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第四章 聖女救出編
反乱軍
しおりを挟む目の前で馬車を漁るハルトを前に、ミーシャはおろおろと挙動不審に忙しなく顔を振っていた。
「お、これ、可愛いじゃん。値段も0ゴールドでお手頃価格」ハルトが女性用の長丈ドレスを広げて見てからミーシャに投げ渡す。
「お手頃……と言いますか……こんなことして良いんでしょうか」ミーシャは丸められた長丈ドレスを広げもせず、落ち着きなくハルトを見る。
「まぁまぁ、硬いこと言わない。置いて行ってもどうせ朽ち果てるだけなんだから。メンズ服もないかなぁ」
「はやく国境を離れたいんじゃなかったんですか?」
「それはそうなんだけどさ。長旅には定期的な物資の調達は必須なわけよ。お、ホシ肉だ」またハルトが勝手に懐にホシ肉を忍ばせた。
ミーシャはハルトの説得を諦めざるを得なかった。この少年は人のいう事を碌に聞かないタイプだ、となんとなく察する。
手持ち無沙汰になり、なんとなく渡された長丈ドレスを広げてみて、ぎょっとした。その長丈ドレスは大小様々な美しい宝石で装飾が施されていた。見たことも触れたこともないような長丈ドレスだが、それが一般庶民では手の届かない高価な品であることだけは分かった。
「こ、こ、こんな高価な衣類着れません!」
「お、このナイフいかす。もーらい」とハルトがまた荷台のからナイフを一つ拾い上げた。
「聞いてます?!」
ミーシャの抗議にハルトは面倒くさそうに「なんだよ、もぅ。うるさいな」と顔を顰めた。
「や、やっぱり今のままの服じゃダメですか?」眉を下げて懇願するようにハルトを見上げた。
ハルトは、じーっとミーシャの服に見つめてから、にっこりと笑みを作って応じる。「今着てるのは服とは呼べません。薄汚れた布です」
ミーシャは顎を引いて自分の奴隷服にもう一度目を向けた。
確かに汚い——し、何か臭いような気もしてくる。自覚したら、ハルトの近くにいるのが急に恥ずかしくなり、ミーシャは3歩後ろに退いた。
究極の二択だった。
臭い服を着るか、身の丈に合わない高価な服を着るか。
目を詰むって。うう、と呻くように葛藤すること数分。
やがてミーシャは「き、着替えて来ます……」と馬車の影に消えて行った。
ハルトはそれを見送ってから、先ほど拾い上げたナイフに目を落とす。
「これは……使えるかもしれないな」
呟いてから、ハルトはナイフをバッグにしまった。
♦︎
延々と続く荒野は、昼間は容赦ない日差しが襲い掛かり、日が暮れると身が凍る風が吹きすさんだ。
風から隠れるように岩陰に身を寄せ、2人は座っていた。
夜中の移動は危険が増す。視界が悪いだけではない。照明魔法などを使えば、『ここに獲物がいます』と自ら教えているようなものだ。そのため、夜はじっと身を隠すのが旅をする者の常識だった。ハルトとミーシャも例に漏れず、今日はそこで夜を過ごすことにした。
ミーシャがガタガタと膝を抱えるようにして震えていると、不意に肩から柔らかい毛布を掛けられた。ミーシャが顔を向ける前に、ハルトがミーシャの隣に座り込む。
「あったかいだろ?」ハルトが笑った。ハルトと触れている肩に、温もりがじんわりと移って来る。
「あ、あたし臭いんで!」ミーシャは慌てて離れようとするが、一度温もりを感じた後にそこから離れるのは寒さが際立ち、一層辛かった。
「別に臭くないよ。というか、風邪ひくよ? 早く入りんしゃい」
ハルトの手招きにあらがえず、ミーシャは若干ばつが悪そうに再び毛布に包まった。
「ミーシャの故郷はどこなの?」
不意に発せられた質問に、ミーシャは若干戸惑いつつも、口を開く。「ここよりずっと北の土地です。先の戦争の終わりに捕虜になって、それからは奴隷としてこの国を転々と連れまわされています」
「じゃあ、もしかして今向かってるのって、その北の国?」若干ハルトの頬が引き攣った。心の声が顔に出過ぎているハルトが可笑しくて「違いますよ」とミーシャは笑いながら答えた。「今、向かっているのは王都です」
「王都」とハルトが繰り返す。
「はい。そこで同族が捕まっているんです」
「猫人族が?」
「……はい。あたしは王都から別のどこかへ移送されている途中だったので。元は王都の奴隷商館から来ました」
ややあってから、ハルトは躊躇いがちに訊ねた。「王都に戻ってどうするつもり?」
ミーシャは表情のない顔をハルトに向ける。鋭い針のように細い瞳孔が暗闇の中、不気味に光る。
やがて、ミーシャがハルトから目を逸らした。ミーシャはハルトの質問には答えず、逆に質問を返す。
「ハルトさんは、反乱軍の幹部……ってところですか?」
「反乱軍?」とハルトが聞き返すと、ミーシャは、あれ、と意外そうにまたハルトに顔を向けた。
「違いましたか? こんなところで単独行動をしているから、国の兵ではないと思ったのですが」
「だから、僕は旅の商人だって」
「オークを一撃で倒す商人なんて聞いたことがありません」
「そういう商人がいたっていいと思います。で、反乱軍って何?」
ハルトが話を変えると、ミーシャは目を細めて訝しんだ。
この国の人間で、反乱軍を知らない者などいない。このやり取りだけでハルトが他国のスパイだとミーシャは確信した。
だが、ミーシャにとってはそれはどうでも良いことだった。この国が自分の故郷というわけでもなし。ハルトがどこの国の誰であろうと、助けてくれたことに変わりはない。
「シムルド王国は今、内戦中なんです」
「あー……ね」相槌を打つハルトの額にはだらだらと汗がしたたっていた。目は泳いでいる。やはり分かりやすい、とミーシャは苦笑する。
「徴税や徴兵などの締め付けが厳しく、国民が反発したんです。結集し、武器を持って一揆を起こしました。それを王国軍が制圧にしたのが昨年の話です」
「制圧されても反乱は脈々と続いてるわけだ」
「いえ。どちらかと言えば、ひっそりと、と言った方が正しいです。反乱軍の幹部のほとんどは昨年の一揆で皆処刑されていますから」
ふーん、とハルトが気のない返事をしてから「てか、詳しいな」と感嘆するように言った。
「あたしの前の所有者が反乱軍の者でしたから。資金調達のために売られましたが」
そっか、と呟いたきり、ハルトはそれ以上、深くは聞いてこなかった。
ミーシャにとっては、それがありがたかった。辛い過去はなるべく思い出したくない。だが、自分だけ、その『奴隷生活』から抜け出してしまって良いのだろうか。今も過酷な環境に身を置いている同族のことを思うと、自分が自由になったことに罪悪感を覚えた。
自分一人が幸せになるなど許されない。あたしが必ず……必ず仲間を解放する。そして、仲間を売り物にする奴隷商を——。
不意に肩に何かが落ちた。
ちらっ、と目だけで確認するとハルトの頭が乗っていた。ミーシャは目を少し見張る。
「は、ハルトさ——」呼びかけようとして、ハルトがすーすー寝息をたてていることに気が付いた。
頬にハルトの柔らかい髪の毛が当たるのが少しくすぐったい。無駄に肩に力がこもる。身体がカチンコチンに固まったのは寒さだけのせいではなかった。
(ちょ……これ…………ええ!?)
どうして良いか分からず、しばらく固まっていたミーシャも、いつの間にか眠りに落ち、2人寄り添うように夜を過ごした。
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