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第4章 鎺に鞘
第17話 昼の光
しおりを挟む鳥が遠くで囀って、柔らかい日差しが刻々と体を温めていく。いつの間に寝てしまったのかと驚き、目が開かないことにまた驚いた。
半目くらいの視界の先にシーバルの顔があることにも驚いて、思わず声をあげてしまう。
「シーバル! 目が開かない!」
俺の目は開かないのに、シーバルの目は普段の2倍くらい見開かれた。
「リノ、今冷やすもの持ってくる! 痛いところとかない?」
「あ……頭も痛い……けど」
「けど?」
けど。俺は一体なにを言いたいのか忘れてしまう。頭も痛いし目も開かない。でも心は驚くほど軽くなっていた。積年の後悔や羨望、絶望や希望、よくわからない巨大な感情がポッカリ抜け落ちている。これだけ大泣きするとこんな効果があるのだな、とやけに冷静に思う。
「昨日シーバル一緒にいてくれたんだ。ありがとう。心配ばかりかけてごめんね」
「そんな、俺がしたいことなんだから!」
シーバルはすぐに水桶と、頭痛の薬草を持ってきてくれて、俺はしばらく濡れた布に身動きを封じられる。
「今日は馬上槍試合ごっこできないかな?」
俺が聞く度に、シーバルは布をめくって確かめる。しかし自分でも全然腫れが引いていないことはわかった。
「今日はさ、甲冑なしでやってみようか」
「え!? 本当に!? それって俺が少し強くなったから?」
「うん、でもいつもの広場だと下が石畳だし、別のところでもいい?」
「うん! すごい! すごく嬉しい!」
いつもと違う場所とはどこなのか。
そう何度も聞こうと思っては飲み込むほど、長い時間を歩かされた。ここは正規の道なのだろうかと疑う獣道を行き、石垣の隙間をくぐらされたりする。しかしシーバルの背中から、なにも聞くなという無言の圧力を感じ、黙ってついていくしかなかった。
普段は朝には稽古をはじめるのに、太陽はてっぺんまで昇っていた。そして俺の目も腫れが引くほどに長い時間歩き続けた末、シーバルは突然振り返る。
「リノ! ちょっと目隠ししていい?」
「目隠し!? 今やっと見えてきたところなのに!」
シーバルが困ったように笑うから、俺はなにも言えなくなる。彼が持っていた稽古用の剣を黙って受け取ると、手が伸びてきた。目を塞がれるのかと思ったが、その手は頬の横でウロウロしたあと、脇の下に突っ込まれ抱えられた。
「いいって言うまで前、向かないでね」
「う、うん、わかった」
今日はなんだかシーバルの様子がおかしい。動きに迷いが多いのだ。だから道中も会話らしい会話もできなかった。
木々の間の道とはいえない道を歩いてきたが、後ろを向いてもわかるくらい、明るくなった。森を抜けたのだ。
「じゃあ、降ろすから。そうしたら振り返ってみて!」
地面に降ろされると、目の前にはシーバルの巨体。なんだかソワソワしてきたから、早々に振り返った。
そこに広がる光景は、一面の空。
「え……? ど、どうなってるの!?」
よく見ると下半分は空ではない。空色の花畑が一面に広がり、その丘の先が空に繋がっていたのだ。
「す……すごい……すごいすごいすごい! 空を飛んでるみたいだ!」
俺はどんな花か確かめようと、腰をかがめた。そしてその花を見て一瞬で理解した。俺が王宮に来た日にシーバルに摘んでもらったあの青い花だったのだ。
「この花……もしかして俺のために植えたの!?」
「エルフはそこまで万能じゃないよ」
「でもあの花はシーバルが用意したんでしょ? もしかして全部シーバルが集めたの!?」
「全部じゃないけど……2年あったから……」
自分の想像を超えた返答に驚きが隠せない。どこかで買ってきたくらいに思っていたが、全部シーバルが育てたなんて。それを俺は、あんな簡単なお礼で、おまけにシーバルからのキスに顔を背けた。
「そんな……顔をしないで……。俺は歳が同じくらいの友達がいなかったから、リノが喜ぶことよくわからなくて……」
「そんな……嬉しかったよ……今日だって! 俺を元気づけようと連れてきてくれたんだろ!」
気持ちが昂ってまた語気が強くなってしまう。自分の罪悪感を紛らわすために、俺はどうしてこんな子どものようなことをしてしまうのだろう。
シーバルは花を一輪摘んで、あの日のように俺の前に差し出した。
「俺も嬉しかった。一輪でも、リノが気持ちを受け取ってくれて、すごく嬉しかった」
心がザワザワ騒がしくなる。なにか予感めいたものがあるが、言葉にすることを俺は恐れていた。
「明日、家に帰れるように手配する」
「なんで! なんでそんなこと言うんだ! 俺の、俺の稽古をつけてくれるって!」
「時間をあけない方がいい。気持ちが離れてしまうから。これは……俺ができる最大の助言だよ……」
あの日のように青い花はブルブル震えていた。シーバルのできる最大の助言。それはシーバルが軟禁された3年間。そして俺を待ち続けた2年間。その間に俺の気持ちが離れてしまった教訓なのだろう。その助言に心が抉れそうだった。
「昨日のことを気にしているんだったら、ちゃんと俺の気持ちを聞いてくれ! 俺は……」
言い終わらないうちにシーバルの胸に埋められる。しかし横から別の衝撃があった。ビックリして顔を上げると、一本の矢がシーバルの右肩に深々と刺さっている。
「シーバル!」
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