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第33話 義父の大きな嘘
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ダグラスが僕を離してくれたから、二人でベッドに近寄る。そして昨日から掛けたままの布をめくった時、ダグラスが息をのんだのがわかった。
デールは干すために魔糸を解いてあったけど、そのままだと本当にバラバラになってしまいそうだったから、頭は頭の位置に、胴や手足もそれぞれの位置に置いていた。
デールは何日日向ぼっこをしても、黒くなった場所は元に戻らなかった。おまけに顔にはキノコが生えてしまっていて、せっかくの色男が台無しだった。
「僕の不注意で……デールがおかしくなっちゃって……何度も一緒に日向ぼっこをしたんだけど……」
言い訳を並べているようで情けなくなり、僕は掴んだ布をギュッと握った。
「でも、昨日……デールをこのままここに閉じ込めたままではいけないって……だから、約束したんです。今日デールを森に帰すって……」
「リリィ……デールは……本当に人形だったのか……? ではなぜ、あの日おめかしをして出かけようとしたのだ?」
ずっと、喉につかえて言えなかった言葉が迫り上がる。
「ダグラスに……会いたかった……。僕が女だったら……す、好きになってもらえるかと……」
ダグラスは目を見開いて、震える手を僕の頬に添えた。
「な、なぜ? あの日に限って?」
僕はダグラスが疑問に思っていることが、よくわからなかった。だから、恥ずかしいけど、自分の失敗を吐き出した。
「ダグラスが、一緒にスープを拾ってくれた日……い、家には、上がってくれなかったから……」
「リリィはなぜ、スープを拾った日、家にあがってほしいと思ったのだ?」
ダグラスの疑問はもっともだった。ダグラスは僕と初めて出会った時は死んでいたのだ。だから僕の大きな罪を告白しなければならない。
「まだ戦争をしていた時……ダグラスがここに運ばれてきました……僕はその時、禁忌を破ってしまって……ダグラスが生きてるって信じてて、だから……」
うまく説明できなかった。そして、禁忌を破ったことを包み隠さず吐き出すことはできなかった。それは本当に恥ずべき行為だと、自分でもよく理解していた。死んで自由の効かない遺体に、僕は暴力を振るったのと同じだ。
「覚えているのか……? リリィ、俺を覚えていたのか……?」
僕はいよいよダグラスと話が噛み合わなくなって、履き物の両端を握った。
「リリィ……謝るのは俺の方だ……禁忌を破ったのは俺の方だ」
僕は顔をあげてダグラスの美しい翠眼を見る。ダグラスの言っていることはよくわからないけど、またあの困った顔で笑っていたから胸がギューッとなってつらかった。
「リリィ、デールを森に返しに行こう。デールと二人っきりで行くのは危ないから、俺も一緒に行って構わないか?」
僕はキラキラ光るくすぐったい感情を堪えながら、うんうんと頷くことしかできなかった。
ダグラスがスープの具材を拾ってくれた時、僕が大切にするものを笑ったりしない人なんだと思った。そして今、バラバラになったデールを2人で運び出そうとするその手つきで、同じことを思った。
ダグラスは自分の被っていた黒いストールで、まるで人にするようにデールを包んでくれた。それを見ていた僕と目が合うなり、彼は少し照れた表情で俯いた。
「なにから話したらいいかな……でもまずは、デールのことを疑ってすまなかった。最近リリィの元気がなかったのは、デールが黒くなってしまったせいか?」
「は、はい」
ダグラスはデールを抱いて立ち上がる。だから僕は先に扉をあけて森への道案内をした。
夜は寒いが昼はとても暖かい。僕が時々振り返ると、大きなダグラスが青い空と緑の草原の真ん中を歩いている。そして目が合うたびに、彼はポツリポツリと話をしてくれた。
「停戦間際の三年前、俺は戦争で負傷し、そして一度死亡した。最後の風景は、この前リリィと行った村のもっと先だ。でも次に目覚めた時に見たのは、リリィの綺麗な瞳だった」
僕は前を向いて歩いていたが、びっくりして振り返る。
「ダグラスも……ダグラスもあの時見えていたの!?」
遺体は時々目が開いたりすることはあった。僕はそれでもダグラスは生きていると信じていたが、まさか覚えていてくれたなんて思いもしなかった。
「見えていたさ。それが忘れられなくて、何度か神殿に足を運んだんだ」
「え……?」
「柔らかい感触の後に美しい瞳を見たんだ。俺はリリィが天使だと思って、もう死んだのだと思ったくらいだ。でも実際はリリィに命を救われた」
「そ、そんな……封印師にはそんな力は……」
「何度目かの訪問で同じことをリリィの父上に言われたよ。それは偶然だからもう二度と訪ねてくるな、と。俺はリリィが生き返らせてくれたに違いないと信じていた。でもそれはリリィにもう一度、会いたかった口実なのかもしれないな……」
ダグラスの衝撃的な告白に、今度は後ろを振り向けなくなった。僕のことを覚えてくれていただけでも胸が張り裂けそうなのに、そんな風に思ってくれていたなんて。
「父上は何度訪れても決してリリィに会わせてくれなかった。そして最後に言われた。リリィが禁忌を破ったのだと」
さっきまで浮ついていた心に、太い釘を刺された。僕が立ち止まったから、すぐ後ろまでダグラスの気配が迫ってきたのを感じる。
「なぜ魔糸で口を縛って封印するのか、それを父上は教えてくれた。それは封印師の魂を持っていかれないようにするためだと」
確かにダグラスの言う通りだった。儀式で死者の魂を封印する時、術者の魂を道連れにされないために魔糸で縛る。
「不慮の事故で魂が共鳴しているだけだと。リリィも俺も。効力が切れるまで三年。それでも会いたければ真実の愛だが、それまでは決して会いにくるなと」
「僕は……!」
ダグラスに振り返ると、言葉が続けられなかった。確かに僕は自分の欲望に任せて禁忌を破った。でもダグラスは違う。 僕の勝手な欲望で彼を縛り付けていたとすれば。そう思うと言葉を続けられなかった。
禁忌を破った時の作用など初めて知った。禁忌とは破られない前提で作られており、相手が生き返った場合など異例すぎて、そんなこと教わりたいとすら思ったことがなかったのだ。
「昨日が三年目だ」
僕は、昨日の出来事を思い出し、絶望の中ダグラスを見つめた。
「父上は嘘をついていたのだ」
「嘘……?」
デールは干すために魔糸を解いてあったけど、そのままだと本当にバラバラになってしまいそうだったから、頭は頭の位置に、胴や手足もそれぞれの位置に置いていた。
デールは何日日向ぼっこをしても、黒くなった場所は元に戻らなかった。おまけに顔にはキノコが生えてしまっていて、せっかくの色男が台無しだった。
「僕の不注意で……デールがおかしくなっちゃって……何度も一緒に日向ぼっこをしたんだけど……」
言い訳を並べているようで情けなくなり、僕は掴んだ布をギュッと握った。
「でも、昨日……デールをこのままここに閉じ込めたままではいけないって……だから、約束したんです。今日デールを森に帰すって……」
「リリィ……デールは……本当に人形だったのか……? ではなぜ、あの日おめかしをして出かけようとしたのだ?」
ずっと、喉につかえて言えなかった言葉が迫り上がる。
「ダグラスに……会いたかった……。僕が女だったら……す、好きになってもらえるかと……」
ダグラスは目を見開いて、震える手を僕の頬に添えた。
「な、なぜ? あの日に限って?」
僕はダグラスが疑問に思っていることが、よくわからなかった。だから、恥ずかしいけど、自分の失敗を吐き出した。
「ダグラスが、一緒にスープを拾ってくれた日……い、家には、上がってくれなかったから……」
「リリィはなぜ、スープを拾った日、家にあがってほしいと思ったのだ?」
ダグラスの疑問はもっともだった。ダグラスは僕と初めて出会った時は死んでいたのだ。だから僕の大きな罪を告白しなければならない。
「まだ戦争をしていた時……ダグラスがここに運ばれてきました……僕はその時、禁忌を破ってしまって……ダグラスが生きてるって信じてて、だから……」
うまく説明できなかった。そして、禁忌を破ったことを包み隠さず吐き出すことはできなかった。それは本当に恥ずべき行為だと、自分でもよく理解していた。死んで自由の効かない遺体に、僕は暴力を振るったのと同じだ。
「覚えているのか……? リリィ、俺を覚えていたのか……?」
僕はいよいよダグラスと話が噛み合わなくなって、履き物の両端を握った。
「リリィ……謝るのは俺の方だ……禁忌を破ったのは俺の方だ」
僕は顔をあげてダグラスの美しい翠眼を見る。ダグラスの言っていることはよくわからないけど、またあの困った顔で笑っていたから胸がギューッとなってつらかった。
「リリィ、デールを森に返しに行こう。デールと二人っきりで行くのは危ないから、俺も一緒に行って構わないか?」
僕はキラキラ光るくすぐったい感情を堪えながら、うんうんと頷くことしかできなかった。
ダグラスがスープの具材を拾ってくれた時、僕が大切にするものを笑ったりしない人なんだと思った。そして今、バラバラになったデールを2人で運び出そうとするその手つきで、同じことを思った。
ダグラスは自分の被っていた黒いストールで、まるで人にするようにデールを包んでくれた。それを見ていた僕と目が合うなり、彼は少し照れた表情で俯いた。
「なにから話したらいいかな……でもまずは、デールのことを疑ってすまなかった。最近リリィの元気がなかったのは、デールが黒くなってしまったせいか?」
「は、はい」
ダグラスはデールを抱いて立ち上がる。だから僕は先に扉をあけて森への道案内をした。
夜は寒いが昼はとても暖かい。僕が時々振り返ると、大きなダグラスが青い空と緑の草原の真ん中を歩いている。そして目が合うたびに、彼はポツリポツリと話をしてくれた。
「停戦間際の三年前、俺は戦争で負傷し、そして一度死亡した。最後の風景は、この前リリィと行った村のもっと先だ。でも次に目覚めた時に見たのは、リリィの綺麗な瞳だった」
僕は前を向いて歩いていたが、びっくりして振り返る。
「ダグラスも……ダグラスもあの時見えていたの!?」
遺体は時々目が開いたりすることはあった。僕はそれでもダグラスは生きていると信じていたが、まさか覚えていてくれたなんて思いもしなかった。
「見えていたさ。それが忘れられなくて、何度か神殿に足を運んだんだ」
「え……?」
「柔らかい感触の後に美しい瞳を見たんだ。俺はリリィが天使だと思って、もう死んだのだと思ったくらいだ。でも実際はリリィに命を救われた」
「そ、そんな……封印師にはそんな力は……」
「何度目かの訪問で同じことをリリィの父上に言われたよ。それは偶然だからもう二度と訪ねてくるな、と。俺はリリィが生き返らせてくれたに違いないと信じていた。でもそれはリリィにもう一度、会いたかった口実なのかもしれないな……」
ダグラスの衝撃的な告白に、今度は後ろを振り向けなくなった。僕のことを覚えてくれていただけでも胸が張り裂けそうなのに、そんな風に思ってくれていたなんて。
「父上は何度訪れても決してリリィに会わせてくれなかった。そして最後に言われた。リリィが禁忌を破ったのだと」
さっきまで浮ついていた心に、太い釘を刺された。僕が立ち止まったから、すぐ後ろまでダグラスの気配が迫ってきたのを感じる。
「なぜ魔糸で口を縛って封印するのか、それを父上は教えてくれた。それは封印師の魂を持っていかれないようにするためだと」
確かにダグラスの言う通りだった。儀式で死者の魂を封印する時、術者の魂を道連れにされないために魔糸で縛る。
「不慮の事故で魂が共鳴しているだけだと。リリィも俺も。効力が切れるまで三年。それでも会いたければ真実の愛だが、それまでは決して会いにくるなと」
「僕は……!」
ダグラスに振り返ると、言葉が続けられなかった。確かに僕は自分の欲望に任せて禁忌を破った。でもダグラスは違う。 僕の勝手な欲望で彼を縛り付けていたとすれば。そう思うと言葉を続けられなかった。
禁忌を破った時の作用など初めて知った。禁忌とは破られない前提で作られており、相手が生き返った場合など異例すぎて、そんなこと教わりたいとすら思ったことがなかったのだ。
「昨日が三年目だ」
僕は、昨日の出来事を思い出し、絶望の中ダグラスを見つめた。
「父上は嘘をついていたのだ」
「嘘……?」
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