこどもに分け与えていた。言い争いでは済まないほどに皆飢えていたから、隠しておかないと大変なことになったのだ。
「後で……食べようと思ったんです……」
不可解と顔に書いたルイスが僕を見たとき、窓の隙間に一羽の鳥が羽を休めに止まった。僕の視線を追うようにルイスが窓を見ると、すぐさま鳥が飛び立つ。
「あ、ごめん……そういうことか……お友達びっくりさせちゃったね」
それも違うのだと言い改めようとした時に疑問が口をついて溢れ出た。
「なぜ窓に鉄格子があるのですか?」
ルイスは窓を見たまま動かなくなった。
「ノア、今から言うことを真剣に聞いてくれる?」
ルイス自身が真剣な顔をして振り向いたから、僕は背筋を伸ばして頷いた。
「見て見ぬふりをしているだけで皆、孤独なんだ。でもここで暮らすとそれが浮き彫りになって、君の精神を蝕むだろう。だから必ず朝に起き、日を浴びて、僕との会話や読書を楽しんで」
ルイスがいうことはとても当たり前のことで、なぜそれを改まって言うのか理解が及ばなかった。鉄格子が嵌められるほどの孤独がここにあるということはなんとなくはわかったが、なにをそんなに真剣に言う必要があるのかがわからなかったのだ。
この塔に招かれた時に、行動規制については説明を受けていた。この階下にはルイスやアシュレイの宿直室があり、塔内は自由に歩き回れるが外には出られない。しかしルイスがいるのであれば孤独など感じずにいられるだろうと考えていた。
「ルイスがいない日もあるのですか?」
考え当たることはそれくらいしかなかった。
「必ず僕か、僕が休暇の時にはアシュレイがいる……」
変なところでいい淀み、ルイスはしばらく思案していた。
「魔人になることが人生を豊かにする条件ではない。命あってこそだ。もし、万が一、孤独を感じたならば、必ず僕に言ってくれる?」
ルイスの気迫に圧倒され、僕はコクコクと頷く。
「絶対にだよ。僕とノアは友達なんだから」
思いがけない言葉にさっきとは違う熱が胸から溢れ顔が自然と綻ぶ。ルイスがまた目を丸くしたから、慌てふためいた。そうしたらルイスが吹き出して僕に抱きつく。
「ルイス、これからもよろしくお願いします」
「ほら、そういうお固い言葉はやめて」
ギュッと抱き寄せてくれるルイスの体温に、僕の体も熱くなった。
「今日は体調が良さそうだから、まだ日は高いけど一人で挑戦してみる?」
きっと、昨日の今日で務めを催促するのが心苦しいのだろう。気まずい顔をするルイスを見ていられなくて、はいと頷いた。
「じゃあこれ。お友達にもよろしくね」
そう言って、布に包まったパンを返してくれた。ルイスは勘違いしたままだったから、それも説明したいと思った。
「終わったらまたおしゃべりしてくれる?」
「もちろんだよ。ノアともっともっとお話ししたい」
ルイスはもう一度抱きついて、背中を2度さすった後、部屋を後にした。
扉が閉まったら、持っていたパンが所在なげに思えて、もう一度窓を見た。アシュリーの笑顔を思い出す。何歳年上だったかなど幼い自分にはよくわからなかったが、他の子とは比べものにならないほど体の大きかったアシュリー。その体つきで喧嘩の仲裁を買って出て、他の子の面倒をよく見てくれた。
彼は自分の空腹を我慢して僕達にパンを与えてくれた。
「幼い頃の方が空腹に堪えが効かないし、体が弱くなってしまうからいいんだ。俺は十分に大きいしな」
僕も何度もパンをもらった。そのパンがどんなに美味しかったことか。そして彼が孤児院を去った後、自分が与える側になってみれば、与えることにどれだけの忍耐が必要かを実感することができた。アシュリーは優しく強い子だった。
アシュリーはアシュレイとも読める。身動きが取れなくても意識はハッキリしていた。赤眼と碧眼のオッドアイ。それを隠すために片側を伸ばしているのだろう漆黒の髪。アシュレイは間違いなくアシュリーだった。でも彼は魔人だという。
それに、あの冷酷な目。
僕は自分の思考を振り払うように、首を振って窓に歩き出す。もう鳥は来てくれないだろうか、そう思って鉄格子に顔を寄せた。
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