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風の通り抜ける場所
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家族計画はおろか恋人すらいない、コミュ症が故にきっかけすらない、そんな悲しい独り身にも週末の楽しみがある。
自宅近くの小高い丘、街灯が少ないからか夜はひとっこ1人通らない公園で、春も近づく陽気の中晩酌することを心の底から愛している。
しかもここに通うのは1人ではない。必ずといっていいほど先客がいるのだ。
それは猫である。猫は風通しがいいところを好むというが、俺と全く同じ理由で猫たちもまた、ここに集まるのだ。酒を飲みながら風に当たるのは非常に気持ちがいい。ほろ酔いで敏感になった肌を風がやんわりと撫でる。その感覚がたまらない。
今日も元気にベンチにだらしなく座って酒を飲む。いい風が吹かないかな? と待っていたら背後の茂みから急に声がする。
「お兄さん猫みたいですね」
あまりの唐突さに持っていた缶酎ハイを落としてしまった。悲痛な俺の叫びに、声の主は慌てて茂みから飛び出してきた。どっちが猫っぽいんだ!
「すみません、急に話しかけたから……」
そう言い、辺りにぶちまけた酒の缶を拾う男は、パーカーにジーンズというラフな格好の若い兄ちゃんだった。しかしラフな格好なのにどうしてか清潔感があって、顔もよく見ると色男だった。ヨレヨレのスーツでだらしなく座り、酒を落として悲鳴を上げている俺なんかよりはずっと真っ当な気がした。
兄ちゃんの周りに猫たちが集まりだす。俺に申し訳なさそうな顔で一瞥をくれると猫たちに餌を用意し始めた。
「なんだ……お兄さんが餌くれるから猫はここに集まってるのか……」
「今日はたまたま僕が当番だったんですが、仕事で遅くなってしまって。みんなお腹すいたよなぁ?」
まさしく猫撫声で兄ちゃんが猫の喉元を触る。その指が妙に艶かしく見えて、今日は深酒してしまったと少々反省する。
「野良猫に餌の当番なんてあるんだ?」
「地域猫なんですよ、町内会でお金を出し合って去勢して、ほら耳のここ」
そう言って、虚勢された証なのか猫の耳が少し切られた箇所を指差して兄ちゃんがふんわり笑う。その笑顔の柔和さもさることながら、今時の若者の口から町内会という言葉がチグハグで新鮮だった。
「お兄さんはなんでここに猫が集まると思ったんですか?」
その顔がすごく透き通って綺麗なものに感じて、思わず目を逸らしながら呟く。
「俺と同じだと思って……」
「猫はお酒飲んでないですよ。マタタビもあげてません」
兄ちゃんはこの話題を絶対に終わらせない口調で詰め寄ってくる。これ以上間合いを詰められたくないので観念して吐き出した。
「酒を飲んで風に当たるのが気持ちいいんだ。誰かに撫でられてるみたいで。猫も風通しがいいところが好きだって聞いたことがあったから……」
「でもお兄さんガチガチのスーツじゃないですか。そんなんじゃ風に当たるの顔くらいしかないですよね?」
俺の言動が不審に感じるのだろうか、弁明が必要そうな口調だった。
「本当は家のベランダで裸で飲みたいけど、隣に高いマンションあってベランダは丸見えだし。ここで裸で飲めるほど度胸もないんだよ」
しがない小庶民の楽しみを奪わないで欲しい。せめて顔だけでも風に当たって1人じゃない感覚を味わいたかったんだ。社会の底辺でもがきながら社畜をしているんだ。ルールの範囲内であればこんなくだらない趣味くらい見逃して欲しい。
伏し目で自分の人生を呪っていたら、急に風が吹いた気がした。顔を上げた瞬間、風ではないことを知る。
兄ちゃんが俺の頬を手の甲で撫でた。あまりの気持ちよさに体は硬直し、兄ちゃんの視線から逃れられなかった。
「もっと?」
俺が頷くと、兄ちゃんは俺の唇を指の腹で撫でた。そして反対側の手で俺の手を撫でる。
「んぐっ……」
変な声を出しそうで我慢をしたら、喉から変な音を出してしまった。
「お兄さん、本当に猫みたいだ。喉を鳴らして、嬉しがってくれてるの?」
恥ずかしくて目を閉じたら、唇にこの世のものとは思えない柔らかいものがあたった。
「お兄さん、僕の家マンションの最上階なんだ。そこだったら裸でお酒も飲めるよ」
「そ、そんな……!」
あまりの気持ちよさにもうパニック状態だった。
「それとも僕にこうされる方が気持ちいい?」
兄ちゃんの手がまた頬に触れる。
「お兄さんがいいネコなら僕の家においでよ」
とんでもない展開に酔いも吹っ飛んだが、快感に抗うことはできなかった。最後の台詞がひどく意味深に聞こえたが、そんなことも気にならないくらい夢中で兄ちゃんの唇をねだった。
―――――――――――――――――――――――――
お題:ほろ酔い
しがない小庶民の楽しみを奪わないで欲しい! 猫の日の、ネコの物語です。
自宅近くの小高い丘、街灯が少ないからか夜はひとっこ1人通らない公園で、春も近づく陽気の中晩酌することを心の底から愛している。
しかもここに通うのは1人ではない。必ずといっていいほど先客がいるのだ。
それは猫である。猫は風通しがいいところを好むというが、俺と全く同じ理由で猫たちもまた、ここに集まるのだ。酒を飲みながら風に当たるのは非常に気持ちがいい。ほろ酔いで敏感になった肌を風がやんわりと撫でる。その感覚がたまらない。
今日も元気にベンチにだらしなく座って酒を飲む。いい風が吹かないかな? と待っていたら背後の茂みから急に声がする。
「お兄さん猫みたいですね」
あまりの唐突さに持っていた缶酎ハイを落としてしまった。悲痛な俺の叫びに、声の主は慌てて茂みから飛び出してきた。どっちが猫っぽいんだ!
「すみません、急に話しかけたから……」
そう言い、辺りにぶちまけた酒の缶を拾う男は、パーカーにジーンズというラフな格好の若い兄ちゃんだった。しかしラフな格好なのにどうしてか清潔感があって、顔もよく見ると色男だった。ヨレヨレのスーツでだらしなく座り、酒を落として悲鳴を上げている俺なんかよりはずっと真っ当な気がした。
兄ちゃんの周りに猫たちが集まりだす。俺に申し訳なさそうな顔で一瞥をくれると猫たちに餌を用意し始めた。
「なんだ……お兄さんが餌くれるから猫はここに集まってるのか……」
「今日はたまたま僕が当番だったんですが、仕事で遅くなってしまって。みんなお腹すいたよなぁ?」
まさしく猫撫声で兄ちゃんが猫の喉元を触る。その指が妙に艶かしく見えて、今日は深酒してしまったと少々反省する。
「野良猫に餌の当番なんてあるんだ?」
「地域猫なんですよ、町内会でお金を出し合って去勢して、ほら耳のここ」
そう言って、虚勢された証なのか猫の耳が少し切られた箇所を指差して兄ちゃんがふんわり笑う。その笑顔の柔和さもさることながら、今時の若者の口から町内会という言葉がチグハグで新鮮だった。
「お兄さんはなんでここに猫が集まると思ったんですか?」
その顔がすごく透き通って綺麗なものに感じて、思わず目を逸らしながら呟く。
「俺と同じだと思って……」
「猫はお酒飲んでないですよ。マタタビもあげてません」
兄ちゃんはこの話題を絶対に終わらせない口調で詰め寄ってくる。これ以上間合いを詰められたくないので観念して吐き出した。
「酒を飲んで風に当たるのが気持ちいいんだ。誰かに撫でられてるみたいで。猫も風通しがいいところが好きだって聞いたことがあったから……」
「でもお兄さんガチガチのスーツじゃないですか。そんなんじゃ風に当たるの顔くらいしかないですよね?」
俺の言動が不審に感じるのだろうか、弁明が必要そうな口調だった。
「本当は家のベランダで裸で飲みたいけど、隣に高いマンションあってベランダは丸見えだし。ここで裸で飲めるほど度胸もないんだよ」
しがない小庶民の楽しみを奪わないで欲しい。せめて顔だけでも風に当たって1人じゃない感覚を味わいたかったんだ。社会の底辺でもがきながら社畜をしているんだ。ルールの範囲内であればこんなくだらない趣味くらい見逃して欲しい。
伏し目で自分の人生を呪っていたら、急に風が吹いた気がした。顔を上げた瞬間、風ではないことを知る。
兄ちゃんが俺の頬を手の甲で撫でた。あまりの気持ちよさに体は硬直し、兄ちゃんの視線から逃れられなかった。
「もっと?」
俺が頷くと、兄ちゃんは俺の唇を指の腹で撫でた。そして反対側の手で俺の手を撫でる。
「んぐっ……」
変な声を出しそうで我慢をしたら、喉から変な音を出してしまった。
「お兄さん、本当に猫みたいだ。喉を鳴らして、嬉しがってくれてるの?」
恥ずかしくて目を閉じたら、唇にこの世のものとは思えない柔らかいものがあたった。
「お兄さん、僕の家マンションの最上階なんだ。そこだったら裸でお酒も飲めるよ」
「そ、そんな……!」
あまりの気持ちよさにもうパニック状態だった。
「それとも僕にこうされる方が気持ちいい?」
兄ちゃんの手がまた頬に触れる。
「お兄さんがいいネコなら僕の家においでよ」
とんでもない展開に酔いも吹っ飛んだが、快感に抗うことはできなかった。最後の台詞がひどく意味深に聞こえたが、そんなことも気にならないくらい夢中で兄ちゃんの唇をねだった。
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お題:ほろ酔い
しがない小庶民の楽しみを奪わないで欲しい! 猫の日の、ネコの物語です。
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