林檎の蕾

八木反芻

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に『落下少女が夢に見たのは宙(そら)に浮かぶ月』

8 ホッとココア

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 サキは携帯電話を閉じ、小さな長いため息を吐いた。
「もう怒ってないから帰ってこいって……」
「よかったな」
 複雑な気持ちに目を伏せるサキの前に、差し出された白いマグカップ。思わず見上げると、ハルは空いてる片方の手のひらをスッと出した。サキから携帯電話と制服を受け取るとマグカップを渡した。が、サキは口にすることなくマグカップを両手で包んだままジッと中を見つめている。
「変なものは入れていない」
「え?」
「嫌なら飲まなくても構わない」
 渡したマグカップをヒョイと持ち上げた。
「あぁ! 飲みます飲みます!」
 頭上まで高く上げられたマグカップを取り返そうと、サキは背伸びをして、なんとか掴むと、ハルはサキの目線まで下げて渡した。
「……いただきます」
 マグカップに口を近づけると、甘いにおいがした。ホットココアだ。口の中に広がる柔らかな甘み。
 時々ピリッと舌を刺激するものがあった。
「何が入ってるんですか?」
「お湯、粉末ココア、蜂蜜、生姜、シナモン、唐辛子……」
 本当は味なんてどうでもよかったのかもしれない。
「おいしい……おいしいです……すごくっ」
 なによりも落ち着くその温かさに、また涙が出そうになって、我慢しようとするサキは鼻をすすった。
「座って飲みなさい」

 二人は向かい合って座った。
 ハルは小脇に抱えた制服をテーブルの上へ置くと、重ねた制服の間に隠すように挟んでいたアレを引っ張り出した。 
「ングッ!」
 ソレを見たサキは動揺して、ココアが気管に入りそうになりむせた。咳払いをするサキは慌てて立ち上がり、ハルの下へ駆け寄るとハルの手元からソレを奪い取った。
「なんで!?」
「俺が洗ったから」
「やっぱりわかってたんですか!?」
「ああ」
 眉間にシワを寄せるサキは驚いて開いた唇を噛みしめ、ハルを睨みつけた。
「先に着替えた方がよさそうだ」
 制服を差し出すとサキはご立腹な様子で受けとった。
 寝室へ向かうサキの揺れるTシャツの裾から、チラリと覗かせる小さなお尻を横目に、置いたままのタオルを引き寄せる。
 中から取り出した保冷剤はぬるくなっていた。
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