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本編
第27話 本当の犠牲者
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その施設は表向き遺伝子治療研究所として運営される巨大施設で、俺の家から考えても随分遠い山奥にあった。事の発端はかつて飼っていたペットだと名乗る不審な男性の不法侵入の通報だった。数件だったならば、せいぜい精神科病棟からの脱走者だとかで闇に葬り去られていただろう。しかしある日を境に同じような通報が相次ぎ、公安調査庁が立ち上がった。これは同時期に通報が重なったという理由だけではない。保護された自称ペットたちは皆同じ特徴を持っていたのだ。白髪、そして衰弱。
俺はラジオのニュースがまどろっこしく感じ、スマホで調べはじめる。ネットも騒然となっていた。遺伝、細胞、キメラ。少子化、バース性、そして被験者のオメガ、研究者のアルファたち。残虐な言葉に紛れてバース性が入り乱れる。
被験者となったペットたちは、もともとオメガのバース性を持っていたこと。そして繁殖を目的とした研究が頓挫したこと。繁殖機能が備わらなかった被験者は殺処分が予定されていたこと。それに呵責を感じた研究所職員が被験者を逃がしたこと。
調べれば調べるほど残忍性が増していき、目を背けたくなるような記述ばかりだった。
『……細胞、遺伝学の実験を繰り返す過程は少なくとも10年以上と見られており、投薬や劣悪な居住環境によるストレスから白髪という特徴が挙げられます。被験者たちは妊娠出産を条件に飼い主の元へ帰れるという刷り込みがされているため、バース性を隠し、無防備な状態で研究所を出所しています。現在ホットラインが設立されていますので、特徴と一致する目撃、保護情報は次の番号まで……』
「新名……さん……!」
『繰り返しお伝えいたします。特徴は白髪、灰色がかった虹彩、バース性はオメガのためヒート中の被験者は特徴的な匂いを……』
「新名さん!」
宮間さんは助手席から身を乗り出していたが、それに答える余裕もなかった。俺はスマホのアルバムからクロの特徴を確認する。
──え、え? は、ハルチカ、大好き!
うっかり再生してしまった動画からクロの声が飛び出す。消音にしてもう一度、動画を再生する。虹彩が灰色、それを確かめたかった。ブルブル震える指の誤操作でサムネイル一覧にしてしまう。そこにはもうひとつ動画があった。それは、後ろに立つ俺に手を握られ、スプーンの練習をしている動画だった。それでもいいと再生した時、この映像を撮ったきり見ていなかったことに気づく。
クロは不器用な手でスプーンを持つ。しかし、視線は食事に向いていなかった。俺の手を。俺の手だけを見つめていた。
クロは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだった。その顔が物語っていた。
──ハルチカ、大好き!
俺は頭を抱えて唸り声を上げる。そうでもしなければ発狂しそうだったのだ。
「麗子!」
「新名さん、どっかにつかまってな!」
桐生さんの声が歪むほど、突然横からの荷重が増す。車は悲鳴のような音をたてながら180度回転した。
「香織!」
桐生さんの掛け声から、突然宮間さんは意味不明なことを捲し立てはじめる。しかしこの光景には既視感があった。昨日、権藤さんからの連絡にテキパキ対処していた光景だ。
暗号のような宮間さんの絶叫と、ありえないスピード。尻の下から時々聞いたこともない音が鳴るたび、胃がキュッとなる。昨日の映画のような光景に納得した。
──こんな運転していたら、そりゃああなるわ!
寿命を縮めた代わりに、驚きの速さで見慣れた風景に帰ってきた。時空を越えたと思うほどだった。そして最後の交差点をありえない速度で侵入した時、桐生さんが叫んだ。
「クロ君は新名さんの運命の番だ!」
俺は急ブレーキの荷重に耐えながら叫ぶ。
「な、なんで──っ!」
アクセルを踏み込まれ、ふわっと浮いたと思ったら、ビターンとシートに打ち付けられる。
「まさかそんな理由で、クロ君がオメガだって気づかないなんてな!」
煙を上げて車が急停車する。
「新名さん! 今日は全休で! 予定確認しましたが全部、伏見さんに振り替えておきます!」
「無茶苦茶だよ!」
「無茶苦茶なのはこの世の中だ! はやくクロ君のところに行ってやれ!」
桐生さんに一喝され、俺は車を飛び出す。そして振り返りざま、お礼をしようと思ったら、車が急発進した。
「あとで連絡くださいっ!」
宮間さんの声がすでに遠くに聞こえる。なぜだかはすぐに理解できた。既視感のあるパトランプが唸りを上げて向かってきていたのだ。
俺はラジオのニュースがまどろっこしく感じ、スマホで調べはじめる。ネットも騒然となっていた。遺伝、細胞、キメラ。少子化、バース性、そして被験者のオメガ、研究者のアルファたち。残虐な言葉に紛れてバース性が入り乱れる。
被験者となったペットたちは、もともとオメガのバース性を持っていたこと。そして繁殖を目的とした研究が頓挫したこと。繁殖機能が備わらなかった被験者は殺処分が予定されていたこと。それに呵責を感じた研究所職員が被験者を逃がしたこと。
調べれば調べるほど残忍性が増していき、目を背けたくなるような記述ばかりだった。
『……細胞、遺伝学の実験を繰り返す過程は少なくとも10年以上と見られており、投薬や劣悪な居住環境によるストレスから白髪という特徴が挙げられます。被験者たちは妊娠出産を条件に飼い主の元へ帰れるという刷り込みがされているため、バース性を隠し、無防備な状態で研究所を出所しています。現在ホットラインが設立されていますので、特徴と一致する目撃、保護情報は次の番号まで……』
「新名……さん……!」
『繰り返しお伝えいたします。特徴は白髪、灰色がかった虹彩、バース性はオメガのためヒート中の被験者は特徴的な匂いを……』
「新名さん!」
宮間さんは助手席から身を乗り出していたが、それに答える余裕もなかった。俺はスマホのアルバムからクロの特徴を確認する。
──え、え? は、ハルチカ、大好き!
うっかり再生してしまった動画からクロの声が飛び出す。消音にしてもう一度、動画を再生する。虹彩が灰色、それを確かめたかった。ブルブル震える指の誤操作でサムネイル一覧にしてしまう。そこにはもうひとつ動画があった。それは、後ろに立つ俺に手を握られ、スプーンの練習をしている動画だった。それでもいいと再生した時、この映像を撮ったきり見ていなかったことに気づく。
クロは不器用な手でスプーンを持つ。しかし、視線は食事に向いていなかった。俺の手を。俺の手だけを見つめていた。
クロは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだった。その顔が物語っていた。
──ハルチカ、大好き!
俺は頭を抱えて唸り声を上げる。そうでもしなければ発狂しそうだったのだ。
「麗子!」
「新名さん、どっかにつかまってな!」
桐生さんの声が歪むほど、突然横からの荷重が増す。車は悲鳴のような音をたてながら180度回転した。
「香織!」
桐生さんの掛け声から、突然宮間さんは意味不明なことを捲し立てはじめる。しかしこの光景には既視感があった。昨日、権藤さんからの連絡にテキパキ対処していた光景だ。
暗号のような宮間さんの絶叫と、ありえないスピード。尻の下から時々聞いたこともない音が鳴るたび、胃がキュッとなる。昨日の映画のような光景に納得した。
──こんな運転していたら、そりゃああなるわ!
寿命を縮めた代わりに、驚きの速さで見慣れた風景に帰ってきた。時空を越えたと思うほどだった。そして最後の交差点をありえない速度で侵入した時、桐生さんが叫んだ。
「クロ君は新名さんの運命の番だ!」
俺は急ブレーキの荷重に耐えながら叫ぶ。
「な、なんで──っ!」
アクセルを踏み込まれ、ふわっと浮いたと思ったら、ビターンとシートに打ち付けられる。
「まさかそんな理由で、クロ君がオメガだって気づかないなんてな!」
煙を上げて車が急停車する。
「新名さん! 今日は全休で! 予定確認しましたが全部、伏見さんに振り替えておきます!」
「無茶苦茶だよ!」
「無茶苦茶なのはこの世の中だ! はやくクロ君のところに行ってやれ!」
桐生さんに一喝され、俺は車を飛び出す。そして振り返りざま、お礼をしようと思ったら、車が急発進した。
「あとで連絡くださいっ!」
宮間さんの声がすでに遠くに聞こえる。なぜだかはすぐに理解できた。既視感のあるパトランプが唸りを上げて向かってきていたのだ。
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