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第8話 少し開けたドア
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母の手料理は暖かく、胸が苦しくなるほど美味しかった。うまく笑えていたかわからないが俺を祝うことがこれ以上無駄にならないように感謝だけは伝わるように意識はできたと思う。洗い物も手伝い、残った料理は明日食べると駄々をこねて容器に丁寧にしまった。母は今日やけに無口だったから、俺は喉がカラカラになるほど喋った気がする。
風呂に入り部屋に戻った時、戸を閉めるのを躊躇った。もうこれ以上望まない、ただ兄が帰ってくるかどうかだけは確かめたかった。玄関の音が聞こえるように戸は半分だけ開けてベッドの横に座る。
ベッドに寄りかかりそのまま頭を埋め、天井を見つめて夜の姿を探した。俺を見下ろす兄は、兄という役割から俺に優しかったのだろうか。いつのまにか一緒に風呂に入らなくなって、いつのまにか触れることがなくなっていった。大人になることはそういうことだと頭では理解しながら、血も繋がらないのになぜ急に冷たくなるのだと納得がいかなかった。でも今ならその理由がよくわかる。兄弟としても、1人の男としても俺では役不足だったのだ。
とりとめのないことを考え時々うつらうつらしていたら、玄関の鍵を開ける音がする。もう0時近かったが、夜は帰ってきた。今すぐ走り出して迎えに出たかったが、体が動かない。それは動かせない、といったほうが正しい。
夜は階段を上がり、しばらくすぐそばの廊下で足音が止まった。そしてその足音が近づくたびに俺の心音が高鳴る。夜が俺の部屋の前まで来た、その気配で俺はそっと顔を上げる。
夜は綺麗だった。少し開いた戸から覗く夜を直視できずに俺は俯いた。
「よ、夜。おかえり。よかった帰ってきてくれて、帰ってきてくれて、あ、ありがとう」
自分でもわからないほどうまく喋れない。帰ってきてくれて嬉しい反面、大学で言ったことを真に受けて夜がここまで来たのかという恐れもあった。顔を上げたかったが、それもできずに俯いたまま深く息を吐き出す。
「今日は……あんなことして、ごめんね……ちゃんと帰ってきてくれたから……もう……兄さんの邪魔にならないように……生きる……嫌がることもしない……」
体中の血が沸騰したかのように体温が上がり耳が腫れあがるように熱い。短く息をして、動悸と気を落ち着かせる。
「ごめんね……」
夜はこんな謝罪では済ませないといわんばかりに無言で開いた戸の前に立ち尽くしていた。もうこれで夜と話すのが最後なんだ、そう理解するには十分な沈黙だった。もうなにを言っても夜の心を取り返すことができないのであれば、最後に夜に聞いて欲しいことがあった。
「次に生まれ変わったら、やっぱり夜の弟がいい。夜によく似たちゃんと血の繋がった弟になりたい。そうしたら……夜はこんな思いしなくて済んだでしょ……」
夜は無言で、俺は夜を見られない。言い訳でも保身でもない。切なる願いだった。
「本当に……ごめんね……」
馬鹿な弟でごめん、迷惑をかける人間でごめん、生まれてきてごめん、心の底からの俺の謝罪に、夜は部屋の戸を閉めそれに応えた。その非道な仕打ちに自分の罪の重さを味わう。ベッドに顔を突っ込み、息を吐き出す。何度か熱い息を吐き出したら、別に何も我慢する必要などないのだと思い至る。兄の涙を見た時に、こんな思いをさせないようにとずっと我慢していた。でもそれ自体が見当違いだったのだ。夜は俺の涙を見たってこんな気持ちにならない。声が漏れないように布団に深く顔を沈めて泣いた。自分以外に責められる人間などいないのに、誰かを責めるように泣いた。
風呂に入り部屋に戻った時、戸を閉めるのを躊躇った。もうこれ以上望まない、ただ兄が帰ってくるかどうかだけは確かめたかった。玄関の音が聞こえるように戸は半分だけ開けてベッドの横に座る。
ベッドに寄りかかりそのまま頭を埋め、天井を見つめて夜の姿を探した。俺を見下ろす兄は、兄という役割から俺に優しかったのだろうか。いつのまにか一緒に風呂に入らなくなって、いつのまにか触れることがなくなっていった。大人になることはそういうことだと頭では理解しながら、血も繋がらないのになぜ急に冷たくなるのだと納得がいかなかった。でも今ならその理由がよくわかる。兄弟としても、1人の男としても俺では役不足だったのだ。
とりとめのないことを考え時々うつらうつらしていたら、玄関の鍵を開ける音がする。もう0時近かったが、夜は帰ってきた。今すぐ走り出して迎えに出たかったが、体が動かない。それは動かせない、といったほうが正しい。
夜は階段を上がり、しばらくすぐそばの廊下で足音が止まった。そしてその足音が近づくたびに俺の心音が高鳴る。夜が俺の部屋の前まで来た、その気配で俺はそっと顔を上げる。
夜は綺麗だった。少し開いた戸から覗く夜を直視できずに俺は俯いた。
「よ、夜。おかえり。よかった帰ってきてくれて、帰ってきてくれて、あ、ありがとう」
自分でもわからないほどうまく喋れない。帰ってきてくれて嬉しい反面、大学で言ったことを真に受けて夜がここまで来たのかという恐れもあった。顔を上げたかったが、それもできずに俯いたまま深く息を吐き出す。
「今日は……あんなことして、ごめんね……ちゃんと帰ってきてくれたから……もう……兄さんの邪魔にならないように……生きる……嫌がることもしない……」
体中の血が沸騰したかのように体温が上がり耳が腫れあがるように熱い。短く息をして、動悸と気を落ち着かせる。
「ごめんね……」
夜はこんな謝罪では済ませないといわんばかりに無言で開いた戸の前に立ち尽くしていた。もうこれで夜と話すのが最後なんだ、そう理解するには十分な沈黙だった。もうなにを言っても夜の心を取り返すことができないのであれば、最後に夜に聞いて欲しいことがあった。
「次に生まれ変わったら、やっぱり夜の弟がいい。夜によく似たちゃんと血の繋がった弟になりたい。そうしたら……夜はこんな思いしなくて済んだでしょ……」
夜は無言で、俺は夜を見られない。言い訳でも保身でもない。切なる願いだった。
「本当に……ごめんね……」
馬鹿な弟でごめん、迷惑をかける人間でごめん、生まれてきてごめん、心の底からの俺の謝罪に、夜は部屋の戸を閉めそれに応えた。その非道な仕打ちに自分の罪の重さを味わう。ベッドに顔を突っ込み、息を吐き出す。何度か熱い息を吐き出したら、別に何も我慢する必要などないのだと思い至る。兄の涙を見た時に、こんな思いをさせないようにとずっと我慢していた。でもそれ自体が見当違いだったのだ。夜は俺の涙を見たってこんな気持ちにならない。声が漏れないように布団に深く顔を沈めて泣いた。自分以外に責められる人間などいないのに、誰かを責めるように泣いた。
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