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第4章 鎺に鞘
第9話 人族の領地
しおりを挟む次の日、眠れていないのに目は冴えていた。だから「朝から申し訳ない」と恐縮しきりの使用人に、逆に申し訳なさを感じる。
袖下と呼ばれる使用人たちが夜明け前から俺の体を取り囲み、せっせと着付けをしている。それをシーバルとニールさんが睨みつけるものだから、使用人たちは怯えきっていた。
「シ、シーバル。こんなに着こんで……暑くないかな……?」
夏真っ盛りのこの時期に、考えられないほどの布量だった。おまけに頭巾のようなものを目深に被らされ、まるで罪人のようだとも感じる。それについて言及したかったのだが、使用人たちが怯えている手前、控えめな抗議しかできない。
しかしシーバルはこれに答えず、その空気がさらに使用人の恐怖に陥れた。これ以上は使用人たちの神経をすり減らしてしまう、と俺は口を結んで、ことの成り行きを黙って見つめた。
着付けが終わると、袖下と呼ばれる使用人たちは一目散に部屋を出た。最後にニールさんが出発の時間を告げて部屋を出たら、他でもない俺が緊張から解き放たれる。
「は……ぁ……なんかすごく緊張したよ。ニールさんって普段あんな怖い顔、するんだね……」
「なぜ袖付の名を知っている!」
さっきまでの態度が抜けきれていないシーバルの怒声に、緊張の糸がピンと張る。そういえばニールさんはシーバルの命令であそこに立っているわけではないと言っていた。つまり俺が夜抜け出したことをシーバルに報告していないのだ。
「ここに……来る時……馬車を運転してくれたから……ごめん……」
最後の謝罪は、シーバルの夜を知っていることへの罪悪から溢れでた本心だった。しかしそれを怯えていると勘違いしたのかシーバルは巨体をシュッと細めて慌てだした。
「リノ……暑いって言ってたよね? 吹きかけると涼しくなる薬草があるから我慢してね……! ごめんね!?」
あまりの取り乱しように申し訳なさを感じる。だから前向きに話題を変えた。
「これって観戦用の礼服だったりするの? 甲冑よりは軽いけど……確かに自分だけで着るのは難しいかもしれない」
至って普通の世間話だと思ったが、しかしシーバルは少し黙ったあと、ニッコリと笑った。昨日の件から彼の印象が変わった。今少し黙ったのも、きっと俺に配慮したのだろうとわかった。
「あ、俺の呪いのせいか。ごめん、暑いとか罪人みたいだとか文句言って」
「罪人みたい!?」
「あ、違うよ!? シーバルが俺のこと考えてこうしてくれてるのわかったから、すごく嬉しいよ!」
「ご……ごめんね……」
きっとこの衣装は慣例ではなく、シーバルの一存なのだろう。誰かと婚姻を結べばこんなことをしなくて済むものを、そうと悟らせないために、言葉を濁したのだ。
「シーバル、涼しくなる薬草、やってみたい」
「うん、今持ってくるからちょっと待ってて!」
慌てて部屋を飛び出していくシーバルの背中が、昨日見たそれと重なって苦しい。
昨日から、俺はなんだか変だ。シーバルの困った顔を見ると胸がギュッとなる。だからシーバルにはいつもの笑顔でいてもらいたくて、自分でもビックリするようなおねだりをしてしまう。
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