口なしの封緘

大田ネクロマンサー

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第2話 恐れる者たち

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生きているか死んでいるか、という境界はとても曖昧だ。でも生きている者は死を恐れ、死んでいる者はなにも恐れない。

春の陽気は少しの冷気を携え、花の匂いに温度を与える。外は快晴、風も爽やかなのに、悔やみ別れる家族の涙のせいか、神殿内の湿度は高い。

白を基調とした石造りの建屋に、今日も黒に身を包む五人ほどの遺族たちはハンカチを目に当て、僕と目が合うなり視線を泳がせる。

「この度はお悔やみ申し上げます。こちらが封印師のリディアです。私は国から派遣された仲介役、モリー=ボーガンと申します。封印師は儀式の際口を結いますので、私めが封印の儀の進行をさせていただきます」

陰鬱な神殿の雰囲気とは裏腹に、やけにカラッとした声色でモリーは儀式の進行を進める。それに眉をひそめた黒づくめの夫人の視線を感じてか、早口で残りの説明を済ませる。

「ご安心ください。先の大戦で我が国の男性は死後、魔物になってしまう百年の呪いを受けました。しかし魂は封印されることで決して魔物にはなりません。ここで儀式を終えた者は一度たりとも墓を出ておりません」

モリーの言葉を遮り、夫人のしゃくりあげる音が辺りに響き渡る。

「魔物でも……もう一度あの人に会いたい……なぜ……なぜ、魂を封印など……封印された魂はどうなるのです!?」

まだ若い夫人だった。きっと人の死に立ち会うのは初めてなのだろう。夫人の口を覆う布が、荒々しく揺れる。その激しさに、隣の年寄りが慌てて口布を抑えた。

この国の女性は人前で口を見せないという風習がある。婚姻前の娘はもちろん、婚姻後も基本的には伴侶にしか口を見せない。それだけ女性の口は神聖なものなのだ。

「呪いが解ければこの国の魂も解放されます。それまでの辛抱です……」

さっきとは打って変わって、粘度の高いモリーの声に、僕は表情を変えないように口をキュッと結ぶ。その時、オデコに衝撃が走った。

「魔物も封印できない封印師が! お前に私たち国民の痛みなどわかるまい! 人の不幸を商売にして! 女々しく口を隠し、どうせ布の中で嘲笑っているのだろう!」

夫人の怒声が止まぬうちに、カァッとオデコが熱くなる。足元を見ると拳より一回り小さな石が転がっていた。ジンジンと痺れるのに、頬を伝う血が、口布を染めていくのがわかる。

モリーが僕の腕を肘で小突いて、はじめろ、と短く言う。だから僕は口布を取り払い、前合わせから魔糸を取り出した。僕の口布を取った時、黒づくめの人々は小さな悲鳴をあげる。

上唇に二つ、下唇に三つあいた小さな穴に、下上下上下と糸を通していく。わざわざ人前でこの工程を見せるのは、儀式に不備はないと遺族を安心させるためだ、と先代の義父は言っていた。しかし紅く鈍く光る魔糸で口を縫う時、毎回悲鳴があがる。

「それでは、これより儀式をはじめます。ここから先は封印師と故人しか入れません。魂とのお別れを今一度……」

モリーは先に奥の部屋に入っていろと、乱暴に僕の肩を押した。

僕はひとり、神殿奥に追いやられ扉を閉められた。最後のひとときくらい、煩わしいものを見たくないのだ。

扉にもたれかかった時、目の端が紅くなった気がした。僕はいつものように前合わせからハンカチを取り出して鮮血を拭う。

先代は言っていた。人は恐怖で盲目になり、防衛で他者を攻撃する。本来死に至った本人こそが一番の恐怖を味わうが、死者はなにも恐れない。生きている傍観者こそが攻撃的になる、と。

──本当にその通りだ。

先の大戦は八十五年前。この神殿の専属封印師は僕で五代目となる。呪いが明けるまであと十五年。僕は今十八歳だから、計算的には封印師は僕で最後だ。

──あと十五年。

「リディア、ぼやぼやしてないで、さっさと死体を運べ!」

さっき術部屋に追いやった張本人が扉の外で喚き散らしている。この国は色々なしきたりがあって難しい。僕は急いでさっきの部屋に戻った。
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