48 / 106
第二章 農村開拓編
譲れぬ闘い
しおりを挟むハルトはザクリナッツを1つ口に放り込んだ。
歯に挟んで噛むとザクザクと良い音が顎の骨を通じて伝わってくる。とてつもなく美味い、というわけではないがクセになる触感と味わいだ。もう1つ口に放り込む。
ハルトはポップコーン片手にスポーツでも観戦しているような気分になっていた。
村の中央にある広場をピリピリとした緊張感が包み込む。
(スポーツはスポーツでも、これは格闘技の部類だな)
ハルトが赤コーナーを見やると——別に着色もなければコーナーもないのだが——マリアが大太刀を片手にぼんやり立っていた。隙だらけのようで、全く隙が無い。少なくともハルトには隙を見つけられなかった。
続いて青コーナーを見ると——こちらも別にコーナーというわけではない——リーダーで剣士のロドリ、ヒーラーのキアリ、魔術師のメロ、ウォーリアのダルゴ、4名の戦乙女たちがマリアを見据えていた。
「え~、殺し以外は何でもありで、相手を戦闘不能にした方の勝利とする~」とやる気のない審判——モリフが眠そうな目で言う。
「なお、勝者にはぁ——」
審判のモリフが僕に手を向けると、観戦者全員——ナナ、イムス、フェンテ——が一斉に僕に顔を向けた。
「——ハルト様が贈呈されます~」
なんだ、これ。とハルトは思うが、呆れて物が言えない。物が言えないうちにあれよあれよと、景品にされてしまったのだ。
景品席に釘付けにしておくためにご丁寧にザクリナッツまで用意されていた。ほんとなんだ、これ。
ハルトはまたザクリナッツを口に入れる。
「あたしは絶対にィ! ハルルンを手に入れる!」とロドリが意気込む。
「意気込んでいるところ悪いんだけど、僕一応既婚者だからね」とハルトが口をはさむと意外にもロドリは「そうだね」と返した。冒険者なのにちゃんと人の話を聞いている、とハルトは感動した。感動のハードルは低すぎるが、とにかくハルトはいたく感動した。
——だが、
「だから、今日、あたしが望まぬ結婚からハルルンを解放する!」とロドリはハルトの感動を失望に塗り替えた。
(ダメだ。やっぱり冒険者だコイツ。人の話を全く聞かない)
ハルトが改めて呆れかえる一方で、マリアは激怒していた。
「望まぬ結婚……だと? 良い度胸だ。二度と舐めた口を利けぬよう一つ指導をいれてやろう」とマリアが殺気を放った。この人も多分人の話を聞いてない。殺しはなし、のルールのはずだ。早くその殺気をしまってくれ、とハルトは願った。
「ひィっ」とロドリ以外の『戦乙女の微笑み』メンバーは尻ごみする。
「なんか私ら巻き込まれてない.......?」
「『聖剣のマリア』に勝てるわけないだろ」
「無謀過ぎるゥ」
双方、後は開始の合図を待つのみとなった。
モリフがコインをピンと弾く。コインは高く宙を舞った。あれが落下した瞬間が戦闘開始の合図だ。
ハルトは回転するコインを眺めながら「何この状況……」と呟いた。
事はハルト達が大量のオーク肉と共に村に帰還した時に起こった。
村の入り口にやっとこさ辿り着くと聞きなれた、少し鼻にかかったアニメ声が聞こえたのだ。
「ハルト先輩っ!」
「フェンテ?! どうしてここに? 観光?」とハルトがいつぞやのように軽口をたたくと、
「怒りますよ? 私ここに来るまですごい苦労したんですから!」とフェンテが睨んできた。その気迫に押され、ハルトは「ごめん」と謝ってから「いらっしゃい」と笑いかけた。
「はーいストップぅ! お終ーい! 感動の再会お終ーい!」とマリアが割って入ってきた。まるでバスケットの試合のようにマリアが体でフェンテをブロックする。スクリーンだ。
「ちょ……っと、まだ話終わってないですゥ! 大事な話が——くっ」フェンテはフェイントを入れてどうにかマリアを抜こうとするが、S級冒険者の動体視力を甘く見てはいけない。マリアは見事フェンテを遮り続けていた。
だが、ノーマークの者がいた。ロドリである。
フェンテをブロックするマリアの横をするりと抜けて、ロドリがハルトに抱きついた。
「ハルルンっ、会いたかった!」
「ちょぉァ?! 何故に抱きつく?!」
意外に厚いハルトの胸板にロドリの胸が押し付けられ、ロドリの胸は広がるように柔らかく形を変えた。
ハルトの顔が熱を帯びる。S級童貞者のエロ耐性の低さも甘く見てはいけない。
あわあわと赤面するハルトの様子を見て、マリアの目は獰猛な肉食獣のように瞳孔がキュッと縦長に締まった。鬼の形相でロドリとハルトを睨む。
ハルトは『死』の気配を感じ取った。
慌ててロドリを引きはがす。ロドリは「あんっ」と名残惜しそうに離された。
(馬鹿かコイツ? 命が惜しくないのか?)
ハルトは得体の知れない者を見るようにロドリに目を向けるが、ロドリはロドリでハルトを観察していた。
それから「やっぱり」と呟いた。「こんなに怯えちゃって、ハルルン可哀想……。マリアさん、恐怖でハルルンに結婚を承諾させたんですね。いくらS級冒険者だろうと、そんな暴挙許せません」
「は? 何を言っているのだ貴様は——」
マリアの言葉の途中に、ロドリが剣を抜いた。
剣を抜く、というのはもはやおふざけや、じゃれ合いでは済まされない。殺し合いだ。
「待て待て待て」とハルトが割り込もうとするが「ハルルン、女には引いてはいけない時があるんだよ。あたしを信じて黙って見てて」とロドリに止められてしまった。
「良いだろう。その決闘、受けて立とうではないか。全員まとめてかかって来い。だが、死んでも文句は言うなよ」とマリアも大太刀を抜く。
ヤバい、どうしよう、殺し合いが始まってしまう、とハルトがパニックに陥っていると、ピーっと指笛の高い音が鳴り響いた。
音の方に顔を向けると、モリフがぱくっと指を唇で挟んでいた。
「祭司として殺し合いは認められないよ~。代わりに、模擬試合にしなよ~」
祭司モリフの一言で、かろうじて『殺しはなし』というルールが加わった。
モリフの咄嗟の機転に対してハルトが思ったこと、それは感謝であった。自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが、1日1万回、感謝の正挙突き!
「痛っ、痛いよ、何すんのさ~、ハルト様」
だがモリフには全く伝わらなかったので、3回で終えた。かわりに祈る時間が増えた。
33
お気に入りに追加
1,837
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
異世界転生漫遊記
しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
今度は自由に楽しく生きていこうと
決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
努力し続け、剣と魔法を習得する!
初めての作品です!
よろしくお願いします!
感想よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる