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第1章 空の鞘
第7話 馬車と暗い夜明け
しおりを挟む乱れた服もそのままに馬車に駆け込む。扉を閉めた音を聞き及んだ運転手は慌てて出発をした。
明日、叙任の儀式は行われない旨をカルロから説明をする手筈となっている。
この家のしきたりどおり、長男は国に献上され、次男が領地を継ぐ。
この家に長いカルロでさえ、書簡が届くまで知らないしきたりだった。百年に一度の国の招集など、日々の混乱に紛れて忘却に追いやられてしまうのであろう。
しかしこの招集で父の借金から逃れることができたのも事実。国の招集は任意だった。しかし応じれば見返りに大金が支払われる。
父が逝去後、借用書が何通も舞い込んだという。キリーが姿を消したのはその借用書が理由かもしれないが、今となっては確かめようがない。15歳の俺はそんなこともつゆ知らず、キリーやアンドリューに当主を譲ろうとしていたのだ。
俺の愚かな行動を見かねてかカルロから借金について説明された。その時、思うことはひとつだった。アンドリューをこの家に引き止める理由がなくなってしまう。
そこから表層では優雅に振る舞いながら、裏では工面に奔走する二重生活がはじまった。この家を継がず出て行こうとするアンドリューを財産で繋ぎ止め、金の工面に奔走する日々。しかしその甲斐虚しく、たった3年で立ち行かなくなった。そしてアンドリューを従騎士として遠い領地に送り出した時、国から書簡が届いたのだ。
──違います。往生際が悪うございます。
確かに往生際が悪かった。書簡が届いたその時に応じることもできたのだ。そうしたらアンドリューを2年も従騎士として他所にやることもなかったのに。でも俺は自力で借金を返し、再びアンドリューと暮らせると信じていた。
それがカルロの目には、行き過ぎた家族愛に映っていただろうか。それとも俺自身の保身と映っていただろうか。
2年間、アンドリューからの便りはなかった。だから、すべて俺の独りよがりだったのだと踏ん切りをつけて決心した。
馬車が揺れ、薄暗い現実に呼び戻される。
国の招集について、男女問わず長子を国に献上するとは一体なにを指すのか不明だ。しかし一般的に女でなければ一生の隷属を指すのだろう。
生贄として惨たらしく殺されるのだろうか。それとも劣悪な環境で労働を強いられるのだろうか。招集に応じる見返りは、物騒さを疑うほどの大金だった。この5年で喘いだ借金など消し炭にできるほどに。
窓の外を見やると、幼少期に遊んだ丘が見えた。騎士に憧れ、馬上槍試合ごっこをした丘。
荘園のシーバルはいつも俺の前に立ちはだかり、最終決戦の座を渡さなかった。そしてアンドリューとシーバルの決闘となり、シーバルはアンドリューを打ち負かすのだ。
彼らは健闘を讃えあって熱い抱擁を交わし、シーバルはアンドリューの額に祝福のキスを落とす。
一度でもいい。そんな幼い願いを捨てられず、随分と迷惑をかけた。
丘の稜線は闇に消え、夜のわずかな冷気が馬車に流れ込む。朝日はいまだ昇らず、暗い性根は土地を離れ難い。
さっきわずかに触れた小さな奇跡を握りしめ、もう一度決心する。
この奇跡だけで生きていく、と。
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