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第4章 鎺に鞘
第16話 腕の中
しおりを挟む長年べっとりとこびりついていた自分の妄想が剥がれ落ちて、胸がヒリヒリ痛い。いつのまにか馬車の中に担ぎ入れられたのかもわからなかった。
帰路の風景が見えているようで、見えていない。覚えているようで覚えていないのだ。おまけに涙を堪えるために奥歯を噛み締めすぎたせいで、頭まで痛かった。
「リノ。領主の夫人へのキスは慣例であって、別にそこにアンドリューの意思はないよ……」
シーバルは随分と的外れなことで俺を励まそうとするが、これを否定も肯定もできず、黙り込んでしまった。
思えば床に投げ出されたあの夜、指先に触れた奇跡だけで生きていくと決心したはずなのに。
未練たらしく、信じたいことだけを集めて、その先の奇跡を願っていた。
「リノ……」
こうやって呪いを引き受けてくれるという友人にも不義理を繰り返し、気づいた時には後悔しか残らないのであろう。
「涼しくなる薬草、ありがとう」
あとどれだけの呵責を積めば、気持ちは別の場所に向くのだろう。
「今日、すごく……」
喋ると急に気持ちが沸騰して、短い単語しか捻り出せない。
「ありがとう……」
布の擦れる音がして、そうして無音になった。シーバルが俺を抱き寄せたのだ。しかしいつもとは違う装束のせいで、彼の体温を感じられない。
「明日も……馬上槍試合ごっこ……」
喋らなければいいのに、これ以上の不義理も許されなかった。だから話しはじめたのに、途中でしゃくりあげて、気持ちが押し流されていく。
「あの丘に……帰りたいよぉ……!」
俺は駄々をこねる子どものように泣きじゃくり、シーバルに悲しみを押しつける。あの丘に取り残されたのは俺だけで、シーバルもアンドリューも別々の道に歩きだしたのに。それでも帰ってきてほしいと泣き喚く。
いつまでも俺は子どものままで、みんなに帰ってきてほしいと泣き叫んでいるだけだ。
王宮に着いても泣きじゃくる俺を気づかって、シーバルは俺を抱えたまま無言で馬車を降りた。俺のためにあんな危険を冒してくれた襟元に顔すら向けず、俺は不義理を積み重ねていく。
部屋に戻り、シーバルに装束を剥ぎ取られたが、顔だけは見られたくなくて、頭巾から手を離さなかった。
ベッドに転がされても頑なに頭巾を手放さず、虫みたいに手足を引っ込め丸まる俺を、シーバルは丸ごと抱きしめて横たわった。
嗚咽でしゃくりあげる度にシーバルは俺の背中を撫でて、その手は止まることを知らない。
俺が寝たらシーバルはあの滝の袂で泣くのだろうか、そう考えるといつまでも涙が溢れて止まらない。
シーバルは初めてこのベッドで夜を明かした。
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