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さん『エンマ様が判決を下す日はお気に入りの傘を逆さにさして降ってきたキャンディを集めよう』
4 エンマ様の休暇
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それから幾度か二人は待ち合わせをして、隙を狙いながら傘を返したり、それを阻止したりと、謎のやり取りを繰り返していた。
不意打ちをくらい返却されたまま解散することになってしまったら、サキは強引にハルの行く場所へついていく。返しにくるとわかっているハルだったが、特に断ることもしなかった。
そんなことをしているうちに、二人は少しずつ会話をするようになった。とはいっても、いつもサキの一方通行で、こちらが質問しないかぎりなにも聞いてこないし話を切り出すこともない。それでもサキは嬉しかった。
「今日はなにを買うんですか?」
「カモミールティー」
「美味しいんですか?」
「わからない」
「どういうことですか?」
「俺は飲まないから」
「……それなら誰が……ハッ!」
サキは気づいてしまった。亡くなった奥さんがよく飲んでいたもので、仏壇にお供えしているのだ、と。
「どうした?」
「なんでもないです! あ、手伝いますよ!」
と、手ぶらのハルがポケットから出そうとしている、キッチリと折り畳まれた買い物袋を奪う。本当は、買う物をメモした手のひらサイズの手帳を取り出そうとしていたのだが。
「何度も同じ手には引っ掛からない」
「そっ、そんなことしません!」
「“エンマ”は見ているぞ」
「本当ですよ! 嘘じゃないですっ」
傘の攻防戦を繰り広げるうちに、二人の間で合言葉のように流行りだした『エンマ様』。
嘘をつくとエンマ大王様に舌の抜かれるという、あのエンマ様だ。それをはじめに言い出したのはハルだった。
「あ、わたしわかりましたよ、エンマ様の正体」
「正体?」
「エンマ様の正体は……ズバリ、ハルさんですね!」
「俺?」
「そうです! ちょっと調べたんですけど、エンマ様って、人間の良い行いも悪い行いも全部見てるんですよね。それをエンマ帳という帳簿につけて、死んだときにその帳簿に書かれている生前の記録を調べて、天国行きか地獄行きか決めている……ですよね?」
「……死んだ者がはじめに行き着く場所、それが天国だった。善人も悪人も関係なく。だから、天国で好き勝手悪さをする悪人たちに見兼ねたエンマは、善人のために、地獄への道を作った。故に死者の魂を裁く役目となったのが、エンマ」
「やっぱり! ……悪いところだけじゃなくて、良いところも見てくれてる、そこがいいですよね。怖そうだけどまじめで良い人って感じがするんです」
「で、そのエンマが俺だと?」
「はい! 色々と見抜かれてしまうので……」
「エンマの俺はここで買い物か」
カモミールティーのティーバッグが入った箱を一つ手に取り、パッケージの裏を読んで品定めする。
「今はお休みをとって、日々の疲れを癒しに、人間の姿に戻って、人間界に遊びに来てるんですよね?」
「エンマに休息をとる暇はないと思うが」
「んー……あ! わかりました。人間界で遊びつつ、人間たちの行動を見て、なにかあったらエンマ帳に書いて歩いてるんですよ。その手帳が証拠です!」
サキはハルが手にしている買う物を記したただの手帳を自信満々に指差した。
「その間、エンマの目に触れない人間はどうする」
「大丈夫ですよ。お地蔵さんがエンマ様の化身という話もあるので、世界中のお地蔵さんの目から、全部、エンマ様に伝わってるんじゃないですか?」
「……世界中……。さすがに、エンマでも全てを把握できるとは思えないが」
「もう……! だったらハルさんはどう考えますか?」
「そもそもエンマは、死者の裁きで忙しい。記録をとる役目はエンマの子分だろう」
「ということは、どこで子分たちが見てるかわからないってことですか……悪いことはできないですね!」
「誰も見ていなくても、悪いことをしてはいけないんだよ」
なんて話していると、近くに立っていた一見チャラそうな出で立ちの青年がいきなり振り向いた。
「地獄に落とさないでください!」
いったい何事かと、状況が把握できない二人。唐突に割って入ってきた青年は半べそかいてハルにしがみついた。
「エンマサマ! オレ、正直に告白します!」
聞くつもりもないのに、青年は二人の心境などお構いなしに話しはじめた。
「昨日、彼女と喧嘩しちゃったんす」
原因は、冷蔵庫に入っていたプリンを青年が勝手に食べてしまったことだという。
「……プリン?」
彼女はそのプリンをものすごく楽しみにしていたらしく、大事なプレゼンを無事に終えられたら自分へのご褒美にと、我慢して一晩とっておいたそうだ。彼女とは同棲しているから犯人は彼しかいないのに、彼女の慌てように思わず『食べてない』と言ってしまった。
「その時にすぐ謝ればよかったんすけど……」
『泥棒が金取らんでプリンだけ食ってったんか! ああん!?』
彼女のあまりの気迫に、嘘を突き通してしまった。
同じプリンを買って謝ろうと思い、探し回ったが、限定品なのか人気商品なのか、どこにも売っていない。
「オレどうしたらいいんすか……」
「今からでも正直に話して謝れば、その方もあなたの誠意をわかってくれると思いますよ」
「そうっすよね……正直に、謝った方がいいっすよね……エンマサマは許してくれますか?」
「は?」
「おっさんマジエンマサマなんすよね!?」
「……申し訳ないが、私はエンマではありません」
「隠さないでくださいよォ! おれマジで地獄には行きたくないんす! マジ勘弁なんす! どうか救いを!」
青年がなぜこんなにも地獄を恐れるのか事情を聞くと、
「つい最近、地獄絵図ってのを見たんすよ。おれの彼女、そういうオカルト系っていうんすか? そういうのが好きで、一緒に展覧会に行ったんす。もーマジで怖くて……。今の彼女もスゲー怖くて、鬼みたいになっちゃって……」
青年は頭を抱えた。
「その手の話は所詮フィクションですから……断言はできませんが」
「……ふぃくしょん?」
「空想上の話です」
「くうそうじょう?」
「……作り話です」
「なに言ってるんすか! いるじゃないっすか、ここに!」
「ですから、私はエンマではありません」
「もうわかんないっすよ……エンマサマはいるんすか、いないんすか……」
「……実際に存在するかは、死んでみないとわかりません」
「いるかもしれないんすね!?」
「……はい」
「あああ地獄行き決定じゃないすかああ!」
「実在するとしても、その嘘一つで決めるわけではありませんから。大事なのはあなたの生き方です。しっかり謝れば、エンマも許しますよ」
目を潤ませる青年はハルに抱きつき号泣した。その様子にサキは顔を背け肩を震わせている。
ハルの胸元で涙を拭った青年は体から離れると勢いよく頭を下げた。
「なんか急にスイマセン! マジ感謝っす! あざっした!」
突然現れ突然過ぎ去っていった台風に、ハルはポカンと立ち尽くし、堪えていたサキはお腹を抱えて笑った。
「残念だったな。今日はこれだけだから、買い物袋は使わない」
「えっ」
店舗名の入ったテープが貼られたカモミールティーの箱を、印籠を見せるように構えた。
「違いますよ! 使うかなーと思って用意してただけです……」
「へえ」
二人がスーパーから出たときだった。
頭に冷たいものを感じて空を見上げたサキ。それは次第に強さを増して、
「しまった」
天気は予報していない夕立。
サキは勝ち誇ったように微笑む。
「“ハルさんの傘”、使った方がいいですね!」
激しい雨に身を寄せ合いながら、二人は小さな傘をさして歩いた。
不意打ちをくらい返却されたまま解散することになってしまったら、サキは強引にハルの行く場所へついていく。返しにくるとわかっているハルだったが、特に断ることもしなかった。
そんなことをしているうちに、二人は少しずつ会話をするようになった。とはいっても、いつもサキの一方通行で、こちらが質問しないかぎりなにも聞いてこないし話を切り出すこともない。それでもサキは嬉しかった。
「今日はなにを買うんですか?」
「カモミールティー」
「美味しいんですか?」
「わからない」
「どういうことですか?」
「俺は飲まないから」
「……それなら誰が……ハッ!」
サキは気づいてしまった。亡くなった奥さんがよく飲んでいたもので、仏壇にお供えしているのだ、と。
「どうした?」
「なんでもないです! あ、手伝いますよ!」
と、手ぶらのハルがポケットから出そうとしている、キッチリと折り畳まれた買い物袋を奪う。本当は、買う物をメモした手のひらサイズの手帳を取り出そうとしていたのだが。
「何度も同じ手には引っ掛からない」
「そっ、そんなことしません!」
「“エンマ”は見ているぞ」
「本当ですよ! 嘘じゃないですっ」
傘の攻防戦を繰り広げるうちに、二人の間で合言葉のように流行りだした『エンマ様』。
嘘をつくとエンマ大王様に舌の抜かれるという、あのエンマ様だ。それをはじめに言い出したのはハルだった。
「あ、わたしわかりましたよ、エンマ様の正体」
「正体?」
「エンマ様の正体は……ズバリ、ハルさんですね!」
「俺?」
「そうです! ちょっと調べたんですけど、エンマ様って、人間の良い行いも悪い行いも全部見てるんですよね。それをエンマ帳という帳簿につけて、死んだときにその帳簿に書かれている生前の記録を調べて、天国行きか地獄行きか決めている……ですよね?」
「……死んだ者がはじめに行き着く場所、それが天国だった。善人も悪人も関係なく。だから、天国で好き勝手悪さをする悪人たちに見兼ねたエンマは、善人のために、地獄への道を作った。故に死者の魂を裁く役目となったのが、エンマ」
「やっぱり! ……悪いところだけじゃなくて、良いところも見てくれてる、そこがいいですよね。怖そうだけどまじめで良い人って感じがするんです」
「で、そのエンマが俺だと?」
「はい! 色々と見抜かれてしまうので……」
「エンマの俺はここで買い物か」
カモミールティーのティーバッグが入った箱を一つ手に取り、パッケージの裏を読んで品定めする。
「今はお休みをとって、日々の疲れを癒しに、人間の姿に戻って、人間界に遊びに来てるんですよね?」
「エンマに休息をとる暇はないと思うが」
「んー……あ! わかりました。人間界で遊びつつ、人間たちの行動を見て、なにかあったらエンマ帳に書いて歩いてるんですよ。その手帳が証拠です!」
サキはハルが手にしている買う物を記したただの手帳を自信満々に指差した。
「その間、エンマの目に触れない人間はどうする」
「大丈夫ですよ。お地蔵さんがエンマ様の化身という話もあるので、世界中のお地蔵さんの目から、全部、エンマ様に伝わってるんじゃないですか?」
「……世界中……。さすがに、エンマでも全てを把握できるとは思えないが」
「もう……! だったらハルさんはどう考えますか?」
「そもそもエンマは、死者の裁きで忙しい。記録をとる役目はエンマの子分だろう」
「ということは、どこで子分たちが見てるかわからないってことですか……悪いことはできないですね!」
「誰も見ていなくても、悪いことをしてはいけないんだよ」
なんて話していると、近くに立っていた一見チャラそうな出で立ちの青年がいきなり振り向いた。
「地獄に落とさないでください!」
いったい何事かと、状況が把握できない二人。唐突に割って入ってきた青年は半べそかいてハルにしがみついた。
「エンマサマ! オレ、正直に告白します!」
聞くつもりもないのに、青年は二人の心境などお構いなしに話しはじめた。
「昨日、彼女と喧嘩しちゃったんす」
原因は、冷蔵庫に入っていたプリンを青年が勝手に食べてしまったことだという。
「……プリン?」
彼女はそのプリンをものすごく楽しみにしていたらしく、大事なプレゼンを無事に終えられたら自分へのご褒美にと、我慢して一晩とっておいたそうだ。彼女とは同棲しているから犯人は彼しかいないのに、彼女の慌てように思わず『食べてない』と言ってしまった。
「その時にすぐ謝ればよかったんすけど……」
『泥棒が金取らんでプリンだけ食ってったんか! ああん!?』
彼女のあまりの気迫に、嘘を突き通してしまった。
同じプリンを買って謝ろうと思い、探し回ったが、限定品なのか人気商品なのか、どこにも売っていない。
「オレどうしたらいいんすか……」
「今からでも正直に話して謝れば、その方もあなたの誠意をわかってくれると思いますよ」
「そうっすよね……正直に、謝った方がいいっすよね……エンマサマは許してくれますか?」
「は?」
「おっさんマジエンマサマなんすよね!?」
「……申し訳ないが、私はエンマではありません」
「隠さないでくださいよォ! おれマジで地獄には行きたくないんす! マジ勘弁なんす! どうか救いを!」
青年がなぜこんなにも地獄を恐れるのか事情を聞くと、
「つい最近、地獄絵図ってのを見たんすよ。おれの彼女、そういうオカルト系っていうんすか? そういうのが好きで、一緒に展覧会に行ったんす。もーマジで怖くて……。今の彼女もスゲー怖くて、鬼みたいになっちゃって……」
青年は頭を抱えた。
「その手の話は所詮フィクションですから……断言はできませんが」
「……ふぃくしょん?」
「空想上の話です」
「くうそうじょう?」
「……作り話です」
「なに言ってるんすか! いるじゃないっすか、ここに!」
「ですから、私はエンマではありません」
「もうわかんないっすよ……エンマサマはいるんすか、いないんすか……」
「……実際に存在するかは、死んでみないとわかりません」
「いるかもしれないんすね!?」
「……はい」
「あああ地獄行き決定じゃないすかああ!」
「実在するとしても、その嘘一つで決めるわけではありませんから。大事なのはあなたの生き方です。しっかり謝れば、エンマも許しますよ」
目を潤ませる青年はハルに抱きつき号泣した。その様子にサキは顔を背け肩を震わせている。
ハルの胸元で涙を拭った青年は体から離れると勢いよく頭を下げた。
「なんか急にスイマセン! マジ感謝っす! あざっした!」
突然現れ突然過ぎ去っていった台風に、ハルはポカンと立ち尽くし、堪えていたサキはお腹を抱えて笑った。
「残念だったな。今日はこれだけだから、買い物袋は使わない」
「えっ」
店舗名の入ったテープが貼られたカモミールティーの箱を、印籠を見せるように構えた。
「違いますよ! 使うかなーと思って用意してただけです……」
「へえ」
二人がスーパーから出たときだった。
頭に冷たいものを感じて空を見上げたサキ。それは次第に強さを増して、
「しまった」
天気は予報していない夕立。
サキは勝ち誇ったように微笑む。
「“ハルさんの傘”、使った方がいいですね!」
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