72 / 106
第三章 農村防衛編
城門の闘い
しおりを挟む狩猟頭オーサンが射た矢は3発目でようやく野盗を1人沈めた。
ちっ、と舌打ちしながらオーサンが次の矢をつがえる。
一方、少年エドワードは浅い切り傷をいくつも作りながら、なんとか2人目の野盗を切断したところだった。
他の居残った村人たちも3人で1人の野盗を抑えるのがやっとだった。
東の城門にハルトは最も人員を割いた。唯一の出入口だからだ。岩で塞いでしまうという案も出ていたが、ここを岩で塞いでしまえば、いざという時——例えば村全域で火災が起きた時——に村人たちが逃げられなくなってしまう。そのため仕方なく解放していた。だからこそ、多くの村人をここに配置した。
だが、当初の想定よりも苦戦しているのは明らかだった。
オーサンが息の上がった声で叫ぶ。
「ちきしょう、どうなってやがる。こんなにやりづれぇとは聞いてねぇぞ」
「くっそ、こいつら、グールの10倍は強いよ」と少年エドワードが泣き言を漏らす。
「当たり前でしょ」と応じたのは空からふわりと降ってきたリラだった。言いながら、鞭を2、3振り回すと、周囲の野盗5人が呻く間も無く地に伏した。「この人らは、裏舞台とはいえ、生死をかけた戦いに身をおく者なのよ。本来昨日今日、剣を持った素人が勝てる相手じゃないのよ」
「実際、勝ててるじゃん」とエドワードが口を尖らせる。
「呆れた鈍感さね。自分らがバフかけられてんのにも気づかないわけ?」
「バフって……おっぱいで挟むアレか?」とオーサンがセクハラまがいの冗談をかまし、リラに無視される。伝わっていないと勘違いしたオーサンは「バフバフ……なんちって」とさらに分かりやすく言い直すが、やっぱり無視された。
ハルトは遊撃舞台として最強戦力のマリアと、次に強いナナ、ルイワーツを送り出した。そうなると城門の守りはどうしても一般農民中心になってしまい、重要なポイントであるにもかかわらず戦力が不足して守りきれない恐れがあった。
そこで、リラを配置したのだ。リラの強化魔法は農民の実力を一時的ではあるが、一回りも二回りも底上げできる。リラなくしてこの作戦は成し得なかった。
「ほら、ピーピー騒いでないで、前向いて武器構えなさい。次が来るわよ」
「ちっくしょ、こいつらまだいんのかよ」
「まだ10人くらいしか倒してないでしょ。男なら気張りなさい」
それから何人も何人も野盗をひたすら倒した。
オーサンたちが強化されているだけでなく、野盗共がリラの魔法で弱体化していることもあり、こちらの陣営は大した被害もなく、戦闘を有利に進めていた。
だが、その流れは一人の男の出現であっさりと翻る。
空に浮かぶ、一人の男。落ち着いた黒の執事服は、戦場にはミスマッチであり、そのちぐはぐさが不気味な迫力を醸し出していた。
「おいおい」とオーサンが上空の男に顔を向けた時には既にリラは男に気付いていた。男は野盗共を次々と倒すリラたちをただじっと観察するように見下ろしているだけで、一向に降りてこない。「あれ、やばくねぇか」とオーサンも男の異様さを感じ取る。
「何あれ……執事?」人生経験の差か、エドワードはまだ危機感が薄い様子だった。
やがて野盗も減ってきて、終わりが見え始めた頃、男がゆっくり宙から降りてくる。
名乗りでも上げるのかと、オーサンはその執事服の男を睨みつけていると、男は唐突に、火の玉——それも人が丸々収まるくらい巨大な——を出現させ、間髪入れず、それをオーサンに放った。
「避けて!」とリラが叫び、それが合図のようにオーサンは横に飛んだ。火の玉はオーサンの上衣の端を焦がし、ついコンマ数秒前までオーサンがいた場所を通過して防壁に衝突した。防壁をも焦がした。
「おい、危ねぇな。名乗りもせず、いきなりかよ」とオーサンが尻餅をついたまま顔を引き攣らせる。
「当たり前でしょ。これから殺そうって相手に名乗るだけ時間の無駄よ。わざわざ名乗ってから殺しにかかるなんて、物語の中だけ」とリラが男を警戒しつつも言うと、男はまたも唐突にぴたりと止まり口を開く。
「ワタクシはナガールと申します」と言いながら胸に手をあて、軽くお辞儀する。
「おい、名乗ったぞ」とオーサンはリラを見ると「名乗ったわね」とリラも繰り返す。
そしてまた、唐突に指先をエドワードに向ける。エドワードは何が来るのか分からないからとりあえず警戒して、身構えるが、リラはそれが雷魔法だと察して、鞭をふって、エドワードを絡め取り、引き寄せた。その一瞬後に地と水平に走る小さな稲妻が雷鳴を轟かせながらエドワードの真横を通過した。
エドワードはそれを見て顔を青くする。リラがいなければ稲妻に直撃し、今頃黒焦げになっていたところだった。
「急に名乗ったり、殺そうとしたり、行動に脈絡がねぇ!」とオーサンが嘆くように叫ぶ。
「常に指先の向きに注意しておきなさい。雷魔法は見てから避けようなんて思わないこと」
「しかしあんたがいてくれて助かったぜ」とオーサンは柄にもなく弱気なことを言う。「あんな奴、あんたならチョロいだろ?」
「バカ言わないで。チョロいはずないでしょ」
男——ナガールは手のひらでバチバチと電流を弄ぶように放電しながら、一歩ずつ近づいて来る。無表情に、淡々と魔法を放つナガールは機械が人間を虐殺するような無機質な殺気を纏う。
「あなた達がいつまでも足手纏いじゃ勝てないと思いなさい」とリラが言う。「何をすべきか、何がチームのためになるか、常に考えて動いて。いい? 3人で、あいつに勝つわよ」
東の城門の闘いが始まった。
172
お気に入りに追加
1,837
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる