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第三章 農村防衛編

愛するということ

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【オーサン視点】

 矢を放った後はもう狙った敵のことなんて見えていなかった。
 視界が傾いたのは覚えている。だが、そこからは何がなにやら。自分が座っているのか横になっているのかも分からない。目を開いているのか閉じているのか、も。分かるのはもう終わりが近づいていることだけだ。

 俺は全てを覚悟して撃った。
 悔いはねぇ。あの時にもう一度戻れたとしても、俺はまた撃つだろう。
 もう気が付いちまったからな。俺が欲しいのは俺の幸せじゃねぇんだって。俺の愛した奴らの、幸せだ。せがれの幸せであり、孫の幸せであり、先に逝っちまった妻の幸せだ。そのためならば、俺は自分の幸せを——命を捨てても良い。
 多分、それが『愛する』ってことなんだろうな。

 体温が徐々に下がっていくのが分かる。
 身体が動かせない。血が体の中で固まっていくような感覚だ。寒くて、痛くて……寂しい。

「オーサン!」「オッサン!」

 リラとエドワードの声をすぐ近くで感じた。ゆさゆさと揺さぶられているようだ。
 だから体動かせねぇーんだって。その言葉ももう発することはできない。

「て、天界樹の葉! 急いで! 持って来て!」とリラが言う。エドワードがドタバタと慌てて取りに行く音も聞こえた。
 無理だ。無駄なことすんじゃねーよ。その葉は本当に必要なやつに使えよ。
 俺の言葉は「……ぁ」とだけ音になった。

 体が少しだけ温かくなった。リラが回復魔法をかけているようだ。だけど、効果はない。
 お前も手応えがないの、分かってんだろ? リラ。もうやめろ。

「オーサン! 勝手に死んでんじゃないわよ! 生きて! お願い!」

 リラが叫ぶ。勝手なこと言ってんのはお前だろうよ。このままカッコよく逝かせてくれよ。俺はこれでも満足してんだ。
 化け物みたいな強さの連中から村を守ったんだ。最高にカッコ良いだろ? 他の野盗だって、ハルトが必ず倒す。あいつはやる時ゃ、やる男だ。安心して後を任せられるってもんだ。

「孫をその手に抱くのが待ちきれないって言ってたじゃない! 生きなさい! 孫のために生きなさいよ!」

 ああ。それだけが心残りだぜ。
 バカ息子とケンカ別れしたままなのもな。あのバカ、後悔に飲み込まれなけりゃいいが。
 まぁ、ハルトがなんとかしてくれるか。ガキが生まれんだ。いつまでも、くよくよしてんじゃねぇって、殴っていいぞハルト。


 これからこの村は変わる。
 せがれのガキが生まれて、祝杯に村総出で酒を飲み、倅はガキの夜泣きに悩まされるのだろうか。あいつがガキの頃はひどかったからなぁ。で、村の女連中が協力してくれる中、男共はバカだから余計なこと言って女連中を怒らせちまうんだ。目に浮かぶなぁ。

 
 体は動かず、温もりが失われていく中で、何故か目だけが熱かった。ゆっくりと目を開く。開いてはじめて自分が目を閉じていたことを知る。開いた瞬間に目尻から熱が耳の方へ零れた。熱が通ったその道筋は冷たかった。

 
 ハルトと一緒に狩りに出かけたりしてな。
 戦闘に関しては、俺は素人だがな、狩りに関しては教えられることが山ほどあんだぜ。ケルディ狩って、またオーク肉祭りの時のように皆で盛り上がんのも悪くねぇな。酒豪の実が近くに群生してんも分かったから、酒だって飲み放題だしな。
 そん時はハルトの野郎を酔い潰れさせてやりてぇぜ。オーク肉の時は結局俺の入れた酒、飲まなかったしなぁ。ゲロ吐くまで飲ませて裸に剥いてから、マリアにくれてやるのも楽しそうだ。

 自分が笑っているのに気が付く。
 泣きながら、微笑む自分は、もはや悲しいのか、誇らしいのか、自分でも分からない。あるいはその両方かもしれない。
 

 生命力がもう尽きる。
 視界が徐々に閉ざされていく。リラが何か言っているが、何を言っているのかははっきりと聞こえない。瞼は開いているのに、少しずつ、少しずつ、黒に——終わりに近づいていく。


 良い人生だった。それは疑いようのない事実だ。
 だが、やっぱりもう少し生きたかったぜ。お前たちと一緒によ。
 

 世界が途切れる間際、生命力が消失する寸前に、一瞬だけ揺らめくように力が戻った。
 だから俺は最後に一言だけ、言葉を託した。



 
「後は…………頼ん、だ」

 
 リラが目を赤くして「分かった。任せて」と力強く頷くのを見てから、俺は満足して、人生の幕を下ろした。



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