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魔法学園編
059話 いにしえの極大攻撃魔法
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――翌日
本日は昨日緊急中止になった競技祭の続きを執り行われる運びとなっていた。
結局、アーネン先生は戻ってきて無いようで、クーヤが教師代行として点呼を取っていた。
学園内、特に皆の前ではクーヤの事を”クーヤ先生”と呼んでいるのだが、その度に彼女は「ぷっ!」と吹き出し苦笑される。
でも、彼女は「これはこれで悪く無い」と言い、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
同い年を”先生”と呼ぶのは、確かに少しだけ抵抗を感じる。
最近では、使い分けるのが面倒で、もう先生で統一しようか悩んでいるくらいだ。
全校生徒がグラウンドに集まり、しばらくすると全校朝礼が行われた。
そこで、昨日の事件の話が校長先生の口から語られた。
スピカ達の事は伏せられていたが、禁書庫の門番が暴走して外に出て来たという話を包み隠さず生徒達に話していた。
禁書庫という単語事態は様々な生徒が噂程度で知っていたらしく「実在するんだ」と口々に話していた。
それと、昨日の騒ぎで障害物競争のコースの大半が倒壊し、競技不能と判断されたらしく2年、3年の障害物競走は中止せざるを得なくなったと発表があった。
競技を終えた1年生は残念ながら公平性を重視する為に、加算された得点を消され一律プラス50ポイントという措置を取られ、仕方が無いとはいえ、1位で300ポイントを得ていたクラスからは不満の声が上がっていた。
そして、修正された結果は以下の通りとなった。
1年生
1-1:470ポイント
1-2:400ポイント
1-3:490ポイント、総合3位
1-4:330ポイント
1-5:305ポイント
2年生
2-1:340ポイント
2-2:230ポイント
2-3:390ポイント
2-4:185ポイント
2-5:675ポイント、総合2位
3年生
3-1:335ポイント
3-2:155ポイント
3-3:205ポイント
3-4:330ポイント
3-5:715ポイント、総合1位
上位順位に変動は無かったが中間順位はポイント追加のあった1年生達が上級生を大幅に越えて健闘していた。
残りの競技は騎馬戦と学年対抗リレーとなり、騎馬戦開始の合図を待つのみという時に、何か大変な報告が届いたらしく緊急職員会議が行われる事となった。
騎馬戦はアルフィオをリーダーとして選出した騎乗の上手い貴族が出場予定になっており、彼の作戦では確実に1位を取る作戦を考えていた。
それが昨日に引き続き、2度目の延期という事態に不満を隠しきれないようだった。
そして、生徒は教室に戻され、自習を言い渡された。
「よっぽどの事があったんだね、まぁ私的にはこのまま競技祭が終わってくれても良いけどね。学年対抗リレーには3組が出る訳で、どうせ後は騎馬戦だけだし」
デイジーさんが僕の真横に座り、机に頬杖を突きながら気怠そうにこちらを見上げる。
競技祭を煩わしいと感じているデイジーさんからすれば、このまま大会が終わった方が嬉しいのだろう。
そのまま2時間が過ぎ、昼休憩に突入しても教師陣の会議は続いていた。
正午を回った頃、王宮に召集されていたアーネン先生が学園に帰還したとの噂が流れた。
その1時間後、全校生徒はグラウンドへと集合せよと放送があり、この時皆は競技祭の再開だと思っていた。
しかし、校長先生から語られたのは学園全体を揺るがす程の重大事件の報告で、四賢者の招集もその為の会議だったという。
会議の内容は、オスロウ国とティンダロス国から同時に宣戦布告状が届いたという、信じられないような話だった。
それが1週間前の事で、話し合いの場を設ける為に両国に使者を送ったが、いずれも戻る事無く、昨日未明に王宮あてにオスロウ国から声明が届き、使者はあえなく捕虜となったようだ。
ティンダロス国に関しては完全に沈黙を貫き、使者の生死は不明との事らしい。
このような話を学生相手にするものなのかと驚いたが、多分それどころではないのだろう。
今後、様々な制約が国内に制定され、出入国管理や物流の規制まで厳しくなるという話だ。
2ヶ国から同時に攻められるという事で、今後徴兵が始まり貴族の家系と私兵の出兵は当然の事ながら、15歳以上の国民はそれぞれ何らかの部隊の応援に回らないといけないという説明があった。
当然、競技祭は急遽中止となり、魔法学園事態も無期限休校となると話していた。
「競技祭は模擬戦争って話してたけど、まさか本当の戦争になるなんて…」
デイジーさんが先程よりも力が抜けた状態となり、机に顔を伏せる。
クーヤが競技祭は模擬戦争だと話していたけど、僕はどうしたら良いのだろうか?
禁書庫の事は気になるけれど、学園は休校になるし四賢者のアーネン先生も僕に構っている暇なんてなくなるはずだ。
自分の身の振り方を考えていると、先程まで興味無さそうにしていたスピカが耳を立てて口を開いた。
「おい、ティンダロスとか言ったか?」
「うん? ああ、隣国のオスロウ国と、南の島国のティンダロス国と言っていた」
スピカはティンダロス国と聞いた瞬間、険しい表情を浮かべ、何やらレオニスを睨み始めた。
当のレオニスは「先輩、何で睨むんだよ」とむくれていた。
研究室の無断侵入以外にも、都合の悪い事を隠しているんじゃないか不安になる。
その日は全校集会が終わるとグラウンドで解散となり、皆学園寮へと戻り実家に帰る準備を始めた。
夜になり部屋で荷物の整理をしているとクーヤが訊ねて来て、アーネン先生の研究室へと呼び出された。
ああ、スピカとレオニスが禁書庫に侵入して騒ぎを起こした件だろうなと思い、重い腰を上げてスピカとレオニスの首根っこを掴み研究室へと向かった。
「先生、この度は申し訳ありませんでした」
僕は研究室に入るなり、アーネン先生に向かって深く頭を下げた。
スピカとレオニスも僕に捕まれながら、諦めたように頭を下げて反省する態度を取った。
「どうしたの急に? 何の事を謝っているのかしら」
「えっ? あれ?」
よくよく話を聞くと、アーネン先生は禁書庫の門番を倒した件を聞いていないらしい。
僕とクーヤは事情を説明すると、先生は少し驚いた表情をして、すぐに笑い出した。
「なるほどね、猫ちゃんが”マリウス”の封印を解いてクーちゃん達が倒しちゃったって訳ね。」
マリウスと言うのは、あの蛇のようなモンスターでアーネン先生の使役する悪魔の一柱という事らしい。
先生は非常に軽い口調で、また今度別の悪魔を召喚すると話していた。
「それよりも…少し大変な事になったの。えっとね、非常に言い難いんだけどね。ラルク君に王宮から出頭命令が出ているのよ、それとクーちゃんもね」
「えっ、母上それは何故ですか? 私はともかくラルクは他国の冒険者、何か理由でもあるのですか?」
アーネン先生は少し口籠り、言い難そうに話し出した。
「2ヶ国から同時に宣戦布告を受けたのは全校朝礼で聞いたと思うけど、オスロウ国とティンダロス国は同盟を組んでいる訳ではないの。」
「同盟を組んで戦争を仕掛けた訳では無い? …とは、どうしてそんな事が分かるんです?」
水面下で繋がっているんじゃないのかと思うのは当然な事だし、しかしそれを否定するかのように先生の発言は何か確信めいたモノがあるかのようだった。
「……それはね、両国とも目的がラルク君なのよ」
「へっ!?」「はぁ?」
「ラルクだと?」「あるじ…か」
先生の話では、最初に声明が届いたのはティンダロス国からだったと言う。
”タクティカ国出身のラルクという少年を差し出せ”、さもなくば滅ぼすと書状に記してあった。
そして翌2日後にオスロウ国から宣戦布告状が届き、内容は余計な諍いを起こしたく無くば”アルテナ国出身のラルクという少年を差し出せ”と、さもなくば奪還させて貰うと…
「疑問なのは、双方記述してある書簡にラルク君の出身国名が違う事と、”滅ぼす”と”奪還”の違いがある事。そして、両国は我が国の使者を捕らえ、対話という手段を最初から拒否している所なの」
「確かに、”…差し出せ、さもなくば”と言っておいて対話を拒むのはおかしな話ですね。我々はラルクを捕らえて幽閉している訳でも無いのに…」
アーネン先生とクーヤが僕の方を向き、ジッと見つめてくる。
正直、意味が分からないが、またしても僕がこの国に居る事で迷惑がかかっているのは間違いない。
「まぁ、明日付き合って貰えるかしら? 国王様に謁見を賜るから。クーちゃんもね」
「わ、わかりました」
「私はどんな役職になるのか今から不安だわ」
クーヤは肩を竦め、おどけた表情で苦笑する。
彼女は公爵家で、伝説の英雄の血族なので領地の兵のみならず軍を任されるだろうと話していた。
結局、僕は戦争の渦中に吊るされた子羊の役割を、無理矢理押し受けられたような理不尽さを感じながら、その日は眠りに付いた。
◇◇◇◇◆◇
「ティンダロス国が表立ってあるじを狙って来るとはな。オスロウだっけか? 繋がってるかどうかはわからねぇが、タイミングが良すぎる」
先程から脳筋のレオが珍しく真剣に悩んでいる。
アビス国からティンダロス国に亡命し、つい何ヶ月か前までヤツ自身がラルクの命を狙っていた。
この際、詳しく聞く必要がありそうだな。
「デウスのヤツは何を企んでやがるんだ? お前は何を指示されてたんだよ、洗い浚い話せ!」
「あいつはティンダロス国を拠点に世界の覇権を取ろうとしている。最も壁となるアビス国を属国にする為に、あるじが欲しいと言っていた。」
「最初はラルクを殺そうとしてたじゃねぇか、猟犬を何匹も送ってきやがって」
「…当初は鍵となる、あるじを殺しレイス様を暴走させて世界を混乱させる事が目的だったんだ。途中で考えが変わったんだろうぜ、1度世界を破壊して再生するより、あるじを盾にアビス国を自在に操って武力にて世界の覇権を取る方が楽だと判断したんだろう。なんせ、デウスの特技は相手を魅了し篭絡する事だからな」
デウスめ、レイス様の”威”を利用しようなどと恐れ多い。
ヤツが殺さない方針を選んだのは、殺せないと判断したからだろう。
ただ、ラルクが不死とは知られて無いかも知れないがな。
「恐らくオスロウ国をこの国にぶつけ、戦力を消耗させた上で猟犬を多数送り込むって所だろう。明日、ラルクの護衛をお前に任せる。俺様は所用を済ます、頼めるか?」
「分かった、あるじの護衛は任せろ!」
――翌日
ラルク達は朝早く王宮へと出向いて行った。
それを見送った俺様は迷わず禁書庫へと侵入した。
門番は…いない。
大図書館とは違い、小屋程の大きさの狭い部屋に100冊程度の書物が納められた本棚がポツンと備え付けられていた。
俺様は擬態を解き、本来の魔人の姿へと戻った。
本棚に納められた、古めかしい書物を左上から順番になぞるように調べていく。
禁じられし魔導を極めた書物は、それ自体が魔力を放っているはずだ。
俺様は目を閉じて右手をかざす。
この中には太古の魔獣が封じられた物もあると聞く。
禍々しく感じるものを避け、あとは直感で数冊を手に取った。
その中の1冊を手にした時に、俺様の魔力が本に吸収されたような感覚を覚えた。
「…これだ」
俺様はその黒い背表紙の本を開き、目を通した。
本を持つ手から徐々に魔力が吸収されていく。
文字を通して俺様の脳に魔法が刻まれ、それが幾重にも重なり、立体へと変容していく。
経験の少ない冒険者がこの本を読んだ場合、途中魔力不足で倒れるか、脳の許容量を超えて気絶するだろう。
俺様クラスになると、まぁ余裕だけど。
約4時間の速読により、古書を読み終わった俺様は古の失われし極大攻撃魔法を習得した。
覚えたての魔法を試し撃ちしたいという気持ちになるが、不用意に撃って良い威力でない事は理解している。
全ての属性を超越した無属性の極大攻撃魔法【コーラルヘイレス】。
…発動した効果範囲の全てを分解し消し去るという。
ここにある全ての本を記憶したいが、俺様の精神力を持ってしても何冊も読める程容易ではなさそうだ。
…それに、今は時間が無い。
俺様は黒猫に擬態し禁書庫を後にして、サンサーラ教団本部へと足を運んだ。
-サンサーラ教団本部 奥の院-
「これはこれは、アル…スピカ様。ようこそおいでくださいました。本日はいかようで?」
俺様が教団本部を訪ねると、長髪の大司教が快く出迎えた。
「戦争の事は聞いてるよな、もう手回しは始めているんだろう?」
俺様がそう尋ねると、長髪は「スピカ様の御慧眼、お見事です」と大袈裟に振舞う。
長髪の話では、国内全土に常駐する聖騎士や聖職者を聖都に招集し戦争に備え、オスロウ国の信者達も内部工作員として動かしていると言う。
「聖騎士はティンダロス国が攻めて来るまで温存しておけ、猟犬の弱点をつけるはずだ。それと俺様の書いた手紙を使者に持たせ、アビス国に送れ」
「御意のままに」
長髪は跪き、仰々しく頭を垂れた。
その後、応接室付近の人払いをさせた。
「それと、お前には俺様の姿を晒しておく。」
「…おお!……おおお!」
本来の姿に戻ると、長髪は歓喜の涙を滴らせ俺様を崇める。
「この戦い、俺様もレオも魔人の姿で参戦するだろう。この姿を目に焼き付けておけ」
「おお! 畏まりました。その美しい御身を忘れぬように模写し、信者にも配りましょうぞ!」
長髪は俺様を拝みながら、感動を体で表現するように両手を大きく広げた。
本当に大袈裟なヤツだが、こう崇められるのは久々で悪い気分はしない。
その後、俺様はアビス国へ届けさせる書状をしたため、長髪に手渡した。
そして再度指示を確認して、教団本部を後にした。
本日は昨日緊急中止になった競技祭の続きを執り行われる運びとなっていた。
結局、アーネン先生は戻ってきて無いようで、クーヤが教師代行として点呼を取っていた。
学園内、特に皆の前ではクーヤの事を”クーヤ先生”と呼んでいるのだが、その度に彼女は「ぷっ!」と吹き出し苦笑される。
でも、彼女は「これはこれで悪く無い」と言い、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
同い年を”先生”と呼ぶのは、確かに少しだけ抵抗を感じる。
最近では、使い分けるのが面倒で、もう先生で統一しようか悩んでいるくらいだ。
全校生徒がグラウンドに集まり、しばらくすると全校朝礼が行われた。
そこで、昨日の事件の話が校長先生の口から語られた。
スピカ達の事は伏せられていたが、禁書庫の門番が暴走して外に出て来たという話を包み隠さず生徒達に話していた。
禁書庫という単語事態は様々な生徒が噂程度で知っていたらしく「実在するんだ」と口々に話していた。
それと、昨日の騒ぎで障害物競争のコースの大半が倒壊し、競技不能と判断されたらしく2年、3年の障害物競走は中止せざるを得なくなったと発表があった。
競技を終えた1年生は残念ながら公平性を重視する為に、加算された得点を消され一律プラス50ポイントという措置を取られ、仕方が無いとはいえ、1位で300ポイントを得ていたクラスからは不満の声が上がっていた。
そして、修正された結果は以下の通りとなった。
1年生
1-1:470ポイント
1-2:400ポイント
1-3:490ポイント、総合3位
1-4:330ポイント
1-5:305ポイント
2年生
2-1:340ポイント
2-2:230ポイント
2-3:390ポイント
2-4:185ポイント
2-5:675ポイント、総合2位
3年生
3-1:335ポイント
3-2:155ポイント
3-3:205ポイント
3-4:330ポイント
3-5:715ポイント、総合1位
上位順位に変動は無かったが中間順位はポイント追加のあった1年生達が上級生を大幅に越えて健闘していた。
残りの競技は騎馬戦と学年対抗リレーとなり、騎馬戦開始の合図を待つのみという時に、何か大変な報告が届いたらしく緊急職員会議が行われる事となった。
騎馬戦はアルフィオをリーダーとして選出した騎乗の上手い貴族が出場予定になっており、彼の作戦では確実に1位を取る作戦を考えていた。
それが昨日に引き続き、2度目の延期という事態に不満を隠しきれないようだった。
そして、生徒は教室に戻され、自習を言い渡された。
「よっぽどの事があったんだね、まぁ私的にはこのまま競技祭が終わってくれても良いけどね。学年対抗リレーには3組が出る訳で、どうせ後は騎馬戦だけだし」
デイジーさんが僕の真横に座り、机に頬杖を突きながら気怠そうにこちらを見上げる。
競技祭を煩わしいと感じているデイジーさんからすれば、このまま大会が終わった方が嬉しいのだろう。
そのまま2時間が過ぎ、昼休憩に突入しても教師陣の会議は続いていた。
正午を回った頃、王宮に召集されていたアーネン先生が学園に帰還したとの噂が流れた。
その1時間後、全校生徒はグラウンドへと集合せよと放送があり、この時皆は競技祭の再開だと思っていた。
しかし、校長先生から語られたのは学園全体を揺るがす程の重大事件の報告で、四賢者の招集もその為の会議だったという。
会議の内容は、オスロウ国とティンダロス国から同時に宣戦布告状が届いたという、信じられないような話だった。
それが1週間前の事で、話し合いの場を設ける為に両国に使者を送ったが、いずれも戻る事無く、昨日未明に王宮あてにオスロウ国から声明が届き、使者はあえなく捕虜となったようだ。
ティンダロス国に関しては完全に沈黙を貫き、使者の生死は不明との事らしい。
このような話を学生相手にするものなのかと驚いたが、多分それどころではないのだろう。
今後、様々な制約が国内に制定され、出入国管理や物流の規制まで厳しくなるという話だ。
2ヶ国から同時に攻められるという事で、今後徴兵が始まり貴族の家系と私兵の出兵は当然の事ながら、15歳以上の国民はそれぞれ何らかの部隊の応援に回らないといけないという説明があった。
当然、競技祭は急遽中止となり、魔法学園事態も無期限休校となると話していた。
「競技祭は模擬戦争って話してたけど、まさか本当の戦争になるなんて…」
デイジーさんが先程よりも力が抜けた状態となり、机に顔を伏せる。
クーヤが競技祭は模擬戦争だと話していたけど、僕はどうしたら良いのだろうか?
禁書庫の事は気になるけれど、学園は休校になるし四賢者のアーネン先生も僕に構っている暇なんてなくなるはずだ。
自分の身の振り方を考えていると、先程まで興味無さそうにしていたスピカが耳を立てて口を開いた。
「おい、ティンダロスとか言ったか?」
「うん? ああ、隣国のオスロウ国と、南の島国のティンダロス国と言っていた」
スピカはティンダロス国と聞いた瞬間、険しい表情を浮かべ、何やらレオニスを睨み始めた。
当のレオニスは「先輩、何で睨むんだよ」とむくれていた。
研究室の無断侵入以外にも、都合の悪い事を隠しているんじゃないか不安になる。
その日は全校集会が終わるとグラウンドで解散となり、皆学園寮へと戻り実家に帰る準備を始めた。
夜になり部屋で荷物の整理をしているとクーヤが訊ねて来て、アーネン先生の研究室へと呼び出された。
ああ、スピカとレオニスが禁書庫に侵入して騒ぎを起こした件だろうなと思い、重い腰を上げてスピカとレオニスの首根っこを掴み研究室へと向かった。
「先生、この度は申し訳ありませんでした」
僕は研究室に入るなり、アーネン先生に向かって深く頭を下げた。
スピカとレオニスも僕に捕まれながら、諦めたように頭を下げて反省する態度を取った。
「どうしたの急に? 何の事を謝っているのかしら」
「えっ? あれ?」
よくよく話を聞くと、アーネン先生は禁書庫の門番を倒した件を聞いていないらしい。
僕とクーヤは事情を説明すると、先生は少し驚いた表情をして、すぐに笑い出した。
「なるほどね、猫ちゃんが”マリウス”の封印を解いてクーちゃん達が倒しちゃったって訳ね。」
マリウスと言うのは、あの蛇のようなモンスターでアーネン先生の使役する悪魔の一柱という事らしい。
先生は非常に軽い口調で、また今度別の悪魔を召喚すると話していた。
「それよりも…少し大変な事になったの。えっとね、非常に言い難いんだけどね。ラルク君に王宮から出頭命令が出ているのよ、それとクーちゃんもね」
「えっ、母上それは何故ですか? 私はともかくラルクは他国の冒険者、何か理由でもあるのですか?」
アーネン先生は少し口籠り、言い難そうに話し出した。
「2ヶ国から同時に宣戦布告を受けたのは全校朝礼で聞いたと思うけど、オスロウ国とティンダロス国は同盟を組んでいる訳ではないの。」
「同盟を組んで戦争を仕掛けた訳では無い? …とは、どうしてそんな事が分かるんです?」
水面下で繋がっているんじゃないのかと思うのは当然な事だし、しかしそれを否定するかのように先生の発言は何か確信めいたモノがあるかのようだった。
「……それはね、両国とも目的がラルク君なのよ」
「へっ!?」「はぁ?」
「ラルクだと?」「あるじ…か」
先生の話では、最初に声明が届いたのはティンダロス国からだったと言う。
”タクティカ国出身のラルクという少年を差し出せ”、さもなくば滅ぼすと書状に記してあった。
そして翌2日後にオスロウ国から宣戦布告状が届き、内容は余計な諍いを起こしたく無くば”アルテナ国出身のラルクという少年を差し出せ”と、さもなくば奪還させて貰うと…
「疑問なのは、双方記述してある書簡にラルク君の出身国名が違う事と、”滅ぼす”と”奪還”の違いがある事。そして、両国は我が国の使者を捕らえ、対話という手段を最初から拒否している所なの」
「確かに、”…差し出せ、さもなくば”と言っておいて対話を拒むのはおかしな話ですね。我々はラルクを捕らえて幽閉している訳でも無いのに…」
アーネン先生とクーヤが僕の方を向き、ジッと見つめてくる。
正直、意味が分からないが、またしても僕がこの国に居る事で迷惑がかかっているのは間違いない。
「まぁ、明日付き合って貰えるかしら? 国王様に謁見を賜るから。クーちゃんもね」
「わ、わかりました」
「私はどんな役職になるのか今から不安だわ」
クーヤは肩を竦め、おどけた表情で苦笑する。
彼女は公爵家で、伝説の英雄の血族なので領地の兵のみならず軍を任されるだろうと話していた。
結局、僕は戦争の渦中に吊るされた子羊の役割を、無理矢理押し受けられたような理不尽さを感じながら、その日は眠りに付いた。
◇◇◇◇◆◇
「ティンダロス国が表立ってあるじを狙って来るとはな。オスロウだっけか? 繋がってるかどうかはわからねぇが、タイミングが良すぎる」
先程から脳筋のレオが珍しく真剣に悩んでいる。
アビス国からティンダロス国に亡命し、つい何ヶ月か前までヤツ自身がラルクの命を狙っていた。
この際、詳しく聞く必要がありそうだな。
「デウスのヤツは何を企んでやがるんだ? お前は何を指示されてたんだよ、洗い浚い話せ!」
「あいつはティンダロス国を拠点に世界の覇権を取ろうとしている。最も壁となるアビス国を属国にする為に、あるじが欲しいと言っていた。」
「最初はラルクを殺そうとしてたじゃねぇか、猟犬を何匹も送ってきやがって」
「…当初は鍵となる、あるじを殺しレイス様を暴走させて世界を混乱させる事が目的だったんだ。途中で考えが変わったんだろうぜ、1度世界を破壊して再生するより、あるじを盾にアビス国を自在に操って武力にて世界の覇権を取る方が楽だと判断したんだろう。なんせ、デウスの特技は相手を魅了し篭絡する事だからな」
デウスめ、レイス様の”威”を利用しようなどと恐れ多い。
ヤツが殺さない方針を選んだのは、殺せないと判断したからだろう。
ただ、ラルクが不死とは知られて無いかも知れないがな。
「恐らくオスロウ国をこの国にぶつけ、戦力を消耗させた上で猟犬を多数送り込むって所だろう。明日、ラルクの護衛をお前に任せる。俺様は所用を済ます、頼めるか?」
「分かった、あるじの護衛は任せろ!」
――翌日
ラルク達は朝早く王宮へと出向いて行った。
それを見送った俺様は迷わず禁書庫へと侵入した。
門番は…いない。
大図書館とは違い、小屋程の大きさの狭い部屋に100冊程度の書物が納められた本棚がポツンと備え付けられていた。
俺様は擬態を解き、本来の魔人の姿へと戻った。
本棚に納められた、古めかしい書物を左上から順番になぞるように調べていく。
禁じられし魔導を極めた書物は、それ自体が魔力を放っているはずだ。
俺様は目を閉じて右手をかざす。
この中には太古の魔獣が封じられた物もあると聞く。
禍々しく感じるものを避け、あとは直感で数冊を手に取った。
その中の1冊を手にした時に、俺様の魔力が本に吸収されたような感覚を覚えた。
「…これだ」
俺様はその黒い背表紙の本を開き、目を通した。
本を持つ手から徐々に魔力が吸収されていく。
文字を通して俺様の脳に魔法が刻まれ、それが幾重にも重なり、立体へと変容していく。
経験の少ない冒険者がこの本を読んだ場合、途中魔力不足で倒れるか、脳の許容量を超えて気絶するだろう。
俺様クラスになると、まぁ余裕だけど。
約4時間の速読により、古書を読み終わった俺様は古の失われし極大攻撃魔法を習得した。
覚えたての魔法を試し撃ちしたいという気持ちになるが、不用意に撃って良い威力でない事は理解している。
全ての属性を超越した無属性の極大攻撃魔法【コーラルヘイレス】。
…発動した効果範囲の全てを分解し消し去るという。
ここにある全ての本を記憶したいが、俺様の精神力を持ってしても何冊も読める程容易ではなさそうだ。
…それに、今は時間が無い。
俺様は黒猫に擬態し禁書庫を後にして、サンサーラ教団本部へと足を運んだ。
-サンサーラ教団本部 奥の院-
「これはこれは、アル…スピカ様。ようこそおいでくださいました。本日はいかようで?」
俺様が教団本部を訪ねると、長髪の大司教が快く出迎えた。
「戦争の事は聞いてるよな、もう手回しは始めているんだろう?」
俺様がそう尋ねると、長髪は「スピカ様の御慧眼、お見事です」と大袈裟に振舞う。
長髪の話では、国内全土に常駐する聖騎士や聖職者を聖都に招集し戦争に備え、オスロウ国の信者達も内部工作員として動かしていると言う。
「聖騎士はティンダロス国が攻めて来るまで温存しておけ、猟犬の弱点をつけるはずだ。それと俺様の書いた手紙を使者に持たせ、アビス国に送れ」
「御意のままに」
長髪は跪き、仰々しく頭を垂れた。
その後、応接室付近の人払いをさせた。
「それと、お前には俺様の姿を晒しておく。」
「…おお!……おおお!」
本来の姿に戻ると、長髪は歓喜の涙を滴らせ俺様を崇める。
「この戦い、俺様もレオも魔人の姿で参戦するだろう。この姿を目に焼き付けておけ」
「おお! 畏まりました。その美しい御身を忘れぬように模写し、信者にも配りましょうぞ!」
長髪は俺様を拝みながら、感動を体で表現するように両手を大きく広げた。
本当に大袈裟なヤツだが、こう崇められるのは久々で悪い気分はしない。
その後、俺様はアビス国へ届けさせる書状をしたため、長髪に手渡した。
そして再度指示を確認して、教団本部を後にした。
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異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
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第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
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ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。
転生したら、ステータスの上限がなくなったので脳筋プレイしてみた
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大学生の浅野壮太は神さまに転生してもらったが、手違いで、何も能力を与えられなかった。
転生されるまでの限られた時間の中で神さまが唯一してくれたこと、それは【ステータスの上限を無くす】というもの。
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魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
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魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
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手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
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最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
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【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】
僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。
そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。
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死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。
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