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本編
第9話 変な顔
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「クロ……怖かったか? もう大丈夫だから。警察に言うのは嫌か? なんか変なことをされたのか?」
クロは俺と目を合わせなかった。いよいよ心配になって、着衣に乱れがないか確認をしてしまう。冷静な目で評価すれば、体はやや筋肉質ではあるが、かわいい顔をしていた。
「クロ……警察に言うのが怖かったら、俺にだけでもなにがあったのか話してくれないか……?」
「もうしません」
唸り声の合間にクロが短く言う。その言葉で頭の中にポッと別の可能性が浮かび上がる。この時まで強盗が入った以外の可能性を思いつきもしなかった。クロにいつのまにかフサフサの耳が生えていて、それがピタッと後ろに寝ていた。改めて部屋中を見渡す。完膚なきまでに荒らされて、ついでに壁紙も一部剥がされていた。
「な……クロが……やったのか!?」
「もうしません」
「怒らないから……ちゃんと……なんで……」
「もうしません」
「怒ってない! クロ……どうして……電気の点け方がわからなかったのか? ご飯が足りなかったか!?」
クロは鼻をピスピス鳴らして尻尾を小刻みに揺らした。
「もう……ハルチカが……帰ってこないって思ったら……どうしたらいいか……わからなくて……」
予想外の回答に今度は俺が黙ってしまう。部屋の状況を見れば、クロがどれだけ混乱と困惑の中で、もがいていたのかはわかった。
「学校が楽しくて……もう帰ってこないのかと思いました……」
不自然に丁寧で、幼い言葉。クロはいたって真面目に言うも、申し訳ないのだが笑ってしまった。でも目を細めて歯茎を剥き出しにしているクロを見ていたら、急に昔のことを思い出した。
学校から帰ってくるとスクッと立ち上がり、ちぎれんばかりに尻尾を振るクロ。晴れの日も雨の日も、俺を待つだけの日々。あの頃のままの感覚で、こんな時間まで帰って来なかったら、俺に捨てられたとでも思うだろう。
「クロ、帰ってくるの遅くなってごめんな。寂しかったよな……。ほら、俺は怒ってないから。その顔はやめよう」
しかしクロはさらに歯を剥き出しにして、鼻にシワを寄せる。一見威嚇しているようなこの表情は、きっと許しを乞うものなのだろう。
なんの情報も与えられず、一人ぼっちで怯えていたのにもかかわらず、クロは俺を責めたりしなかった。それどころか、俺の許しを求めていまだ怯えているのだ。
「クロ……」
もう一度抱き寄せて、頭を何度も何度も撫でる。そうしたら甘えるように鼻を鳴らす音とともに懐かしい匂いがたちのぼり、俺の鼻の奥を刺激した。
しかしそんな感動は、クロの腹の悲鳴でぶち壊された。
「お腹すいたか? 片付けながら、ご飯用意しよう。なにが食べたい?」
「カンのやつ! あ……ネコのやつ!」
「ああ、缶のやつ買ってこなかった、じゃあネコのやつ作るから、一緒に片付けよう」
俺は立ち上がり、部屋をもう一度見渡す。そういえば炊飯器は廊下にあったな、と思い返していたら、クロがぬっと立ち上がり、手が伸びてきた。
「ハルチカ……」
「うん?」
「ごめんなさい……もうしません……」
クロはおずおずと腕を折りたたみ、俺の胸におさまる。込み上げる愛おしさの前では、クロが何者なのかなんて、どうでもいい問題になってしまった。
炊飯器で米を炊くあいだに、部屋を片付けながらクロに説明をする。俺は学校ではなく仕事に行っていること、仕事は学校と違い朝から晩まであること。そして最後に、明日は休みだから散歩でも行こうと付け加えると、クロは無意味に走り回り、さっき片付けたものを服に引っ掛け散乱させてしまった。
「クロ? おいで」
制御不能に陥ったクロを低い声で呼ぶ。クロはまた耳をパタリと後ろに寝かせて鼻をキュウキュウ鳴らす。
「明日楽しみだな。俺はネコのやつ作ってるから、クロはさっきみたいに片付けお願いしてもいいか?」
「はい!」
やけにビシッと直立になったあと、嬉しさが堪え切れないのかニコニコと笑いながら片付けをはじめた。不思議といつまでも見ていられる気がしたが、俺は決めていたことを遂行すべく冷蔵庫を開け放った。
いくら元犬とはいえ、今は人間。このまま炭水化物だけでは栄養が偏ってしまう。だから今日は出来るだけ野菜を入れたオジヤにしてやろうと考えていた。緑黄色野菜や豆類などバランスよく刻んで鍋に放り込んでいく。トントンと刻む音にクロは興味を持ったのか、俺の腰周りにまとわりついた。
「クロ……危ないからあっちにいってなさい」
「ハルチカ、ネコのやつ、作ってくれてるの?」
「そうだ。今日はスペシャルなネコのやつだ。クロがいい子で待ってたから、すごく美味しいの作ってやるぞ!」
「キャウンッ! キャンキャンッキャンキャンッ!」
「喜ぶのはまだはやいっ! クロがちゃんと片付けできたら、明日公園に連れていってやるぞ!」
「キャウッ! ゥォオオオンッ!」
クロは唸り声を上げながら大急ぎで片付けをはじめる。それを見て笑いながら、人生史上最高の栄養バランスを誇る雑炊を作り上げた。
クロは俺と目を合わせなかった。いよいよ心配になって、着衣に乱れがないか確認をしてしまう。冷静な目で評価すれば、体はやや筋肉質ではあるが、かわいい顔をしていた。
「クロ……警察に言うのが怖かったら、俺にだけでもなにがあったのか話してくれないか……?」
「もうしません」
唸り声の合間にクロが短く言う。その言葉で頭の中にポッと別の可能性が浮かび上がる。この時まで強盗が入った以外の可能性を思いつきもしなかった。クロにいつのまにかフサフサの耳が生えていて、それがピタッと後ろに寝ていた。改めて部屋中を見渡す。完膚なきまでに荒らされて、ついでに壁紙も一部剥がされていた。
「な……クロが……やったのか!?」
「もうしません」
「怒らないから……ちゃんと……なんで……」
「もうしません」
「怒ってない! クロ……どうして……電気の点け方がわからなかったのか? ご飯が足りなかったか!?」
クロは鼻をピスピス鳴らして尻尾を小刻みに揺らした。
「もう……ハルチカが……帰ってこないって思ったら……どうしたらいいか……わからなくて……」
予想外の回答に今度は俺が黙ってしまう。部屋の状況を見れば、クロがどれだけ混乱と困惑の中で、もがいていたのかはわかった。
「学校が楽しくて……もう帰ってこないのかと思いました……」
不自然に丁寧で、幼い言葉。クロはいたって真面目に言うも、申し訳ないのだが笑ってしまった。でも目を細めて歯茎を剥き出しにしているクロを見ていたら、急に昔のことを思い出した。
学校から帰ってくるとスクッと立ち上がり、ちぎれんばかりに尻尾を振るクロ。晴れの日も雨の日も、俺を待つだけの日々。あの頃のままの感覚で、こんな時間まで帰って来なかったら、俺に捨てられたとでも思うだろう。
「クロ、帰ってくるの遅くなってごめんな。寂しかったよな……。ほら、俺は怒ってないから。その顔はやめよう」
しかしクロはさらに歯を剥き出しにして、鼻にシワを寄せる。一見威嚇しているようなこの表情は、きっと許しを乞うものなのだろう。
なんの情報も与えられず、一人ぼっちで怯えていたのにもかかわらず、クロは俺を責めたりしなかった。それどころか、俺の許しを求めていまだ怯えているのだ。
「クロ……」
もう一度抱き寄せて、頭を何度も何度も撫でる。そうしたら甘えるように鼻を鳴らす音とともに懐かしい匂いがたちのぼり、俺の鼻の奥を刺激した。
しかしそんな感動は、クロの腹の悲鳴でぶち壊された。
「お腹すいたか? 片付けながら、ご飯用意しよう。なにが食べたい?」
「カンのやつ! あ……ネコのやつ!」
「ああ、缶のやつ買ってこなかった、じゃあネコのやつ作るから、一緒に片付けよう」
俺は立ち上がり、部屋をもう一度見渡す。そういえば炊飯器は廊下にあったな、と思い返していたら、クロがぬっと立ち上がり、手が伸びてきた。
「ハルチカ……」
「うん?」
「ごめんなさい……もうしません……」
クロはおずおずと腕を折りたたみ、俺の胸におさまる。込み上げる愛おしさの前では、クロが何者なのかなんて、どうでもいい問題になってしまった。
炊飯器で米を炊くあいだに、部屋を片付けながらクロに説明をする。俺は学校ではなく仕事に行っていること、仕事は学校と違い朝から晩まであること。そして最後に、明日は休みだから散歩でも行こうと付け加えると、クロは無意味に走り回り、さっき片付けたものを服に引っ掛け散乱させてしまった。
「クロ? おいで」
制御不能に陥ったクロを低い声で呼ぶ。クロはまた耳をパタリと後ろに寝かせて鼻をキュウキュウ鳴らす。
「明日楽しみだな。俺はネコのやつ作ってるから、クロはさっきみたいに片付けお願いしてもいいか?」
「はい!」
やけにビシッと直立になったあと、嬉しさが堪え切れないのかニコニコと笑いながら片付けをはじめた。不思議といつまでも見ていられる気がしたが、俺は決めていたことを遂行すべく冷蔵庫を開け放った。
いくら元犬とはいえ、今は人間。このまま炭水化物だけでは栄養が偏ってしまう。だから今日は出来るだけ野菜を入れたオジヤにしてやろうと考えていた。緑黄色野菜や豆類などバランスよく刻んで鍋に放り込んでいく。トントンと刻む音にクロは興味を持ったのか、俺の腰周りにまとわりついた。
「クロ……危ないからあっちにいってなさい」
「ハルチカ、ネコのやつ、作ってくれてるの?」
「そうだ。今日はスペシャルなネコのやつだ。クロがいい子で待ってたから、すごく美味しいの作ってやるぞ!」
「キャウンッ! キャンキャンッキャンキャンッ!」
「喜ぶのはまだはやいっ! クロがちゃんと片付けできたら、明日公園に連れていってやるぞ!」
「キャウッ! ゥォオオオンッ!」
クロは唸り声を上げながら大急ぎで片付けをはじめる。それを見て笑いながら、人生史上最高の栄養バランスを誇る雑炊を作り上げた。
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