上 下
100 / 106
第四章 聖女救出編

復興

しおりを挟む
 フェンテは村の入り口から森に目を向けていた。
 マリアとルイワーツの馬が目視で確認できた瞬間、フェンテは大声で村人たちに指示を飛ばした。

「目標確認! 総員位置について! 皆ちゃんと武装してる? 気を抜かないで! けが人がでるよ」

 村人たちはばたばたと忙しなく走る。皆、野盗たちからはぎ取った胸当てなどの防具を装備していた。目は緊張からか、睨むように鋭い。
 馬が村の入り口に辿り着いた時には、村総出で囲むように出迎えた。樹の上や、建物の影からはフェンテが調合した強力な麻酔薬を塗り込んだ弓矢を持った村人が有事に備えて待機していた。

 マリアは村人たちの切羽詰まった顔を見て、何事か、と不審がっていた。ルイワーツがフェンテをじーっと睨んでくるが、あえて無視する。

「マリアさんおかえりなさい」フェンテが笑顔でいった。こめかみ辺りに汗がつーっと伝う。
「ただいま」とマリアは応えつつも、「で、これは何なの」と早速尋問をスタートした。

 来たか、とフェンテは警戒を強める。そして村長アンリに勢いよく顔を向けた。

「村長、出番よ」
「いや、フェンテさん。あなた一応今、村の代表なんですから、あなたが報告してください」

 村長アンリの指摘に、くぅ、とフェンテが呻く。もはやそれしかないの、と天にすがるような切ない呻きだった。

「何? 用があるならさっさとしてくれる? 早くハルトくんの様子を見に行きたいんだから」

 マリアの一言で余計に言い出しづらくなる。が、フェンテは意を決して、村の現状の報告をした。ハルトが失踪したこと、置手紙のこと、ナナとラビィが後を追っていること。
 説明を受けるマリアの顔は、少しずつ、少しずつ、と怒気が増していくのが見て取れ、説明が終わるころにはフェンテは恐怖でほとんど泣いていた。

 村人は全員防御の体制を取っている。中には大楯にすっぽりと隠れる者もいた。それだけの圧が村人たちを襲う。恐怖に立っていられない者もいたほどだ。

 マリアは報告を受けた後、置手紙を受け取って読み、すぐにそれをびりびりに破いた。ルイワーツが「俺まだ読んでないんだが……」と呟くがマリアは構わず破いた紙きれを放り投げて蒔いた。

「ハルトくんにはお仕置きが必要なようね」

 そういったマリアの顔には表情がない。人は怒りが振り切れると、感情を失うのだろうか、とフェンテが考察している間にも、マリアはさっきまで乗っていた馬に、再度またがった。慌ててフェンテが止めに入る。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください! マリアさん! どこ行く気ですか」
「決まってるでしょ。ハルトくんを追うのよ」
「ダメです! マリアさんは立派な爵位を持った領主なんですよ? そんな人が密入国なんてしたら、大問題ですよ」
「すでにハルトくんが密入国してるんだから、どっちみち同じじゃない」

 フェンテは反論が出て来ず、うっ、と口が止まる。だが、代わりにルイワーツが口を開いた。

「マリア。一旦落ち着け。確かにハルトさんのことは心配だが、お前が今この村を離れるのはちょっとまずい」
「なんでよ」
「この村の復興にはお前の土魔法が必須だ」
「そんなの冒険者でも雇えばいいでしょ」
「あんな大規模な土魔法できるやつ、お前以外にいるか。いたとしてもA級以上は確実だ。今うちにそんな報酬を支払える金はねぇだろ」

 マリアは顔を顰めて黙り込む。ルイワーツの説得を理解したのだろう。理解した上で、それでも納得がいかない、という顔だ。

「なら、どうすれば良いのよ」マリアの鋭い目がルイワーツを捉えた。並みの人間ならすくんで身動きすらできなくなるであろう眼光に、ルイワーツは引き下がらず、応じる。「ナナとラビィを信じて待とう」

 マリアの威嚇するような視線はルイワーツから離れない。ルイワーツを責め立てるように口元だけ薄く笑い、「もしそれで」と言った。「もしそれでハルトくんが死んでしまったら、どう責任をとるつもりかしら」

 凄まじい殺気がルイワーツを飲み込む。ルイワーツは目を閉じて、ごくり、と唾を飲みこんだ。そして覚悟を決めて、再度目を開いた。

「その時は俺を殺していい。いや、お前の手は煩わせない。自ら死のう」

 フェンテには、ルイワーツのその言葉が嘘や誤魔化しとは思えなかった。もしハルトが帰らぬ人になったら、ルイワーツは本当に自決するだろう。フェンテにはそう確信できた。
 マリアもその覚悟を見て取ったのか、ため息をついてから、馬から降りた。

「どれだけ待てば良いの」不貞腐れたようにマリアが言った。
「最低でも1か月」とルイワーツが答える。確かにマリアの魔力量ならば、1か月もあれば余裕で村人全員分の建物を建設できる。むしろマリアなら2週間でも可能だろう。それでも1か月と言ったのはおそらくマリアをできるだけ長く村に縛り付けておきたい、という理由からだろう。
「1か月経ってハルトくんが戻って来なければ私は隣国シムルドに行くけど、文句ないよね」マリアが腕組みをして、念を押すように言った。
「ああ。それで良い」ルイワーツは大きく頷く。それからマリアを励ますように笑いかけた。「大丈夫だ。ナナもラビィも信頼できる」
「でも、ハルトくんだよ? 無駄に危険なことに首を突っ込むハルトくんの特性は全く信頼できない」

 ルイワーツは反論しようと口を開くが、開いた口から言葉は発されず、やむなし、とでも言うように口は閉ざされた。
 そこにいる全員が不安そうな顔をしている。

(どんだけ信用ないのよ。ハルト先輩)

 フェンテは空気を変えようとパンパン、と手を叩いた。「じゃ、それまではハルト先輩が戻った時のために、村の復興に集中しましょ! ね!」
「そうだな。村を——いや、俺たちが目指してんのは都市か。ヴァルメルに対抗できるくらいの都市を作らなきゃならないわけだからな。落ち込んでいる暇なんてないぜ」ルイワーツがフェンテに乗じて、発破をかける。
 ——が、

「建物もそうだが、食糧問題が先じゃないか」
「もういっそ城壁の外を全部畑にしちまうのはどうだ」
「いいな。あのハルト様の剣がありゃ簡単に開墾できるからな」
「種はほとんど無事だっただろ?」
「イムスが持ってきた異国の作物の種もあるぜ」
「よし植えよう」
「都市にするなら兵も必要だろう」
「傭兵を雇うか」
「いや金がねぇ」

 村人たちががやがやとそれぞれに話だし、その場で会議のようになっていた。誰の目にも強い意志が灯り、絶望に暮れる者など誰一人としていなかった。
 フェンテはその様子に何となく頬がほころび、ルイワーツに顔を向けた。「ルイワーツさんの下手な発破かけは不要みたいですね」
「下手で悪かったな」
「どうせならハルト先輩が帰った時に、びっくりするような都市を作っておきましょうか」フェンテが笑いかけると、ルイワーツも「そうだな」と笑った。

 
その様子をマリアがじーっと見ていた。

 
「な、なんだよ」とルイワーツが顔を後ろに退く。
「ルイワーツさん、今度は何したんですか?」フェンテは話を聞く前に既にルイワーツに軽蔑の眼差しを送っていた。
「今度は、ってなんだ。何もしてねぇよ」

 マリアはしばらく思惟をめぐらしてから不意に「よし」と声をあげた。

「ルイワーツくん、キミは全く役に立たない」マリアが唐突にルイワーツを指さして罵倒した。
「おいおい、いきなりなんてこと言うんだお前。昨日、村にとって俺は必要な存在だって言ってたじゃねぇか」ルイワーツが半目でマリアを睨んだ。
「村の復興には役に立たないって意味よ」
「全然フォローになってないが」
「だから」とマリアが続ける。「あんた、ちょっとお金稼いで来なさいよ。出稼ぎ」

 はぁ? とルイワーツが翻った声を上げた。
 出稼ぎ、と言ってもこの近くで栄えている場所は都市ヴァルメルくらいである。敵のお膝元に出稼ぎにいくなんて馬鹿な話はない。
 同じことをルイワーツも思ったのか、「出稼ぎって、どこにだよ」とマリアを責め立てるかのように訊ねた。

マリアは全く意に介さずに平然としていた。「どこに、ってそりゃ——」



 マリアがニヤリと笑った。


 

「——ダンジョン『不死王の大墳墓』よ。ちょっくら攻略してきなさい」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...