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第10話 意外に柔らかい
しおりを挟むあくる朝。私は自分の部屋をノックするという違和感と戦っていた。昨日は母の部屋に戻る前に、浴室の使い方や夜伽のしきたりなど教えた手前、自分の部屋だからと飄々と入室することは憚られた。しかしその違和感を打ち破りノックをしても、部屋から返事はない。
「ランダ、入っていいか?」
「陛下の部屋だ、勝手に入ってください」
これは夜伽は不発に終わったのだな、と安堵を抱いて入った先で、目を疑う。
「な……」
荒れ狂うベッドの上に、全裸のランダ。かろうじてブランケットで股間を隠していること以外、なにひとつとして「勝手に入っていい」光景ではなかった。
朝日を浴びて光る瑞々しい肌。弾けんばかりの肉体に、胸の奥がギュッと痛む。
昨日は伸び放題だった髭も、キレイさっぱりなくなっていた。それが女性への礼節と考えれば、昨日の拒絶の度合いもよく理解できる。
「昨晩は楽しめたようだな」
自分でも驚くほど声が震えてしまう。これ以上見つめていたら取り返しのつかないことになりそうだったから、視線を外して必要もない棚を漁りはじめた。
「陛下。少しいいですか?」
「あ、ああ。なんだ?」
気が動転して、宝飾品を落としてしまったぞ。私はどれだけ肝の小さい人間なのだ!
「こちらに来ていただきたい。今……俺がそっちに行くと……」
はいはいはい!
行きますよ! 局部を見たら失神するかもしれないからな。ご親切にどうも!
ドスドス歩み寄り、ベッドの端にドスンと座る。間近で見たらあらぬところが盛り上がるかもしれないからな。私が!
「一人目で気の合いそうな娘と出会えてよかったな。口布は取ってやったか?」
「いいえ。すんでのところで陛下と体つきが違うと言われて」
「明かりを消してもそんなことがわかるのか!?」
大魔道士でもそんな芸当を持ち合わせていないぞ!
動揺する私の背中に、フワリと感触があった。つま先からゾワゾワと緊張感が這い上がり、固まる体。そこから全身の血液が背中に集まったように感覚が研ぎ澄まされて、目眩を起こした。
「やっぱり目を閉じていたら、触ってもわかりませんね。陛下が触ってみてくれませんか?」
体を支えていた腕を引っ張られたおかげで、ゴロンとランダの膝に寝転がってしまった。圧倒的な肉体を見上げる格好となり、さっき頭から引いていった血液が、再び顔に集まってきた。
言われたとおり目を閉じて、されるがままランダの肉体に触れる。
「い……意外に柔らかいな……」
「カチコチだとでも?」
自分の体を触るまでもなかった。少なくとも私はこんなに柔らかくはない。それに。
「こんなに熱いんだな、人の体温というのは……」
その感触を確かめる手を急に離されたから、咄嗟に引っ込めた。しかし私の腕を放したランダの手は、なぜか額に当てられた。
「陛下も熱い」
「ぁ……」
ランダの熱く大きな手に当てられて、変な声を出してしまった。慌てて起き上がり、勢いあまって立ち上がる。
なにか言わなければならない。なにか気の利いた冗談でも。
「ひ、昼間は! もし暇だったら街に出るか! 私の仕事を見学してもいい!」
ガタガタ震える声で動揺が丸出しだった。しかも全然、笑えない。
なのに背中の向こうでランダが吹き出して笑う声がする。そして、その笑顔を見たくて振り返ろうとする自分もいた。
「陛下の仕事を見学させてください」
体が熱い。
こんな敗北感に似た絶望を味わうことは初めてだ。
私も男で、人並みに性欲はある。誤解を恐れずに言うならば、想像上で何人もの男と寝た。そして案外いい男ではなかったというところまで想像するのが、私流の諦め方だ。相手には悪いとは思うが、そうでもしなければ諦めがつかないのだ。
だからこの敗北感は、この男に飽きるほどの想像ができていないということだ。
「服を着たら一階に来てくれ。朝食後に宮廷に下ろう」
そういうことなのだと自分に言い聞かせる。今回もちゃんと乗り切ることができる。
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