上 下
42 / 80
第4章 鎺に鞘

第17話 昼の光

しおりを挟む

鳥が遠くで囀って、柔らかい日差しが刻々と体を温めていく。いつの間に寝てしまったのかと驚き、目が開かないことにまた驚いた。

半目くらいの視界の先にシーバルの顔があることにも驚いて、思わず声をあげてしまう。


「シーバル! 目が開かない!」


俺の目は開かないのに、シーバルの目は普段の2倍くらい見開かれた。


「リノ、今冷やすもの持ってくる! 痛いところとかない?」

「あ……頭も痛い……けど」

「けど?」


けど。俺は一体なにを言いたいのか忘れてしまう。頭も痛いし目も開かない。でも心は驚くほど軽くなっていた。積年の後悔や羨望、絶望や希望、よくわからない巨大な感情がポッカリ抜け落ちている。これだけ大泣きするとこんな効果があるのだな、とやけに冷静に思う。


「昨日シーバル一緒にいてくれたんだ。ありがとう。心配ばかりかけてごめんね」

「そんな、俺がしたいことなんだから!」





シーバルはすぐに水桶と、頭痛の薬草を持ってきてくれて、俺はしばらく濡れた布に身動きを封じられる。


「今日は馬上槍試合ごっこできないかな?」


俺が聞く度に、シーバルは布をめくって確かめる。しかし自分でも全然腫れが引いていないことはわかった。


「今日はさ、甲冑なしでやってみようか」

「え!? 本当に!? それって俺が少し強くなったから?」

「うん、でもいつもの広場だと下が石畳だし、別のところでもいい?」

「うん! すごい! すごく嬉しい!」




いつもと違う場所とはどこなのか。
そう何度も聞こうと思っては飲み込むほど、長い時間を歩かされた。ここは正規の道なのだろうかと疑う獣道を行き、石垣の隙間をくぐらされたりする。しかしシーバルの背中から、なにも聞くなという無言の圧力を感じ、黙ってついていくしかなかった。

普段は朝には稽古をはじめるのに、太陽はてっぺんまで昇っていた。そして俺の目も腫れが引くほどに長い時間歩き続けた末、シーバルは突然振り返る。


「リノ! ちょっと目隠ししていい?」

「目隠し!? 今やっと見えてきたところなのに!」


シーバルが困ったように笑うから、俺はなにも言えなくなる。彼が持っていた稽古用の剣を黙って受け取ると、手が伸びてきた。目を塞がれるのかと思ったが、その手は頬の横でウロウロしたあと、脇の下に突っ込まれ抱えられた。


「いいって言うまで前、向かないでね」

「う、うん、わかった」


今日はなんだかシーバルの様子がおかしい。動きに迷いが多いのだ。だから道中も会話らしい会話もできなかった。

木々の間の道とはいえない道を歩いてきたが、後ろを向いてもわかるくらい、明るくなった。森を抜けたのだ。


「じゃあ、降ろすから。そうしたら振り返ってみて!」


地面に降ろされると、目の前にはシーバルの巨体。なんだかソワソワしてきたから、早々に振り返った。

そこに広がる光景は、一面の空。


「え……? ど、どうなってるの!?」


よく見ると下半分は空ではない。空色の花畑が一面に広がり、その丘の先が空に繋がっていたのだ。


「す……すごい……すごいすごいすごい! 空を飛んでるみたいだ!」


俺はどんな花か確かめようと、腰をかがめた。そしてその花を見て一瞬で理解した。俺が王宮に来た日にシーバルに摘んでもらったあの青い花だったのだ。


「この花……もしかして俺のために植えたの!?」

「エルフはそこまで万能じゃないよ」

「でもあの花はシーバルが用意したんでしょ? もしかして全部シーバルが集めたの!?」

「全部じゃないけど……2年あったから……」


自分の想像を超えた返答に驚きが隠せない。どこかで買ってきたくらいに思っていたが、全部シーバルが育てたなんて。それを俺は、あんな簡単なお礼で、おまけにシーバルからのキスに顔を背けた。


「そんな……顔をしないで……。俺は歳が同じくらいの友達がいなかったから、リノが喜ぶことよくわからなくて……」

「そんな……嬉しかったよ……今日だって! 俺を元気づけようと連れてきてくれたんだろ!」


気持ちが昂ってまた語気が強くなってしまう。自分の罪悪感を紛らわすために、俺はどうしてこんな子どものようなことをしてしまうのだろう。

シーバルは花を一輪摘んで、あの日のように俺の前に差し出した。


「俺も嬉しかった。一輪でも、リノが気持ちを受け取ってくれて、すごく嬉しかった」


心がザワザワ騒がしくなる。なにか予感めいたものがあるが、言葉にすることを俺は恐れていた。


「明日、家に帰れるように手配する」

「なんで! なんでそんなこと言うんだ! 俺の、俺の稽古をつけてくれるって!」

「時間をあけない方がいい。気持ちが離れてしまうから。これは……俺ができる最大の助言だよ……」


あの日のように青い花はブルブル震えていた。シーバルのできる最大の助言。それはシーバルが軟禁された3年間。そして俺を待ち続けた2年間。その間に俺の気持ちが離れてしまった教訓なのだろう。その助言に心が抉れそうだった。


「昨日のことを気にしているんだったら、ちゃんと俺の気持ちを聞いてくれ! 俺は……」


言い終わらないうちにシーバルの胸に埋められる。しかし横から別の衝撃があった。ビックリして顔を上げると、一本の矢がシーバルの右肩に深々と刺さっている。


「シーバル!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

専務、その溺愛はハラスメントです ~アルファのエリート専務が溺愛してくるけど、僕はマゾだからいじめられたい~

カミヤルイ
BL
恋が初めてのマゾっ気受けと一途(執着)甘々溺愛攻めが恋愛し、番になるまでの山あり谷ありラブストーリー。 ★オメガバース、独自設定込みです。 【登場人物】 藤村千尋(26):オメガながらに大企業KANOUホールディングス株式会社東京本社に勤務している。心身ともに問題を抱えるマゾヒスト。 叶光也(30)大企業KANOUホールディングス株式会社東京本社の新専務。海外支社から戻ったばかり。アルファの中でも特に優秀なハイアルファ。 【あらすじ】 会社でパワハラを受けている藤村千尋は、マゾ気質ゆえにそれをM妄想に変えて楽しんでいる日々。 その日も課長に恫喝され、お茶をかけられる美味しいシチュエーションに喜んでいたが、突如現れたイケメン専務に邪魔される。 その後、専務室の秘書を任命され驚くが「氷の貴公子」と呼ばれ厳しいと評判の専務なら新しいネタをくれるかもと期待半分で異動した。 だが専務は千尋にとても甘く、可愛い可愛いなど言ってきて気持ち悪い。しかも甘い匂いを纏っていて、わけありで発情期が無くなった千尋のヒートを誘発した。 会社のトイレでヒートになった千尋を助けたのも専務で、自宅に連れ帰られ、体を慰められたうえ「君は俺の運命の番だ」と言い出し、軟禁されてしまう。 初めは反発していた千尋だが、一緒に過ごすうちに、仕事では厳しいが根は優しく、紳士的な専務に好意を持つようになる。 しかし優しさに慣れておらず、過去持ちで発情期がない千尋はアルファに限らず誰も愛さないと決めているため素直になれなくて…… *性描写シーンには*をつけています。 イラストはわかめちゃん@fuesugiruwakame  

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...